第30話 父の面影(1992/9/15 放映)

待たせたなノアル!

脚本:岸間信明 絵コンテ:中村隆太郎 演出:西山明樹彦  作監&メカ作監:加野晃
作画評価レベル ★★★★☆
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第29話予告
ノアルの故郷はラダムによって無残に切り裂かれていた。そして人々の心まで……。
次回 宇宙の騎士テッカマンブレード「父の面影」仮面の下の、涙をぬぐえ。
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イントロダクション
連合地球暦1925月6日、スペースナイツ基地は地上から姿を消した。荒廃した地上で人類は来襲するラダム獣の前に、恐怖の日々を送っていた。そして、五ヶ月の放浪を経て、アキ達と再会したDボゥイは、ラダムの基地がある月面へ向かうパワーを得る為に、地上に降りたアックス・ソード・ランスの持つクリスタルを求めて、旅を続けていたのである。
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スペースナイツの一行は、イスラエル地区から北上し、トルコを経て東ヨーロッパに入っていた。今現在、グリーンランド号はルーマニアの中央部に来ている。美しい川や石橋、古風な建物で構成された其処はまるで近代科学の現代から取り残された様な町だった。
「ここも襲われた跡ね……」
 アキがグリーンランド号の窓から町の様子を見ながら、暗い面持ちでそう言った。
「でも、まだ良い方ですね。まだ住めそうな建物が残ってます」
 ミリィの言う通り、町の其処彼処には爆発物によるクレーターがある。だが、破壊された痕があると言うだけで、建物の損壊は然程ではない。何より侵食する様な害悪であるラダム樹が無いのが救いだった。
「アックスが現われたと言う噂だが、どうも違うな」
「え? 違うって、どう違うのよぉ?」
 Dボゥイがそう言うと、レビンが怪訝な声を上げる。
「奴らなら、こんな中途半端な壊し方はしないはずだ」
「それもそうねぇ」
 彼らが今まで見た町はラダム獣に蹂躙され、更に根を下ろす様にラダム樹を其処彼処に生やす。ラダムに襲われると言う事はつまりそう言う事なのだ。それに比べれば、この町の損壊具合は異星人によるモノではないと考えられた。
「……」
トレーラーが瓦礫に乗り上げて運転席に軽い衝撃が起こる。しかし運転しているノアルは妙に静かだった。いつもなら「まぁったく、どこのどいつが町をこんな風にしやがったんだか!」と言う風に悪態の一つや二つが出てもおかしくはないのに。
「じゃあな。俺達はこの先の住宅街まで足を伸ばしてみる。うまくいけば、エネルギーを分けて貰えるかもしれないんでね」
積載されていたジープをグリーンランド号から出すと、ノアルは乗り込んでそう言った。町の広場にトレーラーを停泊させた面々は、メンバーを二つに分けて調査に赴く事にした。ノアルとアキとミリィ、Dボゥイとレビンとペガス、2チームに分かれる。 
「俺達は何か情報が無いか、そこらを当たってみる」 
「気をつけてね。テッカマンアックスではないにしろ、何者かがここを襲ったのは事実なんだから」
 アキがDボゥイ達の身を案じる様にそう言った後、ジープは走り去った。
「いってらっしゃーい」
「ノアルの奴、どうかしたのかな……」
走り去るジープに向かってレビンが手を振った時、Dボゥイはノアルの様子がおかしい、と思ってそんな風に口を開いた。そう、彼の悪態がいつもなら嫌と言う程聞けるはずなのに、このルーマニアと言う地名に来てから、彼は口をつぐんだ様に静かだった。
そしてDボゥイは、数ヶ月前まではそんな人の感情の機微などに気付ける様な洞察力は無かった。この数ヶ月の放浪を経て、彼は著しく成長を果たしていた様だ。
「えぇ?」 
しかし、察しの悪いレビンはどうやらノアルの挙動に気付いてはいない様子だった。
廃墟と化した街をジープがひた走る。時には瓦礫を踏んで、小刻みな振動に揺らされる三人。
「……ノアル?」
「……喋ってると、舌を噛むぜ」
 アキもノアルの様子が何かおかしいと気付いていた様だ。そんな彼女の気遣いも、ノアルの言葉で遮れられた。まるで、今は何も聞くな、と言わんばかりの態度だった。
程なくして三人は、電車が横転して道を塞いでいる場所に来た。それを見てノアルは舌打ちする。
「他の道を行きましょう」
 そうアキが提案した時、ミリィが瓦礫にある朽ちた看板を見つける。本来は街路の入り口辺りに飾られるはずの物だ。その看板には「AVE Vereuse」と書かれている。
「あ……えっと、ベルース通り? ベルース通りって、ノアルさんと同じ名前ですね!」
「え?」
 ベルースと言う単語を聞いて、ミリィは偶然かと思う。ベルース、ノアルのラストネームが付けられた通りの名を聞いて、アキは怪訝に思う。
「……行こう」
 ノアルは二人の疑問に応える事も無く、ジープをバックさせると、瓦礫や横転している電車の斜面を利用して障害を飛び越した。着地すると車内に強い衝撃が走り、彼女らの疑問はそれに誤魔化された様な状態になる。そしてノアルは町を出て小高い丘の上に見える、古い屋敷を目指す様に走り出した。
屋敷まで辿り着いた一行は、朽ち掛かった門を前にして立ち止まった。ノアルはジープを降りて、呆然とその屋敷の景観を見ていた。
「……!」
門の上部中央にある彫刻、薔薇の紋章を見て、アキは息を呑んだ。
「あ、ノアルさん!?」
 そしてノアルは、ミリィが止める間も無くまるで弾かれた様にその屋敷内へ向かって走り出す。
「前に聞いたことがあるわ……確か、ノアルの実家のベルース家は、この地方の名門で、薔薇の紋章がある家だって」
 本来、ノアルは自分から過去や出自を話す性格ではない。これは、フリーマンと雑談中に聞いた話であろう。
「薔薇の紋章……じゃ、このお屋敷が?」
「えぇ、ノアルは家族の生死を確かめる為に……」
ミリィとアキはそう言って、彼、ノアル・ベルースの実家であるこの屋敷に、足を踏み入れるのは何となくはばかれる様な気がする。彼女らはノアルが戻ってくるまで、門の前で待機する事にした。
ノアルは屋敷内を走って探した。其処は、広大な屋敷だった。天井が高く、窓も広い。部屋は数え切れぬほど多く、カーテン付きのベッドやシャンデリアと言った、全てが高級ホテルの様な作りを呈している。そしてノアルが最後に辿り着いたのは、写真や表彰状が多く飾られた一室である。其処の部屋は天井に穴が空き、電気や灯が無くなった暗い館内でも、陽の光でノアルが照らしだされている。
誰もいない。人の気配が無い。時々溜まっていた埃が風で舞い上がる。つまりそれは、この館に暫く人が足を踏み入れていない証拠だった。
現在では破れているボロボロのカーテンが風で煽られているのを見て、ノアルは憧憬を脳裏に浮かべる。それは、幼い頃自分が掴まって遊んだのと同じ物だ。此処は彼の父母の部屋だった。
カーテンに掴まり、昇って母に手を振る。優しき母は、危ないからやめなさい、と無闇やたらに叱り付ける親ではなく、静かに「危ない事はしない様に」と諌める様な女性だった。
幼い少年が無鉄砲の末にカーテンから落ちて泣き始めた。母は優しい女性だったが、父は厳格な人間だった。落ちて泣いた少年を抱き締めて宥めようとした母を、父は故意に止めた。無鉄砲の末に落ちた息子を気遣う必要は無い、と。彼は厳しい目付きで泣いている少年を無言で見る。これは自分の無茶の末に自分自身が傷つくと言う事を、身を以って教える彼なりの教育術だった。
そんな無言で自分を見つめる両親を見て、少年は悟った。自分が悪いから痛い目を見たのだと。少年は泣くのをやめると、すっくと立ちあがって自分の両親を見る。そんな風に立ち上がった息子を見た父は、厳しい表情から優しい顔付きになった。良く自分の行為を反省し、立ち上がったと。そして、自分を抱え上げて遊んでくれる、そんな憧憬をノアルは思い出していた。
パタン、と埃を舞い上げながら写真立てが倒れた。その音で振り向くノアル。多くの思い出が敷き詰められる様に置いてある写真達は全て覚えている懐かしい記憶だった。そして倒れた写真に近付いて起こしてみると、それは母の写真だった。止まった母の笑顔を見た瞬間、ノアルの瞳が奮える。
母は元々静かな立ち振る舞いをする女性だったが、それは虚弱な体質から来るものだったらしい。ノアルが10歳にも満たない内に、彼女は病に倒れて直ぐに亡くなった。花が敷き詰められた棺に入っている彼女の様は、今にも起きるのではないかと言う程に美しく端正だった。喪服を着て顔をぐしゃぐしゃにして泣く少年のノアル。そんな彼の肩に手を置きながら、父は言った。
「泣くなノアル。軍人たる者、常に強くなくてはいかん。どんなに辛くとも、人前で涙など見せてはならない」
 そんな風に泣く事を許さなかった父。妻の死に際しても涙を一滴も流さない父ではあったが、その表情には暗く重い影を落としている。どんな状況にあろうとも、涙を流すと言う事は心が屈してしまうと言う事を意味するのだ、と身を以って教えてくれたのは父だった。
 次にノアルが訪れた部屋は、自分の部屋だった。棚には数々のトロフィーが置かれ、壁には多くの写真が飾られている。棚に近付こうとした時、足元に落ちているトロフィーを取り上げた。
――――みんな……死んじまったのか……
ノアルは額縁で飾られた写真を見上げた。サッカーチームの写真や、自分のプレイしているポートレート。皆楽しげな笑顔で写っている。そして今現在、町には人の影も無く、友人達や父親は何処にもいない。ラダムに地球が占領され、彼らは今どうしているのかと心配するのは当然だった。
その時、部屋の外で何者かがライフルを構えた。弾を装填する音が鳴ったが、ノアルは気付かなかった。
プールを見下ろす。其処はかつて自分が軍に入隊した時、父と敬礼を交わした場所でもある。士官学校に入学して敬礼する息子に対して、杖を使用人に預け敬礼を返す父。暖かい日差しの中で交わされるそれは、ノアルにとって忘れられない思い出でもあった。
「そうか! プールか!」
 突然、水の張っていないプールを見たノアルは、自室である二階から窓を蹴破って飛び降りた。プールに近付くと、飛込み台の傍にある台状の箱に手を伸ばす。
「シェルター……誰かいるはずだ!」
 其処には、緊急の為に用意してあったシェルターが設置してあるのを思い出した。何者かに襲撃された時の用意としては、かなり大掛かりなモノである。
「やめろ……それに触ると許さん……! さぁ、さっさとこの屋敷から出て行け!」
箱に手を伸ばしたその時、後ろから男の声が響いた。銃の装填音を聞いてノアルはライフルを突きつけられている事を悟る。
「分かったよ……」
ノアルは手を上げると同時に、持っていたトロフィーを投げ捨てた。
「それは……」
「はっ!」
 トロフィーに気を取られたその隙を、ノアルは逃さなかった。後ろを振り向かずに、そのまま後方へジャンプしながらのソバット、つまり後ろ蹴りを、銃を持つ男の胸に叩き込んだ。
「うぐぁ!」
 そして倒れ込んだ相手に向かってトドメの一撃を見舞おうとするが、
「ク、クリストフ!?」
「……ぼっちゃま! ノアルぼっちゃま! あぁ……!」
 その白髪で痩身の老人はベルース家の執事であるクリストフだった。
「わぁるい悪い! クリストフとは気が付かずに!」
ノアルは慌てて老執事を抱き起こしつつ、懐かしむ様に抱き締めあった。
「ノアルぼっちゃま……よくご無事で!」
「ハッハッハ! クリストフもな! いやぁ、そうか! みんな元気か! 親父は? シェルターの中だな?」
 台状の箱はプールの中にあるシェルターを開ける為の装置だった。偽装された蓋を開け、スイッチ類を顕にすると開閉番号を押す。すると、プールの底が割れる様に両側にスライドし、その下にあるガレージ風のシェルターがせり上がってきた。
シェルターがプールサイドと同じ高さに上がると、シャッターが開いて中から10数人の男女が出てきた。皆懐かしい顔見知りだった。人々は口々に「ノアルぼっちゃん」と言いながら再会を喜んでいる。
「よぉお! みんなぁ! よかった! で、親父は?」
「申し訳御座いません、私達使用人の家族がここを使わせて貰っております」
 クリストフ爺が前に出て、ノアルにそう言った。
「じゃあ……親父は……」
「ラダム獣の襲撃を受けたのです……お父上は私らだけをこのシェルターに入れまして、ご自身は雄々しくあの化物共に向かってゆかれたので御座います……」
そう言って、老人は涙を流した。杖が無くては歩く事もままならない主人が、ライフルを構えてラダム獣に挑む姿を思い出しては、また泣いた。
「そうか……」
――――泣くなノアル……軍人たる者常に強くなくてはいかん。どんなに辛くとも、人前で涙など見せてはならない……
「分かってるって……親父……」
 父親の懐かしい笑顔を思い出して、ノアルはそう、独り言の様に呟く。彼自身、人前で泣くと言う事は決してしないが、以前一度だけ、Dボゥイの嘆きと復活を見た時のノアルは、ソルテッカマンの仮面でその泣き顔を覆い隠していた。誰にも涙を見せてはならないと言う、父親との心の約束は、今でも果たしてきたつもりだ。
「親父は、軍人である事をいつも誇りに思っていた。身体を壊して退役したが、気骨だけは衰えなかった」
 屋敷の直ぐ傍にある墓石を前にして、ノアルはそう語る。門の前で待機していたアキとミリィを呼び、クリストフとその家族達もその場にいる。
「一人でラダム獣に立ち向かうなんて、そうでなければ出来ない事ですもんね」
 アキがそんな風にノアルの父を思って言った。誇り高き名家の、生粋の軍人。
「親父は自分と同じ道を歩ませようと、俺を無理矢理士官学校に入れた。でも俺は、あの堅苦しさが嫌でね、直ぐチーフに誘われて、外宇宙開発機構に移籍しちまった。親父は烈火のごとく怒って、それ以来勘当同然さ」
「生きてらっしゃれば、ラダム獣と戦う、軍人以上に勇ましいノアルさんが、見られたのに……」
 戦場でソルテッカマンを駆る勇ましいノアルの姿を見れたら、とミリィも口を開いた。
「なぁに! 俺だけ悲しんでいるワケにはいかないさ」
 葬式の様な暗い雰囲気を払拭させる様に、ノアルは明るい声で言う。そう、今現在世界中で人の生き死にが巻き起こっている以上、今は悲しんでいる場合ではない、とノアルは思う。
「おぉ……ぼっちゃま……」
 明らかに悲しんでいても、強がるノアルを見て、クリストフが顔を押さえてまた泣き崩れた。
「お爺様……」
 そんな老人の身を案じて、一人の女性が彼を支える様に傍にやって来た。
「クリストフ、もう……あれっ? 君は?」
「ノアル……」
 栗色の長い髪をした女性がノアルを見てそう名前を呼んだ。可憐で美しい彼女は、ノアルと同世代に見える。
「ソフィアか! お転婆娘も随分女らしくなったじゃないか! 分からなかったぜ!」
「ノアルったら……」
 ソフィアは、照れる様に視線を逸らした。 
「ソフィアだ。クリストフ爺さんの孫娘でね。こっちはアキとミリィ。俺と同じ、スペースナイツのメンバーさ!」
「よろしく」
「えへっ! ノアルさんの恋人?」
「えっ! いえ……そんな……」
 ミリィのそんな言葉に、ソフィアは動揺した。子供の頃に一緒に遊んだ少年が、こんなに逞しくなって帰ってきた。彼女はノアルに対して、どんな態度を取ればいいのか分からない風である。
「まぁそう言うこった。俺にとっちゃ、世界中の女の子が恋人だからな! はっはっは!」
 そう言って、ノアルはいつもの軽口で笑った。その表情に先程の暗く重い影は無く、やっといつものノアルに戻った様である。
 廃墟の町を二人と巨大な機動兵が歩く。二人は、未だ人影を見ていない。しかし、Dボゥイは既に勘付いていた。視線を前から外さずにDボゥイは静かに言う。
「ペガス、いつからだ?」
「ハイ。サンプンホドマエカラ、ヒダリノガレキノウシロニ、ニンゲンノセイメイハンノウガアリマス」
「え……え? 何のことよぉ?」
 無骨な電子音声を聞いてレビンがワケが分からない、と言った感じでDボゥイとペガスを見る。
「ちょっと脅かしてやれ……」
「ラーサー」
そうペガスが返事すると、突然左腕のランチャーで左側面にある崩れかかった壁を撃った。レビンはその轟音で慌てて耳を塞ぐ。と同時に、Dボゥイは瞬時に飛び上がっていた。
「う、うわぁ! やめてくれぇ!」
 壁が完全に崩れて、一人の男が出てきた。その男の背後に着地したDボゥイは、直ぐ様彼を羽交い絞めにする。どうやら男は、数分前からDボゥイ達一行をつけて、監視していたらしい。
「痛てて! 放してくれぇ!」
「こそこそ隠れて何をしてたんだ!」
「勘弁してくれ、間違えたんだ! 人違いだよぉ!」
 そう言われて拘束を解くDボゥイ。左腕を絞められた男は、堪らずに倒れ伏す。
「誰と間違えた!」
「奴らがまた、荒らしに来たのかと思ったんだよぉ!」
「奴らって誰だ?」
「ハイエナの連中だよ。大人数でやって来て好き勝手荒らしていきやがんだぁ!」
「……そいつら人間か?」
「あぁ……俺達と同じ、人間だ……」
 Dボゥイの質問に、男は半ば落胆する様に応えた。ただでさえラダム獣と言う恐怖に打ちのめされている人々が、今度は暴徒によって苦しめられている。そんな現況を落胆しているのだ。
 そして、その奴らがまたやって来る。山賊集団ハイエナと呼ばれた彼らの風体は、暴徒と言うより暴走族の様相だった。だが、ただ走り回るだけの暴走族ならまだいい。彼らは何処から手に入れたか知れない連合防衛軍の装備を携えていて、戦車や戦闘車輌、武装バイクに乗って無軌道に走り回り、ミサイルランチャーや戦車砲で町を荒らす無法者と化している。嬌声を上げ、クラクションを鳴らしながら、彼らはノアル達の直ぐ傍まで来ていたのだった。
 ノアル達とソフィアは、屋敷から少し離れた場所にある教会堂に来ていた。
「この子達の半分は、両親を亡くした孤児なんです」
 礼拝堂にいるのは子供が殆どである。ここは避難所として機能する仮の住居の様な場所だった。皆絵本を読んだり、絵を描いたりして思い思いに遊んでいる。
「貴女が、親や先生の代わりになって、勉強を教えたりしてあげているの?」
「偉いわ」
 アキとミリィが、そんな風にソフィアを評した。
「そんな、褒められる様な事はしていません」
 そうソフィアが謙遜した時、少年達の一人が布で作った丸い玉を取り落とした。それは不恰好ではあるが、彼らにとっては遊具であるボールなのだろう。それがノアルの足元に来た時、
「ほいっ! ふっ! ほぉーらよっ!」
 そのボールを彼はサッカーのリフティングで蹴り上げ、床に落とさずにコントロールしつつ、見事に足だけで軽く少年に返した。少年達はそんなノアルの様を見て、憧れる様に凄い、上手だねと感嘆している。
「はっはっは!」
「ノアル」
「ん?」
「子供達にサッカーをさせてあげたいの」
「サッカぁ? おいおい、今は世界中が非常事態だっ―――」
「えぇ! 分かっているわ! とてもそんな時じゃ無いって事は!」
 ノアルの声を遮る様にソフィアは言う。彼女は心なしか必死に訴えている様である。
「でもね、この荒んだ時代だからこそ、子供達にルールを守る事や、他人の痛みを感じる事が出来る様になって欲しい……その為にも、子供達が思いっきり走れる、サッカー場の様な広い遊び場があったらいいんだけれど……」
「殆どが瓦礫の山か、ラダム樹の湿地帯になっているものね……」
「それに……」
「何か気になる様な事でもあるのか?」
「最近、町を荒らしまわって略奪や暴行を繰り返すハイエナの様な人達がいるの」
「ひょっとして、Dボゥイがラダム以外の者に町が襲われたらしいって言ってたのは……!」
「あの子達に、そんな真似をさせてはいけない。今が大切なの! 幾らラダム樹が蔓延ろうと、子供達の心の中にまで根をおろさせはしない!」
 そんなソフィアを見て、ノアルは彼女が本気だと言う事を知った。例えラダムに完全に侵略されたとしても、ルールを守って立派な大人になって欲しい、そんな思いが痛いほどに伝わってきた。
「……オッケー! 分かったよ! サッカーが出来る様な広場を作ろう! あの俺ん家をぶっ潰してな!」
「でも……ノアル!」
「……いいさ。死んだ親父も、その方が喜ぶさ!」
 子供達からボールをパスされたノアルは、振り返りながら、ソフィアにそう言った。思い出も何もかも、今は胸の内にある。例え懐かしい我が家が壊されたとしても、ノアルにはもう、それだけで充分だった。
 そんな彼を見て、目に涙を溜めながら、ソフィアは笑顔で頷いた。
早速トレーラーに戻った三人は、ジープの後部にソルテッカマンのポッドが乗る車輌を付けて再び屋敷へと赴いた。Dボゥイ達はまだ調査から帰っていないらしい。二台分の車輌に繋がれたロープを、建物の支柱に括りつけ牽引し、崩して壊す。
「そーれ! そーれ!」
「オッケー! いいぞ!」
 そんな作業を繰り返して行い、次々と屋敷はだだっ広い広場へと姿を変えていく。子供達も、牽引されるロープを、綱引きを楽しむ様に引っ張って手伝った。
「はい、ノアルさんお水!」
「おぉ! サンクス! でもサッカーったって、道具が無きゃなぁ?」
「それがねぇ? 取って置きの物があるんだって。今ソフィアさんが取りに行ってます!」
「取って置き?」
 そうノアルは怪訝な声を上げた。屋敷にはサッカー道具やボールなんて無かったはずなのに、と。
 その頃教会堂に戻ったソフィアは、奥にある書斎で机に置いてあるボールを手に取っていた。
「やっとこのボールが使える!」
 ソフィアはそのボールを慈しむ様に抱えると、書斎を出て礼拝堂に駆け出した。
その時突然、礼拝堂の椅子にナイフが突き刺さった。
「はっ!」
 礼拝堂の窓に男が二人、ナイフを弄びながらソフィアを見ている。
「ひゃっひゃっひゃ!」
下卑た笑いと共に、今にもまた彼女にナイフを投げつけようとしていた。
「あ……あぁ!」
恐怖で戦慄するソフィア。遂にこの教会にも、山賊集団がやって来たのだ。
「ひゃぁーっはっは! たーまやぁ!」
そして今度はミサイルランチャーが火を吹き、弾頭は屋敷の屋根に直撃する。ハイエナが描いてある旗を立てた無法者達は、町を荒らすだけでなくノアルの屋敷にまで手を伸ばそうとしていた。
「な、なんだ!?」
「奴らです! ハ、ハイエナ達が!」 
「くっそぉ!」
ミサイルの直撃、クリストフの言葉を受けてノアルは撥ねるように門へと向かった。門の外では武装バイクや戦車が群れを成し、ミサイルや戦車砲を携えて屋敷を威嚇していた。 
「お屋敷の方々よぉ! お嬢さんのお戻りだぜぇ!」
拡声器で、リーダー風の男がそんな風に野卑な言葉で叫んだ。見れば、先程男達に捕えられたソフィアは、戦車の砲身にボールと共にロープで括りつけられている。
「ソフィアさん!」
「なんてことを!」
 ノアルが怒りを顕にして叫ぶ。そんな時、一緒に来た少年の一人が声を上げた。
「あぁっ! サッカーボールだ!」
「えっ!?」
「ノアル兄ちゃんが、初めて大会に優勝したボールだって、ソフィアが言ってた!」
 その言葉を受けて、ノアルは思い出した。チームに貢献し勝利を得た後、応援に来てくれたソフィアへ記念にと使用していたボールを贈ったのだった。彼女はそのボールをずっと大事に仕舞っていたらしい。ソフィアにとってそのボールは、特別な物だったのだ。
「みんな……下がってろ!」
「ノアル!」
「おぼっちゃま!」
 そして、ノアルは人質に取られているソフィアを助けるべく、ハイエナ達に向かって歩き出した。銃も持たずに、無防備で一歩一歩歩く。
「っく!」
銃声が鳴り響いた。顔に傷が付いたハイエナ団のリーダーは、向かってくるノアルをいたぶるつもりらしい。銃弾は肩を掠めた。
「へぇっへっへ!」
「ぐぅっ!」
また銃声。今度はモヒカンの男がノアルの足を狙って撃つ。射的の的の様に、ノアルは翻弄され続ける。
「やめてぇ! ノアルぅ!」
 ソフィアが叫ぶ。ハイエナの彼らにとってノアルは遊び道具同様だった。だが、ノアルはそれでも無防備なまま、歩いていく。
「やめてぇー!!」
また銃声が鳴り響き、ソフィアが悲鳴をあげた。自分のせいで、大切な人が危険な目に合うのを見ていられなかった。
「ノアルぼっちゃま!」
「ノアル!」
 クリストフとアキが、そんな決死の彼を見て声を上げる。銃弾がノアルの右足を掠め、血が流れ出た。
「てめぇら……此処へは一歩も入れさせねぇ!!」
 下品にノアルを笑う彼らを、ノアルはそんな風に叫んで睨み付けた。
「俺達だってよぉ、お屋敷で暮らしてぇのよ!」
 リーダーがそんな風に言うが、彼らは別にノアルの屋敷を欲しがっているワケではない。ただ他者が自分達の力で翻弄される様を楽しみたいだけなのだ。
「うぇへっへっへ!!」
そしてモヒカン男がソフィアに銃を向け、銃声が何発も響き渡った。括りつけられているソフィアを掠る様に撃つ無法者達。彼女には銃弾が当たらなかったが、髪に、スカートに、そして彼女と一緒に括りつけてあったサッカーボールのロープに当たり、ボールは転がる様に地面に落ちた。
無法者達の哄笑がずっと続くと思われたその時、突然空が暗くなった。見上げると、太陽の光を遮って飛行ラダム獣の大群が何時の間にか屋敷を包囲していた。
「ラダム獣! 凄い数だわ!」
「さっきのミサイルの閃光が、呼び集めたんですね!」
「早く、ノアルを連れ戻して!」
「はい!」
 アキとミリィが現状を見て即座に対応した。念の為にソルテッカマンを用意しておいたのは僥倖だった。
「あぁ! 来たぞ! 怪物共だ! う、撃てぇ!」
 ハイエナ団のリーダーがうろたえながらも、部下の無法者達に命令した。だが所詮は素人の烏合の衆である。連合防衛軍の兵器類を扱えたとしても、ラダム獣が相手では勝ち目は無かった。応戦しても立ちどころに乗っている車輌を壊され、蹂躙されていく。
「ノアルさん! 大丈夫ですか!?」
「ミリィ……俺をソルテッカマンの所へ……!」
 倒れ伏したノアルにミリィが駆け寄った。銃弾は何度か身体を掠めたが、致命傷のような傷は無い。
「ノアル! 早く!」
 アキはソルテッカマンのポッドが乗ったジープで彼らの傍に来た。ノアルは、ミリィに肩を貸されてやっとソルテッカマンを着装した。
 ハイエナ団は既に壊滅状態だった。車両はほぼその爪で突き潰され、持っている武器を放り出して散り散りに逃げ出している。
 そして、ソフィアが拘束されている戦車にラダム獣が迫る。
「うぅっ!」
ソフィアが襲われそうになったその時、ラダム獣が光弾に貫かれ消し飛んだ。爆風に煽られたソフィアは、砲身に括りつけられたまま気絶してしまう。
着装を完了したノアルは、ソルテッカマンになってソフィアの周りにいるラダム獣を掃討していく。
「うぉわっ!」
ラダム獣の爪に襲われるソルテッカマン。それをなんとか回避し、至近距離でラダム獣を撃った。対消滅の爆発で吹っ飛ばされても、尚ノアルはラダム獣を撃破していった。獅子奮迅の戦い。ノアルは大切な家族を守る為に、フェルミオン砲を乱射した。
周りにいたラダム獣を全て撃破すると、ソルテッカマンはフェルミオン砲を収納し、ホバーで滑る様にソフィアの元へと向かう。右腕のレーザー発信器をレーザーガンモードにして、ソフィアを拘束していたロープを焼き切った。砲身から解放され、落ちていく彼女をノアルは飛び上がってキャッチし、無事救出する。
「アキ、ソフィアを頼む!」
「えぇ!」
 屋敷の門に戻ってソフィアをアキに預けると、ソルテッカマンはまたフェルミオン砲を構えた。まだまだラダム獣は群がる様に迫ってくる。
「怪物め、怪物め! よくも旦那様を!」
 その時、ソルテッカマンの直ぐ傍で、クリストフがそう叫びながらライフルを構えて乱射し始めた。
「やめろ、クリストフ! 無茶だ!」
「この老いぼれの命など、旦那様の仇にせめて一矢報いねば!」
 クリストフはノアルの父がラダム獣に立ち向かって行った事を思い出しながら言った。あの時、自分が犠牲になっていればと、彼は後悔に苛んでいたのだ。
「さぁ早く!ソフィアさんと一緒にシェルターに!」
 だが、ラダム獣に通常の火器が通じるはずも無い。アキは、今は生き残るのが先決だ、と言う様に老執事を急かした。
「ここは俺に任せろ!」
「ノアル、エネルギーが残り少ないわ。これだけのラダム獣を一人で相手にするのは無理よ!」
 アキは、ここは一時撤退するべきだと提案する。地下のシェルターまではラダム獣は追ってこないだろう。
「俺はポーカーで相手がフォーカードと知ってても、降りたりしない性格でね!」
 だが、ノアルは一歩も退く気は無かった。愛するこの町や人々を守る為に、このラダム獣を全て殲滅する気だった。一匹でも逃せば、この土地を汚染するラダム樹が根を下ろしてしまうからだ。
対消滅の爆風が門を叩く様に巻き起こった。
「うっ……ノアル!?」
「早く行けぇぇっ!!」
 ノアルは、爆発する様に叫んで、アキをシェルターへと向かわせた。そして、ホバーダッシュしながら獣達の群れへと突っ込んでいった。
「ったく……ド偉い数だぜ……幾らソルテッカマンでも……ハン! 俺も親父と同じだな!!」
 そう自嘲気味に笑う。この土地を守る為に戦う、そんな父の姿と自分を、ノアルは重ねて見ていた。
 突然、目の前の土が盛り上がってラダム獣が出現する。周りを見れば、まるで自分を取り囲む様にラダム獣が土の中から次々と出現した。フェルミオン砲を構えるが、近過ぎて撃てない。今撃てば、対消滅の爆発でソルテッカマンが機能不全に陥る可能性があるからだ。
「くっそぉ!! はっ!」
 迫るラダム獣に、視界が覆われようとしたその時、空から煌く何かが飛来した!
「てやぁぁぁっ!! ふっ!」
 ソルテッカマンにラダム獣の爪が振り下ろされようとしたその時、空から降ってきた何かが、その獣を槍で突き殺した。テッカマンブレードがノアルの危機に駆けつけたのだ。
 テッカマンブレードはテックランサーを手元で回転させ、双刃の片方の刃をその掌でガッチリと掴むと、
「どりゃあぁぁ!!」
 まるで鉈を振り下ろす様にラダム獣を一刀両断した。我武者羅ではない、変幻自在の槍の舞。五ヶ月の放浪を経て、テッカマンブレードは確実に強くなっていた。 
「待たせたな、ノアル!」
「町で可愛い娘でもナンパしてたのかぁ?」
 そんな風に軽口を返すと、ソルテッカマンは頼もしき相棒と共にラダム獣掃討の共闘を開始する。ブレードが斬り裂き、ソルテッカマンが撃つ。二人は戦場を、付かず離れずに突き進み、ラダムと言う悪魔を殲滅していったのだった。
 十数分後、戦いが終わったその地では、少年達がサッカーボールを蹴りながら元気に走り回っている。
「さすがに広いな……子供達も思いっきり走り回れる」
 事情を聞いたDボゥイがそんな風に言った。そう言えば暫くぶりかも知れない。こんな風に笑顔で走り回る元気な子供達の顔を見るのは。
「親父の仇のラダム獣が、ここをぶっ壊すのを手伝ってくれるなんてな。皮肉なもんだぜ」
「お父様の、未来への大いなる遺産ね」
「あぁ!」
 アキの言葉に、ノアルが強く頷いた。ソフィアは、子供達が元気に走り回るのを笑顔で見守り、時には倒れている子供に手を差し伸べている。
 笑顔。誰しもが満足そうな笑みを浮かべていた。まだ整地されずグラウンドとは呼べない広場だったが、傍らにいる大人達やクリストフも、元気に走り回る笑顔の少年少女達を見て笑みを浮かべていた。
ソフィアの、やっと夢が叶ったという表情を見て、ノアルは満足そうに言う。
「さぁ、行こう!」
「え……だって?」
「もうここは、俺の物じゃない」
 そう、ここはもうみんなの場所なのだ。
ノアルはここでの自分のやるべき事は終わったと言わんばかりに、背を向けて歩き出した。愛する土地、家族同然の幼馴染や老執事に別れの言葉も言わずに歩き出す。
そんな彼らが歩き出そうとした矢先に立っていたのはレビンだった。
「ちょっとぉ! 酷いんじゃない? あたしだけ置いてきぼりってワケぇ?」
「すまない、後から来ると思って」
 ラダム獣の襲来を受けて、Dボゥイはレビンを放って急行したのだ。それに対して俄然と気を悪くしている。
「どーせどーせ! でも……あたしだってちゃーんと働いてるんだから! 飛びきりの情報を仕入れてきちゃった!」
「なんなの?」
「頼む、レビン」
 ミリィが怪訝に思い、彼を置いてきぼりにしたDボゥイはレビンに懇願する様に教えて欲しいと言った。
「ふふーん? Dボゥイじゃないテッカマンが、現われたらしいのよ! ホントよ?」
 Dボゥイに頼まれては仕方ない、と気を良くしたレビンは、そうスペースナイツの面々に言った。敵のテッカマンが近くにいる。それを聞いて各々は表情を堅くした。
テッカマンアックスか……ランスか? それともソードか……!」
 吹き荒ぶ風が、彼らの髪を揺らす。誰であろうと必ず倒し、クリスタルを奪取してみせる。Dボゥイは静かに、だが確実にその闘志をみなぎらせていた。


☆ヒャッハー! 世紀末覇者伝説だ! 的なお話でした(笑)ホント、この話も無くても良いんですがやはりメンバー一人一人のプライベートを描いてくれるのは有難い事ですよね。きっとこの広場は「ベルース運動公園」とか後に名付けられるに違いない。そう書いても良かったんですが、敵テッカマンの話が最後に関わるから書き難いのよね。そう書いちゃうと後の未来ではラダムは無事撃破したって事にもなるし。ノアルの父親さん(名前無し)石丸さんですね。ハイエナ団のリーダーまで兼任する感じがちょっとおかしかった(笑)今回のお話も戦闘シーンはカッコ良い! テッカマン大切断! と言う事で作画評価レベルは四で御願いします!