第33話 荒野の再会(1992/10/6 放映)

リルルは松井さんで,弟はポケモン

脚本:あみやまさはる 絵コンテ:殿勝秀樹 演出:西山明樹彦 作監:室井聖人 メカ作監山根理宏
作画評価レベル ★★★★★


第32話予告
ラダム獣に襲われた女性リルルを助け出し、彼女の家に立ち寄ったDボゥイ達。
そこで出会った驚くべき人物とは?
次回、宇宙の騎士テッカマンブレード「荒野の再会」仮面の下の涙をぬぐえ。


イントロダクション
連合地球暦192年5月6日、スペースナイツ基地は地上から姿を消した。荒廃した地上で人類は恐怖の日々を送っていた。そして、五ヶ月の放浪を経て、アキ達と再会したDボゥイはラダムの基地がある月面へ向かうパワーを得る為、地上に降りたアックス・ソード・ランスの持つクリスタルを求めて、旅を続けていたのである。


 テックワイヤーが乱れ飛び、ラダム獣の首に巻きつく。今、スペースナイツの面々はラダム獣の一群と交戦中だった。ラダム獣の足元には、足を岩に挟まれた民間人がいて、彼らはその女性を助ける為に戦闘を行っている様だ。
「今だ!ノアル!」
「任せな!」
 ブレードがラダム獣を押さえている間に、ソルテッカマンを装着したノアルが民間人の女性を救出する。大人が数人いなければ動かせない大きな岩をソルテッカマンの倍力でどけたノアルは、女性を抱えると、直ぐにラダム獣の足元から離脱した。彼らが助けに入らなければ、女性はラダム獣の爪の餌食になっている所だった。
 ブレードが力を込めてワイヤーを手繰ると、鋼線はラダム獣の首を切り落とす。
「おぉっとぉ!」
 落ちた首を華麗にホバーで避けたノアルは、安全圏まで女性を連れて行こうとしたが、その途上で飛行ラダム獣の襲来を受ける。
「はっ!」
「危ない! ノアル!」
 タイミング良くブレードの支援が間に合う。ランサーを分離させたテッカマンブレードは、飛来する二匹の飛行ラダム獣を同時に撃破し、女性を抱えていて反撃できないノアル達を間一髪助けた。ここ数週間の間で、ブレードとノアルの共闘はまさに阿吽の呼吸とも呼べるモノに練磨されている様だ。
「サンキュー! Dボゥイ! さ、もう大丈夫だ」
「あ、有難うございます」
 ノアルは抱えていた女性を地面に下ろす。彼女は足を岩に挟まれ、右腕を怪我していたが、何とか立って彼らに行儀良く礼をした。彼女の顔を、バイザーを外してはっきりと見たノアルは口笛を鳴らす。
「ヒュー♪ これはこれは! 荒野に咲いた百合の花、ってところですか?」
荒野で出会ったその女性は着飾ってはいないが、端正な顔立ちと栗色の長髪をした見目麗しい女性だった。彼女はノアルにそう言われると、少し恥ずかしそうな顔で俯いた。
 現在スペースナイツの面々はフランス中央部にいる。辺りは荒野が広がっている場所ではあるが、暑すぎず寒すぎないこの土地は肥沃な大地として農作物が豊富に取れる場所である。彼らは、かつてシャトールーと呼ばれた大きな都市を目指していたのだが、
「確か、この辺りに街があるって聞いてきたんだけど」
「えぇ、3ヶ月前まではこの先に。でも……」
「ラダムに?」
「えぇ……」
 グリーンランド号に収容された女性リルルは、アキから手当てを受けながらそう言って表情を暗くした。とりあえず彼女を家まで送り、その後で街へと向かおうとしていた矢先の事である。
「参ったねぇ。燃料の補給も出来ずってワケか」
 その時突然、グリーンランド号の車輪が岩を踏み外し、危うく横転し掛かった。トレーラーの重量は相当なモノかも知れないが、道路と言った物が皆無で人の手が入っていないこの荒野には、そう言った岩場が点在している地域である。運転には細心の注意が必要な場所でもあった。
「ふぅ! 危なかったぜ!」
「何よ何よ! 危なかったのは、こっちの方よ! ちゃんと前見て運転してよね! 夕食のポテト、みぃーんな落っこちゃったじゃない!」
 ノアルのその声を聞いたレビンが、後部ブロックから包丁を手にしながらそう言って運転席に入って来た。
「えぇー? またポテトなのぉ!?」
「何贅沢言ってんの! あたしだって少ない材料でやりくり苦労してんのよぉ! ったくイモ娘が!」
「あぁー!! レビンひどぉい!」
 料理と言う事に関して、またミリィとレビンの掛け合い問答が始まった。二人のその漫才の様な問答は、他の三人にとっては既にBGM的なモノであり、陰鬱した雰囲気に歯止めを掛けるような、スパイスの様な役目を果たしていると言っても良かった。
 そんな女の様な男と少女の掛け合いを見兼ねて、リルルが声を掛けた。
「あの、宜しければ私の家にお寄り頂けませんか?」
「えぇ!」
「はい、大したおもてなしは出来ませんが」
「そんな、悪いわ」
 ミリィがそれは良い! と言う感じで声を上げるが、アキは遠慮するつもりでそう言った。 
「いえ、助けて頂いた事に比べれば」
「キャッホーイ!! ね! ね! ノアルさん! そうしましょ!」
「そうだな! 男の手料理も、飽きたところだしな!」
 物腰の柔らかいリルルの申し出を、彼らは受け入れる事にした。ミリィにしてもノアルにしても、そろそろ別の食事が食べたいと思っていた様だ。グリーンランド号は、そのままリルルの家へと向かう為に、ひた走るのだった。
夕刻になり、辺りが夕陽で赤く染め上げられているトマト畑で、畑仕事を行う一人の男がいた。テンガロンハットと、裸の上に直接着たベスト、そしてジーパン。健康的な日焼けをしているが、その青年は白人男性で金髪をしている。無精髭を生やした彼は、小さいながらも畑仕事に精を出していると言った感じだ。
そんな彼が、トマト畑から一つトマトをむしり取ると、美味そうに頬張った。
「あぁ! ずるぅい!」
「ん?」
「つまみ食い!」
 突然、傍にいた少年から咎める様な言葉を受けて男は振り向いた。まだ年齢が10歳にも満たない少年は、男の所作に対して立腹するような態度を顕にしている。
「ふっ……ほら、内緒だぞ?」
 そんな少年に、男はもう一つトマトをむしり取ると、少年に与えた。
「わぁっ!」
少年は目を輝かせると、服で良くトマトを拭いた後に、かぶりつく様に男に倣って頬張る。
「うんまぁい!!」
「はっはっは……」
表情をくるくる変えるそんな少年が可愛くて、男は少年の頭を優しく撫でた。と、その時、彼方から機械的なエンジン音を響いた。
「ん?」
「あれ……車だ」
 エンジン音はトレーラー型の車輌から発されているモノで、その巨大な車輌はこの小さな畑の前で止まった。収納式のタラップが降りると、二階に相当する部分から女性が姿を現す。
「あぁっ! 姉ちゃんだ!」
内緒でトマトを食べてしまった少年は、証拠隠滅と言わんばかりにトマトを丸呑みする様に食べて、姉に駆け寄ろうと走る。
「……ぁっ!!」
 そして次に姿を現した男女を見て、男は声に鳴らない悲鳴をあげそうになった。見覚えのある赤いジャケット、白いズボン。彼の名を男は良く憶えている。Dボゥイを目にした男は、持っていたトマトを取り落とす程に、衝撃を受けていたのだった。
「姉ちゃーん! 姉ちゃん! お帰り!!」
「はい、ただいま」
 少年は勢い余った感じで姉である女性、リルルに抱きついた。そして、グリーンランド号からぞろぞろと出てきたスペースナイツの面々を見て、尋ねる。
「あれ? お客さん?」
「リック? ご挨拶は?」
「あ、こんばんは!」
 リックと呼ばれた少年は、姉の教育が行き届いているのか、行儀良く挨拶した。そして辺りを見回したノアルがリルルに尋ねる様に言った。
「こんな所に、二人で住んでるのかい?」
 だだっ広い荒野の中で、小さな畑を耕している二人姉弟、と言う印象を彼は受けた。しかし、
「いえ、あの方も」
 リルルがそう言うと、テンガロンハットの男がゆっくりと近付いてくる。
「なんでぇ、男付きか」
「んもぉ! ノアルさんったら!」
「え? はっは!」
 小声で言ったノアルに、すかさずミリィがそんな風に咎めた。綺麗な女性を眼にしたらナンパせずにはいられない彼の性根が如実に出ていた時、夕陽をバックに歩いてきた男が彼らの傍に来た。逆光で顔は見えない。更に、テンガロンハットを目深に被っているのでその目も窺い知れない。
「……久しぶりだな……スペースナイツの、ボーイズ&ガールズ……」
 ゆっくりと、そんな風に男は言った。この台詞は何処かで聞いた事があると彼らが感じた時、男は帽子を外して言った。
「そして……Dボゥイ」
「バ……バルザック!?」
 Dボゥイは驚愕した。そう、彼こそはバルザックアシモフ。連合地球防衛軍所属の中佐であり、ソルテッカマン一号機の初のパイロットである。彼は、ソルテッカマンを駆って大反抗作戦、オペレーションヘブンに参加したが、テッカマンエビルの反撃に遭って行方不明になっていた男であった。
「こんな辺鄙な所で再会するなんて、運命の出会いって奴かな……」
「貴様ぁ……よくも抜け抜けとぉ!」
激昂しようとしたノアルを、Dボゥイが腕で遮って止める。
以前、彼は従軍記者と偽ってテッカマンのデータを奪取したばかりか、Dボゥイが暴走の恐怖から精神が疲弊していた時に「化け物」と言って追い討ちを掛け、逮捕して拘束した事がある男でもある。スペースナイツのメンバーにとっては忘れたくても忘れる事が出来ない、敵ではないにしても性質の悪い男だと認識している相手だった。そんな男に掴み掛かろうとしたノアルをDボゥイが止めた。それはある意味彼らにとっては意外な行動でもあった。
「腹減ってないか。リルルのメシはちょっとイケるぜ。行くぞ? リック」 
「うん!」
 そんな風に言って、バルザックは彼らと最小限の言葉を交わし、少年と共に木造の建物へ向かう。
「さぁ! 皆さん、どうぞ?」
リルルも彼らを促した。バルザックの後ろ姿を見たリルルは至極複雑な表情をしていた。彼らとの間にどんな確執があったのか、と。
夕食時、楽しそうに談笑しながら皿のステーキを食べるレビンとミリィ。しかしバルザックとDボゥイは始終無口だった。
「もーらった♪」
「あー! それ、あたしのなのにぃ!」
「へへーん、早い者勝ちだもーん!」
 レビンの更にある一切れの肉をフォークで刺すと、ミリィはあっという間にその一切れを食べてしまう。
「あぁ! ミ、ミリィ? そんなに食べちゃうと、ぶーくぶく太っちゃうわよぉ? この旅が終わる頃には、子豚さんなんだからぁ!」
「ふーんだ! いーですよぉー! あたし育ち盛りなんですもーん! それにレビンみたいに、食べた分だけ太る体質じゃないの!」
「きぃー!!」
 そんな彼らを見兼ねて、引率の先生の様にノアルは立ち上がって言う。
「お前ら! 行儀悪いぞ!」
「だーってだってぇ!!」
 ミリィとレビンが口を揃えてそう言った。そんな彼らを見て、微笑みながらリルルは声を掛けた。
「大丈夫ですわ。お代わりはたくさんありますから。でも、こんな楽しい食事は久しぶりです」
しかし、Dボゥイは持っていたフォークを置いた。食事は確かに美味しいが、正直食べ物が喉を通らない気分であった。それは、リルルの対面に座っている、あの男のせいでもあった。
「お口に……合いませんでした?」
「あ、あぁ、気にしないでください。こいつ無口なだけで! はっはっは!!」
 ノアルがそう言ってフォローすると、
「おい……Dボゥイ! お前も気が利かない奴だな! 旨いの一言でも言ってみろよ!」
 隣にいるDボゥイの耳に向かって、小声で言う。そんな様を見て、リルルがまた微笑みながら言った。
「ふふ……でも出会いって不思議ですわね。バルザックと貴方達がお知り合いだったなんて」
「スッゲーよなぁ! バルザック兄ちゃんがテッカマンブレードと仲間だったなんて!」
「仲間っ……!」
「……ぅっ!」
 リックが言った言葉に、Dボゥイが、そしてバルザックが過敏に反応し、それに合わせて周囲の空気が重くなる。彼らは「仲間」と言う言葉に肯定も否定も出来ず、沈黙するばかりだった。
「ん……え? どうしたの? 仲間なん……でしょう?」
 リックが、周囲の雰囲気を見て、怪訝な声を上げる。リックやリルルは、バルザックがスペースナイツやDボゥイに対して行った仕打ちについては何も知らない。地球人類の救世主であるテッカマンブレードと共に戦った、と言う言葉は、少年に夢を与えていた。いつも優しくて兄の様なバルザックを、少年は心から慕っている様子だ。そんな少年の心を傷付けない様に、Dボゥイは静かに言う。
「……そうさ……バルザックは、俺達の仲間だ」
「……っ!?」
 バルザックはDボゥイの言葉に驚き、ノアルとアキは顔を見合わせて呆れるような表情をした。
「スッゴイよなぁ! ブレードと友達なんだもんなー! カッコイ……あ!」
 リックは腕を振り上げた時、傍にあったスープの皿に肘を打ち付けて零してしまう。
「んもぉ、はしゃぎ過ぎちゃ駄目でしょ? リック」
「……はーい」
バルザック、あなた……オペレーションヘブンの後、一体どうしてたの?」
 親子の様に仲の良い姉弟を見つつ、アキは話題を変える為にバルザックに言った。
「ご覧の通り無事だった、ってだけじゃ……駄目なのかな?」
「……ふざけるな」
「ノアル」
 立ち上がって憤るノアルをアキが止める。どうやら、どんな話題にしても彼から何かしらの事情を聞くと言う事は無理だとアキは判断した。目の前に、彼を慕う姉弟がいる限り。
「さてと! 明日も早い。俺は先に寝かせてもらうぜ」
 そしてバルザックにしても、スペースナイツのメンバーと必要以上の会話を行う事はしなかった。彼は何かしら理由を付けて彼らと過去の話をするのを意図的に避けている様子だった。
 食事が終わり、通算八人分の皿を洗おうと、リルルは井戸から水を汲み上げ、丸太をくり貫いたシンクに水を注ぐ。そして一枚一枚丁寧に洗い始めた。
 そんな風に台所仕事をしている時、小屋から出てきたバルザックがリルルに声を掛ける。
「リックがやっと寝付いたよ」
 その言葉は、先程スペースナイツの面々に言っていた語調とは全く違った、至極優しいモノだった。
「そぉ……でも今日は驚いたわ」
「え?」
「あなたがあの、スペースナイツにいたなんて」
「俺の事、惚れ直したか?」
「馬鹿……」
恥ずかしがりなら、そう言うとリルルは皿を洗う作業に戻った。それを彼は隣で一緒に手伝い始める。
「だけど、本当に感謝してんだぜ。お前達にはな」
「え?」
「以前の俺は、権力と名誉の為に戦い続ける、野獣のみたいなモンだった。だが、その求めていたモノが、砂上の楼閣だと気付いた時、俺の手の中には何一つ残っちゃいなかった。何一つ……」
 そう言って洗った皿を傾けて水を落としていく。まるで覆水盆に返らず、と言った感じに。
そしてバルザックは数ヶ月前のオペレーションへブンの後の事を思い返した。敵テッカマンの反撃に遭ったバルザックは、エビルのボルテッカの直撃を受けなかったものの、余波である対消滅爆発の衝撃波を受けて酷い怪我を負った。ヘルメットバイザーは弾け飛び、衝撃波で肋骨を数本骨折していた。
這いつくばって無様に敵から逃げた彼は、全滅していた防衛軍兵士の補給部隊からフェルミオン弾のケースを数本確保すると、生き残る為にORSの軌道エレベーターを降りた。幸い、昇ってくる途上でラダム獣はほぼ掃討していた為、地上には何とか安全に降りる事が出来た。
荒野をフェルミオン砲の砲身を杖にして歩く、バルザックソルテッカマン。負傷した肋骨は歩く度に激痛が走る。もしラダム獣に遭遇しても、戦う気力すら残っていない。
八本ある軌道エレベーターから降りたバルザックは、フランスの大地へと降り立っていた。其処には自分を支援する仲間や連合防衛軍の兵士は一人もいない。軌道エレベーターへと昇った兵士は一人たりとも生還する事無く、更に連合地球防衛軍本部はラダム獣による大規模な襲撃を受けた後だった。ソルテッカマンの機能を使って救難信号は既に発している。しかし誰一人として自分を回収に来る者はいなかった。つまりバルザックは、見捨てられたも同然だった。どの道、当時の防衛軍には敗残兵を助ける様な余裕は全く無かったのだ。
「お……おぁっ!」
岩場の様な荒野で、小さな崖から足を踏み外し、バルザックは斜面を滑る様に落ちた。そして仰向けになった彼は、もう一歩も動く事が出来ないほどに、疲弊し憔悴し切っていた。
――――俺は……俺は死ぬのか? こんな……こんなところで……! 
 ソルテッカマンの両腕で太陽を掴もうとするバルザック。地位と名声と栄誉、それらを手に入れる為に自分が行ってきた結果が、こんな野垂れ死にだとは。
「ふっ……まぁ、こんなモンか……なぁ……マルロー……」
 自嘲する様に笑うと、バルザックは意識を失った。
――――姉ちゃん! 人が倒れてるよ!?
――――ひ、酷い怪我!
 遠くで何者かの声が聞こえる。子供の声と、女性の声。だがもういい。もう放っておいてくれ、とバルザックは投げやりに、意識を混濁させた。
 そして次に意識を取り戻した時、小屋の中のベッドに、自分は寝かされていた。
「はっ! ここは!! 生きているのか? まだ!」
 突然起き上がったバルザックは自分の身体を見た。誰かに手当てされたのか、胴体は包帯で巻かれている。天井にはオイルランプが灯っているが、小さな火で小屋の中はすこぶる暗い。そして今はまだ日中なのか、外に続くドアからは光が漏れている。
 バルザックは起き上がって、ドアへと歩いた。そして閉じ掛けたドアを開けると、目を見張った。
「ぁ……はぁっ!!」
ドアを開けた其処は、一面の小麦畑が広がっている。山間から見える夕陽と、黄金色の絨毯の様な小麦を見て、彼の堅い表情はいつしか柔らかいモノへと変化していった。
「俺は……いつの間にか泣いていた。全てを赤く染め上げた、夕陽の中で。自分でも分からない感情の渦が、まるで堰を切ったかのように、俺は立ち尽くし、泣き続けた」
 バルザックはそれを見た瞬間、まるで生まれ変わった様な心持ちになった。そう皿を洗いながら、リルルに自分の感情を吐露する。
「この雄大な自然の中で、大地に鍬を下ろす度に、俺は人間としての心を取り戻していった……俺はお前とリックを守っていく。これまでも……そして、これからもずっとだ!」
バルザック……」
 リルルはバルザックの、宣言のような覚悟を聞いた。過去と訣別したバルザックは、もう地位も名誉も求めない。大地を耕し、作物を育て、井戸の水とほんの少しの油で生きていく今の生活を懸命に生きていく事を誓ったのだった。
 深夜、スペースナイツの面々はトレーラーに戻って簡易寝台で就寝している。居住ブロックは四つに分かれていて、その内の三つを各々が使っている。女性部屋の二段ベッドの上部にワイシャツ一枚を着たミリィが毛布を跳ね除けて酷い寝相と凄いいびきをかき、その下部にはアキがスヤスヤと寝息を立てている。レビンは何故か一人で、自分のお手製であるペガスのぬいぐるみを抱きながら就寝している。男部屋ではノアルとDボゥイがベッドに入って寝ているが、何故かDボゥイは寝付けず、窓の外に浮かぶ月を眺めていた。
 そんな深夜、畑の片隅に放置されている機械に誰かが近付いた。機械は白と緑に塗装されたソルテッカマンである。長い間放置された機械鎧は、数ヶ月の風雨と土煙で汚れ、Dボゥイ達を助けたあの時の機械鎧とは思えないほどに荒んだ姿をしていた。
「マルロー……」
 そんな汚れたソルテッカマンを前にしているのは、バルザックだ。彼は擱座したソルテッカマンの装甲板を見て、親友のマルローの顔を思い出していた。この鎧こそ彼の魂であり、マルローそのモノだ。バルザックにはそう思えていたのか、時折深夜にはこの鎧の前に来て親友に語り掛けるように独りごちていた。
「マルロー……俺達が求めていたモノって、何だったんだろうな。何もかも無くしちまった今、やっと分かった様な気がするぜ……」
 バルザックが何を言おうとも、ソルテッカマンは何も応えない。
「マルロー……お前との約束、果たせねぇが……分かってくれるよな。今の俺には、守るべきモノがあるんだ」
 バルザックは、まるで懺悔の様に、今の現状をソルテッカマンに語った。自分の代わりに、必ず成り上がってみせてくれ。そんな彼の遺言がバルザックの気持ちを逆撫でしている。
「守るべきモノが……守る……んぅっ!!」
 突然、バルザックソルテッカマンの装甲板を強かに叩いた。渾身の力で。
「戦いたい!! 戦ってラダムを倒したいんだ!! お前を殺しちまったラダムをぉっ!!」
 そして憤った。もう地位も名声も成り上がることも止めてしまった彼に残されていた物は、親友を無惨に殺された事に対する復讐心だった。リルル達を守る事も、確かに自分のやりたい事ではある。しかしラダムを倒したい、戦いたいと言う、自分でも制御しきれない、どうしようもない闘争心が、彼にはあったのだ。
 その時、足音がしてバルザックは振り返った。足音の主はDボゥイだった。
「はっ! ディ、Dボゥイ! ど、どうしたんだ? こんな時間に?」
バルザック
「どぉーも寝苦しくっていけねぇな、今夜は。じゃあな! お休み、Dボゥイ」
 そんな風に下手に言い繕って、バルザックは彼の下から去ろうとした。出来るだけスペースナイツの面々とは語り合おうとはしない。そう決めたのはバルザック自身だった。 
 だが、去ろうとするその後ろ姿に、Dボゥイは敢えて声を掛けた。
バルザック、ラダムの基地は月にある」
「……っ!」
「敵のテッカマンのクリスタルを奪いさえすれば、そのパワーで月へ行く事が出来る」
そうDボゥイが静かに言うと、バルザックは血相を変えてDボゥイに掴み掛かった。
「本当か!? 本当にクリスタルさえ手に入れれば、ラダムを倒せるんだなぁ!?」
 ギラついた目でそう言いながら、バルザックはDボゥイの襟元に掴み掛かっていた。それはバルザックが本当にやりたいと願っている、突発的な衝動だった。しかし、Dボゥイの目を見た刹那、彼を放して我に返ったように、またバルザックは言い繕った。
「……っ! 済まねぇな。つい昔の癖で興奮しちまった。今の俺には、関係ねぇ事だよな。済まなかった! Dボゥイ!」
そんな風に謝ると、バルザックは小屋の中へと入っていった。残されたDボゥイは、バルザックの目をはっきりと目にした。あの、焦りと悔恨、そして復讐に燃えた目を。
――――バルザック……
そして、そんな二人を小高い丘から見る女性がいた。リルルだ。彼女は、バルザックがこうしてスクラップ同然になったソルテッカマンを相手に憤っている事を知っていた。
「んぅっ」
そして、リルルは丘にある木の根元で吐いた。数日前からあるこの吐き気は、多分間違いはないと思い始め、今確信に彼女は至っているのだった。
翌日、農場を発とうとしているグリーンランド号の周りで、面々が忙しく動き回っている。リルルの厚意から、食糧を分けて貰ったノアル達は、それらをトレーラーの中へと運んでいる最中だった。
そんな彼らを木に寄り掛かったまま見ているバルザックではあったが、
バルザック?」
「さぁて! やるか! 今日は暑くなりそうだぜ?」
バルザック……」
 そんな風に、リルルの言いたい事を封じるように、彼は鍬を肩に掲げて農場へと歩き出した。リルルは、いつか言おうと思っていた事を、また言えなかった。
 そんな時間を彼らが過ごしていた時、彼方から飛来する何かがあった。ラダム獣の群れと、搭乗型のラダム獣に乗ったテッカマンアックスだ。
「ノアル! アックスだ!」
 その襲来を、Dボゥイが精神感応で鋭敏に感じ取る。
「何だってぇ! どうして俺達の居場所が! アキ、リルル達を頼む! ミリィ! ハッチオープンだ!」
「ラーサ!」
 スペースナイツは農場から離れる事も出来ずに戦闘態勢を取る事になった。
「ペガス! テックセッタァー!」
「ラーサー!」
 Dボゥイがテックセットコマンドを叫び、ペガスに搭乗する。グリーンランド号の下部ハッチが観音開きの様に展開し、ペガスがカタパルトから射出される様に打ち出された。
「てやぁっ! テッカマン! ブレード!!」
 テックセットを終えたブレードが、ペガスに飛び乗ると、高らかに叫んで戦闘を開始する。 
 飛来する飛行ラダム獣を次々と叩き斬ると、その中央にいるテッカマンに向かって雄叫びを上げた。
「おおぉっ! アックスゥーっ!!」
「ブレード! ラダム獣の反応を追いかけてみたら、お前達がいるとはな!」
 どうやらテッカマンアックスは、リルルを助けた時に撃破したラダム獣の消息を追って此処まで来たようだ。
 地上では、ノアルのソルテッカマン二号機が戦闘を開始している。
「ふっ!! 野郎ぉ!!」
 飛び様に陸上型ラダム獣を次々と撃破するソルテッカマン。だが、アックスの連れてきたラダム獣の群れはまだまだ飛来して来る。
「くっそ! 撃っても撃ってもうじゃうじゃ出てきやがる! これが最後のカートリッジだって言うのに!」
 そして空では、ブレードとアックスの空中戦が始まっていた。
「うおぉぉぉっ!!」
「ふんぬぅぅっ!!」
 光が交錯する様に、アックスとブレードの剣戟が続いている。それを見たバルザックは、無意識に拳を握っていた。テッカマン同士の戦いとノアルのソルテッカマンを目にして、闘争心が燃えていたのだ。そのせいで、彼は近付くラダム獣に気付いていない。
「あぁっ!! バルザック!?」
「リルルさん! 危ない!」
「バルザァーック!!」
 リルルは至近に迫るラダム獣に気付かずに、見上げながら呆然としているバルザックを見て駆けた。アキの制止を振り切って。そして覆い被さるように、バルザックを押し倒した。ラダム獣は目の前に立っていた男が急にいなくなったのを目にしたからか、そのまま彼らを跨ぐ様に去っていく。
「くっぅ……」
「リルル!? 大丈夫か!! リルル!!」
 岩の破片で負傷したリルルを目にして、バルザックは我に返った。そしてアキのいるグリーンランド号に避難する為に、リルルを抱えながら歩いた。
「憶えている? バルザック。貴方が此処に来て初めて畑仕事をしたときの事」
「あぁ……!」
「貴方ったら、そんなに体格良いのに、鍬を持って十分でふらふらになってしまって……一体何をしてた人なんだろうって、ずっと思ってたのよ?」
 懐かしい思い出だ、とバルザックに笑みが宿る。ソルテッカマン等と言う化け物メカに乗っている自分が、あんな畑仕事でばててしまうなんて、と彼は自嘲した。
「そして思ったの。貴方は何か、大切なやらなければならない事を持ってる人で、いつかは此処を出て行くんじゃないかって」
「リルル……」
「行ってらっしゃいバルザック。行って……行って、貴方の今の正直な気持ちで、戦ってきて! 今の……今の貴方の気持ちで……!」
バルザックは、はっとなった。リルルは今までの、バルザックの葛藤を理解していたのだ。
「私は、いつまでも待っているから……!」
「リルル……!!」
バルザックはリルルをアキに預けると、跳ねる様に畑の片隅に向かった。その先には擱坐したソルテッカマンがある。
「うおぁっ!」
アックスと交戦していたブレードは劣勢に陥っていた。ペガスから叩き落され、ランサーを取り落としてしまう。地面に倒れ伏したブレードは傍に突き刺さったランサーに手を伸ばそうとしたが、その腕を抑える様にアックスが踏んだ。
「ふっはっはっは! そろそろ試合終了と行こうじゃないか? ブレード!」
「っく……」
「Dボゥイ!! っく! こんな時に!!」
ノアルのソルテッカマンは丁度弾切れになってしまった。其処に、まだ生き残っているラダム獣の爪が襲い掛かる。絶体絶命と歯噛みするノアルだったが、そのラダム獣が目の前で対消滅して消えていった。
「な、何だ!?」
ホバーを噴射し、滑る様に支援に来たのはバルザックソルテッカマン一号機だった。放置され荒んだ状態だった一号機は、実は健在だった様だ。
「バ、バルザック!?」
「甘いぜ! ノアル!! まだ使いこなしてないのかよぉ!!」
「悪かったなぁ!!」
 バルザックは、二号機を掠めるように通り過ぎると、ノアルに向かって悪態をついた。バルザックに対して反目しているノアルではあるが、フェルミオン弾を使い切った彼は既に戦闘不能であり、ブレードの支援はバルザックに任せるしかない。
ソルテッカマンにはなぁ! こう言う使い方もあるんだぜ!!」
そう叫ぶと、バルザックはドドドンとフェルミオン砲を三連射する。右腕にあるレーザーガンをフェルミオン砲に直接接続せずに。そして三連射した後に、右腕で構えたレーザーガンを撃った。フェルミオン砲はその特性上、光よりも遅い初速である。撃たれたレーザーはアックスではなく、その飛んで行った光弾に当たった。
「なにぃっ!! うぉわぁっ!!」
レーザーで撃たれたフェルミオン弾はその場で爆ぜて、対消滅爆発を起こす。それもアックスに当たる直前辺りで、である。バルザックテッカマンフェルミオン弾が通じない事は重々承知していた。だからこそ、彼は光弾の対消滅爆発の衝撃波を利用したのだ。直接当たっても効果が無いのなら、当たる前に爆発させて衝撃波に晒してやれば良い。その数瞬の隙はブレードを有利に運ぶだろうと。
そして当然、その隙を逃すブレードではなかった。衝撃波をまともに食らったアックスが体勢を崩している時、ブレードは倒れ伏している故にその衝撃波の効果が薄い。ブレードは伏したままの状態で右足の鋭い蹴りを放った。腹部に蹴りをまともに喰らったアックスは、まるで撥ねる様に空を舞う。そして!
「アァックスゥゥっ!!」
 ブレードはシールドに付いたテックワイヤーを、傍らに刺さったランサーに巻きつけると、回収せずにそのまま戻る勢いを利用して、テックランサーがアックスへ飛来する様にワイヤーを手繰った。
「ぐぅおおぉぉおっ!?」
 飛来したランサーはアックスの胸部装甲を強かに傷付ける。刃の傷は左わき腹から右肩へと、袈裟斬りされた様に強かに彼の装甲を削ったのだ。
「っくっそぉ……決着はこの次だ!! ブレードォ!!」
「うぅっ……」
今日もテッカマンアックスは強敵だった。バルザックの支援が無ければ、そのまま全員殺されていたかも知れない状況だったのだ。搭乗型のラダム獣に乗って退却するアックスをブレードは追いかけ様としたが、膝から力が抜けてガクっと膝をついてしまう。どの道、アックスとの決着は次回に持ち越される事になった。
「よぉ」
 夕刻、農場から去ろうとしてリルル達に挨拶しようとしていたDボゥイ達は、小さい荷物袋を背負ったバルザックを目にした。
「あら? お見送り?」
「済まねぇな……色々世話になっちまって」
ノアルは不承不承、バルザックに助けられた礼を言う。自分達を騙し、Dボゥイにひどい暴言を言った事は許せないが、支援されて窮地を救われた事に関しては礼を言わなければ、と思っていたのだ。
「なぁーに、礼には及ばねぇ。これからは俺が世話になるんだからな」
「えぇ?」
「どういうこと?」
「鈍いねぇ。俺も付いていくって言ってんのさ」
「冗談じゃねぇ! お前みたいな胡散臭い奴!」
「勿論、タダとは言わねぇ。連れてってくれりゃあ、礼として俺のフェルミオン分けてやるってのぁどうだ?」
「っく……」
「困ってるんじゃないのかなぁ? ノアルさんよぉ?」
「っこぉの野郎ぉ……!」
 ワナワナと拳を握るノアル。確かにバルザックの言う通り、今現在ソルテッカマンはフェルミオンカートリッジを全て使い切り、ラダムに対抗する術はブレードのみと言う状況に陥ってしまったのだ。それにバルザックが戦闘に参加すればよりブレードを支援出来るのは目に見えている。
 受け入れるか、突っぱねるか。ノアルがそれを迷っていた矢先、Dボゥイが前に出てきた。
「助かるよ」
「Dボゥイ!?」
Dボゥイは、バルザックに対して握手する様に右手を差し伸べた。それに応える様にバルザックも握手する。それを見て目を丸くするノアル達。
一番仲の悪かった彼らが、何故か今では仲良く握手を交わしている。それ以前に、彼が付いて来る事に反対するどころか「頼む」と言っているDボゥイに対して、驚きの声を上げているのだ。
「よぉーし、決まりだな」
「分かったよ……ただし! 俺はまだお前を信じちゃいねぇ。妙な事をしたらその場で叩き降ろすからな!」
「らぁさぁ」
以前何処かで言った事がある様な言葉を、ノアルは叫ぶ様に言い、バルザックは形ばかりのスペースナイツの「了解」の言葉を言った。
 そして振り返ると、リルルとリックの傍に来て、彼は言った。
「リック……姉さんの事は頼んだぞ。」
「うん……!」
顔をぐしゃぐしゃにして泣いているリックに、バルザックは自分が被っていたテンガロンハットを外して少年に被せた。いつも自分と遊んでいたバルザックが行ってしまう。しかし、行かないでと駄々をこねる事はしなかった。リックにも分かっているのだ。彼がラダムに戦いを挑む事を。
「リルル……」
深く頷くと、バルザックに応える様に、
「行ってらっしゃい」
と一言だけ、リルルは言った。恋人同士である二人の間に、言葉はそれだけで十分だった。
そんな別れの風景を、Dボゥイはじっと見ている。そしてグリーンランド号が農場を去っていく最中でも、背部カメラを通じてモニターでバルザックを見送る二人の姿を、見えなくなるまでDボゥイはずっと見ていた。
 そんな彼の所作を見て、運転しながらノアルは声を掛けた。
「Dボゥイ? やけに偉く物分かりがいいが、どうしたんだ?」
「何がだ?」
「……バルザックの事さ」
今までの確執からして、バルザックとDボゥイが握手する事などあり得ない、と思っていたからだ。
「あいつ……俺と同じ目をしていたんだ……」
「あぁ?」
Dボゥイは、そう一言だけ言って、その言葉の本質を見抜けずにノアルは怪訝な声を上げる。同じ目。かつて自分と同じ目をしたバルザック。彼は昨晩、復讐に燃えて焦燥感に捉われた様な目をしていた。それはDボゥイが、まだ誰も信用出来ずに独りで戦っていた時の眼と至極似ていたのだ。それが彼を信頼出来ると思った理由だった。いや、最早、信頼する信頼しないと言う言葉では言い表せない何かを、Dボゥイはバルザックから感じ取っていたのだった。
――――バルザック、あたし信じてる。貴方が、この子と平和に暮らせる日を作ってくれるって。きっと……!
リルルはグリーンランド号を見送りながら、そう考えていた。傍らで泣いているリックを見ながらそう思ったのではない。彼女は自分のお腹に手を当てながらそう言ったのだ。結局リルルは、お腹の子の事を彼に告げずに別れた。余計な懸念を抱かずに行って欲しいと、考えた上での結論だった。
いつかラダムを打倒して自分達の元に帰ってきてくれるその日まで、三人はバルザックをずっと待ち続けるであろう。



☆っはい。今回もマジ時間掛かりすぎでしたが何とか出来ました。俺初めて見たときリルルが身篭ってるって知らなかったんだよね(笑)でもそう言うのを言わずに見送る、何か赤紙で呼び出されて戦地に向かう旦那を新婚さんの奥さんが見送る感じ?に見えますがどうでしょうか(笑)今回一番描写に困ったのは、バルザックの必殺技(笑)「何で威力の強い武器を連射してその後威力の弱い武器撃ってんの?この人」的な妙な描写であります。レーザーでフェルミオン弾が誘爆させられるかどうかも実は怪しくて(レーザーは物質ではないから対消滅が起こらない)文章で表したらこれほど困る描写は無いって感じなんですよね。まあそこは生暖かい目で見送って下さい(笑)今回の作画もキテるな! ラダム獣撃破にバンク使わないとか、バルザックが颯爽登場するとかカッコ良すぎるでしょ。と言う事で評価は満点の五で御願いいたします。