第34話 光と影の兄弟(1992/10/13 放映)

ヒドイや父さん的なw

脚本:岸間信明 絵コンテ:橋本伊央汰 演出:千葉大輔  作監&メカ作監:工原しげき
作画評価レベル ★★★★★


第33話予告
アックスとの戦いを前に過去を振り返るDボゥイ。
そしてシンヤも同じ想いを共有しながら戻れぬ流れを突き進む。
次回、宇宙の騎士テッカマンブレード「光と影の兄弟」仮面の下の涙をぬぐえ。


イントロダクション
連合地球暦192年5月6日、スペースナイツ基地は地上から姿を消した。荒廃した地上で人類は恐怖の日々を送っていた。そして、五ヶ月の放浪を経て、アキ達と再会したDボゥイはラダムの基地がある月面へ向かうパワーを得る為、地上に降りたアックス・ランス・ソードの持つクリスタルを求めて、旅を続けていたのである。


 其処はグロテスクで血管の様な触手とピンク色の臓物が蔓延る場所だった。月の母艦基地、その場所は侵略者ラダムの本拠地である。
 そんな場所に相応しくない音楽が聞こえる。異星人の手による物ではない人間的な、旧世紀の音楽。生物的な母艦基地の奥には、人工的な施設があった。其処はアルゴス号の居住ブロックだ。
「125……126……」
 アルゴス号の居住区画で、上半身を裸にしてトレーニングを行っている男がいる。長髪の男の名は相羽シンヤ。またの名をテッカマンエビル。
「131……132……133……」
 彼は居住ブロックのベッドに足を掛け、床に向かって左腕だけで腕立て伏せをしていた。滴る汗が顔の真下にある床を回数毎に濡らしていく。
母艦基地にはラダムのテクノロジーによる様々な施設がある。入っているだけで栄養補給と治療が行える培養球。脳波リンクで一切傷を負う事無く模擬戦闘が行える仮想模擬戦闘室。
「1137……138……139……140……」
ありとあらゆる最先端な施設があるにも関わらず、相羽シンヤは母艦基地が取り込んだアルゴス号の区画でトレーニングを行っていた。机には音源であるミュージックプレーヤーがあり、クラッシックを奏でている。
「145……146……147……148……149……150!」
本来、月の重力は地球の重力の6分の1しかない。だが、その区画には遠心力によって構成された重力ブロックがあり、地球の重力とほぼ同等の生活が営む事が出来る。
勿論、ラダムの施設にも重力ブロックは存在するが、シンヤは何故か人工的な住居にこだわった。それは、彼が人間だった記憶を持つが故の、郷愁の様なモノだったかも知れない。
そしてイングランド南東部にあるカンタベリー大聖堂では、テッカマンアックスであるゴダードがいた。彼はアーミーナイフを手元で弄びながら、大聖堂内の窓に腰掛ける。背が低い男ではなるが、上半身が裸になった状態を見れば、がっしりとした骨格と鋼の様な筋肉で構成された、厳つい男である事が分かる。
「ちっ……傷跡が疼くな……ブレードが近付いてきているって事か……」
腰掛けた時、ゴダードは脇腹を押さえながらそう言って舌打ちした。
「ふっ……今度こそ、誰にも邪魔されず、サシで勝負が出来るってもんだ」
 テッカマンアックスであるゴダードは今までブレードと戦ってきたが、ノアルのソルテッカマンや防衛軍兵士らにその勝負を邪魔されてきた。だがこの地、この場所であるなら、テッカマンブレードと一対一の決闘が出来る。そんな期待感に胸を躍らせながら、彼は持っていたナイフで自らの髭を剃り始めた。
 その頃グリーンランド号は海の上を滑る様に進んでいる。海上なら陸上型ラダム獣と遭遇する事も無く、スペースナイツのメンバーは陸に比べれば比較的安全な航海を行っていた。トレーラーは水陸両用で潜行する事も出来るが、エネルギーや酸素を節約する関係上、車体下部中央から浮きであるフローターを展開し、後部にあるスクリューで海上を進んでいるのだ。
ドーバー海峡まっしぐら、かぁ。コンピューターの分析通り、アックスの野郎がいてくれりゃ、いいがな」
「大丈夫ですよ。ラダム獣の出現分布、及びアックスの逃走経路など、あらゆるデータをインプットして出た結論なんですから。96%の確率で、アックスはイングランドにいます」
 運転席では夕陽が眩しくサングラスを掛けながらそう言ったノアルに対して、隣に座っているミリィがそんな風に応えた。現在、彼らはフランスのカレーから海上に出て、イギリスとフランスの最狭部であるドーバー海峡を渡っている最中であった。
「って事は、危険指数も96%ってワケだ。……今度の相手ばかりは、油断がならねぇからな」
そして後部ブロックにある簡易工場では、レビンがソルテッカマン一号機を前にして作業を行っている。バルザックは自分の鎧であり親友の形見であるそれが気がかりなのか、手を貸さずにその状況を見ていた。
「まぁったく、よくもこんな傷だらけにしてくれたわね! 畑のカカシ代わりにしてたんじゃないのぉ?」
「そう怒るなよ。何度も地獄を潜り抜けた勲章だぜ、それは」
「分かってるわよぉ! だから修理するだけじゃなくて、ついでにパワーアップしてあげようとしてるんじゃない。ちょぉっとペガスぅ! もう少し斜めにしてよぉ! 中が見えないでしょ?」
「ラーサー」
簡易工場にはクレーンが無いのか、元は作業用ワーカーマシンであるペガスがソルテッカマンの修理を手伝っているが、レビンの「もう少し斜め」と言うのがどの程度か分からずに倒し過ぎて、転倒させてしまった。
「なぁぁっ!? それじゃやり過ぎよぉ! ホントドン臭いんだからぁ!!」
「ドンクサイ? イミフメイデス。メモリーニインプットサレテイマセン」
「あっそぉ!!」
 作業しているそんな一人と一体が可笑しくて、バルザックは頭を抱えながら苦笑した。 
 他のメンバーがそんな風に束の間のインターバルを過ごす一方、Dボゥイはグリーンランド号の外、上部の端辺りに腰掛け、海を眺めながら傍らにあるミュージックプレーヤーで音楽を聴いている。其処にトレーラー内部でDボゥイを見掛けなかったアキが来て、彼に声を掛けた。
「珍しいわね。Dボゥイが音楽を聴くなんて?」
Dボゥイの隣に座ると、アキは彼の顔を見ながら聞いた。奏でられているクラッシックは月基地でシンヤが聞いていた曲と同じモノである。煌く夕陽にゆったりと伸びやかに演奏された音楽、そんな状況であってもDボゥイの顔には影がちらついている。そんな彼を見てアキはDボゥイの心境を聞いた。
「何を考えているの?」
「色々な」
「色々って?」
「あぁ……この曲、シンヤも俺も好きだった」
 その曲は管弦楽組曲第3番ニ長調ヨハン・セバスティアン・バッハが晩年に作った曲である。愛称をG線上のアリアとも呼ばれる有名な曲だ。
「思い出の……曲……」
 シンヤが好きだった、と言う言葉を聞いて、アキは少し表情を堅くした。相羽シンヤ、今現在は敵であるテッカマンエビル。Dボゥイのそんな心情を聞いて、彼女は気軽な話題を振る事が出来なくなった。
 そしてトレーニングを行ったシンヤは、オメガの謁見の間で基地の主であり司令官である兄に対面していた。
「身体の方はどうだ、エビル。傷は癒えたのか?」
「八割方。念には念を入れて、と言った所かな」
「レイピアが自爆して果てた時、お前がPHYボルテッカのエネルギー制御能力を極限まで使って、アックス・ソード・ランスを守ってくれたおかげで、地球は着々とラダムのモノとなりつつあるのだ。十分に身体を休めるが良い」
 PHYボルテッカはその特性上、相手のボルテッカを吸収して自在に操る事が出来る。しかし彼女の自爆ボルテッカによる津波の様なエネルギーの奔流までは、PHYボルテッカでも相殺する事が出来なかった。
レイピアは諜報策敵型に特化しており、例えて言うなら日本古来に存在した忍者の様に、任務失敗時に自決する様な、そんな機能を有していたと言えるだろう。
至近でそんなボルテッカの奔流を受けたエビルが、その場で出来た事と言えば、他の三人のテッカマンをPHYボルテッカによるバリアフィールドを形成して守る事だけだった。レイピアのボルテッカが放たれた後には、反物質のエネルギー奔流をその身で受けてボロボロになった重態のエビルが残されたのだ。
 つまりこの六ヶ月以上の期間、エビルを地球で見掛なかったのはそう言った事情があったからだった。半年以上の治療を余儀なくされたが、もし彼の判断が無ければ四人は生き残れずに、地球の侵略はかなり遅延される事になったはずである。それだけ、テッカマンエビルの功績は大きかった。
「いや、休んでばかりじゃ、実戦での勘が鈍るからね」
「ふっ、変わらんなお前も。そんなに恐れずともテッカマンとしての能力はブレードより勝っているだろう」
「いや! それは分からないよ? ケンゴ兄さん」
「何故だ……シンヤ」
 そう問われた時、シンヤは思い出していた。相羽タカヤと言う兄がどんな男だったかを。
 歓声が聞こえる中、十代前半のタカヤとシンヤが競技場で走っている。二人は、他の走者をぐんぐん抜き去りながらスパートを掛けた。そしてほぼ同時にゴールしたが、僅か一瞬だけシンヤの方が早かった。 
「一着、相羽シンヤ君。タイム10秒90。二着相羽タカヤ君。タイム10秒91」
 競技場で行われたのは100メートル走競技だ。彼らのタイムが電光掲示板で表示されアナウンスされると、更に歓声が湧き起こった。スタンドでは彼らの父孝三と、かつては助手だったゴダードが二人を注視している。
息を切らせて下を向いているシンヤに肩を叩きながら、タカヤが爽やかに微笑み掛けた。
「やったな! シンヤ! おめでとう!」
「……負けたかと……思った」
「なーに言ってんだよ! お前が毎日走り込みを欠かさなかった成果さ!」
「……っ」
「ほぉら! 何してんだよシンヤ!」
そう言って弟の肩を仲良さそうに抱きながら、タカヤは観客に手を振って応えた。しかしそれとは対照的に、シンヤは落胆気味で視線は宙を泳いでいる。一位になったにも関わらず、手を振ろうともしなかった。
「見たまえ、ゴダード君。負けたタカヤの方が大はしゃぎで、シンヤは相変わらず不満そうだ」
「シンヤ坊は完全主義者ですからな。それにしても兄弟で一位を争うなんてさすがですよ!」
 孝三のそんな言葉を聞いて、ゴダードがそう応えた。確かに10代前半で10秒90台を出すこの二人は、そこらの少年と比べれば明らかに非凡だった。
「あっはっはっは!」
「……」
 笑うタカヤに不満げなシンヤ。彼らは好対照とも言うべき存在だった。そして、過去の話をしたシンヤは一つの仮定に囚われていた。
「俺が負けたなら、悔しくて顔を見る事も出来なかったと思うよ。それに……」
「それに?」
「あの時、タカヤ兄さんは本気を出していたのかどうか……」
 負けたとしても、あくまでも爽やかさを損なわない兄を目にして、弟は精神性で負けていると思った。そして、あの時あの場所で、兄は本気で自分と戦っていたのか、それがいつも気掛かりだったのだ。
「俺はいつも本気を出していたけど、シンヤには敵わなかった。あいつは、0.01秒でも負けるのが嫌いだったから、負けない為にいつも完全な状態を自分に求めていたんだ」
「行き当たりばったりに突っ走っていく、危険なデンジャラスボーイとは違って、いつも完璧を求めるパーフェクトボーイだったってワケね」
 そして、Dボゥイもその100メートル走競技の話をアキにしていた。シンヤと言う男はそんな風な男だと語っていた。無計画な兄とは違い、計画性があり完璧主義者でもある弟シンヤと言う男を。
「あぁ。俺は、何事にも一生懸命、真面目に取り組むシンヤを見て、絶対に勝てないと思った。……負けるべくして、負けたのさ」
 Dボゥイはあの時、本気で戦った。例えばそんな風にタカヤがシンヤをそう諭したとしても、シンヤは兄を疑いの目で見ていた。
「もしも俺と同じだけ努力をしたら……! タカヤ兄さんが勝つに違いない。そう……思う事があるんだ」
 シンヤの本気と言うのは、努力して生まれた結果を意味するモノだった。だが、タカヤがそんな走り込みをして練習をしていたと言う事実は、家族であるシンヤですら目にした事が無く、一層努力していたシンヤの至近に迫るほどにその差は僅差だった事を考えると、弟は戦慄せざるを得なかったのだ。
「タカヤ坊もシンヤ坊も、生まれながらにして抜きん出た才能を持つ、鷲と鷹だ。実力に差は無い。たった一つの違いは、タカヤ坊は放っておいても才能を伸ばす事が出来たが、シンヤ坊の方には、コーチ役が必要だった……」
 兄弟の対決を思いながら、ナイフの照り返しで髭の剃り具合を確かめるゴダード。そして、
「うわぁっ!」
「どぉしたシンヤ坊! 返してみろ! それともギブアップかぁ!?」
「っく……ま……まだまだぁ!!」
 足でシンヤの頭部をゴダードが締め上げる。大人と少年のレスリング風景はある意味一方的ではあったが、それは彼がシンヤに対して忍耐力や屈服しない根性を鍛える事を教えるのに、必要な事だったのかも知れない。
 そしてオメガの目の前でシンヤは言った。
「父さんもミユキも、思い出らしい思い出も無いままに死んでしまった母さんも……俺よりも、タカヤ兄さんの明るい性格を愛していたね……兄さんもそうかい?」
「……思い過ごしだ」
 オメガである兄、ケンゴはそんな風に嘘をついた。仮面で隠されてはいるが、その時彼の表情が顕であるなら、真剣な面持ちをしているシンヤから視線を逸らしていたのかも知れない。
「いや! そうさ。憶えているかい? あの頃俺は家族といるより、ゴダードと過ごしている時間の方が多かった」
「アックスか……」
 ゴダードが教え込んだのはレスリングだけではない。彼らが次に思い描いたのは、ボクシングのトレーニング風景だった。激しく連打するシンヤの拳を、ゴダードはボクシングミットで軽やかに受け止めている。対してシンヤは、焦りと苛立ちの表情に支配されていた。
「右だ右! 足を使え! 手だけで打つな!」
 ゴダードの叱咤が飛ぶ。もう既に数十分打ちっ放しのシンヤに疲れが見え始めた時、ゴダードのボクシングミットがシンヤの隙を捉えた。激しくミットで頬を打たれたシンヤは、もんどり打って転がり倒れ伏した。
「うわっ!!」
「どぉーした!? これ位でへばっていたら、タカヤ坊に勝てないぞ!」
 仰向けに倒れたシンヤに、ゴダードがそんな風に言った。トレーニングで言われるその「タカヤ坊に勝てないぞ」と言う言葉は、シンヤの根性を奮い立たせる常套句のようなモノだった。
「っく……ぅう……ハァー! ハァー!!」
 そしてシンヤは、やはりその言葉を受けて立ち上がった。膝がガクガクと悲鳴をあげても、もう腕が上がらなくなっても、その言葉を受ければ立ち上がるしかない。その事をゴダードは熟知していたのだ。
「よぉーし、良い根性だ! もう一回来い!!」
 そんな風景を頼もしそうに、微笑みながら陰から見ているタカヤ。弟の努力する様は、ある意味自分にとっても誇りの様なモノであり、例えその場でボクシング対決を行い負けたとしても、強い弟を見るのはタカヤにとって楽しみでもあったのだ。
「父さんの助手をしていた、ゴダード、今のテッカマンアックスがシンヤといつも一緒にいて、その全てを教え込んだんだ。彼の専門は電子工学だったんだが、格闘技が好きで、その道へ進んだ方が似合いの男だった」
 そんな風にアキにテッカマンアックスの正体である彼の素性を語った。しかし弟シンヤだけでなく、自分もその格闘技のトレーニングには何度も付き合った事がある。兄弟にとって、ゴダードはある意味師匠と呼んでも過言でない。槍術、剣術、柔術、空手、ボクシング、レスリング等と言った、ありとあらゆる格闘術を、ゴダードと言う男は少年達に授けていった。兄弟にとって遊びの延長上であったそれは、いつしか彼らにとって日課の様な行為になったのだ。
「ブレードと戦うとシンヤ坊、いやエビル様は平常心を無くしちまう。鷲と鷹の勝負は、そうなったらどう転ぶか分からない。このワシならブレードを屈服させ、ラダムの仲間にする事も可能なはずだ」
 突如、ゴダードは持っていたナイフを対面にある壁に投げつけた。ナイフは壁に突き刺さり、飛んでいた蛾がナイフの刃先によって壁に張り付けにされた。それも生きたまま。彼らの師匠である自分なら、今壁に生きたまま張り付けにされた蛾のように、ブレードを生きたまま捕獲し、ラダムの尖兵にする事も可能だ、と彼は自身を持って言うのだ
「この髭が伸びるまでにブレードがやって来るだろう。その時こそ奴がラダムに忠誠を誓う時だ……」
 そして自分の顎を撫でながら、タカヤがやって来るのを待ち望んでいた。Dボゥイであるタカヤを、敵としてではなく弟子として愛していた。人間だった時の記憶を持つが故の、それも彼のこだわりなのかも知れない。
「血の色をした……月か……何となく不吉だね」
 陽が落ち、そう運転席にいたノアルが言う。地平線近くに浮かんだ月は、今までに見た月の中ではっきり紅い月だった。それは夕陽と同じ原理で赤くなるのだが、それにしても濃い赤の色をしていた。 
「あれは、アルゴス号で宇宙に旅立つ、少し前の事だった」
 月面ラダム基地の謁見の間では、シンヤの告白が続いている。それはドーバー海峡を渡っている最中のDボゥイも同様だった。
「俺達は、父さんとゴダードと一緒に、サバイバルの訓練をしようと、山に登ったんだ」
 野戦服に身を包んだ四人が岩の裂け目に避難している。下山する為の山道は冠水で水が溢れて歩ける状態ではない。四人は流されない為にとりあえず避難し雨が上がるのを待っている最中だった。
「っふう……ひでぇ雨だぜ!」
「さっきまで、晴れていたのにね」
「山の天候は変わり易いと言うが、これほど急激に変化するとはな。下山するまで持つと思ったが……甘かったな」
「なぁに、小一時間もすりゃあ、また青空が広がりますよ」
「だが、幾ら待っても天候は一向に回復しなかった。俺達のいる裂け目にまで水が入って来て、もう少し高い場所に移動しようとした時だった」
 ザイルで高台に登り、小高い山に登ろうとする四人。父孝三とゴダードが先に登り、その後をタカヤとシンヤが追う様に登る。しかしその時、彼らの真上で雷が落ちた。雷鳴は木をへし折り、丁度その真下にいた四人へ枝葉ごと落ちてきたのだ。
「おぉっ!?」
 丁度直下にいた孝三とゴダードは何とか岩場にへばりついて避けられた。しかしザイルに掴まって登っていた兄弟達はその枝葉に巻き込まれる様な形で落とされてしまう。
「タカヤぁーっ!!」
「シンヤ坊ぉーっ!!」
 二人は冠水した川の様な濁流に投げこまれた。もし豪雨で冠水していなければ岩場に叩きつけられ軽傷では済まなかっただろう。だが、冠水した水の流れに晒されて二人は徐々に滝壺へと誘われようとしていた。
 濁流に翻弄されながら、丁度上流から流された丸太の様な流木に二人は何とかしがみつく。
「だ、大丈夫か!? シンヤ!!」
「な、何とかね……でも、このままじゃ……!」
 丁度流木があったのは不幸中の幸いだったが、川の氾濫は凄まじく、二人は岩場に上がる事も出来ずに流され続ける。それでなくても、二人にはしがみつく事以外に出来る事は無かったのだ。
「自然の力の前に、俺は無力だった。知恵も努力も何も役に立たない圧倒的な自然の前に、全てを諦めた。けど、兄さんは……!」
「タカヤは……違ったのか?」
 オメガのその問いに、シンヤは応えた。奮えるように、焦りと苛立ちの感情を顕にしながら、応えたのだ。拳を握りながら、その表情には悔しささえ見え隠れしている。これは恐らく、肉親の兄であるケンゴにしか言えない告白だったのかも知れない。
「あぁ……タカヤ兄さんは、諦める所か、俺を励ましさえした……!!」
――――諦めるなシンヤ!! 絶望したって、何の力にもならない!!
「そうね、希望を持ってさえいれば、力だって湧いてくる物ね」
「へっ……強がりさ。俺だって怖かったけどな」
 アキのその言葉に、Dボゥイは半ば自嘲する様に言った。
それは弟に対する優しさと愛情だったのかも知れないが、励まされたシンヤにとっては、兄との差を見せ付けられた敗北感に相違なかった。完全なP(パーフェクト)ボゥイであるシンヤと言う男は、土壇場でメンタルに弱い部分がある、そんな風にシンヤは思い知らされ、自ら思い込んだ。
「それで? どうなったの?」
「うまい事に、流木が岩に引っ掛かったんだ。それを父さんとゴダードが見つけてくれた」
 丁度岩場の狭い部分に引っ掛かったタカヤ達だったが、濁流の凄まじさで丸太が激しく揺れ、やはり岩場には掴まれそうに無い。そんなどうしようも無い状況を、父と恩師が探し当てた時である。
「今助けてやるぞ! 頑張れ!」
「博士ぇ! 早く! 流木が岩から外れます!!」
 ザイルを胴体に巻きつけた孝三は、ゴダードの確保の助けを借りて手を伸ばした。足元にも水の流れが激しく、以って数分と言う状況だった。一番その手に近いのは、兄であるタカヤだった。
「父さんは、タカヤ兄さんの方を先に助けるだろうと思った。当然ね。けれど……!」
 手を差し伸べたのは近場にいるタカヤではなかった。奥にいる弟に向かって救助の手が伸ばされたのだ。
「シンヤ、早く掴まれ!」
「えっ……」
「何をしている! シンヤ! 早く!!」
 優先度で言えばその現況で真っ先に助けられるのはタカヤなはずだった。シンヤは意外そうな顔で、父を見て、すがる様にその手に掴まり、救助された。
 しかしシンヤが助けられたその直後、流木のバランスが崩れる。タカヤは濁流に一度呑まれて、顔が見えなくなってしまった。
「タカヤ兄さぁーんっ!!」
 シンヤが叫ぶ。孝三はシンヤを確保するので精一杯になり、手を伸ばせない。
「くぁっ!!」
「兄さぁんっ!!」
 タカヤが再び浮き上がった。流木に掴まっていた手は放していなかった。しかしこのままでは、流されるのも時間の問題だった。その時!
「這い上がって来いぃっ!!」
「……っ!!」
「タカヤ、お前なら出来る!! タカヤぁっ! 這い上がって来るんだ!! お前なら出来るぅっ!!」
 父孝三の檄が飛んだ。それを見てシンヤは絶望感に捉われた。濁流や自然の脅威に晒されて絶望に捉われたのではない。
 そして流木から離れたタカヤは近場の岩にしがみつき、父の足元に向かって登り始める。その直後、丸太は岩から外れ流されていった。
「っくぅ……」
「よぉし急げ! 流されない内に!」
 その後も父の激励が続いたが、シンヤの耳には何も入ってこなかった。彼は呆然となって、父の先程の叫びが頭の中でリフレインされている。
「先に助けられた時、正直言って凄く嬉しかったさ。でも直ぐに気付いたんだ。父さんは俺には助けがいるけど、タカヤ兄さんは、逆境も一人で乗り越えられるって判断したんだ」
 父の「お前なら出来る」と言う言葉は、裏を返せば「シンヤには出来ない」と言う言葉と同義だった。 
「土壇場の底力は、俺よりも上だってね……!!」
「お前がタカヤを、いや、ブレードを恐れるのは……それか!」
「コンプレックスって言う奴かな……これはタカヤ兄さんをこの手で倒すまで消えないよ……」
 そう、シンヤにとって、それは何度目かの敗北感の中でトラウマとも呼べるべきモノだったのだ。父にしても恩師にしても、考えている事は同様であり、自分は人の助けが無ければ逆境を覆せない。そんな風に思い込んでいると言っても過言ではなかった。
 何度も兄とは戦った。だがシンヤの劣等感が拭われるには、タカヤを越え、彼をこの世から抹殺する事、殺す事以外にその劣等感を拭う事は出来ない、そうシンヤは常々思っているのだった。
「俺達は双子である必要は無いんだ!! どちらか一人、残れば良い!!」
 そう言うと、シンヤは踵を返して謁見の間から立ち去っていく。その後姿を見たオメガは独りごちた。
「エビルよ……いっそこの私とお前の立場が代わっていたら良かったのかもしれん。此処から動く事が出来れば、この手でブレードを葬っていたモノを……!」
 運命か宿命か、兄ケンゴは兄弟の確執を思いながらラダム艦中枢へと消えた。もし自分が動けたのなら、コンプレックスに苛まれた弟の代わりにブレードを八つ裂きに出来たものをと、オメガは思っている。
 しかしDボゥイもシンヤも気付く事は無く、真偽は亡くなった父孝三だけが知っていた。孝三が優先的にシンヤを助けたのには理由があった。岩場上から見た流木のバランスは、今にも流されそうな危うい物で、もしあの場でタカヤを最優先で助けたのなら、流木のバランスが崩れ、シンヤは丸太と一緒に流されていただろう。そう言った事情が無くても、一番危機に瀕している者を最優先で助けるのは救助者のセオリーである。例えばシンヤとタカヤの位置が入れ替わっていたとしても、先に助けるのは奥にいた者だ。そして孝三の判断は良くも悪くも常に正しく、結果二人は無事救助されたと言う厳然たる結果があった。
 だがそんな結果があろうとも、シンヤはどの道劣等感に苛まれていたのかも知れない。Dボゥイであるタカヤは一人で岩場を登り切り、助かったと言う事実があるのだから。
 ドーバー海峡の闇を見つめながら、Dボゥイは右手を開いて見せた。手の平には小さな赤い水晶がある。
「……それは?」
「ミユキのクリスタルだ……」
「……っ!」
 アキは絶句した。Dボゥイはミユキが散華した後に残ったクリスタルの欠片を回収していたのだった。それはどんな心持ちだっただろうか。アキにはその絶望が想像も付かなかった。
「ミユキは、テッカマンになっても心は人間のままだった。シンヤもゴダードも心のどこか、昔のままの自分を引き摺っている筈なんだ……ただ違うのは、ラダムの本能に従って行動している事だけだ」
 エビルが覚醒し、ミユキはその後に生まれた不完全なテッカマンだが、人間の心を失ってはいなかった。完全に洗脳された者と不完全にフォーマットされた妹の違いは、未だ明確にその原因は判明していない。
「地球を……侵略するのも?」
「あぁ。だが……俺がそれを叩き潰す! アックスも、エビルも、オメガも……! この手で!! その為にも、早く完全なクリスタルを手に入れて、月面ラダム基地へ乗り込まなければ……!」
「えぇ……!」
 そう決意を新たにするDボゥイを見て、アキも彼を支えていく事を誓う。
しかしその言葉とは裏腹に、Dボゥイには兄弟達をラダムの呪縛から解放したいと言う願いも、確かにあった。それが彼らを殺す事でしか為されないのか。それは、いつもDボゥイが抱える苦悩であると言っても過言ではなかった。
 そして後部ブロックでは、丁度レビンが作業を終えていた。新生したソルテッカマン一号機はカスタムされ、一号機改と名付けられる。
大筒だったフェルミオン砲の砲身は廃され、バックパックに小型のフェルミオン砲が二門備え付けられた。ヘルメットバイザーにはアンテナが二本、新たに新造されセンサー系が大幅に強化された。一発一発のフェルミオン弾の出力は半分に抑えられたが、その分装弾数が二倍に増え、更に強化されたセンサーを用いて多重に標的をロックオン出来るシステムも搭載された。馬力もノアルの二号機に比べれば若干アップしており、左腕には小型のシールドと右手にはレーザーやニードルガン等、状況に応じて武装を変更できる多目的ランチャーガンが備えられた。
これらの装備は予め既に開発済みだったパーツであり、二号機に備える為に用意してあった物だが、ノアルは通常の装備にこだわった為に遂に装備される事が無かった武装である。
そんなソルテッカマン一号機改を前にして、レビンはご満悦である。
「さぁ完成よぉ!! どぉ? とってもセクシーじゃなぁい!!」
「気に入ったぜ。こいつはうんと働けそうだ!」
「お礼のキスならいいのよぉバルザックぅ! 気にしないから」
「っぅ……そ、そいつは残念だ!」
 レビンのそんな言葉に対して、顔をひくつかせながらバルザックは苦笑した。そして、新たに誕生したソルテッカマンを目にして、再び戦いへの闘争心を静かに燃やしていたのだった。
「はぁっ!」
 突如飛来してきたテックランサーを、テッカマンブレードが弾き返した。
其処はラダム樹に覆われようとしている海上都市。ブレードとエビルの対戦が初めて行われた場所に酷似していた。そんな場所で、エビルとブレードの対戦が再び勃発している。
「ぬぅぅおおおぉぉぉっ!!」
海面すれすれを飛ぶテッカマンエビル。気合と共に右肩のラムショルダーを展開させると、右腕に装着してブレードに躍り掛かった。
ランサー構えて迎え撃とうとするブレード。しかし音速の体当たりと共に、ラムショルダーを構えて吶喊した勢いは殺しきれなかった。ブレードはランサーの持ち手をラムショルダーのナックル部分で強かに殴られると、ランサーを弾かれ、飛ばされてしまった。
「しまった!!」
「てぃぇぇええああぁぁっ!!」
 そのまま空の手だった左掌でブレードの仮面を掴むと、その勢いに任せて地面にブレードを叩きつける。
「ぐわぁっ!!」
 頭部を瓦礫に叩き付けられたブレードは一瞬だけ軽い眩暈を起こした。その隙を逃すエビルではない。
「ふぅうん!! てぇえっ!!」
エビルは気合を込めてラムショルダーの刃をブレードの左肩に突き刺した。
「うぉわああぁぁっ!!」
痛みで絶叫するブレード。ラムショルダーの刃は左肩を貫通し、背後の瓦礫まで達していて、ブレードは瓦礫に張り付けられた状態になった。ラムショルダーを抜こうともがくブレードだったが、その動きは痛みで覚束無い。その数瞬でエビルは自らの槍を回収し、高らかに跳躍すると、
「てぇやぁっ!!」
 ブレードに向かってランサーを投げつけた。その槍を弾く事も出来ずに、エビルの槍はブレードの装甲の無い腹部に深く突き刺さる。
「っは! どぉわああぁぁぁっ!!」
 絶叫するブレードはエビルが投げつけたランサーの余勢で瓦礫の張り付けから開放された。しかし最早立ち上がる気力も無く、瀕死だった。そしてそこに、トドメの一撃が放たれる!
「PHYボルテッカっ!!」
「うぉわああぁぁああっ!!」
 ブレードの絶叫で全てが紅くなる。PHYボルテッカは周囲の瓦礫ごと、テッカマンブレードを消滅させた。テッカマンエビルの圧勝だった。
そして周囲の風景が瓦礫の廃墟から、グロテスクな壁面へとその様相を変えていった。其処は脳波リンクで模擬戦闘を行う仮想空間施設である。
ブレードとエビルの対戦は仮初の物だった。しかし、テッカマンブレードの現在のデータをインプットしたその模擬戦闘は、至極忠実に再現された物だ。もし、テッカマンエビルがブレードと対戦したなら、十回中十回は同じ事が起こる、そんな仮想をリアルに再現した施設なのだ。
「これで完璧だな、エビル。これならブレードも、間違いなく倒せるだろう」
「ハァーッ! ハァーッ!」
 オメガの言葉に対してエビルは肩で息をして無言だった。宿敵を破った、歓喜の声は無い。
所詮は仮初め、こんなシミュレーションを何度行ったとしても、現実ではこんな風にうまくいくはずが無い。ブレードの土壇場の爆発力が、この模擬戦では欠如している。あのブレードの激しい打ち込みを、兄の必死な生命力を、この施設では再現し切れていない。
エビルであるシンヤはそう思い、やはり納得がいかない様子だった。仮面に覆われて隠されてはいるが、その表情は100メートル走で勝利した時の面持ちと、同じものだったに違いない。
「さぁ、来い!ブレード!!」
 そしてイングランドではテッカマンアックスがその対決を今か今かと待ち望んでいる。
 グリーンランド号の上で月を見るアキとDボゥイは、今までに無い激戦を、予感するのだった。



☆っはい。今日はシンヤのお話を書けて幸せでした(笑)最後に戦闘シーンもありますが、主人公が一度もテックセットしない回、お話に重点を置いた良い脚本だったと思います。ニコニコで再生された時はゆとりが六分の一の重力で腕立て伏せしてるーって言われまくりでしたが、アルゴス号の居住区には人口重力が発生してんだよ言わせんな恥ずかしい、的な感じで見てました(笑)そう言えばゴダードの人間態が出たのは今回が初めてだっけ? いや、確かSK基地強襲の時に影で出てた様な気がしますね。それにしても100m走はちょっと早すぎでしょ、とか思ったり。三位のウエダモトキ君は実はタツノコのプロデューサーだったりと、妙な遊び心もあった回、だったと思います。作画は工原しげき先生ですね。やっぱりこの方の作画は見てて安心できる説得力を持っていますね。室井Dボゥイも嫌いじゃないけど、やはり工原Dボゥイやシンヤが見てて凄く良い感じです。