第35話 霧の中の敵(1992/10/20 放映)

多分四十代のバトルマニアゴダードさん

脚本:山下久仁明 絵コンテ:羽山頼仙 殿勝秀樹 演出:鈴木吉男  作監&メカ作監:伊藤尚住
作画評価レベル ★★★☆☆


第34話予告
ついにアックスの元へ到着したDボゥイ達。過去を超え、かつての師を超えるための戦いが今始まる。
次回、宇宙の騎士テッカマンブレード「霧の中の敵」仮面の下の涙をぬぐえ。


イントロダクション
連合地球暦192年5月6日、スペースナイツ基地は地上から姿を消した。それから半年が経ち、テッカマンエビルは妹ミユキの最後のボルテッカによって受けたダメージからほぼ回復し、再び双子の兄であるブレードへの憎しみを燃やしていた。一方、Dボゥイ達はイングランドにいると思われるアックスからクリスタルを奪うため、ドーバー海峡を渡っていった。今、Dボゥイとアックスの決戦の時は着実に迫りつつあった。


 其処はイギリスのケント州にある巨大な教会。かつてはイギリス国教会の総本山とも言うべき場所であるカンタベリー大聖堂である。だが数多くの巡礼者が訪れたこの場所にも、ラダム樹が蔓延り誰一人として訪れる事のない場所に変わり果てていた。
 そんな大聖堂のテラスに、この場所を根城にしているゴダードが、正装の様にきっちり服を着て目の前にあるラダム樹に一礼しながら言った。
「報告いたします」
 すると、ラダム樹の先端にある一際大きい芽の様な球体が赤く煌く。その芽の様なツタは、巨大な目にも見える。それは生体テクノロジーに富んだラダムの通信システムとも呼ぶべきモノだ。
「人間の残存率52%、ラダム樹の繁殖率64%、人間とラダム樹の比率4対6。以上がヨーロッパエリアの状況です」
「殺し過ぎだぞ、アックス」
「はっ」
「これではラダム樹とのバランスが悪くなる。これ以上、人間を殺すな」
「分かりました、オメガ様」
 ゴダードは月基地のテッカマンオメガと会話している様だ。彼らの明確な目的がはっきりしないのは確かだが、これ以上人間を殺すな、と言う言葉と命令は侵略者としては余りにもそぐわないモノだろう。
「エビルも、ほぼ回復した。間も無くそちらに向かうだろう。それまでの間、ラダム樹の管理・統率を怠るではないぞ?」
「承知致しました」
 そうゴダードが応えると、目の部分は赤い煌きを失っていく。
「そうか……シンヤ坊の怪我もようやく治ったか……」
 テッカマンエビルのPHYボルテッカで守られたアックスは、他のテッカマンと共にエビルを月基地に連れ帰った。テックセットを解いた相羽シンヤの身体は瀕死の重態とも言うべき状態で、もしラダムの治癒テクノロジーが無ければ亡くなっていてもおかしくは無かっただろう。
そんな事を思い出していた時、先程通信を行っていたラダム樹の目が蒼く光り輝く。
「お前の言いたい事は分かっておる、安心しろ。シンヤ坊が降りてくる前にブレードは、必ずこのワシが倒してやるさ」
 そのラダム樹は意思をもっている様だ。ゴダードは蒼く煌く目を見ながら語り掛ける。
「ふっふっふ……これがある限りブレードはボルテッカを使えん。となれば、肉体と肉体の勝負。ワシの方が圧倒的に有利だ」
 そう言いながらゴダードは赤いクリスタルを取り出した。矢の先端にある鏃の様な、鋭角的なテッククリスタルを見てゴダードはほくそ笑む。すると、目はゴダードに懐く様に彼に触手を伸ばして纏わり付いた。
「な? お前もそう思うだろ? ふっはっはっは!」
ゴダードはまるでペットに語り掛けるように、可愛い奴と思いながらその触手を撫でた。このラダム樹は通信システムも然ることながら、意思疎通も出来る巨大な生体コンピューターとも呼ぶべきモノである。彼にとってこの生体コンピューターは忠実な下僕であり、戦闘においては重要なパートナーにもなる存在だった。
 そしてスペースナイツ一行は、海を渡りきってイギリス本土へと上陸している。ドーヴァーロードと呼ばれる道路をひた走りながら、カンタベリーを目指している所であった。 
「でもさぁ、ここん所の戦い見て思ったんだけどぉ、どうしてDボゥイは、アックスに向かってボルテッカを使わないワケ?」
 レビンは、ここ数回のアックスとの戦いにおいて、何故かブレードが必殺のボルテッカを意図的に使わない事を不思議がっていた。その疑問にDボゥイが応える。
ボルテッカは、強力過ぎるんだ」
「強力?」
「あぁ、確かにボルテッカを使えば、アックスは倒せるかも知れない。だが、倒したその時、奴の持つクリスタルまで破壊しかねない」
「なるほどぉ」
「必殺技抜きって事か? きっついぜ、そりゃあ!」
 バルザックがそんな風に大袈裟そうに言う。今まで敵テッカマンを打倒、もしくは撤退せしめたのはボルテッカの能力があったからこそだった。強襲突撃型に分類されるブレードは、エビルのPHYボルテッカを除けば、他のテッカマンよりも強力なボルテッカを装備している。つまりアックスと戦うのに一番突出した技を封じられた形で対戦しなければならない。それは余りにも不利だと言えた。
「じゃあさ、クリスタルがあれば月に行けるってのは、どうして分かったワケ?」
「……ミユキが教えてくれた」
「ミユキさん?」
「あぁ……」
レビンの問いにDボゥイは手の平にある小さなクリスタルの欠片を見せた。
「それ……クリスタルの破片?」
「ミユキさんのよ」
「ミユキ……さんの……」
アキがそう応えると、各々が彼女に対する気持ちを思い浮かべた。アキは彼女がテックセットするのを止められなかった事を。ミリィは同年齢で自分に似たミユキともっと話がしたかったと言う事を。そしてレビンは、彼女が敵をひきつけておいてくれた事で脱出する事が出来た事をそれぞれ思った。
スペースナイツのメンバーにとって、ミユキは救世主に等しい人物に相違なかった。
「あれは……スペースナイツが崩壊して、二週間位後の事だった」
 そしてDボゥイが語り始める。スペースナイツ基地が消滅し、その跡で彼女のクリスタルを回収した。跡形も無い基地を前にして呆然とし、形見である破片を見つめる。傍にはペガスがいるだけで、その時の彼は仲間も、愛する妹も全て無くなったと言ってもいい状態だった。
「ミユキ……」
彼女を思ってそう、口に出した時、突如飛行ラダム獣の一団が視界に見える。また何処かの町を、誰かを殺し、侵略の地ならしをする為に飛んでいるのは間違いない。
「……っ!! ラダムめぇ!!」
 別にラダム獣はDボゥイに襲撃を掛けてきたワケではなかった。だが、戦わずにはいられない。八つ当たりではないが、その憤りを止めるにはあの一団を全て滅しなければ気が済まない。そしてDボゥイは叫ぶ。
「ペガス! テックセッタァーっ!!」
「ラーサー!」
その時、突然ミユキのクリスタルが輝きだして直ぐに光は収まる。それを怪訝に思うDボゥイだったが、今はその現象に気を挟む余裕は無かった。そしてそのままペガスに搭乗すると、いつものテックセットとは違った感覚があった。ペガス内でDボゥイのクリスタルの光が満たされると、その光に応じてまたミユキのクリスタルが一層輝きだす。
そして突然、ペガスはDボゥイのクリスタルと同じ形のフィールドに包まれた。まるで重力を失ったかのように急上昇し、そのまま飛行ラダム獣の一団へ飛んでいくと、獣達を木っ端微塵にする。更に尚急上昇するペガスとDボゥイ。まだテックセットしていないDボゥイは、急激なGで押し潰されるような感覚が起こる。
「な、何っ!?」
 数十秒のGの後、テックセットが始まり、ペガス内でテックセットするDボゥイ。そして鎧を纏ってペガスから射出する様に外に出たテッカマンブレードは見た。 
「これは!?」
今まで地上にいたにも関わらず、Dボゥイは既にORS付近まで来ていたのだ。そしてブレードの手にはクリスタルの欠片があるが、強烈な光を放った後、徐々に輝きを失っていった。まるで最後に強く輝く灯の様に。
「俺とペガスは、一瞬で成層圏近くまで来ていた。ミユキのクリスタルに残っていたパワーが、テックセットと感応したんだ」
そう言ってDボゥイは欠片を優しく握る。
「こいつの最後のパワーが、一瞬クリスタルフィールドを形成し、ペガスを包み込んだ……こんな一欠片でもあれだけの事が出来たんだ。完全なクリスタルがあれば、必ず月まで辿り着ける!」
皆無言だった。ミユキは亡くなったその後でも、自分達を導いてくれたのだ。月のラダム基地へと向かう為の唯一の架け橋を、唯一の希望を教えてくれた彼女を面々は思う。
「お……」
無言で話を聞いていたノアルは、何かに気付いた様にブレーキを踏んだ。
「どうしたの? ノアル」
「どうしたもこうしたも、ラダム樹だらけでこの先は無理だ。どうする、Dボゥイ?」
「決まっている! ずっと感応し続けているんだ。アックスはこの森のむこうで、俺が来るのを待っている!」
 額にクリスタルの光が浮かび上がる。精神感応でDボゥイを呼んでいるのだ。 
「そぉーだ……早く来い! タカヤ坊! クリスタルはここだ! ワシは逃げも隠れもせん。早く来いブレードォ!」
 そして大聖堂内では、ゴダードがそう叫びながら精神感応でDボゥイを呼び続けている。今までに無い戦いの予感に身を奮わせながら、かつての愛弟子を待っているのだった。
 トレーラーから降りた六人は、四輪駆動のジープで森の奥へ奥へと向かっていた。後部に連結した荷台にはソルテッカマンのポッドが二台載っていて、その後ろからペガスが脚部スラスターをホバーモードにして高速で追従している。今現在昼前の時間ではあるが、辺りは霧に包まれて周りが見えにくい。 
「Dボゥイ、この方向でいいんだな?」
「あぁ、間違いない」
 そう彼らが言った直後、タイヤが道を踏み外した。
「いっけねぇ、やっちまった!」
「いったぁい!」
「もぉ! ちゃんと前見てたのぉ!?」
 ミリィが、レビンがそう言って文句を言うが、霧のせいで前は数メートル先しか見えない。道を踏み外すのも無理は無かった。アキが車輪の状態を見ながら、
「出られそう?」
 と言うが、車輪は窪みに嵌っている様に見える。ノアルがアクセルを踏んで脱出しようとしたが、車輪は泥をかき出すだけで車体は動きそうになかった。 
「ちっ! こりゃダメだな」
「そぉんなあ!」
「と、言われてもなぁ……」
「どっちみち、こっから先は四駆でも無理っぽいぜ?」
 ミリィとノアルのそんな言葉を受けて、バルザックが言った。前を見れば、もう既に車輌が通れるような道幅はなかった。それを受けて突然Dボゥイがジープを降りた。
「Dボゥイ!?」
「歩いていく!」
「おい! Dボゥイ!」
「待って! Dボゥイ!」
 慌ててノアルとアキが彼を追った。しかし何故かDボゥイは他のメンバーを待たずにどんどん奥へと歩き出し、更に走り出す。チームワークを乱している、と言うより今の彼は何かに急かされている状態だった。それはテッカマンとしてフォーマットされ、感応波に晒されているからであろう。
「Dボゥイ!?」
アキが呼び掛けても彼は止まらなかった。そして先程から周りを満たしている霧が更に濃くなっていった。
「あっ!?」
 そうアキが叫んだ時、彼の背中がまるで消える様に見えなくなった。
「見失っちまったか……どっちに行った!?」
「人に聞くな。自慢じゃないが、俺は方向音痴なんだ」
 ノアルの言葉に、そうバルザックがつっけんどんに返す。
「Dボォーイ!」
 そしてアキが、ミリィが何度も彼の名を叫んでも、結局彼を見つける事は出来なかった。
「何処だ……何処にいる!? アックス!」
 ラダム樹の森を走るDボゥイ。まるで奥へ奥へと誘われるように彼は急かされた。すると突然見晴らしの良い場所に出てきた。目の前には古い建築物があり、見たことも無い巨大なラダム樹が建物に寄り添うように生えていた。
「此処だ……この中にアックスがいる!」
 カンタベリー大聖堂の入り口へ突っ込もうとした矢先、額の紋章が強くDボゥイの脳を揺らした。そして、大きな扉がゆっくりと開かれると、その奥から何者かが姿を現した。
ゴダード!」
「よく来たな、タカヤ坊。待っていたよ!」
ゴダード……」
 目の前にいる男は、いつも襲い来る緑の甲冑に身を包んだテッカマンアックスではない。アルゴス号で仲間だったあの時の容姿、その声もそのままゴダードと言う男を顕わにしていた。
「さぁ! ゆっくりと話し合おうじゃないか? ふっふっふ……」
だが、見た目は師匠と同じ姿形と声ではあるが、目は赤い。まるで血の色をした目で笑う彼は、昔の優しく厳しい師匠ではないのだ。
 Dボゥイの行方を追った面々だったが、一旦捜索を中断してジープに戻る事にした。ソルテッカマンを着込んだノアルとバルザックは、敵の本拠地をヘルメットバイザーに装備されたセンサーで探している。精神感応と言う道標で敵の根城へと向かったのなら、Dボゥイもきっとその場所にいるはずだ。ソルテッカマン二人を先頭にして、レビンやミリィとアキは彼らに追従した。後ろにはペガスが歩いてきている。
「んもぉ! 考えてみたら、始めっからこうすりゃ良かったんじゃない!」
「まぁ、そう言うなって!」
 レビンの文句に、ソルテッカマン二号機になったノアルがそう応える。
「どっちみちDボゥイを見失った事には、変わりなかったんじゃないのかな?」
「ふーんだ! 悲観的な奴ぅ!」
 バルザックにそう突っ込まれて、レビンは膨れる様、にそう言った。
 そして大聖堂内では、礼拝堂に向かいながらゴダードがDボゥイに語りかけている。
「タカヤ坊……思えば、不思議な縁だよな」
此処もラダム獣の侵略を受けたのか、聖堂内は所々穴が空き朽ちかかっている。ゴダードは静かにDボゥイに語り掛け、その直ぐ後ろからDボゥイが付いてきている。いつもの様に豪放に襲い掛かる雰囲気ではないゴダードを見て、Dボゥイは彼の隙を窺った。テックセットしていない今の状態なら、テッカマンにならなくても、クリスタルを奪えるかも知れない。だが、前を歩いている男の背中には、一切の隙が無い。
「シンヤ坊もお前も、格闘技を教えてやったのはワシだ。その弟子とも言える二人がこんな形で、血で血を洗う戦いをする様になるなんてな……さすがのワシも、思いもよらなかったわ」
 そう言いながらゴダードは溜息をつき、礼拝堂の壇上に腰掛ける。  
「が、正直言ってワシはお前達の二人の戦いを見るのが辛い。そこで、だ。ラダムに戻ってくる気は無いか?」
「……っ!」
「お前だってこれ以上肉親と戦いたくはないだろう。どうだ? この辺ですっきりしようじゃないか」
ゴダードォ……!」
「仲良くやろうじゃないか……昔の様に」
 優しく微笑みかけながらゴダードは言う。彼には今までのテッカマンの様に、問答無用で襲い掛かる気配は無い。Dボゥイと言う弟子を、心から愛しているから故の懐柔だった。だが、Dボゥイの返答は決まっていた。
「断る!」
「……いいのか? タカヤ坊」
「断るっ!!」
 Dボゥイの叫びが礼拝堂に響き渡った。アックスやエビルが自分の妹に対して行った仕打ちを、彼は決して忘れてはいない。これは地球を守る戦いである以前に、彼にとってはラダムに対して憎しみの念を燃やすしかないのだ。それが例え尊敬する師匠の言葉だったとしても。
 そんな風にゴダードとDボゥイが語っているその頃、スペースナイツの面々はようやく大聖堂を探し当てた。
「これは!」
「大聖堂に、ラダム樹が……」
 アキはカンタベリー大聖堂の変わり果てた姿を見た。周りはラダム樹の森林に囲まれ、異形のラダム樹が大聖堂に纏わり付いている。それを前にしてバルザックが口を開いた。
「見るからに敵さんがいそうなムードだぜ」
「兎に角入ってみるか」
「あぁ」
 そう言ってソルテッカマン達が建物の中に入ろうとした時、異形のラダム樹が動いた。
「何っ!」
 ノアル達が気づくと、丁度目に当たる部分から突如粘液の様な紫の樹液が噴出された。雨の様な樹液は、ノアル達目掛けて襲い来る様に降り注ぐのだった。
「ふん、強情な所は変わってないなタカヤ坊……いや! ブレード! まぁ、止むを得んか……」
 聖堂内では交渉が決裂した事を、ゴダードは少し落胆気味にそう言って立ち上がった。
「シンヤ坊、エビル様を守る為、お前を倒すっ!! はぁあっ!!」
 そして、赤い目をギラつかせると、ゴダードは拳を構えて躍り掛かった。懐柔する気が無かったではない。彼の言った弟子達が戦い合うのが辛いと言う言葉は正直な本音だった。だがそれ以上にシンヤを守る事、かつての愛弟子、成長したタカヤと戦うと言う事に、期待を持っていた事も確かだった。
「てぇやぁっ!!」
「うぉっ」
 力強い正拳突きをDボゥイはかわす。更にゴダードは全身の四肢を使ってDボゥイに攻撃を仕掛けた。Dボゥイはそれをかわし、受けるので精一杯になる。武器を持たない生身での彼の戦闘能力は、苛烈だった。
「おぉらおらどうした!! 守ってばかりじゃ勝てやせんぞ!! 攻撃は最大の防御だと教えただろうがっ!!」
「っく!! 憶えているさ!!」
そう応えたDボゥイは、右拳によるストレートを放つ。しかしゴダードはその腕を掴んで後ろ向きになり、一本背負いをする様にDボゥイを虚空に向かって投げた。格闘技に慣れている者でも受身を取るのが難しい渾身の投げ。Dボゥイは高く舞い上げられたが、空中で体勢を器用に整えると華麗に着地し、更にバク転でゴダードから距離を取る。それを見てゴダードは鼻で笑った。どうやら腕は落ちていないようだな、と。
「あぁっ」
 大聖堂の外では、スペースナイツの面々に今にも樹液が襲い掛かろうとするが、樹液はまるで意思を持つかのようにノアルやアキ達に目もくれずに二方に分かれた。
「何ぃっ!?」
 そして地面を走り、後方で待機しているペガスに躍り掛かる。
「ペガァースっ!!」
 意思を持った粘液は、ペガスの動きを封じるかの様に下半身を縛り付ける。元ワーカーマシンである強力なパワーを持つペガスでも、その粘液から脱出する事は不可能だった。
「はああぁぁっ!!」
「ぬぅおりゃあぁっ!!」
何度も拳を交わす二人。時には蹴りを、時には拳や投げを。全身を使った格闘が大聖堂内で繰り広げられた。ゴダードは至極余裕であり、Dボゥイは彼の激しい攻撃を前にして肩で息をしている。齢40代のゴダードではあるが、その辣腕は衰える事は無い。一矢報いる事も出来ずに、Dボゥイは始終受け手に回っていた。
「どぉーした! もう終わりかタカヤ坊! とぉりゃあぁっ!!」
右腕での拳、更に両腕による素早いジャブ。そして、また右手による正拳突きが来た時、Dボゥイは視線をその右拳に合わせ、体を右側へと避けようとした。だがそれを読んでいたゴダードは、正拳突きを止めて、素早く右足による蹴りへとスイッチし、回避しようとしたDボゥイの背中を強かに回し蹴った。
「ぬおわぁっ!!」
背中を激しく打たれたDボゥイは倒れ伏した。ゴダードの蹴りは強く重い。常人なら一撃で気絶してもおかしくは無い、熾烈な回し蹴りだった。
「前に言ったはずだ。右にばかり避ける癖は命取りだとな!!」
 うずくまったDボゥイにそう言いながら近付くゴダード。気絶したならこのまま拘束し、連れ帰って洗脳してやろうか。そうゴダードが考えた時、Dボゥイの目がギラリと光る。彼はまだ気絶していなかった。Dボゥイは蹴りを受けた瞬間、右側へ大きくステップして、ゴダードの回し蹴りの威力を殺していたのだ。
「はぁっ!!」
「くぉっ!!」
そして、倒れ伏したままの状態から腕の力を使って両足を真上へと蹴り上げる。四速歩行の動物が後ろ足で真後ろから来る敵を蹴り上げる様な動作。素早い両足蹴りはゴダードの頭部に放たれ、Dボゥイは最終的に倒立した状態になった。
 だが、Dボゥイの起死回生の両足蹴りはゴダードの頭部を捉えていない。ゴダードはDボゥイの鋭い殺気を感じて、スウェーバックして蹴りを避けていた。だが、完全にはかわし切れず、爪先は頬を掠めていた様だ。
「ふん! 腕を上げたのは、逃げ方だけじゃないってワケか!!」
両者は距離を取った。ゴダードの頬からは一筋、血が流れている。
「ふっ……そろそろ、本番と行こうじゃないかぁっ!」
頬に流れる血を左指で拭って舐めると、ゴダードは赤いクリスタルを取り出し、叫ぶ!
「テックセッタァーっ!!」
それに応える様にDボゥイもペガスを呼んだ。
「ペガァス!!」
「ラーサー!」
 外にいるペガスが応えるが、樹液の粘液は簡単にペガスを解放しない。がっちりと下半身を押さえ込み、ペガスがバーニアを吹かしても飛び立てないでいた。更に樹液は周りのラダム樹にロープの様に巻きついて、ペガスを完全に拘束している。
テッカマンアックスぅっ!!」
 そうこうしている内に、ゴダードはテックセットを完了してテッカマンアックスへと変身していた。
「っく……」
「はっはっはっは! どぉした! テックセットしないのかぁっ?」
「っくそぉ……ペガス!! ペガァース!?」
「はっはっは! 来ると思っているのかぁ!」
「なにぃっ? ペガス! ペガァースっ!!」
 幾らDボゥイが叫んでも、ペガスは来なかった。そしてこれは結局テッカマンアックスの策略だった。
 聖堂の外では、飛び立てないペガスが胸のクリスタルを光らしている。それを見てアキ達はDボゥイに危険が迫っている事を悟った。
「ペガスが!」
「Dボゥイが、ペガスを呼んでいるわ!」
「でも、あれじゃあDボゥイの所へは!」
「まさか、それがあの樹液の目的!?」
「そんな!!」
「どけぇっ! アキ、ミリィ、レビィン!」
「今助けてやるぜ!」
 異形のラダム樹の樹液は、敵がDボゥイにテックセットさせないと言う事に気付いたノアル達は、ラダム樹をとりあえず放置し、アキ達の横を走り抜けてペガスの救出に急行した。
 ソルテッカマンのフェルミオン砲が唸る。ノアルは一際大きい樹液のロープを、バルザックは細い樹液をそれぞれ撃った。簡単に樹液は撃破出来るが、また新たに別の木に巻きついてペガスを解放しない。
「くっそぉ!」
「ふざけやがってぇ!」
 更に撃つ。大量の樹液はやはり直ぐに別の木に巻きついてペガスを縛り付けた。更に異形のラダム樹からの樹液の供給も手伝って、ノアル達はペガスの救出が困難だと判断した。
「イタチごっこだぜ!」
「あぁ、キリがねぇ。このままじゃ、Dボゥイが!」
そしてDボゥイは、アックスからランサーを投擲されて危機に陥っていた。音速で回転してくるランサーを人間の身で避けるのは至難の業である。それは生身で銃弾を避けるのと同じ事だった。
ゴダードであるアックスは、Dボゥイが右に回避すると踏んでランサーをDボゥイの僅か右側へ落着する様に投擲していた。しかし、
「何ぃっ!?」
 Dボゥイはそのランサーを右にかわすと見せかけて、左に大きく跳び退ってかわす。そしてそのまま猛然と大聖堂の扉へとダッシュした。
「くそぉっ!! 味な真似を!!」
 Dボゥイはゴダードの心理を巧みに読んでいた。自分が右に避けるだろうとフェイントを掛けたのだ。右側の方にランサーを投擲してくるだろう、と。それは一歩間違えればランサーの直撃を受けて身体を真っ二つに引き裂かれてもおかしくは無い危険な賭けだった。
 距離を取られたアックスは背部のスラスターを吹かして、猛然と追い掛けて来る。 
「待てぇっ! ブレードォ!!」
――――ペガス、何故だ? 何故来ない!?
 Dボゥイはペガスに何かが起こった事を悟った。アックスのあの言いぶりだと、多分何らかの妨害があるからペガスは来られないのだろう。だが、それがどんな策なのかは判断しにくい。
 そう考えていると、目の前の床からラダム樹のツタが突然生えてきた。
「なにっ!」
ラダム樹のツタは天井付近まで伸びて聖堂の柱に巻きつき、外へ通じる扉への退路を塞ぐ。
「ふっはっは! これで袋の鼠だな、ブレード! この大聖堂をお前の墓場にしてやろう!」
後ずさるDボゥイ、ランサーを構えて徐々に迫るアックス。そして遂に壁に追い詰められてしまう。
「っ……!!」
 遂に逃げ場は無くなった。生身でテッカマンと対峙するのは二度あったが、近接格闘に長けたアックスを目の前にするなら、恐らく危険度は今までの倍以上だと言える。
 その時、突然青い光が右側にある壁を打ち破った。赤外線センサーで、聖堂内でDボゥイとアックスが対峙しているのを見たソルテッカマンが、間に入る様にフェルミオン砲を撃ったのだ。
「なにぃっ!!」
「ノアル! バルザック!!」
「お待たせっ!」
バルザック! Dボゥイを!」
「あいよっ!!」
 バルザックは左肩にDボゥイを抱えて聖堂から脱出する。
「待てぇっ! うぉっ!!」
 そしてそれを阻む様に、ノアルの二号機がアックスを撃った。勿論、フェルミオン砲が敵テッカマンを怯ませる程度の威力しかない事は承知している。Dボゥイがテックセットする時間を稼ぐ、それがノアルの狙いだ。
 肩に担がれたDボゥイは一号機改のバルザックに聞いた。
「ペガスは何故来ない!?」
「あれで動けりゃ、苦労しねぇぜ!!」
 見れば、ペガスは樹液で大地に括りつけられている。これでは自分の所に来れないのも道理だ。
「あぁっ! ペガス! くっ……どうすれば!?」
「簡単よ。ペガスが動けねぇなら、コッチから行くまでさ! 行くぜぇぇっ!!」
 そう言ってバルザックは疾駆した。ペガスに向かって。そしてフェルミオン砲を一発だけ撃つ。ペガスを傷付けない様に、ペガスを拘束している樹液の濃い部分だけを撃った。すると拘束が緩み、ペガスは自分の背部を、近付いてくるDボゥイに向ける。
「今だ! Dボォォーイっ!!」
「ペガス! テックセッタァァっ!!」
「ラーサー!」
 背部が開き、テックセットルームが顕わになる。
「たぁぁぁっ!!」
 そしてバルザックはDボゥイを投げた。Dボゥイはソルテッカマンの膂力で空を舞い、宙を一回転してテックセットルームへと無事着地した。背部パネルが閉じて無事Dボゥイはペガスへの搭乗に成功した。
 しかしまた異形のラダム樹から樹液が噴出され、今度は下半身ばかりでなくペガスの全身を覆った。これではテックセットを完了させてもテッカマンブレードはペガスから射出されないだろう。
「Dボゥイ! うわぁぁっ!!」
バルザック!」
 更に樹液はペガスだけでなく一号機改までも拘束する。異形のラダム樹は是が非でもテッカマンブレードを出撃させないつもりだった。ソルテッカマンの支援も無く、アキ達の叫びが木霊する。
「Dボゥイ!!」
しかしその時、赤い光と碧い光が交錯した。Dボゥイはテックセットする際、ミユキのクリスタルを右手に握っていたのだ。最早成層圏にまで飛び立つ事が出来ないクリスタルの欠片だったが、一瞬だけクリスタルフィールドが張られれば、この拘束から脱出出来るとDボゥイは踏んだのだ。
 予想通り、テッククリスタルの欠片は、ペガスを一瞬だけフィールドで包んだ。その赤と碧のスパークは、覆っている樹液を吹き飛ばした。木に巻きついている樹液でさえ、そのエネルギーで破裂する。
 そして、頭部が顕わになったペガスから、勢い良くテッカマンブレードが出現する!
テッカマン! ブレードォっ!!」
「Dボゥイ!」
「やったぁ!!」
 二重三重の罠があるにも関わらず、テッカマンブレードは無事にテックセット完了した。だが、再び樹液が噴出され、ペガスも新たに拘束される。
 更に、聖堂の壁を吹き飛ばす様に出てきたのはノアルのソルテッカマンだった。
「ぐわあああぁぁっ!!」
「ノアル!!」
 丁度ブレードの足元まで吹っ飛ばされたノアルは、そのまま動かなくなった。ソルテッカマンのボディは刃傷だらけになっていて、テッカマンアックスの光刃で切り裂かれた余波で吹き飛ばされたのだろう。
「ふっふっふ! テックセットしたか!」
「アックスゥ!!」
 聖堂内からぬっとテッカマンアックスが出現する。
「まあ、良いだろう。テッカマン同士の戦いの方が、倒し甲斐もあるというものだ。それに、どうせ勝つのは! ワシの方よぉぉっ!!」
 そしてテッカマン同士の激しい剣戟が始まった。高速で宙を飛び、ランサーとランサーがぶつかり合った。
「うぉわぁぁあっ!!」
「てぇりゃああぁぁ!!」
 空中でスラスターを吹かしながらの鍔迫り合いが起こる。その時アックスは叫ぶ様に愛弟子に言った。
「どぉーだ! ブレード! テッカマンになろうともワシには敵うまい!! それとも使うか! ボルテッカを! いや使えるのか! このワシにぃっ!!」
「くっ!!」
 鍔迫り合いを解き、二人は大地に立って睨み合った。
「何故ならワシのクリスタルを奪う事が、お前の目的だからな!!」
「気付いていたのか!」
「今までのお前の戦い方を見ていれば、一目瞭然よぉっ!!」
「……っ!!」
 ブレードは完璧に自分の心理を読み取られている事に戦慄した。さすがに自分やシンヤの事を熟知している師匠なだけはある。つまりそれは、アックスを必殺出来ない事を指すからだ。そんな心理を敵に悟られるのは、圧倒的に不利な状況に陥ったも同然だった。加えて、アックスはボルテッカを躊躇無く撃てるのだから。
「さぁどうするね? タカヤ坊!」
「っく……うぉ!? うわぁっ!!」
 師匠の眼光に晒されている最中、足元に忍び寄ってきた樹液の存在に気付けなかった。アックスの殺気がそれを気取られない様にしていたのだ。テッカマンブレードを支援するのがソルテッカマンなら、アックスを支援するのは異形のラダム樹だ。ラダム樹とアックスは意思の疎通に言葉を交わす必要も無い。粘つく樹液はブレードの足を放さない。脛まで拘束され、身動きが取れなくて尻餅を付いてしまう。
「ぬぉりゃあっ!!」
 そんな身動きが覚束無いブレードに、飛び上がったアックスからランサーが投擲され、回転しながら迫る。それを回避しようと立ち上がるブレードだったが、樹液から脱出出来ずに、攻撃を左足に受けてしまった。
「どぉわぁぁあああっ!!」
 痛みで絶叫するブレード。重傷ではないが、左足の脛から血が流れ出ている。
「今度こそ最後だ! ブレードォ!!」
 ブーメランの様にランサーを回収したアックスが、一歩一歩と迫った。ブレードは負傷し、また尻餅を付いて身動きできない。もがけばもがくほどに樹液の拘束は強まった。
「ディ、Dボゥイ……」
 樹液に縛り付けられたバルザックが呻く。ノアルもアックスに吹っ飛ばされて気絶している。二機とも軽い損傷だが、とてもブレードを支援する事は出来なかった。
「さらばだ! ブレェードォォっ!!」
 そして倒れ伏したテッカマンブレードに、テッカマンアックスはテックトマホークを大上段に振りかぶった。
「Dボォォイィィっ!!」
それを見たアキの叫びが、周囲にひびいた。
テッカマンブレードの命運や如何に!!


☆っはい。仕事やら何やらで時間食いましたけど、何とか出来ましたアックス決着編前編。ソルテッカマン一号機改の初戦闘ですが、良い所無しで拘束されてノアルは気絶と絶対的に不利な状況で次回に続きます。つーか、女性陣が叫ぶだけってのが困り所ですよね。アキとかが「Dボゥイ! 足元!」とか言ってくれれば役に立ってくれたんでしょうけど、ただ叫ぶ、見てるだけってのは不甲斐ないですね。ミリィとかトレーラーに留守番してればいいのに、とか思ったりします(笑)作画は安定しないので普通の三で御願いいたします。