第24話 引き裂かれた過去(1992/8/4 放映)

タカヤ君シンヤ君15歳

脚本:岸間信明 絵コンテ:殿勝秀樹 演出:羽生頼仙  作監&メカ作監:須田正巳
作画評価レベル ★★★☆☆

第23話予告
遂に、過去を語り始めたDボゥイ。その隠されていた全ての謎が、今明かされる。
次回、宇宙の騎士テッカマンブレード「引き裂かれた過去」仮面の下の、涙を拭え。

イントロダクション
パワーアップを完了したペガスと共に、テッカマンブレードの放ったハイコートボルテッカは、みごとに宿敵エビルのPHYボルテッカを打ち砕いた。だが、この戦いでDボゥイとの再会を果たしたミユキ・テッカマンレイピアは、エビルの攻撃により重傷を負ってしまった。そして……!
「もう全てを話してくれていい頃じゃないか? 相羽タカヤ」


「な……何故それを!?」
 Dボゥイは、フリーマンの言葉に激しく動揺していた。後ずさり、顔には冷や汗を流している。
「悪いが全て調べさせてもらった。君の事、君の父相羽孝三とアルゴス号の事を」
アルゴス号……」
 その単語を反芻するDボゥイ。それは彼にとって忌むべき名だと言っても過言ではなかった。
アルゴス号? どっかで聞いた事があるな?」
 ノアルが首を傾げる。それを見て、レビンが答えた。
「ああ! あれよ! ほら、3年前のタイタン調査船!」
「あぁ、あの船ごと消息を絶った!」
 当時は有名な事件だったのか、新聞の片隅に載っていたそれほど重要ではない記事だったのか。兎に角2人はその名前を思い出した。当時は他惑星開拓が盛んだった為か、探査船の事故などはよくある話だった。
「そう、私はそのタイタン調査団の事件を調べる内に、団長相羽孝三の息子の中に、タカヤ・シンヤの名がある事に気付いた。そして、そのシンヤとタカヤが双子の兄弟だと言う事も」
「するってぇと、Dボゥイの本名が相羽……タカヤ!」
 ノアルはアジア系だとは思っていたが、まさかDボゥイとアキの母国が同じだとは思っていなかった様だ。
 そしてスペースナイツの面々は怪訝に思った。彼が動揺する理由がいまいち理解できない。
「どう言う事? Dボゥイは、記憶喪失じゃなかったの?」
「いや、最初から記憶など失くしてはいない。ただ、自分の過去を知られたくなかった、そうだな? 相羽タカヤ」
 フリーマンにそう指摘される。Dボゥイが激しく動揺する理由は、自分が相羽であると言う秘密を他人に知られてはならない、と言う一点だけだった。
「俺は……俺は、Dボゥイだぁ!」
 それでも我を張り、Dボゥイは相羽である事を否定する。だがその時、より掛かっているコンソールから通信が来た。医師チームからの通信だった。
「チーフ! チーフ! AB型の血液が不足しています! 誰か、誰か献血者を!」
 それを聞いて血相を変えるDボゥイ。医師に叫ぶ様に言う。
「ミユキ! ミユキぃ! 俺の血を使ってくれ! 血液型は同じだ! 頼む……ミユキを……ミユキを!」
 最後は懇願するような表情で、Dボゥイは献血を名乗り出た。まるで彼女の血液型を事前に知っていた様な素振りは、もはや言い逃れ出来る状況ではなかった。そんな彼の肩に優しく手を乗せるのはアキだった。
「Dボゥイ……私も」
「アキ……」
 アキも、同じAB型の血液だった。そして2人は手術室内の隣のベッドで横になり、手術用の献血を行う。アキは、隣にいるDボゥイに静かに声を掛けた。
「Dボゥイ……私にとって貴方は、相羽タカヤではなく、Dボゥイよ。例えどんな過去が貴方にあろうと」
「アキ……」
アキは、Dボゥイがこのまま何も語らなくても良いと思っていた。人の過去を詮索すると言うこと自体、彼女が余り好きな行為ではないと言う事だが、彼自身が嫌がる様ならば無理には聞かない。それにきっとDボゥイはいつか自分から話してくれるだろうと考えていた。
そしてDボゥイは逆に彼女の気持ちに応えたいと思うようになっていた。アキが、自分を想ってそう言ってくれる事が何より嬉しい。そんな彼女に自分は何が出来るのか。彼女の為になら嘘や隠し事はしたくない。そう想い始める様になっていくのだった。
 その頃、ORSのラダムの巣付近では、テッカマンエビルが治療用の培養球に入って傷を癒していた。ハイコートボルテッカの威力は凄まじく、何とかラダム獣に掴まってここまで辿り着いた。そんな彼に誰かが精神感応で呼びかけてくる。
「エビルよ! エビルよぉ!」
テッカマンオメガ……!」
 テッカマンオメガの口調はいつもの口調ではない。大仰に喜んでいる風でもない。むしろ怒張があった。
「裏切り者ブレードとレイピアの始末、失敗したようだな。既にダガーがブレードに葬られ、お前までが傷を負わされようとは! 情けないとは思わんか!」
 オメガはエビルを叱責していた。敵の技に敗れ、最重要の機密を敵に知られ、裏切り者は始末できない。もしこれがダガーであったなら、更迭されてもおかしくは無い大失態だった。
「……この屈辱は忘れない……!」
「良いか、エビル。ブレードがレイピアと接触した以上、我々の秘密は奴に知られてしまったと思え。残るテッカマンが目覚め次第、どんな事をしてでもブレードを葬れ! 一分一秒たりとも長く、裏切り者を生かしておいてはならぬ!!」
「ああ……分かったよ……」
 そう返事すると、オメガからの精神感応が消えていく。エビルはオメガに言われるまでも無く、屈辱に塗れていた。もうプライドも何もかもかなぐり捨て、ブレードを自身が抹殺すると言う事にこだわり等感じない。 
エビルは傷の完治を急ぎ、今度こそ殺してみせる、そう自分に言い聞かせる様に心に誓うのだった。
オペルームでは、ようやくミユキの治療手術が終わった。彼女は別の部屋にストレッチャーで運ばれていく。
「ミユキ……!」
 手術が終わった彼女を追い掛けようと、Dボゥイはベッドを立ち上がろうとする。そんな彼をアキが止めた。
「Dボゥイ、貧血を起こすわ。暫く横になってないと駄目よ」
「でも……ミユキが……」
「心配ないわ、手術は成功したんだから。集中治療室に移して、様子を見るだけよ」
 もう大丈夫だから、とアキは彼を安心させる様に言った。
「……有難う……アキ……」
 そう言って二人は、ベッドに戻ると静かに横になった。部屋の明かりが彼らの為に少しだけ暗くなる。そしてDボゥイは天井を見上げると、円形の手術室用照明装置を見た。一瞬、アレに似ていると思って震え上がる。
アルゴス号……」
「え?」
「俺達の乗った宇宙船、アルゴス号は太陽系でまだ開拓されていない、土星木星を調査する目的で地球を離れた。あれは……船が土星のリング付近に差し掛かった時に起こった……」
 Dボゥイは淡々と、重い記憶を語る様に口を開いた。その隣の観察室では、スペースナイツの面々が音声器越しに聞いている。彼らに対してなら、そしてアキになら、自分の秘密を打ち明けようと決心したのだった。
 三年前のあの日。自分達相羽ファミリーは宇宙船のクルーとなって父の仕事の手伝いをしていた。シンヤもタカヤも15歳と言う年齢であどけなさが残る少年達だったが、父の仕事を助け良く働いた。
 宇宙船アルゴス号は全長500mからなる長期開拓宇宙船である。重力ブロックや、冷凍冬眠装置付の長期生命維持装置等、あらゆる最新技術が積み込まれた最新のスペースシップである。そして、父と双子と妹がアルゴス号のブリッジで操船している状況下でそれは起こった。
「前方の空間に、歪みが発生しています」
「馬鹿な……こんな空域に重力波とは!」
「歪み、更に増大中!」
「ミユキ! スクリーンに転映してくれ!」
「はい!」
 それは異様な風景だった。何も無い虚空から、妙な緑色の物体が、それも自分達の船と同等の大きさのそれが突き出ている様に出現しているのだ。 
「これは……馬鹿な!」
「お父さん!」
 ミユキやシンヤ、そしてタカヤがそれを見て唖然とした。三人の父であり、この宇宙船の艦長でリーダーでもある相羽孝三も、驚愕の声を上げる。
「父さん! 何なの? あれ!?」
 シンヤは孝三に聞いた。三人はブリッジ勤めでありながら口調はフランクだった。堅苦しいのを孝三が嫌ったからだろうか。家族ぐるみであるから、と言うのもあるかも知れない。
「地球のモノではないな……」
「え!?」
 孝三がそう言い、ミユキが信じられないと言った風に口を開いた。
「まさか……!」
「エイリアン……!」
シンヤとタカヤがその巨大な物体を、そう呼んだ。エイリアンとは普通に訳せば外国人や異邦人と言う言葉の意味ではあるが、この場合、地球外生命体をさす事になる。
「歪み、急速に増大!」
「いかん! 重力波に巻き込まれるぞ! コース変更だ!」
「駄目だよ! 間に合わない!」
 強い衝撃。何も無い空間から、巨大なモノが出現する瞬間だった。そして、彼らアルゴス号のクルーは目撃するのだった。全長はアルゴス号の約10倍、5000mからなる緑色をした、スペースシップを。先程見たのはその一部、正体不明の宇宙船の艦首だったらしい。
「それが……ラダムの宇宙船だった」
 あの時出会わなければ、と思うとDボゥイは後悔に打ち震えた。
「突然だったが、地球人で最初のエイリアンとのコンタクトだ。俺達の胸は高鳴った。それが……悪夢への入り口とは知らず……!」
 Dボゥイはファーストコンタクトとはいい難いと言う印象だった。そして話は続いた。 
「被害は?」
「B4、B6ブロックが、衝突のショックで破損したけど、大した事はないよ」
 孝三の呼び掛けにブリッジ要員であるタカヤが応えた。
「居住エリア、機関部、エネルギーユニットも異常なし。生命維持装置関係も、被害無し」
 シンヤも別ブロックの報告を的確に行う。突然のアクシデントにも関わらず直ぐに報告できる彼らは、優秀なスタッフだった。
「よし、とりあえずは安心か……で、ミユキ? 向こうからのコンタクトは?」
「無いの……それ所か生命反応も無いわ」
ミユキも通信で既に彼らに呼び掛けていた様だ。あらゆる周波帯とあらゆる言葉を使って目の前の巨大な物体に呼び掛けたにも関わらず、ソレは無反応だった。
「なに?」
「幽霊船!?」
「宇宙のフライングダッチマン! マリーセレストってワケかい?」
 無人の宇宙船をタカヤがそう言い、シンヤが彷徨えるオランダ人の伝承や乗組員失踪事件になぞらえる。
「ただ……植物の反応があるの。それもかなり強い」
「食べ物だけ、残していったのかなぁ」
 ミユキの言葉にシンヤがそう応える。昔の伝承や失踪事件が好きなシンヤは本当にマリーセレスト事件に似通っていると思った。その乗組員失踪事件も、貯蔵庫には十分な食糧が残されていたからだ。
「兎に角、調べなきゃ!」
 タカヤは好奇心旺盛で細かい事は余り気にしない性格だった。
「父さん、ケンゴ兄さん達を起こした方がいいんじゃないかな?」
 シンヤはタカヤとは違い、不測の事態に慎重である。万が一の為に艦長にそう提案した。
「うむ……ミユキ、第二班を生命維持装置から起こしておいてくれないか。私達は先に調査に出る」
「はい!」
「イヤッホゥ!!」
「ははは! これで相羽ファミリーの名は、有名になるね!」
 タカヤは小躍りする様に席を立ち、シンヤは地球に帰還した時の、記者会見の場を想像する。
「一番乗りは俺だぁ!」
「あ! ずるいよぉ兄さん!」
 2人は気密室に競い合う様に向かう。彼ら2人は、と言うかシンヤは何かを競わずにいられない性格だった。
アルゴス号にはDボゥイの一家が全員乗っていたのか……」
「なんてこった……」
「Dボゥイ……可哀想……」
 Dボゥイが語る言葉に本田やノアル、そしてミリィがそんな風に言葉を漏らした。そしてその場にいる殆どの者達がその後の状況を容易に想像出来た。一家全員が、ラダムに取り込まれると言う凄惨な状況を。
「そして……そして、悪夢が始まった……それまで幸せだった俺達一家が、ズタズタに引き裂かれる悪夢が!」
 調査に入ったタカヤ達は、気密服を着て幽霊船の中を探索した。幽霊船は船と言うより、植物プラントの様な様相を呈している。見た事も無い紫色の球体、其処彼処に根を張る植物の様なモノ。船の中は決まった出入り口等と言ったモノは無く、まるで彼らが進む方向に道が出来る様に、木や植物の壁が次々と開いていった。
 そして探索班一行はだだっ広い空間に辿り着いた。
「一体、何なんだろうね、これ」
 タカヤは植物群を見て緊張感の無い声でそう言った。だが孝三は緊張を失ってはいない。
「分からん……が、気をつけろ。タカヤも、シンヤも! 有害な物質かも知れない!」
「え!?」
 シンヤが近くにある紫の球体を触ろうとして手を止める。
「兎に角用心して調査してくれ!」
 孝三のその声が広場に轟いた時、天井に張り付いた球体が光を放ち始めた。
「な、なんだ!?」
 孝三がそう叫んだ時、球体はまるで生き物の様に動き、真下にいる彼ら目掛けて落ちてきた。いや、正確には落ちてきたのではなく、飛び付いて彼らを飲み込もうとしている。紫の球体は生物であり、肉塊だった。中身が見えたと思ったら、それは口であり、牙であり、その中心には目玉があるのだ。
 突然の襲撃に探索班は逃げる事しか出来なくなった。武器は各々携行してはいたが、次々と落ちてくる球体に逃げ場を絶たれ、飲み込まれて混乱され、反撃する暇すらなかったのだ。球体に飲み込まれた者は完全に身動きが出来なくなるらしい。腰に付いているレーザーガンで中から撃ち抜く事も出来たはずなのに、それを行おうとする者は一人もいなかった。
 そして逃げ惑う最中に探索班のリーダーである孝三も飲み込まれてしまった。
「父さん!!」
「に、逃げろ! シンヤ! タカヤぁ!!」
 タカヤとシンヤは、逃げ遅れた父を助けようとしたが、逆にシンヤも飲み込まれてしまう。まさに雲霞の如く迫る肉の塊。他の者達も殆ど飲み込まれていって、どうしようもない恐怖と絶望に、残されたタカヤは身が竦み、悲鳴をあげた。
「タカヤお兄ちゃん! お父さん!!」
 気密服に装備されているカメラをモニターしていたミユキも、どうやら異常に気付いたようだ。
其処は生命維持と同時にコールドスリープを行う部屋だった。一人一体ずつのカプセルの中には自分の兄や仲間達が十数人いた。彼ら第二班のカプセルは、ミユキに装置を操作され目覚めていくだろう。しかし人間が冷凍冬眠から目覚めると言う事は、言うほど簡単な事ではなく、時間も掛かるのだ。
「早く! 早く起きてぇ!! ケンゴお兄ちゃん! みんなあぁ!!」
 次々と飲み込まれている父達を見て、ミユキは半狂乱になってカプセルにしがみついた。だが、それに応えられる者は誰一人としていない。今彼女は、たった一人でアルゴス号内に取り残されている状態だった。
「うぅっ……!」
 タカヤは戦慄していた。もう自分以外誰も残っていない。周りは全て肉の球体に埋め尽くされ、退路も無い。その時、自分は武装しているのだと気付いて右腰のホルスターからレーザーガンを抜いて撃とうとする。
「あぁっ!」
だが、肉の塊から生えてきた触手が、銃を叩き落した。レーザーガンは床に転がると、肉塊に包まれる様に踏まれて見えなくなる。そしてタカヤは抵抗する事も出来ずに、その場にいる最後の犠牲者となった。
「それが……それが、テックシステムだった……!」
 あの時の恐怖が、今でも鮮明に思い出せる。ベッドに腰掛けたDボゥイは震え上がり拳を握り締めた。
「どうしようもなかった!! 奴らは俺達だけでなくアルゴス号に乗り移り、ケンゴ兄さんやミユキまで……」
 Dボゥイはその悪夢を忘れようとしても忘れられなかった。大事な人間が一人残らず飲み込まれるだけでなく、自分自身すらその恐怖の被害者だった。その記憶を思い起こす度に、身体が震え上がり、Dボゥイは頭を抱える様にして苦悩した。
「Dボゥイ……」
 目の前で聞いていたアキは、不思議と自然に、彼をそっと抱き締めた。それは彼を愛する人間としてか、憐憫の対象としてか。アキ自身としては両方の感情が同時に起こった、優しき母の様な情動だったかもしれない。  
アキの胸に抱き締められたDボゥイは小刻みに震えていたが、程なくして落ち着きを取り戻し、話を続ける。
「そして奴らは……アルゴス号を完全に支配した」
500m程のアルゴス号は、ラダムの宇宙船から伸びた触手に捕らえられると、船ごとその巨体に飲み込まれていく。ケンゴ達の覚醒は結局間に合わず、ミユキはたった一人で操船する事も、逃げる事も出来ずにその状況を受け入れていくしかなかった。
 アルゴス号のクルー数十人は、全て紫の球体に閉じ込められ、宙吊りにされ、着ている物は全て球体の中で溶かされ、裸にされていく。しなやかで柔軟な球体の壁は、人力で引き裂く事も、叩き破る事も出来ない。彼らは、程なくして抵抗を止めていった。そしてある程度の時間が過ぎた時、それは起こった。
「うあああぁ!? ぎゃあああぁ!!」
 突如、中にいる人間が悲鳴をあげ、干からびて絶命する。絶命したその人間と球体であるテックシステムの繭は、ゴミの様に次々と床に叩き落されていく。それは木に実っていた果実が、アスファルトに落ちて潰れる様によく似ていた。
「テックセットは体質的に合う者と合わない者とがいる。合わない者はテッカマンになれず、次々と死んでいった」
最初、タカヤ達はそれを半透明な球体から見て驚いていたが、その内次は自分かも知れないと言う恐怖と、何も出来ないと言う諦めで、精神は徐々に磨り減っていった。何も感じなくなる様な諦観に陥っていったのである。恐怖の余り狂ってしまう人間もいただろうが、そう言った人間も残さず淘汰されていった。
「生き残った俺達は、奴らにラダムの知識や本能を埋め込まれていった。テッカマンとして、ラダムの有能な兵器となる為に……!」
 生き残ったとしても、それはまるで拷問の様な刷り込みだった。脳の一部に新たな認識を植えつけられる行程は、非常に苦しみを伴うものであった。勿論この刷り込みを植えつける作業道程でも、脱落者がいなかった訳ではない。そしてこの行程自体が、テッカマンブレードが暴走する最大の要因でもあった。
「Dボゥイ……貴方の他に、テッカマンは何人いるの?」
 アキは出来るだけ控えめに聞いた。それはスペースナイツや人類が今、一番聞いておきたい用件でもあった。
「俺の知る限り7人。いや、ダガーは倒したから、今は6人」
「俺達が知ってるのは、その内2人……」
 ノアルが指折り数えてそう言う。2人とは、エビルとレイピアの事である。
「あのテッカマンエビルとか言う野郎と同じ敵が後4人もか!」
 本田は戦慄した。あのテッカマンエビル並の敵が数人いるとなればこれ以降戦っていく自分達の危険度は格段に上がっていくだろう。そんな現状にミリィが不安な声を上げる。
「チーフ……ち、地球は本当に大丈夫なんですか? そんな敵が相手じゃ、あっという間に征服されちゃうんじゃないんですか?」
「やれやれ、こりゃチョコバー食えるのも、いつまでやら」
「あぁん! あたし尼さんにでもなって、お祈りしちゃおうかしら!」
ノアルとレビンが、冗談混じりにそう言った。
「いや、祈りなど役に立ちはしない。我々のやらねばならない事は……まず戦う事だ。Dボゥイの様にな」
 冗談を言う二人に、フリーマンがピシャリと言い放つ。Dボゥイ自身が、戦って身の証を立ててきた様に、これからはスペースナイツが更に一致団結しての戦闘を覚悟しなければならないと彼は思っているのだ。
「でも……どうしてDボゥイだけが、ラダムに支配されずに済んだの?」
 アキは、Dボゥイやミユキがエビル達から裏切り者として断ぜられている事に疑問を持っていた。ラダムは生命体を有能な兵器に仕立てあげ、最終的には精神支配、洗脳処理を行うと彼女は推測していた。だが、Dボゥイにそれらしい認識は無く、彼とミユキだけは、人間に味方してくれている。それが不思議だった。
「父さんさ……」
「お父様?」
「あぁ……父さんは俺達より早くテックシステムから解放された……いや、排除されたんだ!」
 アキはそれを聞いて衝撃を受けた。
Dボゥイの父、相羽孝三は、比較的に早い段階でテックシステムから排除された。
しかしここで奇跡が起きたのだ。普通であれば、システムから排除された生命体は異常に短命で、排除される前段階で死に至る事もある。だが、孝三だけは、繭が破れ、床に落とされても死ななかった。
「俺は、テックシステムに取り込まれたままだったが、それを感じる事が出来た」
 既にこの時点で、タカヤは素体テッカマンへとその身体を完全変態させている。そして孝三自身も、今の現状で誰がどんな状態かを理解していた。これは、集団でのテックシステムの使用と言う状態の中で、精神感応、つまりテレパシーがそれを感知させているらしい。
 そして孝三は何とか立ち上がり、行動を起こす。息も乱れて、歩くのも苦痛を伴ったが、どうにか倒れ込む様に辿り着いた。それはタカヤがテックシステムに取り込まれる前に弾き飛ばされた、レーザーガンだった。
 そして孝三はタカヤが入っている繭に照準を定めて撃った。レーザーの光線は、寸分違わず繭を宙吊りさせている糸を断ち切る。そしてタカヤはテックシステムから解放されたのだ。
「タカヤ……間に合ったようだな……」
 素体であるタカヤは、孝三を見た。正気の目をしている。もし精神支配が既に行われていれば、そのまま孝三に襲い掛かる可能性もあったのだが、その段階には至っていないようだった。
「タカヤ……こいつらの目的を知ったな? 私には分かる。お前だけが、奴らの精神支配を受けていないことが。奴らの目論でいる人体改造には、それに適合した肉体が必要らしい」
 孝三は、素体であるタカヤに肩を貸すと、そのままテックシステムの広場を出てアルゴス号の区画へと渡った。しかし、幾らアルゴス号に入ったとしても、その中もラダムのテリトリーには違いなかった。
「どうやら私は、それに失格したようだ。だが……おかげでお前と言う僅かな希望を見つける事が出来た。頼むぞ! タカヤ!」
 そして、アルゴス号の脱出ポッドカプセルの射出場へと移動し、タカヤを脱出カプセルへと乗せた。テックシステムから解放されたばかりのタカヤは、思う様に身動きが取れない。父の言葉は分かっているが、彼が自分に何を頼むと言っているのかは理解できなかった。
「待って! 父さん! 父さんは、俺をどうするつもりなの? まさか父さんは!?」
「お前を地球に送る!」
「嫌だ! 父さんや、他のみんなを残していくなんて!」
「私はもう助かりはしない」
「……っ!」
「だが、お前にはやらねばならぬ使命がある。辛い事だが……私も出来るだけの事はしてみる」
 そう言った直後、熱を持った粘液が、脱出ポッドの区画へと侵入してきた。隔壁を数瞬で溶かし、侵入者を排除しようと生き物の様に孝三へと近付いてきた。
「もう時間が無い……! 奴らは私を排除しにきたんだ!」
「排除!?」
「体質が合わずテッカマンになれない私は、こいつらにとっては体内に入った病原菌に過ぎない。白血球が、病原菌を殺す様なものだ」
 そう言うと、孝三は脱出ポッドの扉を閉じた。タカヤは絶対に渡さないと言わんばかりに。
「父さん!!」
「タカヤ……お前の使命とは、奴らに肉体を乗っ取られたシンヤやミユキを、お前の手で倒す事だ」
「そんな……」
 気密が確保された脱出ポッド内でタカヤは、音声入力器越しに孝三の最後の言葉を聞く。
「辛いのは分かる……だがお前には分かっているはずだ! お前がやらなければ全人類は滅亡する! ラダムの目的は、地球の侵略なんだ!」
 熱を持った粘液は、孝三の足元に迫り、遂に病原菌の元を発見した、と言うように取り付いていく。
「さらばだ、タカヤ。この名前も今日から忘れるんだ! お前が倒すのは兄でも弟でも無い! 侵略者ラダムなのだ!!」
 それが今生の別れの言葉であった。粘液が胸元までに迫り、身体を全て包み込まれようとしたその時、孝三はポッドの脱出レバーを下げた。タカヤの乗るポッドは勢い良くアルゴス号から射出されていく。
「父さぁぁーん!!」
 アルゴス号が、いやラダムの母艦が凄まじい勢いで遠ざかっていく。それを見ながらタカヤは身動き一つ取れぬまま、見ている事しか出来ない。
「父さん! 父さん! 兄さん! シンヤ! ミユキいぃぃ!!」
 タカヤの絶叫が、虚空に木霊する。だが、それを聞ける者は誰一人としていなく、彼はそのまま地球へと一直線に向かっていった。
 そして、その顛末を聞いたアキは、涙していた。アキはDボゥイが何故自分の名を捨てたのかと言う真実を
今、ようやく理解したのだ。
孝三は父として、タカヤであるDボゥイに使命を託し、本名を捨てろと言った。それは、かつての肉親を殺さなければならないと言う宿命を思いやっての事だったのだ。例え使命を果たしても、Dボゥイには肉親殺しと言う罪が厳然として残る。彼がそれを果たした以降も生きていくのなら、それは余りにも哀しい運命である。
そして名を捨てろと言う言葉にはもう一つの意味もあった。相羽ファミリーがラダムと接触し、取り込まれ、その中で一人生き残った、相羽タカヤの詳細がもし万民に知られてしまったなら、地球にすら彼の生きる場所は無くなってしまう。地球側は既に数10億の人々の命が失われている。例えラダムに取り込まれた相羽ファミリーに非があっても無くても、批判が生き残りのタカヤに集中するのは目に見えていた。土星圏まで来ていたラダムの宇宙船は、いつかは誰かを取り込み、地球侵略を行うはずである。それが早いか遅いかの違いはあるだけで、相羽ファミリーが非難の的にされる可能性は大いにあったのだ。
「アキ……俺の為に、泣いてくれるのか……」
「当たり前でしょ……」
 アキは、父孝三の深い思いと、Dボゥイの運命を思って涙した。彼らには全く非は無いのだ。ただ偶然にラダムと出会い取り込まれた哀れな家族。それがDボゥイの真の姿だった事を知って、それでもがむしゃらに使命を果たそうとする彼を見て、より深く思ったのだ。
 そんな風に涙したアキの涙を、無意識に拭おうとして彼女の顔に手を伸ばしたDボゥイだったが、はっとなって手を下げる。だが、アキは、そんな彼の手を愛おしく思い、彼の手を引き寄せて両手で優しく包み込み、更に泣いた。彼女の涙がDボゥイに手に一滴、一滴と滴が落ちる。
「Dボゥイ……」
「馬鹿野郎ぉ……男が涙見せるんじゃねぇ……」
そして、隣の経過観察室では、ミリィもレビンも、そしてそう言う本田ですら、Dボゥイを思って目に涙を溜めていた。
「そしてどの位の時が経ったんだろう……カプセルの中で俺は感知した。他のテッカマンが目覚め始めたのを」
 タカヤは精神波で自分と同類であるテッカマンダガー、そしてオメガの存在を感知する。
「俺の乗った脱出カプセルは地球に辿り着くまで半年以上は掛かっただろう。その間に地球では……」
 タカヤの乗る脱出カプセルは何時の間にかラダムの母艦に追い抜かれ、侵略は既に始まった後だった。これは純粋に人類の技術がラダムに追いついていないと言う事と同義であろう。タカヤは六ヶ月以上脱出ポッドの中で過ごした事になるが、これは冷凍冬眠装置が付属した生命維持装置のおかげである。
 その間の六ヶ月で人類は数十億の人間がレーザー砲の嵐に晒され、ラダム獣の蹂躙を受けて大きく衰退した。
「ようやくORS付近に到着した俺は、もう相羽タカヤではなかった。俺は……自らの使命を果たす為に戦いを始めた……!」
 脱出カプセルは爆発する様にして燃え上がり、その中からクリスタルフィールドに包まれた人型が現われる。素体だったタカヤは、そのままフィールドの効果で装甲を纏い、もう一人の自分の姿を形成していった。
テッカマン! ブレード!!」
 そしてORS付近で戦いを行ったブレードは、先遣隊であるダガーと交戦し、ダガーの策にはまって地球へと突き落とされた。
それが地表に落着し、隕石だと思って近付いたアキ達が裸で傷を負った彼を保護するのだ。Dボゥイとして。
「後は……みんなの知っての通りだ」
 スペースナイツの面々はようやくDボゥイの真実を知った。誰しもがその言葉に同情しているが、冷静なフリーマンだけは頑なな表情だった。Dボゥイが経験したこの事件を、彼は詳細に分析している。ラダムと言う異星人の目的が、未だはっきりしないのがその要因だった。彼らは地球を侵略して何を得るのか? 自分以外の生命体を取り込んでテッカマンに仕立てあげる、罠の様な宇宙船を放流して何をしようと言うのか。
 その時、通信が入った。
「チーフ、患者が目を覚ましました!」
「うむ!」
 これでミユキの話が聞ければラダムの目的が少なからず判明するだろう。フリーマンはそう思い、ミリィは手術室にいる2人に声を掛けた。
「Dボゥイ! 妹さんが気が付いたって!」
「ミユキが!」
「行きましょう!」
「ああ!」
 アキは立ち上がって、Dボゥイと一緒に集中治療室へと急ぐ。
 治療室の扉を開けると、ミユキはベッドに横たわってDボゥイを見た。
「お、お兄ちゃん……」
「ミユキ……ミユキ!!」
 Dボゥイは起き上がり、無事な彼女を見た。そして堪らずにミユキを抱き締める。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 会いたかったぁ!! お兄ちゃん!!」
アキは再会する二人を見て、本当に良かった、と思う。家族を目の前にして歓喜に震えている、こんな彼を見るのは彼女は初めてだった。そしてまた涙するのだった。
「探したのよ! 私、探したの! 一生懸命、探したの!」
「ミユキ……」
「どうしても……どうしても、伝えなきゃいけない事があって……私が……死ぬ前に……」
「……死ぬ……?」
 今命が助かったと言うのに、ミユキ自身から死ぬと言う単語を聞いて、Dボゥイは歓喜の表情が豹変する。
「どう言う事だ!? 死ぬって、ミユキぃ!?」 
「あたしは……あたしは! お父さんと同じ……排除された、不完全なテッカマンなの!!」
ミユキは、Dボゥイの目から視線を逸らしながら叫ぶ様に言った。それを聞いてアキは驚愕し、Dボゥイはやっと登頂した巨峰から、奈落の谷底に突き落とされる様な感覚に陥る。
「う……うぉわあああああああぁぁぁ!!」
 Dボゥイはミユキの前で、愛と哀しみが綯い交ぜになった、悲鳴のような雄叫びをあげるのだった。


☆今回はかなり時間掛かりました。おかげでデッドライン過ぎちゃったじゃんよぉ! 印刷所止めてっから早く書けよぉほらほらぁ! 的な感じに陥ったのでしょうか(笑)兎にも角にも時間が掛かったのはあれです。Dボゥイが土星までどの位の期間で行ったのか微妙に良く分からない事が多くて。更に喉風邪ひいてもうやる気減退。でも、それでも夜なべして何とか24話まで出来上がりました。これで何とか半分まで来たかな? これが折り返しと言うには余りにも哀しいラストではありますが。もっとこれから哀しい事を書かなきゃいけなくなるわけで。嫌だなあ、でも暗いの好きだなあとぶつぶつ言いながら、キーボードを叩く最近であります(笑)
作画は普通ですね。途中の一話バンクシーンがあるおかげで随分助かった気がします。