第29話 地球氷河期作戦

今日も地球とアルデバロンの終わり無き戦いが続く。そんな最中、突如木星の衛星であるガニメドが忽然と消失する。しかし世界連盟はこの異変を無視した。木星圏はアルデバロンの支配下であり、何よりも今は地球の防衛を重視しなければならないからだ。
その頃、BFS基地ではバルディオスチームに補充要員が到着する。彼の名はデビット・ウェイン。パルサバーンのパイロット候補生としてBFSに配属され、マリンに万一があった時の為のセカンドパイロットであった。マリン達の第一印象は二枚目で気障な奴であったが、雷太やオリバーがパルサバーンの操縦を出来ない事を示唆されると、生意気で厭味な奴と言う評価が加わっていく。デビットを紹介していたその矢先、アルデバロン来襲の警報が鳴り響いた。性格はどうあれ、マリンは出撃にデビットを追従させバルディオスの操縦を教え込もうとする。確かに自分のスペアは必要だと考えるマリン。しかしデビットはスペアとしてではなく、マリンを押しのけ正操縦士になると彼らの前で宣言するのだった。
バルディオスが透明円盤を華麗に迎撃する様をパルサバーンのコクピットで見るデビット。その凄腕の操縦ぶりにさすがのデビットもマリンの腕を認めざるを得なかった。そんな最中、突如昼間でありながら空が暗くなっていく。これが地球で言う日食なのかとマリンは思ったが、今現在月の軌道は別にある。それは原因不明の何かであった。
亜空間要塞アルゴルではアフロディアが総統に作戦完了を高らかに告げる。これは木星の衛星ガニメドを太陽と地球の間に配置し、地球に降り注ぐ太陽の光を完全に遮る作戦だったのだ。赤道直径5200kmの衛星を丸ごと移動させると言う、いつに無いアフロディアの荒業に驚嘆するガットラー。後は地球が冷えていくのを待つだけである。氷河期の様な大気が地球の全土を覆い、地球に住む人々は暗闇と冷気の恐怖に脅かされる事になるのだった。
各地で凄まじいブリザードが吹き起こる中、クインシュタインは冷静に原因となったガニメドを見る。大気はメタンガス、それ自体はほぼ氷で構成された衛星ガニメド。氷なら太陽の光熱で溶ける可能性もあるが、直径3400kmの月よりも大きいガニメドが完全に溶解するのには概算で100年の時を要し、このまま何もせずにいれば地球人は一年と持たないだろうと彼女は推測する。その時を待ち、誰もが死に絶えた後にアルデバロンはガニメドを運んだ技術と同じ方法でそれを消し去る。そして地球側はそんな技術を持ち合わせていない。戦う事なく待つだけで地球が手に入る完璧な作戦であった。
しかし完璧な策を攻略するのにたった一つだけ方法はあったが、クインシュタインは逡巡していた。それはガニメドを爆破する事である。メタンで覆われた大気に酸素を混合させ、火を付ければ連鎖的に爆破を起こし衛星自体を消滅させる事が出来る。衛星に酸素は無いが、それは衛星の氷、即ち水を水素と酸素に分解する事で解決する。しかしその分解機を作るのには世界中の頭脳を終結させねばならないと語るクインシュタイン。だが、それ自体が彼女を躊躇わせる原因ではなかった。
かくして世界中の頭脳を結集しクインシュタイン陣頭指揮の下、ガニメド破壊ロケットフィクサー1はわずか三週間で建造され、秘密裏にBFS基地へと移送される。打ち上げを待つフィクサー1だが、たった一人のパイロットの選別に難航していた為、数日を経ても飛び立つ事は無かった。連盟代表のモーガンも月影達にフィクサー1を発射する様強い要請をする。こうしている間にも各地で凍死する者達が後を絶えなかったからだ。しかし月影とクインシュタインは逡巡していた。フィクサー1は特攻兵器なのだ。
マリン達は月影からフィクサー1に乗ることが死に繋がる事だと改めて告げられる。クインシュタインはそれに最初から気付いていたのだ。身寄りの無い天涯孤独の雷太が志願しようとしたが、フィクサー1に乗るパイロットはパルサバーンに乗れる者だけ。つまりマリンしかフィクサー1を動かせないのだ。意を決してマリンが志願しようとしたのを止めたのはデビットだった。これからも戦いが続く事を考えれば、バルディオス、ひいてはマリンは地球に必要だ。フィクサー1は自分が操縦すると。しかしデビットはパルサバーンを動かした事は無い。マリンは無理だと断言する。そんな彼にデビットは二人だけで話がしたい、と展望台へ赴く。
リザードが吹き荒ぶ中、デビットは開口一番にマリンに問う。何の為に戦うのかと。それは独白に近かった。彼は博士の元で亜空間力学を学ぶ一学生だった。そして大人の女性に恋焦がれる少年でもあった。学生時代、彼女に憧れる余り告白した事もあったが、思春期の時に良くある錯覚だと諭された事もある。その時は自分が一生徒でしか無いただの子供だと言う事がとてもやりきれなかった。更に彼女にはネルドと言う婚約者がいたが、学会から追放された後行方不明になってしまった事を知る。一人自室で声を押し殺し泣く彼女に何もしてやれない自分が情けなかった。そんな弱々しい彼女を目の当たりにして、学生だったデビットはネルド以上の学者になり彼女を守ろうと心に誓い努力し続けた。しかし彼が青年となった現在でも彼女はネルドの事を忘れてはいない。そしてデビットも少年の誓いを持ち続けている。だからこそ今、亜空間力学に精通しBFSへと入隊してきたのだ。ネルドと袂を分って以来、彼女は研究だけが全ての女になっていた。実力でしか相手を評価しない人。それはネルドが死んだ後でも変わらなかった。だがデビットはその実力を持って彼女の前に現れた。彼女の為に何かしてやりたい、そう思ってフィクサー1に乗る決意をしたのだ。
「俺に行かせてくれ。俺は地球の為、S−1星に勝つ為には死ねない。だが……博士の為になら死ねる!」
そんな二人のやり取りをクインシュタインは影で聞いていた。彼の決心が彼女の心に深く突き刺さる。
そして改めてデビットはフィクサー1のパイロットに志願する。その決心は誰の言葉でも覆せない。遂に月影は苦渋の表情でデビットに明朝、出撃を命じる。マリンは彼の気持ちをクインシュタインに分ってもらおうと言葉にするが、彼女は今まで見せた事も無い表情でそれを拒否する。その時彼女は一人の女性になっていた。
明日死ぬと言う結果だけが待つデビットは展望台で頭を垂れていた。そこにクインシュタインが訪れる。こんな事の為に彼に勉学を教えてきた訳ではなかった。そう言って彼女は後悔する。二人が出会ってもう10年、その関係はこの時までも先生と生徒であった。だがそんな関係はもう願い下げ、とデビットは心境を吐露する。
「今夜は……貴女と一緒にいたい!」
その決心を聞いてクインシュタインは震えが止まらなくなる。彼の最後の望みを叶える為に。
「午前一時……部屋の鍵は開いています」
クインシュタインは自室でシャワーを浴び、鏡の前で自分を見る。長い髪に美しい相貌。32歳と言う年齢でありながら、その肢体は聖女の様に輝いていた。彼女は明日死ぬ者の為に抱かれる決心をした。常に理知的に物事を処理するクインシュタインにとって、その事に良し悪しの判断も付かなかった。そんな暇はもう既に無いのだ。マリンは自室に引きこもり、雷太やオリバー達は明日死ぬデビットの為に酒を浴びるほど飲む。皆思い思いにデビットの事を考えていた。午前一時が過ぎた時、密かにデビットはクインシュタインの部屋に訪れ、ドアを開ける。鍵は開いていた。自分を一人の男として認めてくれた、その事実だけでデビットには十分だった。彼女に気付かれないようにドアを閉めると、デビットは即座に格納庫へと走り出し、フィクサー1を発進させる。轟音を上げるフィクサー1をクインシュタインはただ呆然と見送る事しか出来なかった。
フィクサー1が飛び立つとそれをフォローする為にマリン達が出撃する。何故今出撃するのかと言うマリンの問いに、もう思い残すことは無いと応えるデビット。地球を離れ、ガニメドに近づいた処で敵の猛襲が来る。直ちにチャージアップし迎撃するマリン達。透明円盤を撃破し、目標が至近に迫ると今度は衛星自体から防衛波が放たれる。無数に襲い来るエネルギーの波を紙一重でかわすデビットの腕に驚嘆するマリン。そして遂に運命の時が来た。
「そろそろお別れだ、バルディオスの諸君……危険ですから、亜空間までお下がりください!」
最後まで泣き言を口にせずに強がるデビットに三人は涙する。そしてバルディオスは亜空間へ突入した。
「女の為に死ぬなんて、俺も馬鹿だね……さよなら、俺のクインシュタイン!」
レバーを押し込み、フィクサー1がガニメドに特攻する。次の瞬間、宇宙の闇が眩い光に満たされ、太陽が現れた。
かくして地球は元の光を取り戻し、人類の滅亡は回避された。だが、その男デビット・ウェインが何の為に散っていったのか、その理由を知る者は限りなく少ない。
エクシ感想……予想以上の難産でしたが、何とか書き記す事が出来ました。エクシ的にももう書き残す事は無いって感じ。テレビ版ではあんなにカッコいいデビットも映画版ではいい加減な扱いになったのがかなり許せなかったり。衛星ガニメドは実際にあるガニメデとは別物なので科学公証は無しにお願いします。ずっと太陽の光を遮断し続ける軌道の話とかもね?(笑)死に逝く男達に感涙せずにいられないエクシなのでした。という感じで今日はここまで。
それではまた〜(l_l)ノシ