第29話 戦いの野に花束を(1992/9/8 放映)

キサラギ・アキに花束を

脚本:渡辺誓子 絵コンテ:澤井幸次 演出:鈴木吉男  作監&メカ作監:工原しげき
作画評価レベル ★★★★★

第28話予告
エネルギーを求めてさすらう巨大ラダム獣が、発電所に襲い掛かる。
窮地に陥ったブレードがアキに託したメッセージとは。
次回、宇宙の騎士テッカマンブレード「戦いの野に花束を」仮面の下の、涙をぬぐえ。



イントロダクション
スペースナイツ基地が壊滅し、ラダムに占拠された地上では、人々によるゲリラ戦が展開されていた。そこには、ソルテッカマンで戦うノアルの姿もあった。テッカマンアックスとの戦いの中で、そのノアルに危機が迫った時、忽然と姿を現したのは、生死不明であったテッカマンブレード、Dボゥイであった。長い放浪の末、Dボゥイは今、懐かしい仲間との再会を果たしたのだった。
「アキ……」
「おかえりなさい……Dボゥイ!!」


ラダム樹の森をトレーラーがひた走る。全長35m、高さ8mの巨大なトレーラーは、地面に深い轍の跡を残し、時には上部に設置されている尾翼でラダム樹のツタを切断しながら走っている。スペースナイツのメンバー達が乗るこの14輪で構成された巨大な車輌はグリーンランド号と呼称されており、水陸両用である上に水中潜行も可能な万能居住型トレーラーである。
「そっちはどぉ? アキ」
「全く異常なしよ」
「OKペガス、もう動いてもいいわよ!」
「ラーサー」
格納ブロックの中に収納されたペガスは、レビンの声を受けてそう応えた。レビンとアキは損傷したソルテッカマンと、五ヶ月ぶりにメンテナンスを行うペガスの整備を行っている。
 グリーンランド号は2両で編成されており、居住スペースと運転席を兼ねた前部車輌が後部の格納ブロックを牽引しながら走行している。このブロックは旧ブルーアース号の後部ブロックがそのまま接続されていて、その中では簡易の修理工場が配置されていた。レビン達はその中で作業に従事している。
「ちっ! いよいよエネルギーが空っ欠だぜ……まだまだ先は長いって言うのに」
 前部の運転席と呼ぶには巨大なブロックではノアルが焦りを隠さないでそう言った。フロントウインドウ下部にあるダッシュボードの燃料計はほぼエネルギーゼロを指し示し、その上にある赤いランプが点滅し始めた。
「ノアルさん、このままじゃあたし達……」
「大丈夫だよ、ミリィ」
 不安がるミリィにノアルがそう応える。今現在グリーンランド号は西へと進路を取り、旧イスラエル地区の街を目指している最中だった。彼の目算だともう直ぐ見えるはずだったが、思いの他ラダム樹の森は深く暗い。
 そんな会話をしている最中に、レビンとアキが運転ブロックに入ってきた。
ソルテッカマンも、ペガスの方も全部チェック完了よぉ」
「ご苦労さん、で?」
「それが、どっこも異常なし! 五ヶ月もメンテナンス無しなのに、不思議な位よ」
「へぇー、Dボゥイって運が強いんだ」
 ミリィがそんな風に感心する。そしてレビンはコンソールを操作してペガスの整備状況を表示させた。
「でも、大分修羅場を潜り抜けたと見えて、あちこち傷だらけ! それに、クリスタルの光変効率が若干落ちているのが気になるのよねぇ……新しい完全なクリスタルで補強できるとバッチリなんだけど」
 本来、ペガスの胸部に設置されたクリスタルは、テッカマンダガーとの戦いで破損したモノを使っている。ここ数ヶ月のテックセットで、その寿命は尽き掛けているかも知れないと言うのは過言ではなかった。
「何にしても必要なのは、敵さんのクリスタルってわけか……月にあるラダムの基地へ行けるかどうか、鍵を握ってるのもそいつだ」
「奴らのクリスタルがあれば、その機能を使いペガスを改造して、宇宙へ出る事も可能なはずだ」
 ノアルがミユキの言っていた月の裏側にある月面ラダム基地の事を思い出す。Dボゥイも、敵のテッカマンを倒さなくてはならないと思って口にした。実際に、それらは急務であるのだ。
「新しいのが手に入ったら、早速基地で徹底研究! って行きたいトコロだけど……」
「基地! スペースナイツ基地は、もう修復出来たのか?」
 レビンの言葉を受けて、Dボゥイが驚く様に声を上げる。合流したばかりのDボゥイは現在スペースナイツがどんな状況にあるかは知らないからだ。
「あ……それが……」
 ミリィがそんなDボゥイの疑問に少し落胆気味に口ごもった。 
「チーフと本田さんが、全力で基地の修復にあたってるはずよ。でも……」
 アキが代わりにDボゥイの言葉に応えた。
「あれだけやられたら、ブルーアース号とカタパルトを修理するだけでも、何ヶ月掛かるか……」
 廃墟になったスペースナイツ基地を思い浮かべるミリィ。ブルーアース号は墜落してかなりの損傷を負った。更に超伝導カタパルトは最早見る影も無い程に鉄屑と化している。生き残ったスタッフを集めて地下格納庫で奮戦している本田はそれらを全て修復しなくてはならない。ブルーアース号は短期で修復出来るだろうが、問題はカタパルトの方だった。天への唯一の架け橋を修復するには、人手も時間も資材も無いのが現状だった。
段差に乗り上げて軽い衝撃が走る車内。
「っつ……しかも交信不能じゃ連絡の取り様無いもんね」
 シートに掴まりながら、危うく舌を噛みそうになったミリィがそんな風に応えた。
「全くこっちは基地無し宇宙船無し! おかげで五ヶ月も宇宙船を探し回っての放浪の旅……敵さんは着々と計画を進行させてるってのに!」
ノアルは苛立ちを隠さずに言う。敵の計画は相変わらず不明だが、現状を見れば進攻具合は進んでいると見てよかった。
「蕾が付いてから、ラダム樹が生えた土地は何処も液状化しちまいやがって、下手に近付けば飲み込まれてお陀仏だ」
 彼が言う通り、ラダム樹には今現在近付く事が出来ない。草や木は勿論、鳥等といった野生動物ですら、その液状化した土地にある、あらゆる物に触れれば、例外無く粘液で絡め取られ、飲み込まれていく。グリーンランド号が深い轍の跡を刻むのは車輌が重いからではない。地盤がラダム樹の出す液体で液状化仕掛かっている証拠だった。今現在通っているこの道も、近い内にラダム樹の森に飲み込まれるのも時間の問題だった。
「ラダム樹の花が開いた時、ラダムの地球侵略は完了する……ミユキさんが言ってたのは、この事だったのかしら……」
「分からない……だが、俺にはこれで全てが終わったとは思えない」
アキの疑問に、Dボゥイがそう答える。確かに、今現在のラダム樹は蕾が付いただけの存在だ。花が開いた時、何かが起こると考えるのが自然だった。
「だからこそ、クリスタルが必要なんだろ?」
「アックス、ランス、ソード、エビル! 奴らを倒し、必ずクリスタルを手に入れてみせる!」
「でも、無理はしないでね」
 闘志を剥き出しにするDボゥイを、アキがそう言って心配した。そんな二人をノアルが軽口でからかった。
「折角再会できたのに、また離ればなれは堪らない、ってか?」
「ノアル! んもぅ……」
 三人のやり取りを横目にしたレビンは、森が途切れ、山間の中に人口の建造物らしき物を目にする。
「あら!? 見て見て! あれが次の目的地じゃない!?」
「たぁすかったぜぇ! いつ止まるかひやひやしてたが、何とか、補給できそうだぜ!」
 ノアルがそう言ってアクセルを叩き込む様に踏むと、グリーンランド号はその街に向かって突き進むように走った。
夜になって街の郊外に車輌を停車させ、野営所を設置した。車輌の傍らで三人が夕食を作っているが、
「あ……さぁ! Dボゥイとノアルが偵察から帰ってくるまでにいっぱいご馳走作っちゃうんだからぁ! 頑張ってぇ!」
 レビンとミリィが心配そうにアキの所作を見ている。彼女の指は既に絆創膏だらけで、その包丁捌きはどう考えても危うく見ていられないと言うものだった。
「痛っ!」
 また指を切ってしまう。これで一体何度目だろうか。そんな彼女を見てレビンが慌てて止めに入った。
「あぁ! アキぃ! もういいわ! もういいのよぉ! 本当に、もういいからぁ!」
「あたしやっぱり……他の仕事に回るわ……」
 そう溜息の様な言葉を口にすると、アキはすごすごグリーンランド号の中に入っていく。
「もぉ! レビンたらぁ! やっと巡り会えたDボゥイなのよぉ! アキさんが美味しいモノ作って、Dボゥイに食べさせたいって思ってるのにぃ!」
 アキがいなくなった後、ミリィがそんな風にレビンを批判した。アキは彼女なりに必死で、包丁を握っていた。例え今まで料理等と言う行為をした事が無くても、彼女なりにDボゥイに何かしたかったのだ。
「それは……分かるわよぉ? でも……これじゃあねぇ……」
 アキが剥いたジャガイモが三個、皿に乗っている。それは大部分が削れて既にジャガイモとは言えない小さな塊になっていた。恐ろしい程の不器用振りに、レビンは半ば呆れている。彼女に任せていたら、備蓄庫にある食糧が全てこんな風に削られ、指の傷はいつまで経っても癒える事は無いだろう。
「この分じゃ……女の子としての合格点は、当分貰えそうにないわね……」
 照明を消したグリーンランド号の運転席ブロックで、アキは傷だらけの指を見ながらそんな風に一人ごちた。自分でも分かっているのだ。女性らしい所作から自分がかけ離れてきたと言う事を。いつも男勝りな格闘技に秀で、化粧も余りする事が無い。女性らしさを忘れてしまったかのような、自分の今までの20年を、アキは省みている。
「私が出来る事って言えば……!」
 薄闇の中でコンピューター端末を起動させると、アキはキーボードを相手にオペレーションを開始した。
 
その頃、Dボゥイ達はエネルギーを分けて貰う様に、核融合発電所の所長に交渉を行っていた。発電所は塔のようにそびえ立つ大きな代物で、ORSの太陽光発電が盛んだった時代でも稼動し続けていた発電所である。
二人はそんな巨大な発電所の所長室で、グリーンランド号のエネルギー補充を頼んでいた。しかし、
「断る!」
「はっきり言ってくれるじゃないの……」
恰幅の良い中年のウェイバー所長はにべも無かった。
「今この発電所に街の人間以外にエネルギーを渡す余裕など無い!」
「そこをなんとか!」
 ノアルはそんな風に低頭で頼む。以前彼が言った様に、人に頭を下げてモノを頼むのが堪らなく嫌いなノアルがここまで食い下がっても所長の態度は変わらなかった。
「ふん! 余所者はいつもこうだ! 突然現われて、しかも図々しい!」
「なにぃ?」
 早くも交渉は決裂気味になっている。実際、短気なノアルに交渉役を頼むのが間違っているとも言える。
「ラダム獣はエネルギーを見れば見境なく襲ってくる! ワシらは月に一度、しかも発電時間を五時間に限ってそのラダム獣の目を逃れてきた。それがどういう意味かお前達に分かるか? ワシらだって満足にエネルギーを使うことは出来ないのだよ! そうやって苦労して作ってきたエネルギーを、余所者に分けてやる義理などない!」
 Dボゥイは壁に寄り掛かり、腕を組んで二人の会話を黙って聞いている。所長は彼なりに事情があった。余分なエネルギーを他に供与すると言う事は、取りも直さずラダム獣を呼ぶリスクを負う事になる。
「話す事はそれだけだ」
「俺達が、スペースナイツだと言っても答えは同じなのか?」
 ノアルは自分達の出自を明かすつもりは無かったが、切り札を出す様にそう言った。
「スペースナイツだぁ!? ふん! どのツラ下げて人に物乞いが出来ると思っておる! お前達がヘボな戦いをしたから、ワシらはこんな状況に陥ってしまったんだぞ! さぁ! 帰った帰った!」
「貴様ぁ!」
 自分達の戦いを汚された気がして激昂するノアルだったが、
「ノアル!……言っても無駄だ……」
 Dボゥイがそんな彼を止めた。実際に、彼らの戦いぶりを目にしていなければ、スペースナイツは「異星人に敗北して壊滅した、役立たずな防衛組織」と言うレッテルを貼られがちだった。 
結局交渉は決裂し、ノアルとDボゥイは発電所を後にする。其処彼処に、武装した民兵がいて周囲は物々しい雰囲気を醸し出していた。
「やっぱり、余所者は歓迎されない様だな」
「何処の街も似た様なモノだ。誰もが自分を守るので必死なんだ」
 Dボゥイは、五ヶ月間で見た人の有り様を垣間見ていた。そんな彼らを責める気にはなれなかった。
「エネルギーのトラブルが絶えないからな。兎に角、明日もう一度当たってみるしかない」
 あの頑固な所長が頭を縦に振るかどうかは怪しいが、ともノアルは思っている。 
発電所の敷地を出ると、露天が立ち並ぶ場所で多くの人々が生活を営んでいる。それは発電所を囲む様に出来ていて、旧日本にあった城下町の様相を呈していた。
「お花、如何ですか?」
 そんな雑多な商店街を歩いている最中に、Dボゥイは花売りの少女から声を掛けられた。
「アキに買ってやったらどうだ?」
 ノアルがからかう風に言う。が、Dボゥイは無視して野営所に帰ろうとした。
「照れるなって! 花ぐらいアキに贈っても、バチは当たらないぜ? お前が生きているのか死んでいるのか、この五ヶ月、アキの奴それこそ目一杯落ち込んでいたんだからな」
二人が話しながら雑踏を出ると、裏街の廃墟と化している建物を多く目にした。その中でノアルはボロボロの教会を目にして立ち止まった。
「初めて見たぜ……あんなアキの姿を……産まれてこの方、神様なんて縁が無いって顔してたアキがの奴が、教会で一心に祈ってた……」
 ノアルはアキのその姿を思い出す。誰も訪れない、屋根すらラダム獣の爪で穴を開けられた小さな教会で、十字架を前にして跪き、祈るアキの姿を。空き時間があれば、彼女はひたすら祈っていた。その姿を、ノアルは忘れられなかった。
「アキが……?」
 Dボゥイはそんな彼女の姿をうまく想像出来ない。彼女はどちらかと言えば神にすがるよりも自分で行動して道を切り開く性格だと思っていたからだ。
「この五ヶ月、お前も必死だっただろうが、お前が生き残れたのは、半分はアキが祈ってくれたおかげ、かも知れないぜ?」
 そう言い残すと、ノアルはDボゥイを残して先に野営所へと帰っていく。Dボゥイは月光を浴びて辛うじて目に出来る教会を、ノアルの言葉を噛み締めながら見上げるのだった。
「なぁによぉそれぇ!!」
 シチューが入った鍋を前にして、ノアルの報告を聞いたレビンが激昂している。
「ノアル! あんた、そんな情けない事言われておめおめと帰ってきたワケぇ!? あたし達はいつだってマジに戦ってるのよ! ヘボとは何よヘボとはぁ!!」
 レビンはぶんぶんとおたまを振り回して、その所長の言葉に憤っていた。
「あちぃ!!」
 おたまに少しだけ入っていたシチューがノアルの手に掛かる。
「ごめぇん!!」
 口を押さえながら、レビンは憤ったり謝ったりで表情をくるくる変化させる。ミリィも傍で聞いていたが、口を挟む暇が無いほど、レビンの怒りが爆発している。
「とにかく、もう一度当たってみる。この街の発電所は月に一度だけ発電されていて、その日がぴったし明日ってワケだ」
 手をおさえながら、ノアルは言う。先程も考えたが、実際にあの頑固親父を動かすのは至難だと思っている。
「うまくエネルギー分けて貰えると良いんだけど……」
「まっかせなさい! あたしがガツンと言ってやるわぁ! ホントに情けないんだからぁ!」
 ミリィが不安そうな声を上げると、レビンはまた憤っておたまを振り回した。余程自分達の戦いを侮辱されたのが頭に来ている様だった。
 そんな三人を遠目で見るアキ。Dボゥイの姿は何処にも無い。少し視線を逸らすと、小高い丘に登ってDボゥイは夜空を見上げている。
「Dボゥイ……?」
 そう言えば彼と二人きりで話すのは久しぶりかも知れない。そんな風にアキは思うと、彼の下へと向かった。
しかしその時、発電所の地下で何かが蠢いた。巨大なそれは、再び地上へ上がる日をいつまでも待ちかねていたのだった。

空に浮かぶ月を見るDボゥイ。辺りは雲一つ無く、丁度下弦になった月は暗闇でも道標の様に夜空で輝いている。
月を見る。それは死んだミユキが嫌った行為だ。その理由は、月にはラダムの本拠地があるからだった。
Dボゥイにとって月を見る事は嫌いではない、むしろ好きな部類に入る。満天の夜空に煌々と輝く月を見る、それはラダムの本拠地が月にあると知った今現在でも、同様だった。いや、今は少し違う。
――――あなた達に、殺させはしない……!
 あの時の、ミユキの精神感応が忘れられない。それは彼女の哀しい叫びだった。彼女の叫びを思い起こして、Dボゥイは少しだけ顔をしかめる。
「Dボゥイ?」
 傍にアキが来て、隣に座った。
「ミユキさんの事?」
 アキは彼の表情を見て一瞬で悟る。こう言った感情の機微を読めると言う事は、ある意味彼女の才能だった。
「あの月にラダムがいるのね……」
 そう言ってアキも月を見上げた。それに応える様にDボゥイは無念そうに口を開いた。
「あぁ……だが、今の俺にはミユキの仇を討ってやる事さえ出来ない」
「Dボゥイ……でも、いつか……いつか必ず!」
「あぁ……行ってみせる……必ず!」
 そう、今月を見上げるのは月を見るのが好きだからではない。いつか必ず月へ到達し、ラダムの本拠地を叩く。それが彼の月を見上げる理由である。いつか到達すべき、目標の様な存在だと言っても過言ではない。
そんな風に月を見上げるDボゥイに、アキはディスクを渡した。
「旅の途中で集めた、テッカマンアックスの情報よ」
「アックスの?」
「アックスの居場所を知る、参考になるかと思って」
 それはアキが様々な場所で情報収集を行った、データの集成だった。ディスクを受け取ったDボゥイは、
「ありがとう、アキ」
 素直にそう、静かに言った。
「今あたしがDボゥイにしてあげられる事って、これくらいだから」
そんな事は無い、とDボゥイは思う。傍にいてくれるだけでも心強いし、何より放浪の五ヶ月の孤独さに比べれば、今は随分心が安らかだった。がむしゃらで孤独に戦ってきた日々に比べれば、どんなに有難いか。
そう思ってDボゥイはアキの目を見たが、それを口にする事は出来なかった。アキも、彼の目が余りにも澄んだ色をしている事もあって、つい視線を逸らしてしまう。まるで誤魔化す様に月を見ながら口を開いた。
「早く補給済ませて、アックスの捜索頑張らないとね!」
「あ……あぁ!」
 Dボゥイも、アキの表情に少しだけ動揺したが、決意を新たに、再び月を見上げるのだった。

 翌日の朝、発電所の周りでは住民達が長い列を成している。彼らは生活用のエネルギーが枯渇していた。むしろ、前日の派手な露店は翌日がエネルギー配給の日だと分かっていての大盤振る舞いだったのかも知れない。
 其処に、ノアル達グリーンランド号も来ている。だが、ライフルを持った民兵達はノアルらに立ち入るなと言わんばかりに阻んだ。余所者、見慣れない者達、ここの住人ではない者達には、エネルギーを分けるつもりはない。彼らが持つ銃器類は、そう言った流れ者を牽制する為にあるらしい。
 そんな彼らにノアル達の批判が飛ぶ。
「次の街まで行くエネルギーさえ、補給させてもらえねぇってのか!」
「ちょっとぉ! あんた達ねぇ、トレーラー押していけってのぉ!?」
 ノアル達の批判に無言で応えたのは、やはり彼らが持つ銃器だった。暴発に備える為に横に構えていた銃口は、今現在、ノアル達に向けられている。
「これは脅しじゃない。ワシが命令すればそれで終わりだ」
 ウェイバー所長は、この地での最高権力者だった。民兵達はエネルギーを楯に従わざるを得ない。治安が確立されていない現在、自分の街は自分達で守らねばならないと言うのは分かるが、まさか銃口を突き付けられるとはノアルも思ってはいなかった。
「ノアルぅ……」
「くっ……」
 レビンが銃口を前にして情けない声をあげ、ノアルは歯噛みする。
「さっさと消え失せろ!」
「ノアルぅ行きましょ!」
 仕方なく、ノアル達はグリーンランド号に乗ると、発進させた。エネルギーも残り僅かだが、ここで撃ち殺されるよりはマシだった。
「ふん! よぉし! タービンを回すぞ!」
 彼らが去ったのを確認すると、所長は高らかにそう言う。
「五キロ四方、ラダム獣の気配なーし!!」
 発電所の屋上では歩哨が双眼鏡を片手に大きな声を上げた。それが最終確認である。発電所はいつでも送電停止出来る様に施され、いつラダム獣が襲来しても直ぐに対応出来る様にしておくべきだった。
「発電開始!」
 ウェイバーが制御室にそう合図すると、発電所が起動し、タービンが回り送電が開始される。次々と充電パックを発電機に接続する住民達。その中には、昨晩Dボゥイに声を掛けた花売りの少女とその母がいる。
 グリーンランド号で街を離れるノアル達は、未だに所長の態度に憤っていた。
「くぅやしぃぃ!! 地球がピンチって時に、自分達だけ良ければいいなんてぇ!! あんな奴ら、ソルテッカマンでぶっ潰しちゃえば良かったのよぉ!!」
「出来るなら俺もそうしてたぜ!」
 レビンの言葉を受けて、ノアルも本気でそうしようかと思っていた所だった。
「相手は一般市民。手荒な事は出来ないわ。とにかく、今は次の補給ポイントまで行ってみましょう」
 アキにそう止められてノアル達は思いとどまるが、恐らく次の補給地点に着くまでにガス欠になって立ち往生してしまうのは目に見えていた。
「きぃぃ! こんな事してたら、月どころか、テッカマンアックスだって、見つけられはしないわよぉ!!」
 騒ぐ周りを横目に、Dボゥイは寡黙だった。
「よーしよし、順調だな」
 住民達が順調に配給を受けて、所長は満足そうにそう言った。
「タービン機関異常なし。発電量も予定通り伸びています」
 発電所内の地下制御室では、発電供給グラフを見ながら技術者達が送電を続けている。
 屋上の民兵は双眼鏡を覗き込んで周りに異常が無いか、くまなく見ている。発電所で一番危険なのは、こういった送電中にラダム獣を呼び寄せてしまう事だった。
「異常なし……むっ?」
 周りを見て安堵した民兵が、突如小刻みな振動を感じる。
「おぉっ!?」
 それは地面にいたウェイバー所長も感じた。より一層強い衝撃を伴って。
「どうした!?」
「発電量が、急速に落ちていくぞ!!」
「ば、馬鹿な!! タービン停止だ!!」
 地下の制御室では、エマージェンシーでモニターが真っ赤になる。送電を止めたのは最善の判断だった。何しろ、旧世代の核融合炉は小刻みに電力を作っているとは言え、既に耐用年数が過ぎかけている代物だからだ。
 小刻みな衝撃がまだ続いている。そもそもイスラエル地区では地震は滅多に無い。
 そして、地割れと共についに現われたのは、一匹のラダム獣だった。一匹なら前日のイラン・イラクレジスタンスが行っていたラダム獣に対するトラップで何とかなっていたかも知れない。だが、そのラダム獣は明らかに今までとは様子が違った。 
「ラダム獣だ!! エネルギー供給停止ぃ!!」
 発電所に集まっていた住民達は騒乱のるつぼと化す。街の防衛ばかりに人を割いていた為、避難を誘導する者がいない。辺りは騒然となり、子供よりも我先にと大人達が逃げ惑っている。
「た、大変!!」
 レビンが発電所を遠巻きに見て、悲鳴を上げた。街からはかなり離れた場所にグリーンランド号はいる。
「ラダム獣!?」
「なによ! あの気持ち悪い馬鹿でっかさは!?」
 遠くにいるのに、何故かラダム獣が発電所を襲っているのを目撃できる。ノアルとレビンは自分の目を疑った。スペースナイツの面々にとってはたかがラダム獣一匹ではあるが、その大きさ自体が明らかにおかしい。塔のようにそびえ立つ発電所と同等の大きさ、つまり30mを越す異常成長した巨大ラダム獣だったのだ。発電所に爪を突き立てるその様は、まるで小高い山が動いているかのようであった。
「ちっ! 一匹でしこたま腹に貯めて帰ろうって魂胆か!」
 このラダム獣は偶然か、それとも意図的かは分からないが、地下ケーブルを経由してエネルギーを貯め込んでいた様だ。月に一度の送電を契機に、遂に行動を開始、発電所や人間達を襲撃する為に覚醒したのである。
「戻るわよ! ノアル!」
 グリーンランド号の操縦桿を握って、アキはトレーラーを街に向かわせようとする。 
「はっ! 何で俺達があいつらを助けなきゃならねぇんだ!?」
 ノアルは先程の銃を突き付けられたのをまだ根に持っているのか、野卑な態度でそう言った。
「見捨てるワケにはいかないでしょ!」
テッカマンで出る!」
 Dボゥイはそう言って、後部ブロックへと走り出した。アキとDボゥイの考えている事は全く同じだった。
「こんな時ばっかり息がピッタリ合いやがって……ま、確かに見捨てるわけにはいかねぇか」
 ノアルはそんな二人を見て呆れながらも、自分もソルテッカマンを装着するべく、後部ブロックへと駆け込んだ。
「ペガス! テックセッタァー!!」
「ラーサー!」
 Dボゥイがテックセットを行い、それと同時にグリーンランド号がヘッドライトを点灯させながら変形を開始した。前部の運転席の下部にある居住ブロックが、車輪が真横になると同時に観音開きする様に左右に展開する。後部の格納庫、つまり旧ブルーアース号の後部ブロックが顕になり、ハッチが開いた。其処からまるで射出する様にDボゥイが搭乗したペガスが発射される。スペースナイツは、Dボゥイが合流した時の為に、格納ブロックに空気圧で対象を打ち出す簡易カタパルトを設置しておいたのである。
 発電所を襲撃する巨大ラダム獣。核融合発電所は強固な外殻の壁で覆われているが、ラダム獣がその巨大な爪で炉心に穴を空ければ、溶融、つまりメルトダウンするのに数分も掛からないだろう。それはつまり、此処一帯が人が住めなくなる土地になる事を意味していた。 
「あぁっ! お花が!」
 パニックに巻き込まれた花売りの少女は、母とはぐれて倒れ伏していた。自分が持っていた花束は住民達の足で踏まれてぐしゃぐしゃになる。
「お花……くぅっ!!」
 それでも、少女は花束に手を伸ばそうとするが、逃げ惑う人々に突き飛ばされた影響か、足から血が滲んでいて動けなくなってしまった。
グリーンランド号の後部から、Dボゥイやソルテッカマンのフォローを行う為に、アキが乗ったジープが飛び出す様に発進する。
「アキ、気をつけてよ! こっちはミリィとあたしに任せて! ノアル、準備OK!?」
「いつでもOKだ!」
「Dボゥイの分までぶっ飛ばしてやるんだから!」
 レビンは司令塔、ミリィはグリーンランド号の操縦を任され、ノアルはソルテッカマンで出撃。スペースナイツの迎撃体勢は整った。
 発電所の外壁に爪を突き立て、登ろうとするラダム獣の頭部を、ペガスの7.62mmバルカンが撃ち更に体当たりを掛けた。強かに頭部を強打されたラダム獣は発電所から離れ、ずずぅんとその巨体を大地に打ち付ける。
テッカマン! ブレード!」
テックセットを終えたブレードペガスから飛び出し、高らかに叫んだ。それを見て驚愕する住民達。噂のスペースナイツ、そしてテッカマンブレードは健在だと言う事をその場にいる人々は知ったのである。
「でやぁっ!!」
 ペガスに乗って、テックランサーを形成したブレードは、ラダム獣の頭部を斬りつけた。五つの複眼に傷が付けられるが、巨大ラダム獣は意に介していない。いつもなら獣を真っ二つに出来るテックランサーが然程効いていない。
 民兵達もテッカマンブレードと同時に銃撃による攻撃を加えた。だが旧火薬式の銃器では傷一つ付けられない。大海の一滴と言う程に、ラダム獣は毛ほどにも感じてはいないが、マシンガンやライフルの銃撃音に反応して民兵達に向かって来た。ラダム獣の頭部がこちらに向いた時、彼らは自分の武器を投げて逃げ出す始末だ。
「何をしておる! ワシらの発電所を守らんかぁ!!」
 雇い主であるウェイバー所長はそんな風に彼らを叱咤するが、巨躯の頭部がこの世の物とは思えない咆哮を上げると、
「ひぃっ……!」
 彼は悲鳴を上げてへたれ込んでしまった。ビルほどの大きさが迫り来るのを見た所長は、恐怖で顔が引きつり痙攣する様に怯えていた。
しかしその時、ソルテッカマンがラダム獣の前に着地し、フェルミオン砲で足関節を狙い撃つ。対消滅爆発で関節に穴が空くと、重さ何百トンもある巨躯を支えきれずに、ラダム獣はその場で動きを止めた。
「俺達に向ける銃はあっても、ラダム獣には満足に向けられないのかよ!」
 ウェイバーに向かってノアルはそんな風に文句を言った。所長はこの機械鎧を着ているのはあの交渉に来た男だと知る。
「ス、スペェスナイツ……そうだ! こんな時にあんた達がいるんだろ! 早く始末しろぉ!」
「なぁにぃ!? ちっ! 勝手な事ばかりほざきやがって! こいつらを助ける義理はねぇが、放ってもおけねぇか!!」
 至極勝手なウェイバーに、フェルミオン砲を突き付けてやりたい衝動を必死に堪え、巨大ラダム獣をバイザー内でロックオンするノアル。
「うぉぉぉお! てぁっ!!」
 またブレードがすれ違い様に巨大ラダム獣の頭部を斬りつけた。更にノアルの砲で対消滅爆発を起こすが、巨大ラダム獣の表皮を削った程度のダメージしかない。
「ちっ! 図体がでか過ぎる!!」
 やはり巨大過ぎる。まさに山を相手に戦っている気分だった。巨大ラダム獣は自分に傷を付ける程度の敵を放って、再び発電所に取り付こうとまた向きを変えた。ソルテッカマンの攻撃で足を破損したと言っても、まだ獣の足は三本あるのだ。
「あぁっ! 発電所がぁ!!」
 隔壁が体当たりでひび割れ、中にある発電所に振動が響く。最早一刻の猶予も無い。
「たぁりゃあっ!」
テッカマンブレードはペガスから離れ、テックランサーをラダム獣の頚部に深々突き立てる。至近距離からのボルテッカで一気にトドメを刺そうとするが、
「なにぃっ!?」
 ブレードはラダム獣の足元を見た。昨晩会った、あの花売りの少女がまだ避難していなかったのだ。
「あんな所に!!」
 その時、一瞬の油断で頭部から伸びた触手に拘束されるテッカマンブレード
「Dボゥイ!!」
 ラダム獣が巨大なら、その伸びた触手も今までのラダム獣に無い膂力を持っている。ブレードは手足の動きを触手で封じられると、口部に付いた二本の牙で、胴体の鎧を強かに挟まれた。
「うおあぁぁぁっ!!」
 激痛でブレードが苦悶する。牙は装甲に穴を穿ち、血が滲み出していた。
 Dボゥイを離せと言わんばかりにソルテッカマンはフェルミオン砲を連射するが、やはり効果は薄い。
「Dボォーイ!!」
 ジープに乗ったアキが、ノアル達をフォローする為に到着した。巨大なラダム獣を相手に苦戦しているブレードを見る。ブレードは、肩部装甲を開き必殺のボルテッカを撃とうとしている。だが、
――――駄目だ……今ボルテッカを撃てば、あの子まで……!
 テッカマンブレードは丁度射線上にいる少女を見て、撃てないでいた。
「ぐああぁぁっ!!」
 更に食い込む二本の牙。このままでは内臓にまで達してしまう可能性があった。
「何故ボルテッカを使わない!?」
「何やってるんだあいつは!!」
 ノアルはブレードがボルテッカを撃たない事を不思議がり、ウェイバー所長は人の気も知らずに勝手な事を言っている。
「Dボゥイ……!」
 そしてアキは、ブレードの動きに注視した。左手が、まるで何かを求めるかの様に指差している。ラダム獣の触手で動きを封じられようとも、ブレードは必死に何かを指し示した。
「あぁっ!!」
 ブレードの指の先を見て、うずくまって動けないでいる少女をアキは発見した。全てを悟ったアキは、ジープに飛び乗って少女の傍へと走り出し、傍に停車すると抱かかえる様に彼女を救出する。アキは、後部のシートに少女を乗せるとジープを急発進させた。
 巨大ラダム獣が自分の足下を走り回る車輌に苛ついたのか、爪でジープを刺し潰そうとする。それをジグザグ蛇行でかわすアキは安全圏へと退避した。
ウェイバー所長も彼らの動きを見て、街の住人を助けようとしてくれた事を悟った。だが、巨大ラダム獣はアキの乗るジープを諦めておらず、彼女達目掛けて向かってきた。
その時、二本の牙の拘束からブレードは解放された。
「アキぃ……させるかぁっ!!」
 手足を拘束している触手をランサーの回転で切り裂いたテッカマンブレードは、背部のスラスターで飛び上がった。
「ボォルテッカアァー!!」
 テッカマンブレード発電所を背後にして、必殺のボルテッカを唸らせる。反物質粒子砲の直撃を受けた巨大ラダム獣は貫通される様に粒子砲に刺し貫かれ、内部から蒸発する様に消滅していく。
 緑光と対消滅の衝撃波が辺りを震わせる。アキはジープを背後に、少女を抱え込むようにその身で庇う。
 衝撃波で巻かれた粉塵が少しずつ晴れていく。発電所の直ぐ傍には、テッカマンブレードが膝をついているが、何とか無事であった。
「っく……」
 脇腹の傷はそれほど深くは無い。ブレードはアキ達の方を見て安堵した。少女も、テッカマンブレードを見て少しだけ強張るが、直ぐに笑顔になった。みんなが怖がる獣を倒してくれた白い守護神、自分の身を命懸けで救ってくれた事は彼女でも理解出来た。
 かくして、スペースナイツの面々はこの街を救った英雄になった。その見返りは、グリーンランド号の燃料を満タンにする、という物だった。
「へへ……どぅもぉ……」
 強い者に媚びへつらうウェイバー所長は、レビンと話しながらご機嫌を取っている。彼は街を、発電所を守ってくれた義理もあってそんな態度を取っているが、あんな巨大なラダム獣を屠るテッカマンブレードの力が自分達に向けられたら、と考えると気が気でなかったようだ。
「エネルギー補給、60%まで異常なし」
「ラーサ、こちらも出力変換ドライブ、異常ありません」
「ラーサ!」
 グリーンランド号内ではアキがミリィとレシーバーで会話しながら補給作業に従事している。エネルギー満タンになれば、当分の間補給せずに済みそうだ。
 そんな風に作業している時、誰かが運転席ブロックに入って来て、向かいのシートにそっと何かを置いた。
「有難う……アキのおかげで……助かった」
 背を向けたまま一言、そう言ったのはDボゥイだ。彼はそれだけ言うと、運転席から出て行った。
 シートに置いてあったのは花束。あの花売りの少女から、助けてくれたお礼にと貰ったモノである。
「Dボゥイ……」
 アキは、彼がくれた花束を手に取ると、目を閉じて、慈しむようにその花の匂いを感じ取った。
――――Dボゥイ……今は……今は、このままでいい……
いつかラダムを倒し、平和になったその時、その時には、きっと。
それはDボゥイとアキの、二人の絆の様な誓いだったかも知れない。



☆今日の反省会です。作画文句なし、脚本文句なしの満点五でしたね。余り目立たないお話なんですけど、結構好きなエピソードです。正直あっても無くても良いんですが(笑)恋焦がれるアキのお話に主軸を置いた話だったと思います。そうか、この話からスペースナイツ団の各々のエピソードをすると言う事で、トップがアキだった、と言う事なんでしょうね。女の子エピソードってのは正直苦労しました。脚本が女性の方だからかな? 表情と感情の機微が結構細かくて、ハードなテッカマンブレード話の中では異彩なモノだったかも知れません。