第38話 死への迷宮(1992/11/10 放映)

テックセットしちゃうぜ?

脚本:千葉克彦 絵コンテ:澤井幸次 演出:津田義三  作監&メカ作監須田正己
作画評価レベル ★★★☆☆

第37話予告
満身創痍のDボゥイに忍び寄る死の影。滅びゆく戦士は、己の命を賭けて新たなる進化を決意する。
次回、宇宙の騎士テッカマンブレード「死への迷宮」仮面の下の涙をぬぐえ。


イントロダクション
Dボゥイ達を追ってきたバーナードはフリーマンからのメッセージを携えていた。それは、新たなスペースナイツ基地の完成を伝えるモノだった。一方Dボゥイは、自らの肉体に原因不明の異変を感じる様になっていた。ラダム獣に襲われたノアル達を助ける為に、テックセットしようとしたDボゥイだが、それをバーナードが止めた。静止を振り切ってテックセットしたDボゥイは、戦いに勝利はしたものの、組織崩壊が進行する肉体は、既に限界を越えていたのである。



 海の中からは水中ラダム獣が、そして空からは飛行ラダム獣が襲いかかる。
「ちっ!!」
「くっそぉ!! こいつらぁっ!!」
 水中ラダム獣は時には氷を突き破ってバルザックに襲い掛かり、空からは飛行ラダム獣の粘液弾がノアルに強襲を掛けた。二人は交互にフェルミオン砲を撃ちながらフォローし合って何とか戦局を保とうとしている。
 スペースナイツの一行はラダム獣の群れを相手に激戦を繰り広げている最中である。ここアイスランドの大地から脱出する為に、グリーンランド号を先に行かせてソルテッカマンの二人は殿を勤めている。ラダム獣を呼び寄せた原因は、数時間前に湖の水上施設で水中ラダム獣の一群を全滅させたのが呼び水だった様だ。実際には数匹水中に逃がしていたのだ。
 いかにソルテッカマンが二体いるとは言っても、やはり津波の様な軍で押してくる獣達に対して、二人だけの防波堤は押し留めるだけで精一杯だった。
「うぉっ! おわぁっ!!」
 飛行ラダム獣の粘液がバルザックの一号機改の足元を撃つ。足場を崩されたバルザックは踏み外して転倒してしまう。更に陸に上がった水中ラダム獣が倒れ伏したバルザックに襲い掛かったが、間一髪二号機のフェルミオン弾のフォローが間に合った。
「大丈夫か!? バルザック!!」
「あぁ! それよりグリーンランド号はどうなってる!?」
「船出の準備には、もう少し掛かりそうだぜ!」
 実際にソルテッカマン二機よりもグリーンランド号の足は遅い。二人が必死の殿を勤めてはいるが、ソルテッカマンの防波堤は何匹かグリーンランド号へ向かうのを阻む事が出来なくなっていた。
「踏ん張れよ野郎共ぉっ!! 船出の後には美味い酒が待ってるぞぉっ!!」
 そしてトレーラの上部には元連合地球防衛軍特殊部隊所属のバーナード軍曹とその配下の兵士達がフル装備で近寄ってくるラダム獣を迎え撃つ。追いすがるラダム獣の一番脆弱な複眼等を撃ってその勢いを上手く殺していた。空からは主のいないペガスが航空支援を行っている。現行で出せる武装を全て放出し、スペースナイツはアイスランドからの脱出を図ろうとしている最中であるが、今現在テッカマンブレードは出撃出来ない状態にあり、目下スペースナイツの面々は苦戦中であった。
 しかもそんな時、氷の路面を走っていたトレーラーの車輪が側溝にはまり、スタックして空転してしまう。
「あぁんもぉこんな時にぃ!! ペガス! 押してちょうだい!!」
「ラーサー!」
 航空支援を一時中断すると、飛行形態から人型形態へと変形したペガスがグリーンランド号の後部に取り付き、その馬力と巨大な腕で車輌を押し始めた。
「もっと強くぅ!!」
 運転室でトレーラーを操作しているレビンが通信越しに叫ぶ。ラダム獣の群れはもう数百メートル後ろに迫っている。
「ほぉれもう一息だ! 早くしねぇと追いつかれちまうぞぉ!!」
「ラーサー!!」
 バーナードがペガスに檄を飛ばした。すると、ペガスもそれに応えながらセンサーアイを光らせ、フルパワーでトレーラーを押す。すると車輪が溝から外れ、再び走り出すことが出来た。
「やったわぁっ!」
 レビンがアクセルを踏みながら歓喜した。そしてまたペガスは空へと飛び上がり、飛行形態に変形して爆撃を開始した。
「ヨッホォィイ!! よくやったぁっ!!」
 そんな至極有能なロボットを軍曹が褒める。海まであと数kmの距離である。
「う……くっぅ……」
 そして、周りでそんな激戦を繰り広げている中、トレーラーの居住ブロックの寝室では倒れ伏したDボゥイが意識を取り戻していた。アキとミリィはそんな彼に付きっ切りで看病を行っている。
「Dボゥイ……」
「お……俺は……」
 自分はどうなったんだ、とアキに呼び掛ける力すら無い。アキは周りの状況を一切彼には言わずに、
「大丈夫……大丈夫よ……」
 とだけ言った。すると、Dボゥイはまた深い眠りについた。
「うっ……」
 ミリィがそんな疲弊し切ったDボゥイを見て涙目になる。今まであんなに力強く戦ってきた頼もしい仲間が、今死の淵にいる。そんな惨たらしい状況が耐えられない。それはアキも同様だったが、彼女はあくまでも気丈に振舞おうと思っている。
 殿を務めている二人にそろそろ限界が訪れようとしていた。グリーンランド号から離れて撤退を行うこの作戦では、戦闘中に補給を行うことも出来ない。
「くっそぉ! 幾ら倒してもキリがねぇ!」
「ノアル! 先に行け!」
「分かった! ここは任せたぜっ!!」
 そう言って、バルザックはノアルを先行させた。そして、バルザックの一号機改は膝を付き、ラダム獣が近付いてくるのを待つ。
「そぉーだそぉだ……もっと寄って来ぉい……!」
 バックパックに装備された拡散フェルミオン弾発射装置を全開にして、自分を囮にラダム獣の群れをおびき寄せる。その時、グリーンランド号はようやく海へ入ろうとする最中であった。
「喰らえぇぇっ!!」
 雄叫びと共に残ったフェルミオン粒子を全て放出する。すると、バルザックの周りにいたラダム獣は全て一掃された。
「いいぞ! 乗り込めぇっ!!」
 海に入ったグリーンランド号は車体のフローターを展開し車輪を収納すると、海上を滑る様に進み始める。そして後部ハッチが展開されると、軍曹の号令と共に兵士達四人がハッチの中に入っていく。ペガスもそのまま飛行形態の状態を維持して収容された。残りはノアルとバルザックの二人だけだ。
 ノアルの二号機がトレーラーに追いつき、開いたハッチへと着地すると後ろを振り向く。残弾を使い切ったバルザックの一号機改がホバリングによるダッシュで追いかけてきている。二号機にはまだ数発だけフェルミオンの残弾がある。バルザックの真後ろ、至近にまで迫っているラダム獣を撃つ。通信で撃つタイミングをノアルが伝え、バルザックは砲撃支援を巧みに回避する。二人の息はピッタリと合っていた。
 そして二機共トレーラーに収容されると、巨大なハッチが閉じ、グリーンランド号は潜行し始めた。車体下部のフローターを収納し、トレーラーはそのまま潜水艦となり深い海へと潜り始めた。
「なんとか……振り切ったなぁ!」
「あぁ……!」
 ソルテッカマンの鎧を脱いで、二人は安堵する様に一息ついた。テッカマンブレードが不在の状況だと、こうも苦戦すると言う事を二人は改めて知るのだ。
 そんな疲れ果てた彼らの元にミリィがやって来る。ノアルは重篤なDボゥイが気掛かりになって少女に聞く。
「Dボゥイは?」
「今は、眠ってます……でもこのままじゃDボゥイの身体は……」
 ミリィはうなされ苦しんでいるDボゥイの姿を思い出して今にも泣き出しそうだった。
「アラスカの基地に急ぐしかねぇ。フリーマンが何か手立てを考えているはずだ」
「本当ですか!?」
「俺が出るときには、その研究を開始していたからな」 
――――頼むぜ……チーフ……!
 最早Dボゥイの命はスペースナイツのリーダーであるフリーマンに掛かっていた。ノアルは心の中でそう呟くと、Dボゥイの身体が基地まで持つことを切に願う。だが、そんな風に思う彼らに忍び寄る影があった。水中を泳ぐラダム獣が、グリーンランド号の航路を追ってきているのだった。
 その頃、ラダム樹の森に覆われようとしている朽ち掛かった洋館の中で、二人の男女が言葉を交わしている。その場所は冬季に差し掛かっている所だからか、暖炉の中には薪がぼうぼうと燃えている。
「エビルが来るまで待てだと? どう言う事だ! ソード!」
 二人の男女。こうして会話しているのを見れば普通の人間には見えるが、彼らは厳密に言えば人ではない。
 一人は長髪を後ろ手に結んだ赤いロングコートの白人男性。細面の美形と言った風の、その男の名はモロトフ。別の名をテッカマンランスと言う。
「エビルは、自分の手でブレードの息の根を止めたいらしいわ」
 そしてもう一人のアジア系の女性は名をフォン・リー。黒髪長髪の中国美女と言った、妖艶な魅力を醸し出す、この女性のもう一つの名はテッカマンソード。
 そう、この二人は人ではない、侵略者ラダムの尖兵である。二人は全く相反する男女ではあったが、共通項があるとするなら、テックセットする為のクリスタルを持っている事と、赤い目を持つと言う事だけだろう。
「馬鹿な事を……エビルではブレードに勝てはしない。これまでがそうだった様にな……」
「ランス、貴方何を考えているの?」
「ブレードの始末なら私独りで充分だと言う事だ」
「勝手な真似は、止してちょうだい。エビルが気を悪くするわ」
「裏切り者を始末するのだ。責められるワケが無い」
「ランス……」
「さてお前はどうする、ソード? 力尽くで私を止めてみるか?」
 モロトフはソファーに座りながら、まるでフォンを挑発する様に言った。 
「貴方がエビルの指示を無視しようと私には関係が無いわ」
 フォンは誰が強いか等と言った事にまるで無頓着ではあったが、
「でもランス、貴方のした事が結果的にオメガ様への反逆となるのなら、私は容赦しない!」
 テッカマンオメガ、現在のラダム司令官にしてDボゥイ達の長兄である相羽ケンゴの言葉は、フォンにとって唯一無二の優先すべき事柄であった。その為なら、本来禁忌とされるラダム同士での諍いも、彼女は辞さない気でいた。
「いや、むしろ私はオメガ様に知って貰いたいのだ。エビルよりも私の方が有能だという事をな」
 そう言ったモロトフも、無闇に他のテッカマンと戦いたいワケではない。彼は参謀型のテッカマンであり、
本来司令官の傍にいるはずの自分の地位がエビルよりも下、と言うのが常日頃から気に入らないと言った様子だった。つまり、今回ブレードを倒そうと思うのは功名心の表れだとも言える。
「エビルの出番は無い……ブレードは私が倒す! 必ず倒す……」
 そう、赤い目のモロトフは不敵に笑みを浮かべて言うのだった。 
 アイスランドの戦闘から数日後、ひたすら海の中を潜行していたグリーンランド号は、ようやく浮上して北極海へと辿り着き、アラスカの大地を踏んでいる最中であった。数千kmの距離を休み無しの強行軍で渡った彼らにとって、もうトレーラーのエネルギーの出し惜しみをする必要も無い。スペースナイツメンバーの長き旅も、アラスカをゴールにしてようやく終える事になるが、それは取りも直さずDボゥイを救う為に無理を押したラストスパートでもあった。
「どうですか? Dボゥイは」
「衰弱し切ってるわ……まるで、飲まず食わずで砂漠を彷徨った人みたいに」
 グリーンランド号のオペレーティングの合間にミリィはDボゥイの部屋に何度か足を運んでいる。アキは、ミリィと交代ではあったが、この数日ずっとDボゥイの看病をしている。 
「薬は……」
「……何も効かないわ」
 溜息を吐きながら、アキは頭を振ってそう言った。Dボゥイの症状はミユキの組織崩壊の状態とよく似ている。痛みを緩和するはずの鎮静剤ですらその効力を発揮しない。組織崩壊とは、まさに身体がバラバラになる様な危険で重篤な症状でもあった。
「早く……基地に着ければいいんですけど……」
 あと少し、あと少しだけ我慢して欲しい。アキとミリィは、Dボゥイの顔を見ながら、心の中でそう呟いた。
「ねぇ? どっちに行けばいいのよぉ?」
「座標はこの辺りなんだが……」
「だぁって何処見たって、基地なんか見えやしないじゃないのよぉ」
 氷の大地は何処を見ても真っ白な背景しかない。ノアルとレビンは運転室で周りを見ながら怪訝な声を上げている。そんな二人にバーナードが言う。
「慌てんじゃねぇ! ほれ、あそこだ!」
「え……あそこがぁ!?」
 其処は半ば氷雪に埋もれている人工的な建造物だ。100年以上前の頃、全世界では有りとあらゆる場所から宇宙を目指すプロジェクトが立ち上げられた。このアラスカ宇宙基地も、その施設の一つである。周囲には衛星から電力を受け取る為のマイクロウェーブ受信機が設置され、超伝導カタパルトや基地設備は全て地下に埋没、もしくは収納された基地である。見た目は、既に朽ちてしまった建造物にしか見えないが、それがある意味偽装も兼ねている様だ。
グリーンランド号、間も無く、格納庫への収納ルートに入ります」
 そして基地の指令所にいるフリーマン達は、モニターでグリーンランド号の来訪を既にキャッチし、彼らを受け入れる用意を行っている。
「メディカルルーム、受け入れ態勢を!」
「準備OKです」
「格納庫、受け入れ態勢に入れ!」
 基地の正面ゲートは氷雪に埋没していて機能していない。だがグリーンランド号が基地へ近付くと、氷の地面に偽装されたハッチが開き、彼らを招き入れた。トレーラーを収納すると、直ぐにハッチが閉ざされ、其処は至近から見ても機能していない廃墟に見える。
 アラスカの新スペースナイツ基地は、内部は完全に機能している。巨大なトレーラーを収納する為の格納庫は充分なスペースがあり、後部ブロックが外されたスペースシップブルーアース号もその格納庫にあった。
 グリーンランド号が格納庫に止まり、後部のハッチが開かれた其処にはフリーマンと本田が待っていた。
「ウワァオ! 親っさぁ〜ん!!」
「ぬぉう……Dボゥイは! どうだい!」
 久しぶりと言った風に、レビンは本田に抱きついて再会を喜んだが、男に抱きつかれても正直良い気分ではない。本田はDボゥイの身を案じて、レビンにそう急かした。すると奥からDボゥイに肩を貸してやって来たアキとノアルがフリーマン達に声を掛ける。
「チーフ! 親っさん!」
「挨拶は後だ!! Dボゥイを、早く!!」
 ストレッチャーにDボゥイを乗せると、直ぐ様彼はメディカルルームへと運ばれていった。
 アラスカの基地は旧スペースナイツ基地に比べれば、それ程施設が充実しているとは言い難かったが、治療室やラダム樹の為の実験施設と言う意味合いでは、新生スペースナイツ基地としては申し分無かった。これもフリーマンの手腕の成果かも知れない。
 治療室を見下ろした経過観察室ではスペースナイツの面々が集まってDボゥイの様子を見ている。彼は呼吸マスクを付けられ、点滴治療でその命を繋ぎ止めている。
 数時間経つと、朦朧とした状態でDボゥイが意識を取り戻した。見上げるとフリーマンと本田がいるのを確認し、基地に何とか辿り着けたのだと悟った。
「う……チーフ……」
「今は安静にしててDボゥイ。もう何も心配はいらないから」
 アキは観察室のマイクからDボゥイに語りかける。だが、彼にとっては一番の懸念があった。
「チーフ……俺はこれで完全に治るのか……」
「チーフ……?」
 それはDボゥイも勿論、その場にいる全ての者が抱く懸念だった。スペースナイツが今後ラダムと言う巨大な敵と戦うに当たって、一番の関心事であるはずだった。
「君がもう、テッカマンになりさえしなければ……」
「うっ……! どう言う意味だ……!?」
 Dボゥイはその言葉を聞いて激しく動揺する。例え動けなくても。
「これは君の身体の組織崩壊を食い止める治療法だ。安静にさえしていれば、もう命の危険は無いだろう。だが、テックセットを続ければ、組織崩壊は進行する。それは君に、確実に死をもたらす……!」
 例えて言うなら、Dボゥイの今現在の状況はヒビが入った割れたガラスである。割れたガラスがどうやっても元の一枚のガラスには戻らないのと同様に、組織崩壊が進んだ身体の再生を行う事はある意味不可能だと言う事なのだろう。Dボゥイが今後テックセットすると言う事は、そのガラスの完全なる崩壊を意味していた。
「……っ!! 嘘だっ!!」
「嘘ではない。その身体でテッカマンになってどうしようと言うのだ。他のテッカマンはおろか、ラダム獣にすら勝てはしないだろう」
「何か方法は無いのか……テッカマンとして戦う方法は……!」
「無い。君の役目は終わったと言う事だ」
 フリーマンは、まるでDボゥイを用済みと言わんばかりに言い放った。辛辣な言葉ではあったが、はっきりとモノを言うフリーマンらしい言葉である。
「チーフぅっ……!」
勿論Dボゥイは納得できず、動こうともがき、呻いた。観察室にいるフリーマンに手を伸ばそうとしても腕が上がらない。
「……鎮静剤を」
 フリーマンがそう言うと、メディカルスタッフがDボゥイに処置をする。すると彼は直ぐに静かになり、目を閉じて再び深い眠りについた。
「冷たすぎるぜチーフっ! あんな言い方は無いだろう!!」
「そぉよ! あんまりだわぁ!!」
 ノアルが、そしてレビンが観察室を出ようとするフリーマンに憤った。
「他に……どう言えと言うんだね……!!」
 そう言って、フリーマンは部屋を出て行った。フリーマンも好き好んで言った訳ではない。彼でさえ、その言葉を口から捻り出すのに悲痛な面持ちをしていたのである。
 数日後、スペースナイツのメンバーは束の間の休息を得ている最中、格納庫では相変わらず急ピッチの修復作業が行われている。元はブルーアース号の物だったグリーンランド号の後部ブロックが、元の主に備え付けられ、収納式のカタパルトの準備にも余念が無い。そんな風に作業員が忙しなく動いている傍らで、本田がペガスの背部パネルを開いて何かしらの作業を行っている。パーツ類が其処彼処に散乱し、明らかに解体作業に近い事を行っている様だ。それを通り掛かったレビンが驚いて声を掛けた。 
「あぁ! 何してるのよ親っさぁん!」
「テックセットの為の回路を閉鎖するんだ。お前も手伝え!」
「え……どうして、そんな事を?」
「あのDボゥイの性格だ。何かあったら、絶対テッカマンになるに決まっとる。そうさせない為だ!」
 本田はDボゥイの事をよく理解していた。最早、Dボゥイはこの中に入るだけで死ぬ身体になってしまったのだ。そんな死刑台と棺が一緒になった様な、テックセットルームをそのままにしてはいけない、と本田は思い、レビンも納得してその作業を手伝う事にした。
 そして治療室のDボゥイはようやく意識を取り戻していた。
――――チーフの研究は、弱っていた俺の身体をここまで回復させてくれた……だが、俺は本当にテッカマンになれずに……?
 回復はかなり顕著で、既に思う様に身体が動くまでに至っていたが、Dボゥイは堂々巡りの思考に捉われていた。それは唯一つ、自分は今後テッカマンとして戦えるのか否か。
――――いや……何か方法があるはずだ……俺を再びテッカマンにする方法が……!
 もう立ち上がる程まで回復したのなら、やるべき事は一つだった。Dボゥイは呼吸マスクと点滴注射を取り去ると、病衣のまま治療室を出てフリーマンの実験施設へと向かった。
 その頃、指令所ではスペースナイツの面々が集まってDボゥイの話をしている。
「確かに……あいつは、充分過ぎる程やってくれたんだ……そうだろう? 後は俺達で頑張るしかねぇってこった。あいつはもう戦えない。いや、戦っちゃいけねぇんだ……!」
 ノアルがそう言いながらバルザックの肩に手を置いた。もうDボゥイは戦えない、ノアルはその言葉を聞いて、肩に置いた手は無意識に力が込められる。
「ノアル……」
 バルザックがノアルの憤りを聞いた。無理も無い、ノアルとアキはずっとDボゥイの戦いぶりを傍で見てきたのだから。
「あんな状態のあいつに戦って欲しかぁねぇんだよ!」
「……それであいつが、納得するかな?」
 だがバルザックは、敢えて反論した。例え死ぬと分かっていても戦いに臨む。彼の思考はDボゥイと似たり寄ったりだった。
「させるしかねぇだろぉっ! でなきゃ、あいつは……」
 その時基地内に警報音が鳴った。何者かが防犯システムに引っ掛かった様だ。それは誰であろう研究施設を探索していたDボゥイだった。彼はフリーマンのラダム研究の資料を漁り、自分がテッカマンになれるかどうかを必死に探している。其処には様々な資料があった。書きなぐられた研究メモ、ラダム獣の標本、ラダム樹の種子等と言ったありとあらゆる研究資料を目にして、Dボゥイは自分がテッカマンになる為の鍵を探した。
 そして行き着いたのは、厳重に隔壁で閉ざされたブロックだ。彼は隔壁のスイッチを押してその先にある物を目にすると、驚愕の表情を浮かべた。
「はっ! ……これは!?」
「何をしているんだ! Dボゥイ!」 
「チーフ! これは一体何なんだ!?」
 研究ブロックに駆け込んできたフリーマン達にDボゥイは聞く。
「Dボゥイ! これ以上無理をしたら貴方の身体は本当に……きゃあぁっ!!」
 病衣のままのDボゥイを押さえようと、ミリィはDボゥイに近付いたが、その時彼女も研究室の中にある物を目にして悲鳴を上げる。
 その部屋には円柱状の強化ガラスに入れられたラダム樹があった。ただのラダム樹ではない、大きく開花したラダム樹だ。四方に巨大な赤い花弁が開かせ、そしてその中央、通常の花で言えば柱頭、花粉を受け取るめしべの部分には巨大なクリスタルがある。そう、それも人が丁度入る程の大きさの、柱状の水晶だ。
 そしてその中には、異形の人型がいた。 
「こ……これは!? ラダム樹が花を咲かせているっ!?」
「チーフ……!」
 今までラダム樹の研究を手伝っていたアキでさえその異様を目にした事が無く、Dボゥイはこの花についてフリーマンに説明を求めた。
「一つだけ異常成長を遂げた、ラダム樹だ。調査員が偶然発見し採集した。……だが、調査中彼が中に取り込まれてああなってしまった」
「死んでいるのか?」
 今度はバルザックが聞いた。多くのラダム獣を撃破してきた彼ですら、その異様を見て驚愕している。
「いや……だが脳波は検出されていない。意識を持たない抜け殻の様なモノだ」
「しかし! これは間違い無くテッカマンだ! 装甲を持たない素体状態の!」
「……そうだ」
 Dボゥイはその事を良く理解していた。素体状態のじぶんとほぼ同じ姿。形状は部分部分で相違があるが、明らかにその調査員は素体テッカマンにされてしまったのだった。
「はっ! このラダム樹を使って、俺の身体は元に戻らないのか!?」
「何言ってるの!? Dボゥイ!!」
「俺がもう一度、テッカマンとして生まれ変わる事は!?」
 アキが止めようとしても、Dボゥイはこのラダム樹の力でテッカマンになる事を望んだ。ただの一般人が取り込まれてそうなったと言うのなら、同じ事を自分も行えば良いのではないか、そう考えたのだ。
「出来ない。現状のテッカマンのままでは……!」
「どういう意味だ!?」
 その言葉の意味が分からず、Dボゥイが聞くと、フリーマンは少し嘆息して説明を始めた。これを見られてしまったのなら、全てを話すしかない、そんな風に思いながら。
テッカマンには、進化の余地がある事が、研究の結果分かったのだ」
「進化だって……!」
「うむ……テッカマンは外的要因、例えば、戦う環境に応じて進化するシステムを備えている様だ。時期と要因が揃った時、テッカマンは新たな段階を迎える……爆発的進化、そう……ブラスター化だ」
「ブラスター化?」
「ブラスター化……」
 アキやノアルが繰り返して言った。つまり、例えて言うのならテッカマンブレードの今の姿も、進化の一形態に過ぎないのだろう。環境に応じて樹木がその形態を変える様に、テッカマンと言う生体兵器も状況に応じて変化するのだと言う。
 そしてまた別の進化の一形態としてブラスター化があった。現状のテッカマンのポテンシャルを大幅に上回る、新たなテッカマンへの道。直訳すれば発破等を破裂させる者。爆発的進化を行う、テッカマンの新たなる進化の一形態がそれだった。
「自らの肉体をより高度なモノへと進化させた時、テッカマンはブラスターテッカマンとなる」
「ブラスター……テッカマン……」
「君の身体の組織崩壊は、君がテッカマンでありながら、テッカマンと戦うと言う、ラダムにとっても予想外のケースに陥った為だ。進化のステップが余りにも早すぎたのだ」
「と言う事は、ブラスター化に成功すれば、俺はテッカマンとして生き延びる事が出来るのか! チーフ、知ってるんだろ!? 頼む、教えてくれ!!」
 Dボゥイはフリーマンに掴みかからん勢いでそう捲くし立てた。そして、フリーマンも研究者としてその進化を行ったらどうなるのか、と言う探究心の結果、行き着いた結論を述べた。
「方法は確かにある。成功すれば、組織崩壊に苦しむ事も無くなるだろう」
「だったら、何故!?」
「それは……君が不完全なテッカマンだからだ」
「……っ!」
「不完全な形でテッカマンになり続けた君がブラスター化をすれば、肉体的な負担は爆発的に増大する。よって……もしブラスター化に成功したとしても、君の命はもって半年……いや、或いは三ヶ月!」
 衝撃の言葉をその場にいる一同が聞いた。ブラスターテッカマンになれば、寿命が著しく削られ、一年も経たずに死亡する。爆発的進化は組織崩壊を克服し、大幅なポテンシャルアップには確かに繋がるが、それには勿論対価と言う代償が必要だった。
恐らくブラスター化は例えて言うなら、この広い銀河の何処かの宇宙で、ラダムのテッカマン達が戦いを挑んでも勝利する事が出来ない、そんな敵に相対した時の、言わば決戦兵器なのかも知れない。
「三ヶ月か……それだけあれば充分だ」
「おい……ボウヤお前……!?」
「Dボゥイ!?」
 Dボゥイは開花したラダム樹を見上げながら、静かにそう言った。そんな決死を見て、バーナードやアキは彼の言動に驚愕する。
「だが、あくまで実験データで導き出した方法に過ぎない。進化促進、ブラスター化に失敗した時には、君はその瞬間に死ぬ事になる……成功確率は50%だ」
 フリーマンはそう、確かにDボゥイに言った。半分の確率でDボゥイには死が待っている。これは彼が不完全なテッカマンだと言う事に要因があった。脆くて危うい、更にヒビの入ったガラスを熱で一旦溶かし、様々な材料を投入して強化ガラスを作る、そんな行程とほぼ同等の行為だと言えた。
 ラダムの技術で言えば、それはテックセットシステムが行うフォーマットを、もう一度行う再フォーマットと呼ぶべき行為だ。アルゴス号ではフォーマット中に何人もの乗組員が犠牲になった。50%の確率と言うのは、まだ可能性が高い方かも知れない。
「チーフ……まさかその50%の賭けとやらを……!?」
「私にも分からないのだ……」
「……何が分からないって言うんだよぉ……!!」
 ノアルはフリーマンを相手に憤った。親友にそんな危険な賭けを行うと言うのなら、例え尊敬する上官だったとしても彼は殴り掛かるつもりでいた。そんな彼を抑えたのは、レビンだった。
「やめて! チーフだってDボゥイの事を考えているのよっ!?」
「じゃあ何ではっきりと否定しないんだっ!! Dボゥイに50%の決断を、どこかで考えているからじゃないのかっ!?」
「そんな事無いって!! チーフは、ペガスの回路を切るように指示したもん!」
「えっ?」
 本田からそう話を聞いて、レビンはノアルにそう言った。フリーマンに掴み掛かろうとしていたノアルはその言葉を聞いて突如固まった。
「私は……常に最善の方法を取ってきたつもりだ。全ての決断に対して私なりの責任を取ってきた」
 フリーマンは、そう言って、重い表情をする。レビンの言う通り、彼は誰よりもDボゥイの事を心配していたのだ。だからこそペガスの回路閉鎖を本田に頼んでもいたし、このラダム樹の花の事ですらスペースナイツのメンバーに対して隠し通すつもりだった。
「だが、この件に限ってだけは……最善の方法など一つも有りはしなかった……すまない、Dボゥイ」
 そう言って、フリーマンは研究室を出て行く。彼の謝意を聞いて、Dボゥイはいても立ってもいられなくなってフリーマンを追い掛けようとした。だが、それをアキが止める。
「Dボゥイ……!」
「アキ! 放してくれ! 俺は……俺は!!」
「待って! Dボゥイ!!」
「アキ……」
 アキはDボゥイの前に立ち、彼の肩に手を置いて正面から目を見た。そして言った。
「お願いDボゥイ……生きると言う事をもっと考えて……!」
「アキ……」
 自分が生きると言う事。死と言う結果を省みずに賭けを行う事。今のDボゥイには、自分の存命と言う事に関してかなり無頓着だった。だからこそ、アキはもっと考えて欲しいと懇願するのだ。ラダムへの怒りと憎しみで盲進している彼に、自分の命と言う事を再認識させる為に。
 そしてDボゥイは基地の外に出て、一人夜空を見上げた。
――――50%の確率で、待つのはただ死ぬ事か……
もうすっかり身体の調子は回復している。Dボゥイはいつもの赤いジャケットを着て、岩場に腰掛けると、空に浮かぶオーロラを見ながら、自分の命の意義について思いを巡らした。
――――自分が生きると言う事を、もっと考えて!
 アキの言い分も確かに分かる。自分はラダムに対する怒りと憎しみで周りが見えなくなっていたのかも知れない。冷静に考えれば、ブラスター化への進化は自殺的、自虐的な行為だ。そんな風に考えられる様になった。
――――テッカマンとして生きる事が許されないなら、俺は普通の人間として生きるだけか?
 普通の人間として生きる。これからはテッカマンにはならずに、外宇宙開発機構の一員として、普通の人間として生きていけばいいのか。愛する者もいる、信頼出来る仲間達もいる。
 だが。だがDボゥイは想った。今まで出会ってきた人々を。家族を。 
――――違う……! 俺は戦ってきたんだ! 
『タカヤ! お前の使命とは、奴らに肉体を乗っ取られたシンヤやミユキをお前の手で倒す事だ!!』
『そんな……!!』
『お前が倒すのは兄でも弟でも無い! 侵略者ラダムなのだ!!』
『テックセッター!! ブレードォ! 死ねぇっ!!』
自分をラダムの手から救ってくれた父、相羽孝三を。かつての同僚だったフリッツ、テッカマンダガーを。自分の弟であるシンヤ、テッカマンエビルを。尊敬すべき師匠ゴダードテッカマンアックスを。そして愛すべき妹ミユキ、テッカマンレイピアを。
 彼らと何度も槍を交え、その死に様を心に刻み込んだ想いが蘇り、Dボゥイは衝動に駆られた。
――――俺はもう後戻りできないんだ! 俺は自分自身で、ラダムと戦う事を選んだんだ!!
 Dボゥイは決意した。いや、ある意味答えは既に出ていたのかも知れない。彼らを想うのなら、自分はここで終わってはいけない、そう考えるしか、Dボゥイに残された道は無かったのだ。
 そしてフリーマンも夜空を見上げていた。鋭角的なサングラスを掛け、その双眸を誰にも悟られまいとしているのか。そんな彼の私室に、ノアルがアキと共に神妙な顔をして入って来た。
「あの……チーフ。さっきは……済みません」
「いや、良いんだ……それより、これ以上Dボゥイを戦わせるわけにはいかん」
君達もそのつもりでいてくれ、と言おうとしたその時、Dボゥイもフリーマンの部屋に入ってきて、突然言い放った。
「50%の確率でも構わない! チーフ、俺は戦わねばならない!!」
「どうして!? Dボゥイ! 何故貴方が自分の命を投げ打って戦わなくちゃならないの!? 誰も貴方にそこまでして―――――」
 アキはまた彼を止める為に、Dボゥイの目を見て、彼の両腕に掴み掛かる。
「やらなければならない事を、やる為だ……」
「Dボゥイ……」
 アキは、静かにそう言った彼の目を見ると、もう止められないと悟った。Dボゥイはアキが言った様に、もう充分に自分の命について考えたのだ。考えた末の結論はやるべき事をやる、ただそれだけだった。
「50%の確率で……君は死ぬ事になるんだぞ?」
「チーフ! これが最善の方法だ! 他にラダムを滅ぼす方法は無い!!」
「Dボゥイ……どうして!?」
 どうしてこの人が、どうして愛する人が逝かなくてはならないのか。そんな理不尽を、アキは想う。
「……どうして……Dボゥイ……」
 アキは止められないと分かっていた。それでも彼を止めたかった。アキは力なくDボゥイの前でしゃがみ込み、愛する者がいつか死ぬと言う運命を止められない、自分の歯痒さに泣き崩れた。
そんな彼女の手を、Dボゥイはしっかりと放さずに、握っていたのだった。
 丁度Dボゥイがそんな決意を顕わにした時、新スペースナイツ基地に新たな脅威が徐々に忍び寄っていた。グリーンランド号の進路を真っ直ぐ辿ってきた水中ラダム獣の一群。まだはっきりとスペースナイツの所在は掴めていないが、彼らの新たな本拠地が見つかるのは、時間の問題だった。
そしてDボゥイのブラスター化への調整は直ぐに行われる事になった。Dボゥイの体調もすこぶる良好であるし、またいつテッカマンが襲撃してくるか分からない。
基地の奥深くにある研究施設では天井から宙吊りにされたペガスがあった。肩や身体には様々なコード類が設置され、Dボゥイの再フォーマットは準備万端行われた。
そしてガラス越しの隣のブロックには、開花したラダム樹があった。
「クリスタルに人工的なエネルギーを与え、増幅させ進化促進を行う。所要時間は3時間……3時間後に全ての結果が出るだろう。その時、君はブラスターテッカマンになっているはずだ」
 ペガスを見上げるフリーマンがそう言った。Dボゥイもペガスを見上げている時、バーナードが声を掛けた。
「ボウヤ、これはおめぇだけの戦場だ。手助けしてやれねぇがこれだけは忘れるんじゃねぇぞ? 生きて帰ってくる事をな」
「あぁ……忘れないさ!!」
 生きて、仲間達の命を守る。そう彼に教えてもらった。
「Dボゥイ! 何も貴方が無理をしなくたって!!」
 レビンはまだ納得していない様子だった。それはノアルも同様だ。だが、Dボゥイは振り返らずに言った。
「必ず生きて戻ってくるさ!」
「ぁ……」
仲間の命を守る、それは愛する者も同様だった。Dボゥイはアキに視線を移し、彼女も彼の目を見た。だが無言だった。アキも何か語りかけようとしたが、何も言えなかった。何か言えば、それはまるで今生の別れの言葉になってしまう。必ず生きて帰るからこその、無言だった。
「ペガス!!」
「ラーサー!」
 昇降の台で宙吊りにされたペガスの背部にDボゥイは上がると、背部パネルを展開したペガスの内部、テックセットルームへと搭乗する。そしてパネルが閉じると、フリーマンはコンソールを操作して調整を開始した。
「擬似クリスタルエネルギー、増幅開始!」
哀れな調査員が取り込まれたラダム樹の花が光り輝く。そしてペガスもそのエネルギーを受けてボディの各所から光の明滅を繰り返し始めた。
モニターには「エネルギーレベル3」と表示され、徐々にエネルギーレベルは上昇する。
「く……ぐっ! うぉあっ!!」
 ペガスの中でDボゥイは呻いた。テッカマンの再生。新たな命がラダム樹の花から注ぎ込まれていく。
「うぅっ……うあぁっ!!」
 エネルギーレベルが5、6と徐々に上がるにつれ、Dボゥイの苦悶は増していく。身体の各所にテックセット時の赤いラインが走り、肉体が再構成される様な感覚に陥っていく。
スペースナイツのメンバーはその3時間をペガスの前で待ち続けた。ずっとペガスを見上げるアキとノアル。無言で酒を呷るバーナード。椅子に座って、ただ時間が早く経過して欲しいと願うミリィやバルザック。彼らは誰しもが、オペ中の手術室の前にいる気分だった。
そして二時間が経過し、エネルギーレベルが8へと辿り着こうとしたその時、警報が鳴った。無言でフリーマンはコンソールを操作すると、研究ブロックにある大きなモニターが点灯した。外の映像であるその様は、今まさにこの基地が襲撃されようとしている状況でった。
「ラ、ラダムだ!!」
「何でここが……」
「ちっくしょぉ! こんな時に!!」
 ノアルは飛行ラダム獣や水中ラダム獣の一群を見て歯噛みした。
「慌てるんじゃねぇ! 後一時間踏ん張って見せればいいだけの事よ!」
 その時、バーナードがライフルを片手に言った。そして四人の部下達に号令する。
「よし野郎共、準備は良いか? 援軍の到着は一時間後だ。必ず来る! それまでここを死守するのが俺達の任務だ!!」
「了解!!」
 兵士達が一斉に声を上げる。この時、死守と言う言葉をバーナード軍曹は使った。必ず生きて戻れ。そういつも命じていた彼が、部下達に死んでも守れ、と命じている。この時、この場所を守る。それが彼らの大一番だった。
「俺達もグズグズしちゃいられねぇぜ!!」
「あぁ、Dボゥイが出てくるまではな!!」
「守って見せるさ!!」
 ノアルもバルザックに声を掛けて、拳を握りながら気合を見せる。ソルテッカマンでラダム獣を全て狩り尽くす、そんな意気込みで彼らは出撃するつもりだった。
 そしてアキはペガスを見上げて、言った。
「必ず生きて戻ってきてくれる……信じてるわ、貴方を!!」
 新たなテッカマンになるとかそんな事は彼女にとってはどうでも良かった。ただ、生きていて欲しい。それが愛する者の考える、唯一無二の願いだった。
「ふふふ……エビルとの違いを見せてやる。裏切り者の貴様の命もここまでだ!」
搭乗型のラダム獣に乗って基地を見下ろすのは、モロトフがテックセットした姿であるテッカマンランスだ。彼は水中ラダム獣の足跡からこの施設を探し当て、ラダム獣を統率してこの基地を襲撃に来たのだ。そして、この施設の所在地を他のテッカマン達に報告するつもりは毛頭無い。オメガに認められたいと言う功名心しか無かった。
テックセットルームで苦悶の表情を続けるDボゥイ。スペースナイツの命運と地球の未来は、調整成功の可否に掛かっていたのだった。


☆っはい。ブラスター化への予期第一話でした。戦闘シーン無いとほんっとに会話だけで話進むよね。つかこの基地がどんな構成なのか、とか一切関連話無し。実験施設と医療施設と修理施設&格納庫。何が元なのかと言う話も出やしない。フリーマンは一体どんな手を使ってこの基地を新生スペースナイツ基地に仕立てあげたのでしょうかそれだけが凄い気掛かりです(笑)
ところで調査員の素体テッカマンさんは実験に使われてどうなるんでしょうか。と思ったらちゃっかり41話で再登場しているので、別に中の人はエネルギーをブラスターブレードに吸われてお亡くなりになった訳じゃないかも知れません、と次の話で書きましょう(笑)作画監督須田さんなのに上がったり下がったりでしたね。と言う感じで3で御願いいたします。

第37話 蝕まれた肉体(1992/11/3 放映)

苦しむ姿がイイネ!(オイ)

脚本:山下久仁明 絵コンテ&演出:友田政明  作監&メカ作監:井口忠一
作画評価レベル ★★★☆☆
第36話予告
テッカマンとして過酷な戦いを続けるDボゥイ。
仲間を救うため、身の破滅と引き換えに決死のテックセットをする。
次回、宇宙の騎士テッカマンブレード「蝕まれた肉体」仮面の下の涙をぬぐえ。


イントロダクション
巨大ラダム樹の芽が作り出したコロセウムの中で、テッカマンブレードテッカマンアックスの戦闘は果てしなく続いた。そして!
「強くなったな、タカヤ坊!」
「強くなどなりたくなかった……出来る事なら、変わりたくなど無かった!」
「クリスタルを……渡すわけにはいかんのだ! 死ねぇ! ブレードォォ!!」
ブレードは、アックスに勝利した。しかし、戦いの最大の目的は果たせなかった。Dボゥイは、クリスタルを手に入れることが出来なかったのである。

@ 
「♪おぉダニィボーイ、笛の呼ぶ声ぇ〜谷間にぃ〜山をくだりぃ〜行く夏ぅ〜花も散り果ぁてぇ〜独り旅立つおまえぇ〜♪」
 海を目の前にして、酒を呷りながらお得意の歌を謡うのは、防衛軍特殊工作員のバーナード軍曹である。彼は後ろにいるペガスに寄り掛かって座り、夕陽を肴に歌を謡っていた。
「オオダニーボーイ〜フエノヨブコエ〜」
そしてペガスもその歌に合わせて一緒に謡っている。ペガスのAIにこの歌を教え込んだのは、この軍曹であった。最初は軍も、軍人も全て嫌っていたDボゥイだったが、彼の生き様と命を尊ぶ姿勢に感銘を受けて以来、自分の相棒であるペガスのメモリーバンクからこの歌を消去しなかったのはDボゥイ自身である。
現在、バーナード軍曹率いる特殊部隊と合流したスペースナイツのメンバーは、イギリスの北部海岸へと到達し、海を渡る準備をしている最中であった。それは他ならぬこのバーナードの指示だった。
「その歌をペガスに教えたの、おじさんだったのね?」
 そんな風に良い気分で謡う中年兵士に近付いて来たのはレビンだ。
「あぁ、そぉだ。文句あるか?」
「まぁいいけど。夕食の支度が出来たわよ?」
「あぁ、分かった。直ぐ行くよ。遥かにぃ〜♪」
 その所作といいブレードを援護して救った手腕といい、彼は確かに古強者なのだろう。だがレビンはこの酒臭さと野卑な態度に慣れる事は無く、そんな風に酔っ払いながら謡う彼に対して頭を抱えるのだった。
陽が沈み夕飯時のグリーンランド号。ブリーフィングルームを兼ねた食堂ではスペースナイツの面々が各々食事を取り、窓の近くにあるソファーにはオレンジ色の野戦服をした荒くれ者達四人が、煙草を吸ったり酒を飲んだりしてくつろいでいる。
「大体さぁ、あんた達って一体何者なの?」 
そんな彼らにレビンは声を掛けた。アックス戦の事後でソルテッカマンの修理に掛かりきりになってしまったレビンは、考えてみればまだ彼らから話を全く聞いていない事に気付いたからだ。
「本名、バーナード・オトゥール、元連合防衛軍第四特殊部隊の軍曹だ。Dボゥイには、ORS内に残された、高速宇宙艇奪回作戦の時に世話になった。なぁ? ボウヤ」
そう言ってグラス片手に声を掛けるバーナード。しかしDボゥイは何故かその声に応えず、無言だった。
「おい? ボウヤ?」
 再度声を掛けても返事をしないDボゥイ。そんな彼を気遣って対面に座っているアキが言った。
「Dボゥイ……どうかした?」
「……ぁ? いや、なんでもない……」
そう言うと、Dボゥイは食事を口に運び始めた。其処にいる誰しもが、Dボゥイは落胆していて言葉少ないと思う。普段から彼は余り喋る事が無いが、今の彼は常に俯き加減で、それは先の戦いが原因だと思ったのだ。
「Dボゥイがショックなのは分かるぜ。結局アックスのクリスタルは、奪えなかったんだからな」
そう言ってパンを頬張るノアル。
「この分じゃあ、先々敵のテッカマンを倒せたとしても、クリスタルは手に入らないわねぇ。多分」
「お月様が段々遠ざかるってワケね。あ〜ぁ!」
レビンが落胆そうに、バルザックが大袈裟にそう言った。
実際に、例えテッカマンを瀕死の状態に追い込んだとしても、アックスの様にボルテッカを自分に向けて撃つ様な自決が行われれば、クリスタルは必ず破壊されてしまう。それは他のテッカマンも同様だろう。自決を阻止する方法は、敵がテックセットする前の人間の姿で捕らえる以外に無い。そしてそれは、かなり困難な事でもあった。
「よぉーし! 俺がいっちょ元気付けてやるか!」
沈黙してしまったスペースナイツの面々を見て、バーナードが懐から一枚のデータディスクを出して、食堂にあるメインモニターの映像プレーヤーに挿した。すると映ったのは鋭角的で特徴的なサングラスを付けた、スペースナイツの上司であるフリーマンだ。
「諸君、元気でやっているか?」
「チーフ!」
 久し振りに信頼出来るチーフを見てアキが声を上げる。今現在、地球は電波妨害が其処彼処に張られていて通信が出来る状態ではない。スペースナイツの面々が彼の生の声を聞くのは数ヶ月ぶりだった。
「私も本田の親っさんも元気だ。挨拶はここまでにして用件に入る」
 チーフらしいや、とノアルは微笑みながら思った。データディスクはその気になれば数時間、映像を録画する事が出来るのに、フリーマンと言う男は無駄な事は一切しない男だった。
「私は諸君を、全世界に広がったラダム樹の分布調査と使用可能なスペースシップ発見を目的とした旅に、8ヶ月の期限で送り出した。勿論、その途中で諸君がDボゥイと出会う事を信じてだ」
 アキがその録画を聞きながらDボゥイを見る。彼にとっても信頼出来る上司のメッセージを注視するかと思われたが、Dボゥイは背後にあるモニターを振り返りもせずに、俯いた表情だ。
「しかし、その後状況が変化した。ブルーアース号の修復の見通しが立ったのだ。よって諸君には、至急帰還してもらいたい」
 フリーマンはそう言うと別れの挨拶も言わずに録画が切れた。相変わらずの無駄の無さだった。
「と、まあ、これを伝える為にお前らを追ってきた、俺ぁ伝書鳩ってワケだ」
「と、言う事は、クリスタルが無くても、月に行けるんですね!」
「モチのロンよ!」
 ミリィの言葉に、レビンがそう言った。そしてDボゥイの方を向きながら彼に声を掛けたが、
「Dボゥイ! 良かったわね!」
 Dボゥイは眉間を押さえる様な仕草をしている。何か、様子が変だった。
「おい、ボウヤ!」
「ん……なんだ……?」
 Dボゥイの背後に来たバーナードがそう言いながら、強く肩を叩く。そうするとようやくDボゥイから反応が返ってきた。
「……嬉しくないの?」
「ぅ……あ、あぁ!」
 目の前のミリィとアキが霞む。先程から起こるこの眩暈と耳鳴りのせいで、Dボゥイは周りの会話がはっきりと頭に入ってこなかった。 
「Dボゥイ……もしかして貴方、具合が悪いんじゃ……」
 様子がおかしいDボゥイを目にして、アキがそう心配する様に言う。その時、肩に手を置いたバーナードの表情が凍りついた。
「別に?」
「……なら良いんだけど」
 Dボゥイはそう嘘をついた。アキはDボゥイのその言葉に少しだけわだかまりを持ちつつも、納得する。Dボゥイにしても、テッカマンアックスとの決戦を終えたばかりの体調だ。多分、今までの緊張と疲れのせいで少し体調がおかしいだけだろう。そう思う事にした。
 だが彼を見るバーナードの表情は険しいものだったが、それに気付く者は誰もいなかった。
11月のイングランドは寒い。夜になってバーナードはグリーンランド号の外で、焚き火で暖をとりながらウィスキーを呷っている。其処にノアルがやって来て声を掛けた。
「バーナード軍曹、俺に用ってのは?」
「あぁ……ちょっとな」
 バーナードはノアルだけに話をする為に呼び出していた様だ。他のメンバーには聞かれたくない話をするつもりらしい。ノアルは焚き火の傍に来ると、バーナードと共に暖を取りながら話を進めた。
「ブルーアース号は良いとして、カタパルトの方はどうするつもりなんだ、チーフは?」
「アラスカ北部に残ってた奴を、利用する事になった。百年近く使ってなかった、オンボロだけどな」
「残ってたのか……!」
「あんな北の果てには、エネルギープラントもねぇから、ラダム獣も襲わなかった。不幸中の幸いって奴だな」
「と言う事は、アラスカがスペースナイツの新基地になるワケか」
「あぁ。ただ、行く途中でちょっと寄り道をさせてもらうぜ」
「寄り道?」
「月での、ラダムとの決戦に使う武器を製造中でな、それに使う特殊チップが、アイスランドの倉庫に眠っているらしい。それを手に入れてからアラスカに向かう。いいな?」
有無を言わさない言葉だったが、それに拒否する理由は無い。無言で頷くノアル。
「それとなぁ……お前さんを信じて話しておくんだが……実はな……」
バーナードは枯れ木を手に取り焚き火に放りながら、何故か話を勿体ぶった。
言いたくない言葉があるといった様子で。
そしてノアルと共同の私室でDボゥイはソファーに座っている。灯りも付けずに、だが眠っているワケではない。そして立ち上がると、Dボゥイは机の上に乗った水の入ったコップを見る。
「何故なんだ……」
眩暈と耳鳴りが止まらない。アックスとの決戦を終えて、今日は何も疲れる様な事はしていないはずだ。休息は充分取った。だが、気だるさと眩暈はまるで時間が経つ毎に増していく感覚があった。
そして水を飲もうとしてコップを手に取ろうとしたDボゥイだったが、
「……うっ!」
指に力が入らず、直ぐに落としてしまう。床に落ちて、コップは粉々に割れてしまった。
「そ、そんなっ! まさか……!!」
「俺も半信半疑だったんだが、さっきのボウヤの様子だと、間違いねぇ」
 外ではノアルが驚愕の表情でバーナードから話を聞いていた。Dボゥイの変調にはバーナードにも心当たりがある様だ。
「またラダムといつ出会うか分からんしな。そん時ゃ頼むぜ、アンちゃんよぉ!」
ノアルはバーナードのそれを聞いて、無念そうに奮える。拳を握り、今にも叫びたくなる様な衝動を必死にノアルは堪えた。
話が終わり、ノアルが部屋に戻ると、Dボゥイはやはりベッドの対面にあるソファーに座っていた。俯いてその表情ははっきりと見えない。
「どうした、Dボゥイ? 灯りも付けないで」
「……っ」
 声を掛けられて、Dボゥイはビクっと気付く。彼は少し朦朧としていたらしい。
「寝ないのか?」
「いや……今寝ようと思っていた所だ」
ソファーから離れ、二段ベットの上に昇ろうとした時、
「うっ……」
「Dボゥイ!?」
 突然、力を失ってしまったかの様に、Dボゥイは登ろうとしていたベッドから落ちてしまう。
「だ、大丈夫だ……ちょっと疲れているだけだ」
落ちたDボゥイを慌てて抱き起こすノアル。彼はそう言ってノアルに心配掛けないように立ち上がり、
「ふっ!」
今度は気合を入れて飛び上がる様にベッドに登った。そして直ぐに横になって眠ってしまった。
ノアルはそんなDボゥイを見つつ、机の床に視線を移す。コップが粉々に割れているのを見つけた。
――――Dボゥイ……!
バーナードの言う事が本当なら事は重大だが、ノアルはその事をDボゥイ本人には言えなかった。他のメンバーにしても同様で、特にアキには、この件は秘しておきたいと彼は思っている様だった。
 翌日の朝、グリーンランド号は海の上を滑る様に渡航している。イングランド北部からアイスランドへ渡ろうとしている最中、グリーンランド号の運転室には誰もおらず、自動操縦装置を使ってひたすら目的地を目指していた。ドーバー海峡を渡った時の様に、ラダム獣に出くわす可能性が限りなく低いから、なのだろう。
そして浴室では朝からシャワー浴びる誰かがいる。浴室に通じるドアにある、すりガラスからははっきりとは見えないが、そのボディラインは何処と無く女性だった。
そしてその誰かはシャワーを止め、タオルを羽織って浴室から出てきた。すらりとした肢体、ふくよかで柔らかそうなヒップ。その身体には一切の無駄な毛も無く肌は何処を見てもツルツルだった。
だがしかし!
「朝のシャワーって最高ぉ!」
そう言って満面の笑みを浮かべるのは、レビンその人であった。
ブリーフィングルームでは朝食を各々が摂っている。テーブルに座っているのはノアルとバーナード、その対面にはアキとバルザックらが座り、
アイスランドの工場?」
 食器を置きながらアキは、そうバーナードに聞き返した。すると彼は懐からデータディスクを取り出し、ブリーフィングルームのモニターに表示させる。
「これがその工場の見取り図だ」
その施設は、簡単に言えば星型の格好をした建造物だった。五角形のそれぞれの辺に、外に伸びたブロックが五つある施設である。
「じゃあ、目的のチップは湖の底の倉庫に眠っているのね?」
「この通り、水中にあるおかげで、地上のラダム獣も飛行ラダム獣も手がだせねぇ。まぁ、地上部の工場はぶっ壊されてるだろうがな」
水中エレベーターを通じて湖底の地下にある建造物はそのままペンタゴン、五角形の形状をしている。その施設は湖上の工場施設の為の、保存倉庫である様だ。
「はぁ〜気持ち良かった! あれ……Dボゥイは?」
 ブリーフィングルームに入って来たレビンが、部屋にDボゥイがいない事を不思議に思ってミリィに尋ねた。
「まだ寝てるみたいよ?」
「朝寝坊なんて、珍しいわね……」
 レビンがそう言った時、バーナードとノアルの視線が刹那的に交錯した。ノアルは何も言わずに少しだけ頷く。そんな二人を見て、対面にいたアキは怪訝な表情をした。
 そしてDボゥイは私室で、クローゼットから自分のジャケットを取り出している所だった。が、赤いジャケットを手に取ろうとすれば、また昨日の眩暈が起こり、身体に力が入らなくなってクローゼットの中でしゃがみ込んでしまう。
「一体……俺の身体は……」
 激しい息遣い。Dボゥイは前日のアックスとの戦いで疲弊していたと思っていたが、幾ら休んでも気だるさは取れず、自分の身体に明らかに何か異常がある事を、ようやくこの場で悟った。
「うっ……? うぉああぁぁっ!!」
 そして激しい痛みが全身を駆け巡る。Dボゥイは、その痛みで自らの身体を抱く様にしてその痛みを堪えるのだった。
 何の障害も無くグリーンランド号はアイスランドへと上陸し、目的地の湖へと到達した。スペースナイツの面々と、バーナード軍曹の部下が防寒具を着て湖の中央を見ている。
「やっぱり……あの分じゃ水中エレベーターもきっと壊されちゃってますね……」
 ミリィがそんな風に呟いた。工場は遠目から見ても破壊され尽した感があり、どう見てもそれは廃墟と言っても過言では無い有様だった。
 湖の名はヨークルスアゥルロゥン湖。アイスランド南部に位置する潟湖である。この土地では余り見掛けない氷河湖であり、湖の規模自体は2キロ程の、それほど広くはない湖であるが、最大水深は200メートルを越す、アイスランドでは二番目に深い湖である。
湖上に浮かぶ様に設置してある機械工場は、フローターと橋で固定されているらしい。冬季である現在の時期になると湖は水面に分厚い氷を形成し、湖底にある地下倉庫を覆い隠している。
「となると、どうやって湖の底の倉庫に行くかだが……」
「俺が行く!」
 グリーンランド号から降りてきたDボゥイが其処にいるメンバーにそう叫ぶ様に言った。
「Dボゥイ!?」
 ノアルが気付いて振り返ると、歩いてきたDボゥイが力なく膝を付いた。
「あっ! Dボゥイ!?」
アキが心配そうにして彼の傍に駆け寄った。
「どうしたの? ……凄い熱!」
 彼女がDボゥイの額に手をやると、明らかに発熱している様な症状を起こしている。 
「いや……大丈夫だ。何でも無い……くっ」
「Dボゥイ……無理しないで」
 また立ち上がろうとしたが、膝に力が入らず立ち上がれないでいた。
ここ数日、北に向かったせいで気温が下がり、体調を崩してしまったのだろうか。そう心配するアキだったが、アイスランドは極寒の地と言う程の低い気温ではない。氷河湖を前にしているこの場所でも、マイナス気温になるかならないか位の温度である。
 そんな風に膝を付いたDボゥイにノアルが声を掛けた。
「休んでいろよ、Dボゥイ。チップを取りに行くだけで、別に戦うワケじゃねぇんだ。ソルテッカマンだけで十分だよ。なぁ? バルザック
「ほぇ? お、おぉ! そうだな!」
 突然話を振られ、慌ててバルザックはそう応えた。
「そうねぇ! ソルテッカマンなら、十分潜水服代わりになるしねぇ」
 Dボゥイは無言だった。戦う必要が無いなら、無理を押してテックセットする必要も無いだろうとは思う。が、今の自分の変調を確かめる必要もあった。つまり自分はテックセットして戦う事が出来るのか、と言う事に懸念を抱いているのだ。
 バーナードの部下が凍てついた湖上に超音波通信装置を設置する。水中でも交信が出来る機器である。ソルテッカマンの二名はその超音波通信装置とチャンネルを同期させ、それをモニターする為にバーナードやDボゥイ達はグリーンランド号の運転室で待機した。
 ノアルの二号機が右腕のレーザー発信器で湖上の氷に穴を空ける。自分とバルザックが入れる様な穴を。そしてミリィが通信機をオンにして二人に声を掛けた。
「気をつけてくださいね?」
「ラーサ!」
「下へ参りまぁ〜す」
 ノアルが返事し、バルザックがふざけつつそう返事した直後、二機のソルテッカマンは湖へと入っていった。
 本来、ソルテッカマンは宇宙での行動を可能にしたパワードスーツである。水の中と真空の宇宙は似た環境であり、脚部のスラスターは水の中でも推進力として充分に機能した。
 湖の中へと入ると、湖上にある工場施設から真下に伸びた水中エレベーターである機械的な柱が見える。それを横目にしながら、水深200メートルの湖底へと二人は徐々に沈んでいった。
すると湖底に大きな五角形が見えてくる。目的地である地下倉庫施設であろう。 
「さぁてと、どうやってあの倉庫に入り込む? ぶっ壊すか?」
「北側の壁面の下に、非常用ドックがある」
「よく知ってるな?」
「バーナード軍曹が持ってきた図面に、書いてあったのさ」
「へっ、なるほど」
 先程ブリーフィングルームで見せてもらった図面をノアルは抜け目なく覚えていた。バルザックもそれを目にしていたが、細部にまで目をこらしていたワケではなかったらしい。ソルテッカマンで戦う技能はノアルよりも秀でてはいるが、こう言ったズボラな面がバルザックにはある様だ。
 ペンタゴンを象った地下倉庫は湖底から伸びた柱で固定されている。地下倉庫の下部に二人は潜り込むと、倉庫に入る為のハッチが見えてきた。
「大正解!」
バルザック、下がってろ!」
 ノアルが爆破ボルトを起動させるスイッチを下げると、ハッチの周りに火花が散り、大量の泡と共に壁が沈み込む。ドックは文字通り非常用であり、本来は内部に閉じ込められた者を救出する為に設置された扉である。
 暗い地下倉庫に入った二人はライトを点灯しながら目的のチップを探した。本棚の様な棚には様々な機械パーツが置かれ、いずれも硬質の箱にパッケージングされている様だ。
「これだ!」
 棚に書かれた品番を確かめて、チップの入った箱をノアルはソルテッカマンのマニピュレーターで掴む。
「部屋で、横になってた方がいいわ」
「いや……ここでいい」
「でも……」
 運転室ではDボゥイが後部の座席に座り喘いでいる。そんな彼が心配でアキは彼の頬に手を伸ばそうとしたが、それをDボゥイは手でそっと押さえた。
 すると超音波通信装置からバルザックの声が聞こえてきた。
「沈没船から、お宝を手に入れたぜ」
それを聞いてミリィとレビンがお互い手を叩きながら喜びあった。バーナードも無事チップが発見できた事で笑みを浮かべながら声を掛ける。
「よくやった!」
「なぁに、礼には及ばんさ」
 此処での用事は済んだと言う感じで二人は非常用ドックの前に戻ってきた。
「落とすなよ?」
 バルザックにそう声を掛けられたノアルは、チップの箱を首のアンダースーツ内に入れる。そしてヘルメットバイザーを装着すると、再び湖の中へと飛び込む。
 湖底に足を着けた二人が、水の中で何かを見つけた。点で赤く光る何かの群れ。それがこちらに少しずつ近付いている様だった。バルザックがそれを見て言った。
「何だ、あれは? 魚か?」
 海で言えば生物発光する深海魚などと言った種類は多く存在する。そしてこの湖は潟湖であるから、塩湖でもある。海から発光する魚類が来てもおかしくない。だが、
「違う……あれは……ラダム獣だ!!」
 近付いて来るその泳ぐ何かの輪郭が見えてきて、ノアルはそう声を上げた。
「おい、水中にラダム獣がいやがったぜ」
 グリーンランド号でモニターしているレビン達がそれを聞いて顔色を変える。ラダムのスペシャリストである彼らですら、水中に棲息するラダム獣の存在を知らなかった。ラダムと言う侵略者はその大多数が生物、生体兵器である。ラダム獣が環境に適応して、その姿を著しく変えたとしても、不思議ではなかった。
 水中を泳ぐラダム獣、水中ラダム獣は陸上のそれとは違い、後ろ足が二枚のひれに変化していて、前足は腕の形状に似ている。その先端には凶悪な爪が三本も付いており、水中においてもその戦闘力は低下する事は無いだろう。
 水中ラダム獣はノアル達の周りを回遊し、既に彼らは包囲された状態となった。
「初めて見たぞ。泳ぐラダム獣って奴をよぉ!」
「大丈夫ですか!?」
「なぁに、ラダム獣位なら、フェルミオン砲があるさ!」
 ミリィの声にバルザックがそう頼もしそうに応えた。彼らにしてみればラダム獣が何処にいようと余裕で撃破してみせると息巻く。そしてノアルがバックパックを展開して、
「いくぜぇっ!!」
 フェルミオン砲を射撃モードにして構えたその時、レビンがある事に気付いて声を上げた。
フェルミオン砲……? 駄目! 撃っちゃ駄目ぇ!」
「はぁ!?」
 バルザックはその言葉を聞いて撃とうとするのを止めたが、ノアルはフェルミオン砲を撃ってしまった。
「うぉあっ!!」
 フェルミオン砲の銃身を中心にして、光球が発生する。それが急に収縮したかと思うと、大量の泡を発生させて暴発した。
「ノアルっ!!」
 バルザックが衝撃波が発生した二号機に近付く。ノアルの機体は外傷が無い物の、そのまま動かなくなってしまった。レビンが通信機をオンにして声を掛ける。
「ノアル!? 大丈夫!?」
「身体は……な、しかし、フェルミオン砲がいかれちまった!」
「だから! 撃っちゃ駄目って言ったじゃない! 対消滅爆発って言ってね、水中では水の分子がフェルミオンと反応して、暴発しちゃうのよぉ!!」
 どうやら二人は水中でフェルミオン砲が使えないと言うことを知らなかった様だ。フェルミオン弾はその特性上、最初に触れた物を対消滅させて撃破する兵装である。遮蔽物があればその特性は効力を失い、水中では暴発するのは自明の理だった。
 ノアルの二号機は機能を停止し、生命維持装置や酸素タンクは無事であるが、スラスターも武装も使用不能になった。こうなればただの鉄の棺と同義だった。
「って事はだ、こりゃあ俺達に勝ち目がはねぇ。逃げるが勝ちだ!!」
「あぁ!」
 一号機改は二号機を抱えると、脚部のスラスターを全開にして湖上を目指した。
「ぐっ!!」
 水中ラダム獣はバルザック達に食い付く様に追いすがる。意外にもその速度はソルテッカマンと同等かそれ以上の機動性を持っている様だ。バルザックは右腕でノアルの二号機に肩を貸し、左手に持ったランチャーガンをニードルガンモードにして水中ラダム獣を撃つ。が、特殊セラミックニードル弾程度ではラダム獣の外殻を貫く事も怯ませる事も出来なった。無駄と知ったバルザックは撃つのを止めて、回避に専念した。
既に包囲された彼らは湖上へ上がろうとすればその途上を阻まれる。更に言えばバルザックは二号機を抱えて重量が増していた。一機だけなら振り切る事も出来たかも知れないが、ノアルを見捨てる訳にもいかない。
「このままじゃ、ラダム獣の餌食だぞ! おいDボゥイ! 何とかしてくれ!!」
バルザックが通信機の向こうでそうがなる様に言った。運転室にいる皆が視線をDボゥイに移した。現状を聞いて椅子の背もたれに手を掛けながら何とか立ち上がるDボゥイ。
「Dボゥイ……辛いでしょうけど……」
「あぁ」
 大丈夫だ、とアキに声を掛けようとしたその時、
「よせ! Dボゥイ! 来るな!!」
 ノアルが通信機で突然そう叫んだ。
「何故だ!? ノアル!! 何でDボゥイに助っ人頼んじゃいけねぇんだよ!? くぅっ!!」
 水中ラダム獣を間一髪で回避するバルザック。包囲は徐々に狭まり、ノアル達は回避する空間すら失っていく。水中ラダム獣は百は越えていないにしろ、数十匹は徐々にノアル達の逃げ場を無くしていく。上にあがる事自体が不可能になっていった。
「仕方ないんだ……」
「仕方ないって、そりゃどういう意味なんだよ!?」
「俺は……Dボゥイを殺したくねぇ……!」
「Dボゥイを……? どう言う事なの、それ!? ねぇ!! ノアル!!」
 その言葉を聞いて、アキが不安そうにノアルに語りかけたが、彼らは返事をしている暇すら無いらしい。それ以降は応えられなかった。
 そして、運転室にいたバーナードが、重々しく口を開く。
「よく聞きな……Dボゥイ。お前の身体はな、もう普通の身体じゃねぇんだ」
「普通の身体じゃ……ない?」
 ミリィが不安そうに呟く。
「組織崩壊が進んでるのよ」
「組織崩壊……!」
「何よ、それ!?」
 アキとレビンが声を上げた。そしてミリィやDボゥイも、その場にいる者達皆は組織崩壊と言う言葉には聞き覚えがあった。不完全なテッカマンに押される烙印とも言うべき死の宿命、不治の病。Dボゥイと再会したミユキが直ぐに陥った症状である。
「フリーマンの研究の結果分かった事だが、お前はテッカマンに変身する度に、体の細胞がボロボロになっちまっていたのよ。丁度、パンチを受けすぎたボクサーが、パンチドランカーになる様にな」
 バーナードがそう言ったのはある意味比喩とも言える言葉だった。
 本来、ラダム側から見れば、テッカマンと言うモノは生体兵器とも呼ぶべき生命体である。異星生命体を外骨格構造に変化させる驚異的な瞬間生体改造システムは、少なからず自身の生体に障害を及ぼしているのだ。例えて言うならそれは、長期間手入れを怠った拳銃が暴発するのと同義であろう。
 フォーマットされた生体、ここではDボゥイの事であるが、短期間にテックセットを集中して行うと体内に蓄積された未知の物質、テクスニウムが減少する。テクスニウムが減少すれば、神経細胞ニューロンに不完全な作用しか出来なくなり、神経細胞の組織崩壊と言う結果を招く。つまりテッカマンと言う生命体は、テクスニウムの補充と、定期的なメンテナンスを行わなければ存命できないのだ。
 更に加えて言えば、Dボゥイはテックセットのフォーマットを途中で中断した不完全なテッカマンである。そんな彼の身体に異常が起こらない方がそもそも異常なのだと言えるだろう。
「このままテッカマンへの変身を繰り返せば、そう遠くない将来、お前は確実に……死ぬ!」
「そんな!!」
 ミリィが悲鳴をあげる様に言った。そして皆Dボゥイを見ながら沈黙する。バーナードとしては、本当は新スペースナイツ基地に到達するまで言わずに済めば良かったとも思っていた。
「ふ……ありそうな事だな……」
「Dボゥイ……」
 Dボゥイは、そう自嘲気味に笑った。何となく、ではあるが分かっていた未来だとも言えた。
「だからと言って、俺は仲間を見殺しには出来ない!」
 ラダム獣の爪がバルザックの一号機を掠める。通過する様に繰り返されるその攻撃は、二人を徐々に傷つけ疲弊させていった。
「うぉわぁっ!!」
「来るなぁっ!! Dボォーイっ!!」
 バルザックの悲鳴が通信機から轟き、ノアルがそう叫ぶ。バルザックの助けを求める声が、自分を気遣ってくれるノアルの声がDボゥイを突き動かした。
「Dボゥイっ!!」
 そしてアキの制止の声を振り切って、Dボゥイがテックセットする為に後部ブロックへと駆け出す。
――――もってくれよぉ……!!
 バーナードが天に祈る様に、そう心の中で呟いた。もう天に祈る以外に現状を打開出来る策は無かった。
「ペガスっ!! テックセッタァー!!」
「ラーサー!」
 グリーンランド号の下部が観音開きに開き、ペガスが勢い良く射出される。テックセットを終えたテッカマンブレードがペガスの頭部から出現し、飛行形態に変形したペガスの上に騎乗した。そしてペガスの腕部にあるミサイルランチャーが火を吹き、湖上の氷に巨大な穴を開ける。
「てぇっ!」
 ペガスは水中戦を行う事は出来ない。ブレードはペガスから離れ、湖の中へ飛び込んだ。水中に入って辺りを見回すと、猛烈な速度で水中ラダム獣らがノアル達を追いまわしている。テッカマンブレードは背部のスラスターを全開にすると、その数匹に向かって槍を構えて踊りかかった。
「てぇりゃああぁぁっ!!」
 水中であろうが宇宙であろうが、テッカマンは戦う場所を選ばない。勿論ボルテッカは使えないだろうが、水中ラダム獣等ブレードの敵では無かった。
「Dボゥイ! お前、何で来た!! 死にたいのか!?」
 ノアルの通信はブレードには届かない。彼は仲間を救う為に全力でラダム獣を駆逐するつもりだった。
「来ちまったモンはしょうがねぇだろ! 兎に角ここは、奴に任せるしかねぇ!」
「Dボゥイ……!」
 そうバルザックが言い、ノアルの二号機を抱えて上昇し、撤退した。
「ぬっ!? うぉっ……うあぁぁっ!!」
水中でも優勢だったブレードであったが、突如額のパネルが点滅する様に光りだした。これはタイムリミットが近付いた時に起こる現象だったが、戦闘を始めてからまだ数分しか経っていない。眩暈が起こり身体中に激痛が走る。
 その隙を突いて、ラダム獣がブレードに体当たりをする様に迫ってきた。
「くおっ!!」
敵を両断し撃破するが、意識が途切れそうになって朦朧とする。次々とブレードに襲い掛かるラダム獣。それを何とかランサーで撃破していく物の、一振り二振りと槍を振るえばそれだけ痛みが増大していった。
――――くっそぉ……!
眩暈が酷くなり、見ている視界が徐々に狭まってくる。今までに何度も傷だらけになって、それでも戦ってきたテッカマンブレードであったが、この痛みと変調は身体機能に著しく影響を与えている。距離感が掴めなくなり、その状況で槍を振ってもラダム獣を捉える事は出来なかった。
「くっ……うおあぁぁっ!!」
痛みが更に増した。絶叫しながら戦うブレードは突然ラダム獣の体当たりを喰らい、その爪で捕えられた。
「ぐぅっ! てぇっ!!」
直ぐに槍で拘束を断ち切り脱出するブレード。そしてノアル達が既に湖上に到達した事を知ると、ブレードは急速に上昇する。
「くぅっ……うぅっ」
水中から顔を出し、湖上の氷にしがみ付き何とか登る。だがそこで力尽き倒れてしまう。
「Dボォーイっ!」
湖上では機能不全に陥ったソルテッカマンを脱いだノアルと、未だソルテッカマンとして健在なバルザックがいた。
「Dボゥイ! 後ろ!!」
バルザックの声で振り返れば、水中ラダム獣が氷の壁を突き破って湖上に出てきた。そして前足の腕と爪で歩き出す。どうやら水陸両用の機能を有しているラダム獣らしく、まだ数十匹程が残っていた様で、次々と湖上に現れブレードへと迫ってきた。
「くぅっ……ボォルテッカアァァっ!!」
肩部装甲を開いてボルテッカによる一網打尽を狙おうとする。が、フェルミオン貯蔵庫でもある肩のボルテッカ発射口が少しだけ輝きだしたかと思えば、直ぐに勢いを失って光は消えていく。ボルテッカを撃つ体力も残っていないほど、ブレードは消耗し切っているのだ。
「うぉあっ!! うぐわぁぁっ!!」
 そしてフェルミオンの光がブレードの身体から漏れる様に光りだした。行き場を失ったフェルミオンの粒子がブレードの身体を駆け巡ったのだ。強制的に中断されたから良かった物の、それはアックスが自爆した様な状況と至極酷似しており、危うくブレードは自らのフェルミオンエネルギーで自滅する所だった。
そして膝を付き、もう立ち上がる気力すらない。そんな彼に水中ラダム獣の爪が振り下ろされようとした。
「Dボゥイ!!」
グリーンランド号から見ていたアキが叫んだ時、ブレードの直ぐ近くにいたラダム獣が消滅する。
「へっ!! 地上に出りゃあ、てめぇらなんざ敵じゃねぇぜぇっ!!」
バルザックソルテッカマン一号機改による拡散フェルミオン砲が唸り、ブレードを救ったのだ。そして続け様に乱射、湖上に出てきたラダム獣達を一掃していく。上空からはペガスの航空支援を受けてラダム獣がその場で釘付けになった。胸部バルカン砲とミサイルが雨の様に降り注ぎ、バルザックは止まったラダム獣達を的確に撃ち抜いていった。
「ざまぁみろって!」
 余程彼は水中で追い回された事に苛立ちを募らせていたらしい。全ての水中ラダム獣をペガスと共に撃破すると、バルザックは満足そうにそう言った。
「大丈夫か? Dボゥイ」
「あぁ……」
テッカマンブレードはノアルに肩を貸されて何とか立っていた。そしてグリーンランド号からアキ達が駆けてくる。
「Dボゥイ……」
アキはブレードの無事な姿を見るとほっと安堵した。航空支援を行ったペガスが傍に戻ってきて、Dボゥイはテックセットを解除した。ノアルとバルザックに肩を貸されたDボゥイは蒼白な表情をして疲弊していたが、何とか仲間達に笑みを返した。
「これ!」
ノアルはアンダースーツの首の部分に入れていたチップが入った箱をバーナードに投げ渡す。それを軍曹はしっかりと受け取った。
「あぁ!」
頷いて一言、隻眼の兵士はノアルにそう返す。
「済まない……」
「いいから、喋るな」
ノアルに掴まっているDボゥイがそう申し訳無さそうに言った。だが、結局Dボゥイがノアル達を助けなければこの結果も無かった。持ちつ持たれつ、親友同士である二人を見てアキが声を掛けた。
「Dボゥイ……」
「そう簡単に……死んでたまるか……!」
 そんな彼女に、精一杯の強がりでDボゥイは言葉を返した。自分にはまだ生きる力は残っている。彼のそんな様を見て、アキも頷いて笑みを返した。だがその時!
「うっ……ごぶっ……ごぼっ」
 突然Dボゥイの口から大量の鮮血が溢れ出す。そして、掴まっていた握力が突如消失し、肩を貸していたノアルですら、Dボゥイがその場で立つ力を急速に消失させていくのに気が付かなかった。
 ガックリと膝を付き、白い氷を鮮血で染めあげ、Dボゥイは倒れ伏し、意識を失った。
「Dボゥイ!?」
「Dボゥイ!!」
「Dボゥイ……Dボォォイっ!!」
 仲間達が、愛する人がDボゥイを呼ぶ。だがそれに応える力も気力も、声ですら、Dボゥイには残されていなかったのである。


☆病弱主人公ってイイヨネ(笑)と言う事でパワーアップ所か死にそうなDボゥイ君のお話でした。アイスランドは冬は結構暖かいらしいよ? 氷張っちゃう位の寒い場所って何処よ、と言う感じで思ってたんですが、何と本当に氷河湖あるらしいんですよね。水深も200メートルとロケーションも最高なので、ここが湖上工場だと勝手に決定させてもらいました(笑)イングランドを早朝に出て、午後に着くってのはちょっとアレな感じですが、海の上渡るのは早いって事にしておこう。時間とかあんまり出てこないしね。
後、上げて落とすの展開はブレードの作品観としては日常茶飯事です。レビンのシャワーシーンにしても、Dボゥイが死んでたまるかって言ってもね。もう37話なんだ、慣れようぜ、皆!
 今日の作画は普通。ソルテッカマン一号機改の唯一の見せ場でしたね。フランスでバルザック仲間にしてなかったらどうなってたのかねぇ(笑)

第36話 決戦!! アックス(1992/10/27 放映)

奥義! 〇〇〇〇斬!!(笑)

脚本:渡辺誓子 絵コンテ&演出&作監&メカ作監板野一郎
作画評価レベル ★★★★★

第35話予告
雌雄を決するブレードとアックス。
アックスの猛攻の前に、ボルテッカの使えぬブレードは最大の危機に陥る。
次回 宇宙の騎士テッカマンブレード「決戦!! アックス」仮面の下の涙をぬぐえ。


イントロダクション
クリスタルを求めて、イングランドへと渡ったDボゥイは、ラダム樹に侵された大聖堂でゴダードこと、テッカマンアックスと遭遇した。アックスのクリスタルを無傷で手に入れるにはボルテッカは使えない。そんな不利な状況の下、遂にかつての仲間アックスとの戦いの火蓋は切って落とされた。
「うわああぁぁあっ!!」
「今度こそ最後だ! さらばだ! ブレードォっ!!」




 激しい金属音が鳴った。周りにいる者達は誰もがテッカマンアックスの斧がテッカマンブレードの頭部を打ち砕いた音だと思った。
「ぐぅっ……くっ!!」
 だが、振り下ろされたテックトマホークの斧はブレードのテックランサーでどうにか受け止められた。そのままアックスはランサーに力を込めてブレードの防御を崩すかと思われたが、
「あぁっ!?」 
 テックトマホークへ込められた力はいきなりふっと消え、刹那でブレードのテックランサーはあっという間に奪われて数メートル前方に回転して飛び、地面に突き刺さる。
「しまった!!」
アックスのテックランサー、テックトマホークは、刺突用の槍に、斧が施されている武器だ。それはトマホーク(手斧)と言うより、ハルバード(斧槍)に近い武装であると言える。アックスは、その槍部分と斧部分の間にある窪みでブレードのランサーの持ち手を器用に引っ掛けて、数瞬の間に奪ってしまったのである。
「それまでだっ!!」
 そして再び斧槍が振り下ろされる。もうブレードに残された武装はテックシールドしかないが、テックトマホークの重い一撃はテックシールドでは防ぎきれないかも知れない。腕ごと両断、もしくは叩き潰される可能性があるし、シールドを取り出す暇も無かった。だが、
「何ぃっ!?」
 アックスのランサーはブレードの眼前でビタリと止まっている。テッカマンブレードは俗に言う真剣白羽取りで、アックスの斧槍を両手で受け止めたのだ。本来、真剣白羽取りと言う技は映画や時代劇等で使われた脚色とも言える架空の技である。どんな達人であろうとも、自らの中心線上で刀を掌で受け止めると言う事は、本来無理があるのだ。人の膂力でそれを行おうとすれば、刀は掌を切り裂くか、もしくはすり抜け、真っ二つにされてしまうだろう。だが、テッカマンの膂力と鋼の様な掌であれば、それがはじめて可能となるのである。
「とぉりゃあぁ!!」
 受け止めた斧槍をそのまま引き、ブレードは足に付いた樹液を引き千切り、アックスの腹を蹴って投げる。所謂「巴投げ」と言う技を白羽取りから続けてテッカマンブレードは放った。Dボゥイが日本人だから出来たのではない。これらは全て、目の前にいる元師匠から教え込まれた技なのだろう。
「ふっ! やるなぁっ!!」
 元々、バーニアスラスターを持つテッカマンに投げ技等通用しないが、それすらも使わずにアックスは難なく着地して元弟子を讃えた。
 イングランドカンタベリー大聖堂、アックスの根城と思われる場所にやって来たスペースナイツの面々は、テッカマンアックスと交戦中であった。Dボゥイを支援するソルテッカマンの二人は身動きが取れず、テッカマンブレードは今現在、苦戦中である。
 テックランサーをワイヤーで回収したテッカマンブレードテッカマンアックスと改めて相対した。
「うぅっ!? くっ……」
だが、ラダム樹が出す樹液の粘液がまだ足に纏わり付いている。ブレードは自分の足の周りにランサーの刃を突き立て、自分の足が樹液から離れられる様に切り裂いていった。
「でやぁっ!!」
その隙を逃さぬと、アックスがまた光刃を雄叫びと共に放ってきた。樹液から脱出したブレードは飛び上がると、大聖堂の壁を足場に見立てて強く蹴る。
「はぁっ!!」
所謂三角飛びを行い、アックスに向かって吶喊した。槍と槍がぶつかり合い、アックスはブレードの突撃の勢いを受けて大きく地面に二本の足による轍の跡を残す。だが、アックス自身は微動だにしておらず、ブレードの激しい突撃も蚊が刺したと言った様子だ。
それを遠くから見ているアキ、ミリィとそしてレビン。
「Dボゥイ……」
「Dボゥイ!」
 何も出来ない自分達が歯痒い。見ているだけに我慢できなくなったレビンは、周りで倒れ伏している仲間達に声を掛けた。
「もぉ! ノアル!」
 青いソルテッカマンは全く動かない。アックスの攻撃で激しく吹っ飛ばされたノアルは気絶している様だ。
バルザック! パワーアップしたんだから、そんなねばねばぐらい、何とかしなさいよぉ!」
 今度は樹液で拘束されている一号機改に声を投げ掛けた。
「出来るんなら、とっくにしてるぜ! くそぉ、この腕さえ抜ければ!」
 バルザックの鎧は胸辺りまで樹液が覆っている。脱出するには仲間の手を借りなければ無理だった。
「ふっ!!」
鍔迫り合いから大きく蹴りを放つテッカマンアックス。その丸太の様な太い足を飛び上がってかわすブレード。そして着地すると、ランサーを構えて鋭く突きを繰り返した。だがその突きですら、体を捻るだけでアックスは難なく回避している。
「ほぉ、少しは腕をあげたな、タカヤ坊! こいつは力勝負でも結構楽しめそうだ!」
「くっ……!」
「さぁて、力・技・癖、そして性格まで! 何もかも知り尽くしたワシとタカヤ坊が、どう戦うか!?」
 テッカマンアックスであるゴダードは、この戦いを楽しんでいた。肉と肉のぶつかり合い、武器と武器の激しい打ち鳴らしを心から喜び、滾っていた。
――――アックス……!
 反面、アックスと激しい戦いを繰り広げるDボゥイは、哀しい目をしていた。ゴダードと槍をぶつかり合わす度に、一つ一つの思い出が思い起こされる。まるで、脳裏から記憶がこぼれ出す様に。
それは十代半ば頃だったか。赤い道着を着たシンヤと白い道着を着た自分が、道場で組み手を始めようとしている。シンヤはゴダードとトレーニングをした際に、右腕を負傷し包帯を巻いていた。まだ完治していないにも関わらず、シンヤはタカヤと空手の試合に臨んだ。 
「はじめ!」
 ゴダードの号令と共に、シンヤが激しい蹴りを放ち続けた。
「はぁっ! てやぁっ! たぁっ!」
 上段、下段、中段。連続の蹴りは兄を翻弄すると思われたが、タカヤはそれらを難なく適確に受けている。
 そして少し距離を置くと、突然タカヤの右足による蹴りがシンヤの右腕を捉えた。
「くっ……」
 シンヤは痛みで腕が上がらなくなる。更に間髪入れずタカヤは攻撃の手を緩めなかった。
「はあぁっ!」
「うぁっ!」
 右の正拳突きがピンポイントにシンヤの右腕、それも包帯を巻いている方を正確に捉える。シンヤは激しい突きで立っていられなくなりガクっと膝を付いた。
「それまでっ!! 今日は、タカヤ坊の勝ちだな」
「ちぇっ、この怪我さえなければね」
 ゴダードの号令で二人の練習試合はタカヤの勝利で終わる。シンヤはやはり不満げな顔をしているが、怪我があっても精一杯やったと言う達成感もあった。
「残念だったな、でもこの次がある」
「いい蹴りだったぞ! シンヤ」
「兄さんこそ、いい正拳突きだったよ」
 タカヤは微笑みながらシンヤを讃え、シンヤもタカヤを感嘆している。
「互いに褒め合いか? はっはっは!」
 そんな二人の様を見て、ゴダードは豪快に笑った。つられて二人も笑い出す。幸せだったあの日々、それはゴダードやシンヤがいたからこそだった。
 そんな二人が今では激しい殺し合いを行っている。
「はぁああっ!!」
「まだまだぁっ!!」
激しく槍を打ち鳴らす度に、思い起こされる記憶がDボゥイを苦しめ、哀しませていた。今度はあの組み手の後、ゴダードと二人で話している記憶が蘇ってきた。
ゴダード……」
 現在の自分達と過去の自分達の姿が重なり、また数年前のあの日に戻る。
「いい勝負だったぞ、タカヤ坊!」
 師匠であるゴダードはタカヤの目を正面から見て、そう褒めた。赤い目をしていないゴダードが自分にそう語り掛けている。師匠を見上げるタカヤの顔はまだ幼くあどけない。
「うん、怪我を気にして手を抜けば、傷つくのはシンヤだからね。あいつはそういう奴だから」
「分かってたさ、タカヤ坊が意識してシンヤ坊の右腕を攻めてた事ぐらい」
そう言うとゴダードは少年の肩に手を置いて、満面の笑みを浮かべた。
「あれでよかったんだ。思いっきりやってもらって、シンヤ坊も喜んでるさ」
ゴダード、でもこの事は、シンヤには内緒だよ?」
「わかっとる!」
右目を瞑って、ゴダードはウインクをする様な仕草をする。シンヤは手加減される事も、気を使われることも嫌い、そんな弟を兄であるタカヤは心配している。二人のそんな関係を熟知しているゴダードは、少年達に合わせる様にしてウインクしたのだ。筋肉質で厳ついコーチのそんな様を見て、幼いタカヤは思わず笑った。
「でぇりゃあっ!」
かつての師匠にブレードは分離したテックランサーを投げつける。それを斧槍で弾くアックス。
そう、あの時の優しく雄々しい目をした師匠はもういない。今目の前にいる緑色鎧の男は、ヨーロッパ地区の人間を幾万も殺し、自分の妹に斧を打ち込んだ非情な殺人鬼だ。
ブレードはランサーをワイヤーで回収し、アックスはその隙を逃さずに光刃放つ。ブレードは紙一重で飛び上がって回避する。そんな激しい戦いが繰り返し行われ、アックスの声を聞く度にDボゥイは郷愁に捉われた。
「惜しい惜しい! もう少しで命中だったのにな!!」
「くっ……」
「だがこの次はそのどてっ腹にしっかり打ちこんでくれるぞぉっ!!」
 また光刃が煌き、ブレードは望まない戦いを強いられるのだった。
その頃、大聖堂から数キロメートル離れた場所で、長大な砲を後部車輌に積んだ四輪ジープが止まった。連合防衛軍特殊工作員の服を着込んだ兵士達の一人が、立ち上がって双眼鏡を見つつ辺りを探索している。
そしてウィスキー瓶の栓を開けている指揮官らしき男に声を掛けた。
「見当たりませんぜ? 軍曹、ブレードがこの辺りにいるって情報、ガセじゃないんですか?」
無言で瓶を呷る、軍曹と呼ばれた中年の、隻眼の男。彼はバーナード軍曹。以前テッカマンブレードと共にORSの宇宙艇奪回任務を果たした歴戦の兵である。彼は今現在、防衛軍の任務とは別に、Dボゥイ達と合流しようと彼らを探している最中だった。
「助かったぜ! ノアル!」
 大聖堂前では、二号機のノアルが意識を取り戻し、低出力のレーザーでバルザックの一号機改の樹液による拘束を断ち切っていた。だが、まだ朦朧とするらしく、ノアルは二発目のレーザーを撃った段階でまた尻餅を付いてしまう。
「なによぉ! 二人とも男でしょ! 立ちなさいよぉ!」
 ノアルの意識を回復させたのは他ならぬレビンの煩い叱咤があったからだった。バルザックは、二度のレーザーガンの支援を受けて右腕の自由を取り戻すと、自分のランチャーガンをレーザーモードにして残りの拘束を自力で解いて立ち上がった。脚部スラスターでホバリングしてノアルに近付き、声を掛けるバルザック
「大丈夫か!? ノアル!」
「何とか……生きてるぜ……」
 まだ意識が朦朧としているのか、ノアルはいつもの軽口が言えないでいる。
彼らがそんなやり取りをしている間でも、ブレードとアックスの死闘は続いていた。 
「ぐぉっ……」
「ふっふっふ!」
 ブレードの装甲の無い腹を強かに殴るアックス。そして一瞬の剣戟が起こると、ブレードは大きく弾かれ、大聖堂の壁面に飛んでいき、壁を突き破って聖堂内に倒れ伏した。状況は劣勢であるようだ。
「やってくれるじゃないの!!」
「今までの分もまとめて一気に行くぜ! ノアル!!」
「ちっ! 俺の台詞を取りやがった!」
 バイザーの中で軽く頭を振ると、ノアルはそう憎まれ口を叩きながら、バルザックと共に戦線復帰した。
「くっそぉ……ボルテッカさえ使えれば……!」
 テッカマンブレードは大聖堂内でそう口惜しげに言う。彼は、自分の中で一番強力な武器を封じられたまま戦うと言う事がこれほど苦しいとは思ってもいなかったのだ。
「死ねぇっ! ブレードォ!! うぉっ!?」
 倒れ伏したブレードに再びアックスショットを放とうとしたその時、ソルテッカマンのフェルミオン砲がアックスを捉えた。二機のソルテッカマンはアックスを中心にして回りながらフェルミオン砲を撃ち込んでいく。
「三対一になったらこの勝負、どっちに転ぶか分からねぇぜぇっ!!」
ようやく調子を取り戻したノアルが、そう絶叫しながらアックスに対抗した。
テッカマンアックスは光刃をノアルのソルテッカマンに放つが、
「同じ手を何度も食うかよ!!」
 時にはかわし、例え直撃を受けても攻撃を続けた。バルザックとノアルの前後からの二面攻撃は、アックスの動きを効果的に封じている。
「おのれぇっ! 小賢しい真似をしおってぇ!!」
距離を離しての二面攻撃はアックスにとって不利だった。光の刃を飛ばすアックスショットは片方にしか攻撃出来ず、ノアルが攻撃を受けている間に背後からバルザックが拡散フェルミオン砲でアックスの背部を撃つ。元々アックスは一対一に特化したテッカマンであり、こう言った多面攻撃には脆い部分もあった。だが、
「何っ!?」
 アックスが動きを止めたのを見て、背後から攻撃するバルザックが声を上げた。見れば、アックスのテックランサーが赤く光り輝いている。
「鬱陶しいガラクタどもめがぁ!」
「……逃げろ! 逃げるんだぁっ!!」
 ブレードの声が轟く。ブレードですら、そのアックスの様を見た事が無い。テッカマンは意味の無い事はせず、それは何かの前触れだと判断してノアル達に危機を告げたのだ。
「何をする気だ!?」
 アックスの意図が掴めず、ノアル達はとりあえずブレードの言う通り敵テッカマンから距離を置く。何かしらの攻撃の前触れだとしても、数十メートルの距離を置けば大丈夫だろうと判断したからだ。しかし!
「消え失せろぉっ!!」
 アックスのランサーが回転しながらノアル達に放たれた。エネルギーの塊の様なランサーがノアル達が退避した付近に着弾すると、凄まじい衝撃波を発生させる。それは地響きが起こり、地面が捲り上がる程の強大なエネルギーだった。
「ぐぉわああぁぁぁっ!!」
 直撃していないにも関わらず、ノアルはそのエネルギーの余波で吐血し、苦悶の叫びをあげる。
「うおわあああぁぁっ!?」 
 バルザックも同様に、そのエネルギーを浴びて鎧の各所から火を吹き上げて倒れ伏した。
「きゃぁっ!!」
 遠くから彼らの戦いを見ていたミリィがその強大な衝撃波と音を受けて悲鳴をあげた。数百メートル程の距離から見ている彼女らでさえ、今の攻撃に身震いした。着弾した場所は大きなクレーターが出来上がる程の威力で、其処に残されたのはノアル達の無惨な姿だった。
「ノアル! バルザック!」
 ブレードが聖堂内からようやく立ち上がり、彼らの安否を気遣う。だが、彼らに近付こうとすれば、目の前にはアックスがいて救出する事も出来ない。
「生きてはいるが……動けねぇぜ……」
 二号機の各所からは煙が吹いている。ソルテッカマンはピクリとも動かず、完全に機能を停止した。ノアルにしてもかなりの傷を負っている様だ。
「あいつ……あんな飛び道具を……!」
 一号機改も同様に酷い損傷を負った。装甲表面は元の姿が想像出来ないほどに折れ曲がりひしゃげ、折角のパワーアップもこうなれば無惨であるが、まだ機能停止には陥っていない。強化されたからこそ、ノアルの機体よりも受けたダメージが少ないのかも知れない。
 アックスのこの攻撃はバーストアックスショットと呼ばれている。エネルギーをテックランサーに込めて光の刃を放射するアックスショットと同じ原理ではあるが、そのエネルギーを極限まで溜めて投げつける攻撃であり、言わばアックス唯一の、多に対する技だと言えるだろう。
「ブレードを始末するには邪魔が多すぎる。ここは一つ、お前に頼むか」
 そうテッカマンアックスは大聖堂に纏わり付いている異形のラダム樹に声を掛けた。すると地響きが起こり、ラダム樹の野太い根が、ツタが生えていく。
「何っ!?」
 ブレードと距離を置いていたスペースナイツの面々はその様を見て驚愕した。
「な、何よあれ!?」
「Dボゥイ!?」
 どうやら、異形のラダム樹はこの地域一帯に根やツタを地中に生やしていたようだ。ラダム樹にとってはこの地域一帯は自分のテリトリーである。アックスとブレードは野太い根に囲まれ、飲み込まれていった。
「ブレードを引き離すつもりか! っくっそぅ!!」
 バルザックが何とか立ち上がって、見上げながらそう叫ぶ。まるで巨大なドーム型の構築物の様に、ラダム樹はその姿を変容させてブレードとアックスを覆い隠している。
「弾切れかよ!? ついてねぇな!!」
 ノアルのソルテッカマンはエネルギーを使いきり、バルザックの機体は動けても、フェルミオン砲発射機構が機能不全に陥っている。つまりこの時点で、ソルテッカマンの二人は戦線から脱落した事になる。
 そしてアックスの強大な攻撃をセンサーで探知した特殊工作員の一人が声を上げた。
「北東五キロ地点に、ボルテッカ級の高熱現象あり! 戦闘が行われている模様! 間違いありません、テッカマンです!」
「……どうやらやっと、坊やを見つけたらしいな……急ぐぞぉ! 野郎ども!」
「了解!」
 バーナードの声を受けた兵士達は、ジープを疾駆させ、交戦している彼らの下へ急行した。
 そして巨大なラダム樹ドームの前では中に閉じ込められたアキがラダム樹に近付こうとするが、
「Dボゥイ……うっ……!」
触れようとすると紫の樹液が滲み出した。ペガスやソルテッカマンですら、それに捕えられたら動けなくなるのを知っているアキは、それを見て後ずさる。生身の人間だったら触っただけでも危険に陥るだろう。
 そしてラダム樹内にいるブレードは周りを見渡し、完全に閉じ込められた事を悟った。
「ラダム樹特製コロセウムって奴よ。これでやっとサシで勝負が付けられる……今度こそあの世へ送ってやるぞ!」
「エビルを……お前達を一人残らずこの手で葬り去るまで、俺は死なん!!」
 最早孤軍奮闘する以外に打開法は無いと考えたブレードは、そう絶叫してアックスと相対した。
「ならば尚更死んでもらわにゃならんな! シンヤ坊を守るのは、ワシの役目! ふっふっふ……そう! そしてそれが、昔のタカヤ坊の願いでもあったな?」
「くっ……!」 
「はっはっは! アルゴス号の出発前、宇宙へ出て、もしシンヤ坊に何かが起きたら、その時は頼む。そうワシに頼んだのはタカヤ坊、お前じゃなかったかな?」
 Dボゥイはアルゴス号出発前の船内で、ゴダードにそう言った事がある。ゴダードはそれを受けて、誓いの握手を堅く交わしたのだ。それは、数日前に山で遭難し掛けた時の懸念が、タカヤであるDボゥイにはあったのかもしれない。
そしてその誓いはやはりシンヤには内緒で交わされた約束だった。ゴダードがラダムになった今でも、その約束は変わらず、例えシンヤがラダムの幹部になったとしても、彼には語っていない言葉だった。
だが、今のシンヤがこの約束の話を聞けばどう思っただろうか。
「あの時とは全てが変わったぁっ!!」
 刃が煌き激しい打ち合いが始まった。ブレードの激情がゴダードの言葉を掻き消したいが為に。
「何も変わっちゃいない。ワシがアックスになり、シンヤ坊がエビル様になっただけの事」
「なにぃっ!!」
「そしてシンヤを傷付けようとする奴をワシが始末する事にも、変わりは無い!」
「くぁっ!」
 ブレードの激しい打ち込みを跳ね返し、重く斧槍を凪いだ。
「例え相手がタカヤ坊! お前でもなぁっ!!」
 そしてまたブレードに斧槍を構えて走り出し、打ち込む。何度も何度も、テッカマンブレードのその命が途切れるまで、テッカマンアックスの猛撃は終わることは無いだろう。
 其処は極寒の地アラスカ。その地下施設では、スペースナイツチーフであるハインリッヒ・フォン・フリーマンが深夜であるにも関わらず、コンピューターを相手にキーボードを打ち鳴らしている。
「その様子じゃ、三日は寝てない様だな……無理も無いか」
 そう言ってプログラミングルームに入ってきたのはスペースナイツの一員であり、フリーマンの古くからの友人、メカニックマンの本田である。彼は一息入れる為か、自分とフリーマンの為にコーヒーが入ったカップを持ってきている。
「ブレードのパワーアップに、ラダムの研究。あんたにはまだ、やらなきゃならん事が山の様にあるからなあ」
「済まない」
 コーヒーを渡されて、短くフリーマンはそう応えた。
「はぁ……全く、何処も彼処も大忙しだ」
 そう言う本田も、急ピッチの作業のせいでしばらくまともに寝ていないのが現状だった。そんな風に一息入れようとした二人だったが、
「本田さん、ブルーアース号の出力調整完了です。最終チェックを御願いします!」
「ラーサ!」
 本田が何処にいるかを聞きつけた作業員から突然モニター通信が入る。他のメカマンも当然寝ずの作業に掛かりきりの様だ。とりあえず返事した本田だったが、直ぐにまた別の作業員からモニター通信が入る。
「ブースターの反動吸収装置と冷却ユニットがうまく作動しません。至急来て貰いたいのですが。あ、それから――――」
「分かった分かった! ブースターユニットのデータバンクをトレースしておけ。直ぐそっちへ行く」
 たった一分間でもその場所にいれば、矢継ぎ早に通信が入ってくるだろう。それ程にこの新しい拠点での作業は苛烈を極めていた。
「一息入れる暇も無し、かぁ」
 そう言ってコンソールの上にコーヒーカップを置くと、本田は部屋を出て行った。それを見送ったフリーマンもふっと一息入れてモニターから視線を外す。映っているのはテッカマンブレードに関する重要なデータだろう。そして、本田達の作業は多忙を極めてはいるが、その努力は着々と結実していると言えた。現に、もう少し期間を置けばブルーアース号が大気圏内を飛べるに至るまで修復作業が進んでいるのだ。
「バーナード軍曹、Dボゥイを頼む……!」
 そして、フリーマンは独り言の様にそう言った。彼らがDボゥイ達を必ず救ってくれると信じて、今は自分の作業に没頭する。またフリーマンはキーボードを叩き始めるのだった。
 ラダム樹のコロセウム内では、相変わらずブレードとアックスの死闘が繰り返されている。 
「アックス……何故ボルテッカを使わん!?」
「ふん、ボルテッカを撃てないタカヤ坊を相手に飛び道具を使うとは、元師匠の沽券に関わる!」
ゴダード……!」
「心配せんでもお前などこいつで十分! 真っ直ぐ地獄へ叩き込んでやるわぁっ!!」
ガキンと打ち鳴らされる槍と槍。迫る刃にパターン等あるはずも無く、様々な角度から攻撃が走る。アックスはブレードと槍での鍔迫り合いを行うかと思われたが、
「うぉっ!?」
組み合った状態で片腕をブレードの脇に差し込むと、その場で回転、遠心力を使って虚空に彼を投げつける。更に宙に浮いたブレードに向かって回転するランサーを投擲した。しかしブレードは樹の天井に着地すると、ツタを蹴って迫るランサーをかわし、更に脇腹のフィンを展開、推進力を得て勢い良くアックスへ向かうと、
「てやぁっ!!」
そのまま鋭くランサーを振り下ろした。しかし寸前に飛び上がってそれを紙一重でかわすアックス。相変わらず見た目は鈍そうでも、凄まじい素早さで回避を行うテッカマンだった。それは取りも直さず、元弟子の攻撃を全て見切っているからであろう。
「良い攻撃だ、ブレード。惜しいな、それだけの腕を持ちながら、どうしてもラダムに戻る気は無いのか?」
樹の根に食い込んだランサーを回収すると、アックスは槍をブレードに向けながらそう言った。
「例え地球最後の人間になろうとも、ラダムになどなるものかぁっ!!」
「毛嫌いされたものだなぁ! だが、ラダムも人間も宇宙が作った存在、生きる権利に差など無い!」
「……っ!」
「ラダムが人間を滅ぼすのも、人間が生きる為に獣を殺すのも同じ事。自然の営みなのだぁっ!!」
「なにぃっ……」
「ラダムが選んだのがたまたま地球だっただけの事……ラダムに侵略されるのは、宇宙が定めた運命だったのよ!」
「俺がお前やシンヤと戦うのも、ただの運命だと!?」 
「そう言う事になるな!」
 ブレードは自分のランサーを握り締める。運命、そんな言葉で片付けられては溜まらない。父もミユキも、そんな運命に翻弄されて命を絶たれた。自分だけではない。何億と言う人間がそんな運命の為に命を失ったと言う事にブレードの怒りは煮え滾るほど激情に駆られた。
「っく!!……それが俺の、地球の運命なら! 俺がこの手で打ち砕くぅっ!!」
 雄叫びと共に、テッカマンブレードは自らの運命とラダムと言う敵に立ち向かう為に、槍を振るうのだった。
「ちっ! 手も足も出ないって事は、こういう事を言うのかよ!」
「くっそぉ!」
 ラダム樹コロセウムの外では、ノアルとバルザックソルテッカマンを降りて歯噛みしていた。フェルミオン砲も無く、ペガスも大地に縛り付けられたまま沈黙している。
「もぉ! 早くしないと! こんな閉鎖空間で敵のボルテッカを受けたら、ブレードだって一たまりも無いわよぉ!」
「変身リミットだって迫ってるわ……」
 レビンが叫び、ブレードのテックセット時間をいつも気に掛けているアキがそう呟いた。
「分かっちゃいるが、どうしようもないな!」
「くっ! 手をこまねいて見ているしかないのか!」
 何か武器があれば。だが、機能を失ったソルテッカマンなど鉄の塊でしかない。レビンにしても修理を行う工具を持ってきておらず、今現在の彼らはただの足手まといと言っても過言ではなかった。
 そんな彼らが叫ぶ様に話しているのが気に入らないのか、コロセウムに変化した異形のラダム樹から再び樹液が噴出される。
「あぁっ!?」
乱れ飛ぶ樹液が彼らを襲おうとしたその瞬間、頭上で何かが炸裂した。榴弾の様な小型の弾頭は、弾けるやいなや辺りに冷凍ガスを放出して樹液を一瞬に氷付けにする。
「何っ!?」
 そして一台のジープが彼らの傍に止まると、ボディアーマーを付けたバーナードがノアル達に声を掛けた。
「立派な装備も、持ってるだけじゃ宝の持ち腐れだぜ?」
「あ、あんたは?」
「自己紹介は後だ。坊やはこの中か?」
軍曹はラダム樹コロセウムに目を向けてノアルに尋ねた。 ノアル達とバーナード軍曹はこれが初対面だった。Dボゥイもこんな型破りな兵士がいた、とノアル達に話す事も無い。
「坊や? Dボゥイの事か? 誰だか知らねーが、コイツを破るのは容易なこっちゃなさそうだぜ?」
「ラダム樹だって所詮は植物よ。植物なら、枯らせば良いって事さ!」
「草刈りみたいに簡単に言ってくれるぜ……」
 だが、バーナードはラダム樹に対してある程度の知識を持っていた。それは誰であろう、ノアル達の上司であるフリーマンからの情報であり「枯らせば良い」と言うのはある意味比喩であろう。
「エネルギーライン、スタンバイオッケー!」
「砲身、スタンバイOK!」
「センサー、スタンバイオッケー!」
 バーナード麾下の兵士達が手際良く後部にあるフェルミオン砲を組み立てていく。コンパクトではあるが、ソルテッカマンが装備するフェルミオン砲よりも高効率の光弾が撃てる最新式の兵装だ。先程の冷凍榴弾にしても、これらは全てフリーマンから供されたモノであり、ラダム攻略の研究成果は着々と実っている様だ。
「あそこだっ! ボケっとしてねぇで、ラダム樹退治だ!」
「了解!」
 バーナードは巨大なラダム樹コロセウムをセンサーで測ると、一際エネルギー反応が濃い部分を探し当て、部下に号令を下した。
「あたしも行くわ!」
「あたしも!」
 そんな彼らに追従しようとアキとレビンが戦闘に参加すると言い出した。だが、
「足手まといだ。ほら、これでそこの二人を守ってやんな」
 冷凍榴弾が入ったグレネードランチャーをアキに放り投げた。樹液を凍らしたとは言っても、異形のラダム樹はまだ健在なのだ。ラダム樹に通用する武装があるのは心強く、負傷者がいるのなら待機するしかない。
「ボウヤの事は、俺達プロに任せときな!」
 そう言うと、バーナード達はジープを疾駆させる。エネルギー反応が濃い場所、つまりラダム樹のコアとも言うべき場所に近付く為に移動するのだ。
「こいつを退治したら、いつもの奴を御願いしますよ! 軍曹!」
「あぁ! 酒はこれで最後だが、女なら……」
 運転している兵士に向かって、開いた酒瓶を差し出しながら軍曹は言う。他の二人から下卑た笑いが漏れ出る。いつもの奴、酒と女は兵士達にとって生きる糧であり、刹那の逢瀬であったとしても、それが彼らの戦う原動力だった。
「終わるまで酒、取って置いてくださいよ!」
「分かってるぜ!」
 運転している兵士は呆れた顔でそう言い、バーナード軍曹は部下達に快く言葉を返した。
「……死ぬなよ、ボウヤ」
 そして、独り言の様に静かに、Dボゥイの身を案じるのだった。
 ブゥンブゥンと大振りされる斧槍。だがその切り返しは思いの他素早く、一向にアックスの隙を付けない。
「とおりゃあっ!!」
 また斧槍が振り下ろされると思って身構えたと思えば、今度は刺突の槍で激しく突いてきた。
「ぐあっ!! っく! まだまだぁっ!!」
胸部装甲に刺突をまともに喰らったが、テッカマンブレードの胸部は他の鎧よりもぶ厚い為か、アックスのランサーでも突き通せない。しかしその打突攻撃で大きくブレードは吹っ飛ばされてしまう。槍を地面に突き立ててその威力を殺し、まだ戦えると吼え続けた
「どおりゃあっ!!」
そして背部のバーニアを吹かしてダッシュし「ボォッ」と空気の壁を突き破る様な、鋭い突きを放った。だが突きを放ったその場所にはアックスが掻き消えるように、残像を残して飛び上がった。渾身の突きをアックスはジャンプしながらかわし、同時に右蹴りをブレードの顔面に見舞う。
「うっ!? がっ!!」
 のけ反ったブレードにアックスは宙に滞空したまま、斧槍を振り下ろした。ブレードの首を囲う鎧に斧が突き立てられる。鈍い音がして、装甲に巨大な切り口の跡が刻まれた。危うく頭部に振り下ろされる所だった。アックスの足が地に着いていれば、斧はそのまま鎧で止まらず、素体である内部まで裂いていたかもしれない。
 アックスの突き立てられたランサーを腕で除けると、ブレードは肩で息をした。殺されずにいるのがひどく難しい。アックスと言う敵は真に恐るべき敵だった。 
「どぉした? ブレード。スタミナ切れか? ふん、スピードも落ちてきたぞ?」
見れば、テッカマンブレードの鎧は傷跡だらけだった。傷の無い部分を探すのが難しいほどに、ブレードはアックスの攻撃に翻弄され、少しずつボロボロになっていたのだ。
対して、アックスのテックアーマーには傷一つ無く、息はまるで乱れていない。テッカマンアックスと言う戦士はブレードの様に無駄な力を使わず、必要最低限の力で斧を振るい、必要最小限の動きで敵の攻撃をかわしてきたのだ。これがブレードとアックスの大きな違いだった。
「ならば、そろそろトドメと行くか。エビル様も、お前の死を心待ちにしているだろうからな」
「あ、あの構えはっ!?」
 後ろ手にランサーを持った右腕を大きく開き、左腕もそれに応じて大きく、ゆっくり開く。
その動きの過程を見てブレードは戦慄した。タカヤがその技を最初に見たのは彼が幼い頃、アジア圏で行われた中国武術の演武会での事だ。青龍偃月刀と呼ばれる中国の英雄が主に使った槍を持ち、黒い武術着を着たゴダードが演武を行うと、観客席から拍手喝采が巻き起こった。演武の終盤はその技で決める事が多く、共に見ていたシンヤと一緒に感激したものだ。
「最後はワシの得意技で葬ってやろう! お前が何度挑戦しても破れなかった、この技でなぁっ!!」
 その技に憧れたタカヤとシンヤは、槍術の時間でゴダードが言う様に何度も挑戦したが、二人一緒に攻めたとしても破れなかった。その挑戦は、アルゴス号が飛び立つ前までずっと行われ、結局誰一人彼のその技を越える事は出来なかったのだ。恐らく、今現在テッカマンエビルがその技に挑もうとしても、破る事は出来ないかも知れない。
――――ゴダードが技を仕掛けてくる前に……!!
「おおぉぉっ!! はぁっ!!」
ブレードは、技に入る前のモーションを妨害すればアックスの技を封じられると思った。そして自らのテックランサーを頭上で大回転させると、アックスに向かって投げつける。
「はぁっ!! 無駄だ無駄だぁっ!!」
だが数瞬早くアックスの技が始まってしまった。巻き起こる刃の暴風。それがアックスの得意技である。ブレードのテックランサーは文字通り付け焼刃となり、その嵐の様な大回転に弾かれて二つに分離し、地面に落ちてアックスに踏み砕かれる。
「うぅっ!! 見えない!!」
「ふっふっふ!! どぉーした? どうしたブレードぉっ!!」
 ブレードは焦燥感に捉われた。全くアックスの槍が見えない。動きを追えない。それ所か、槍を操る腕さえも、その動きの軌跡を読む事が出来ない。それほどに速く、それほどに力強い。例えて言うなら死角が無いのだ。上から攻めれば八つ裂きにされ、下から攻めれば斧が振り下ろされる。まさに暴風の様な刃の嵐は、一歩一歩徐々に迫り来て、ブレードは絶体絶命になった。 
 その頃、バーナード軍曹は右目に付けたセンサーでラダム樹コアの中心点に狙いを付けていた。 
「方位良し。仰角六十度! そうじゃない、もうちょい下ぁ!!」
 ラダム樹と言う植物生態は、大なり小なりエネルギーの塊を抱えている。その源泉であるコアは、ラダム樹を構成する上で必要不可欠なモノだ。そんな基部であるエネルギーコアを、フェルミオン砲で効率良く狙い撃つ事により、ラダム樹自体を自壊させるのがバーナードの狙いだった。
「急げぇっ!! ボウヤが死んじまったら、元も子もねぇぞぉっ!!」
 部下達にバーナードの号令が轟いている最中、コロセウム中ではアックスが無言でブレードに詰め寄っている。徐々に近く付く刃の暴風。コロセウムの端に追い詰められ、テッカマンブレードは逃げ場を失っていく。
「くっ!!」
意を決したかのように、ブレードは自らの手を鋭角的に変形させた。それはクラッシュイントルードの時に身体をスリム化させた時と同様だが、変形させた部分は手のみ。つまり、その部分だけは鋭い武器になったと言っても過言ではなかった。そしてそのままダッシュする。大回転されている斧槍に向かって。
「死ねえぇっ!! ブレードォっ!!」
 がきぃんと、一際鈍い音が闘技場に響き渡った。
「ぐぉっ! くっ……!」
斧槍の刃は右肩のボルテッカ発射口とランサープロジェクターを破壊し、深く食い込んでいる。だが、そういった機械パーツがあったおかげで、ブレードの身体にはダメージが無く、激しい斧槍の回転は肩アーマーで止まったのだ。
「急所を外したのはさすがだ! だが、これで貴様もぉっ!!」
 また距離を取られ、あの技を受けたらもう後が無い。ブレードは反撃の暇が取れずに動く事が出来なくなった。元師匠に隙は無く、武器もほぼ無い。圧倒的優位に立っているアックスは、勝利を確信した。
「撃てぇぇっ!!」
 その時、バーナードの号令が飛んだ。フェルミオン粒子が凝縮された光弾が異形のラダム樹コアを打ち抜いた。その衝撃は中にいるアックスとブレードにまで轟いた。
「うぉっ!?」
「今だっ!!」
一瞬のアックスの隙を見つけたブレードは、左の鋭い抜き手を構えると、アックスの右肺を激しく突いた。
「ぐぉおっ!? ブレェードォッ!!」
抜き手は深々とテックアーマーに食い込み、内臓にまで達しているのか血が夥しく流れた。一目見ても、それは致命傷だった。今まで膝を付いた事が無いアックスが、ガックリと崩れ落ちる。
「っぐぅ……強くなったな、タカヤ坊……」
ゴダード……」
 ブレードは右肩アーマーを破壊した斧槍を抜きアックスと向き直る。
「昔のタカヤ坊とは大違いだ!……肉を斬らせて骨を断つ……さすが死線を潜り抜けてきただけの事はある……師匠ながら、惚れ惚れしたぞぉぉっ!」
 血を流しているゴダードの素顔が見える。彼は笑っていた。愛弟子が自分を越えたその瞬間を垣間見れた事に、歓喜を表している。
「……強くなどなりたくなかった……出来る事なら……変わりたくなど無かった!」
 だが、ブレードの仮面の下ではゴダードの言うタカヤ坊が哀しい目をしていた。変わりたくは無い、それは心から吐露する感情だった。かつての師を乗り越えたその表情は、ただ悲しみに満ちていたのだ。
 そしてエネルギー源を失ったラダム樹は徐々に徐々にその姿を枯れさせていく。エネルギーコアを失った影響でその体躯を維持できなくなって自壊しているのだ。
 アックスは重傷を負い、彼らを覆い隠すラダム樹も枯れ果てた。状況は起死回生の逆転をしている。しかし、
「……だがな、タカヤ坊……お前を月に行かせるわけには……クリスタルを渡すワケにはいかんのだ……!」
ゴダード!?」
そう言ってテッカマンアックスゆっくりと立ち上がり、胸に収納されたボルテッカ口が顕わにした。
「約束を破ってすまんが……ボルテッカを使わせてもらう!」
「なにぃっ!!」
「エビル様の為、死んでもらうわぁぁっ!!」
猛然と駆け出してブレードに組み付くテッカマンアックス。ブレードの両腕を掴んで押さえ込むと、そのままボルテッカ発射口を赤く輝かせる。
「アックス!! 貴様ぁっ!!」
「ぬうぉわあぁぁっ!! 死ねえぇっ!! ブレードォォっ!!」
ラダム樹を枯らせたバーナードは、そのままラダム樹コロセアムに穴を空ける為に砲を連続発射した。幾度も撃つと、ようやく中が見える。その時彼は目にするのだ。敵のテッカマンがブレードに組み付いて、決死のボルテッカを放とうとする瞬間を。
「うぉっ! あれは!! どけぇっ!!」
部下の兵士をどけて砲手を代わると、バーナードはアックスの頭部に狙いを定めた。
「逃げろぉぉっ!! ボウヤぁぁっ!!」
 高効率のフェルミオン砲弾がアックスの頭部を直撃した。
「があぁっ!!」
仮面の右側部分だけが弾け飛び、ゴダードの素顔一部が顕わになる。本来、フェルミオン砲はテッカマンには効果が無い。だが、ボルテッカを撃つ直前のテッカマンには、そして瀕死の傷を負ったアックスには効果があった。そのダメージで、アックスはブレードの拘束を解いてしまった。
 アックスの両腕から解放されたブレードは、右の抜き手を構え、叫んだ!! 
「さらばだ……ゴダードォっ!!」
「うぐぉわああぁっ!!」
ブレードは抜き手でアックスの中心点を激しく突いた。其処は人間で言う所の急所、心臓がある部分だ。
「うっ!?」
ゴダードが激しく吐血した時、月にいるシンヤはゴダードの異変を感じ取った。精神感応でのテッカマンアックスの断末魔を、テッカマンエビルは感じたのだ。
夥しい返り血を浴びたブレードは、アックスから急遽離れる。
「ふっふっふ……うぶぅぉぉ! うぐおぉぉぉっ!!」
テッカマンアックスがボルテッカを放った。微笑みながら。それは愛弟子が師匠を超えた祝砲だったのか。一瞬だけテッカマンと言うモノが、人間に戻ったからなのか。
そしてアックスはボルテッカを離れていこうとするブレードには撃たなかった。放とうとするボルテッカのエネルギーを押さえ込んだ。対消滅爆発が起こる。それは拳銃が砲身に異物を詰め込まれ破裂する様な暴発と言っても良かった。
ある意味、テッカマンレイピアの自爆ボルテッカに似た現象がまた起こったのだ。それは、ラダムのテッカマンが取る最後の手段だった。ゴダードは自分のクリスタルを一切残さない為に、自らのボルテッカを自分に向けて暴発させ、散華したのだ。
「うぉわぁぁっ!!」
至近にいたブレードはその対消滅爆発のエネルギーに跳ね飛ばされた。そしてその極大なエネルギーはラダム樹のコロセウムを吹き飛ばし、大聖堂の横に大きなクレーターを作るのだった。
 バーナード達の協力により、樹液から解放されたペガスはブレードを搭乗させ、テッカマンブレードはDボゥイに戻る。恐ろしい程の集中と疲弊に苛まれたDボゥイは、ペガスから崩れ落ちるように降りた。それをアキが抱き止める。
「Dボゥイ……」
 アキはDボゥイがかつての師匠と戦ったと言う事実を知っている。その師匠は先程の爆発で死亡し、Dボゥイに敵テッカマンを倒したと言う喜び等は皆無である。そんな彼の気持ちをアキは痛い程に理解していた。
「クリスタルは?」
 そうバルザックに問われたが、やはりDボゥイは無言だ。
「そんな……」
 ミリィが落胆顔で言う。こんなに苦戦し、手に入れた結果は敵テッカマンの撃破だけ、と言う事に誰もが落胆したのだ。だが、Dボゥイはそれ以上に辛い現実を受け止めなければならなかった。傷だらけになり、師匠を殺してしまったと言う罪に苛まれ、更にクリスタルは手に入らず、月に到達する事が出来ないと言うこの過酷な現実を。
 そんな風に落胆している彼らに声を掛ける者がいた。
「落ち込んでる暇はねぇぜ。ボウヤには、これからやってもらわにゃならねぇ事があるんだからな」
「あんたは……バーナード軍曹!」
 隻眼の野卑な態度、自分をボウヤと呼ぶその声。Dボゥイは兵士の生き様を教えてくれた彼、バーナード軍曹に会えた事に驚き、落胆した顔も少しだけ明るくなった。
「約束を憶えているか?」
「あぁ……!」
 そう言って酒瓶を差し出されると、その口をDボゥイが握った。戦場での掟。必ず生き残り、仲間の命を守ると言うあの掟を、また会ったら酒を酌み交わそうと言う約束をDボゥイは確かに、はっきり覚えていた。
そして月のラダム基地の人口区画では、シンヤが私室で椅子に座り、静かに目をつぶっている。まるでゴダードの死を悼むかの様に。
――――ゴダード……
 心の中で、そう一言だけ呟く。だが、ラダムが仲間の死を悼むのは一瞬だけである。
黙祷を止め、目を見開いたシンヤの目は、確かに血の色の様に赤かった。



☆っはい。想像以上に時間が掛かりましたが、やっと出来ました、アックス決戦後編。やっぱり好きな話は何度見ても飽きないですね。この話は特に板野作画が輝いています。ブレードの足が土を踏む表現とか、残像とか、派手なアクションとかもう大好物ですね。後、今回は独自の解釈をガンガン入れています。アックスの新技とか、ラダム樹はどうやったら枯れるのか、とか。まあ実際、ラダム獣は少なからずのエネルギーを求める嗜好性があるので、獣が樹にチェンジした時は、やはりそのコアとも言うべきエネルギーの源泉があるのだろうと思います。飛行ラダム獣とかどうやって飛ぶのかわかんないけどね!(笑)
と言う事で、今日の作画評価は満点の五! 激しい戦いでしたが、これが本来のテッカマンブレードと言う作品だ、と思うわけでありますね。 

第35話 霧の中の敵(1992/10/20 放映)

多分四十代のバトルマニアゴダードさん

脚本:山下久仁明 絵コンテ:羽山頼仙 殿勝秀樹 演出:鈴木吉男  作監&メカ作監:伊藤尚住
作画評価レベル ★★★☆☆


第34話予告
ついにアックスの元へ到着したDボゥイ達。過去を超え、かつての師を超えるための戦いが今始まる。
次回、宇宙の騎士テッカマンブレード「霧の中の敵」仮面の下の涙をぬぐえ。


イントロダクション
連合地球暦192年5月6日、スペースナイツ基地は地上から姿を消した。それから半年が経ち、テッカマンエビルは妹ミユキの最後のボルテッカによって受けたダメージからほぼ回復し、再び双子の兄であるブレードへの憎しみを燃やしていた。一方、Dボゥイ達はイングランドにいると思われるアックスからクリスタルを奪うため、ドーバー海峡を渡っていった。今、Dボゥイとアックスの決戦の時は着実に迫りつつあった。


 其処はイギリスのケント州にある巨大な教会。かつてはイギリス国教会の総本山とも言うべき場所であるカンタベリー大聖堂である。だが数多くの巡礼者が訪れたこの場所にも、ラダム樹が蔓延り誰一人として訪れる事のない場所に変わり果てていた。
 そんな大聖堂のテラスに、この場所を根城にしているゴダードが、正装の様にきっちり服を着て目の前にあるラダム樹に一礼しながら言った。
「報告いたします」
 すると、ラダム樹の先端にある一際大きい芽の様な球体が赤く煌く。その芽の様なツタは、巨大な目にも見える。それは生体テクノロジーに富んだラダムの通信システムとも呼ぶべきモノだ。
「人間の残存率52%、ラダム樹の繁殖率64%、人間とラダム樹の比率4対6。以上がヨーロッパエリアの状況です」
「殺し過ぎだぞ、アックス」
「はっ」
「これではラダム樹とのバランスが悪くなる。これ以上、人間を殺すな」
「分かりました、オメガ様」
 ゴダードは月基地のテッカマンオメガと会話している様だ。彼らの明確な目的がはっきりしないのは確かだが、これ以上人間を殺すな、と言う言葉と命令は侵略者としては余りにもそぐわないモノだろう。
「エビルも、ほぼ回復した。間も無くそちらに向かうだろう。それまでの間、ラダム樹の管理・統率を怠るではないぞ?」
「承知致しました」
 そうゴダードが応えると、目の部分は赤い煌きを失っていく。
「そうか……シンヤ坊の怪我もようやく治ったか……」
 テッカマンエビルのPHYボルテッカで守られたアックスは、他のテッカマンと共にエビルを月基地に連れ帰った。テックセットを解いた相羽シンヤの身体は瀕死の重態とも言うべき状態で、もしラダムの治癒テクノロジーが無ければ亡くなっていてもおかしくは無かっただろう。
そんな事を思い出していた時、先程通信を行っていたラダム樹の目が蒼く光り輝く。
「お前の言いたい事は分かっておる、安心しろ。シンヤ坊が降りてくる前にブレードは、必ずこのワシが倒してやるさ」
 そのラダム樹は意思をもっている様だ。ゴダードは蒼く煌く目を見ながら語り掛ける。
「ふっふっふ……これがある限りブレードはボルテッカを使えん。となれば、肉体と肉体の勝負。ワシの方が圧倒的に有利だ」
 そう言いながらゴダードは赤いクリスタルを取り出した。矢の先端にある鏃の様な、鋭角的なテッククリスタルを見てゴダードはほくそ笑む。すると、目はゴダードに懐く様に彼に触手を伸ばして纏わり付いた。
「な? お前もそう思うだろ? ふっはっはっは!」
ゴダードはまるでペットに語り掛けるように、可愛い奴と思いながらその触手を撫でた。このラダム樹は通信システムも然ることながら、意思疎通も出来る巨大な生体コンピューターとも呼ぶべきモノである。彼にとってこの生体コンピューターは忠実な下僕であり、戦闘においては重要なパートナーにもなる存在だった。
 そしてスペースナイツ一行は、海を渡りきってイギリス本土へと上陸している。ドーヴァーロードと呼ばれる道路をひた走りながら、カンタベリーを目指している所であった。 
「でもさぁ、ここん所の戦い見て思ったんだけどぉ、どうしてDボゥイは、アックスに向かってボルテッカを使わないワケ?」
 レビンは、ここ数回のアックスとの戦いにおいて、何故かブレードが必殺のボルテッカを意図的に使わない事を不思議がっていた。その疑問にDボゥイが応える。
ボルテッカは、強力過ぎるんだ」
「強力?」
「あぁ、確かにボルテッカを使えば、アックスは倒せるかも知れない。だが、倒したその時、奴の持つクリスタルまで破壊しかねない」
「なるほどぉ」
「必殺技抜きって事か? きっついぜ、そりゃあ!」
 バルザックがそんな風に大袈裟そうに言う。今まで敵テッカマンを打倒、もしくは撤退せしめたのはボルテッカの能力があったからこそだった。強襲突撃型に分類されるブレードは、エビルのPHYボルテッカを除けば、他のテッカマンよりも強力なボルテッカを装備している。つまりアックスと戦うのに一番突出した技を封じられた形で対戦しなければならない。それは余りにも不利だと言えた。
「じゃあさ、クリスタルがあれば月に行けるってのは、どうして分かったワケ?」
「……ミユキが教えてくれた」
「ミユキさん?」
「あぁ……」
レビンの問いにDボゥイは手の平にある小さなクリスタルの欠片を見せた。
「それ……クリスタルの破片?」
「ミユキさんのよ」
「ミユキ……さんの……」
アキがそう応えると、各々が彼女に対する気持ちを思い浮かべた。アキは彼女がテックセットするのを止められなかった事を。ミリィは同年齢で自分に似たミユキともっと話がしたかったと言う事を。そしてレビンは、彼女が敵をひきつけておいてくれた事で脱出する事が出来た事をそれぞれ思った。
スペースナイツのメンバーにとって、ミユキは救世主に等しい人物に相違なかった。
「あれは……スペースナイツが崩壊して、二週間位後の事だった」
 そしてDボゥイが語り始める。スペースナイツ基地が消滅し、その跡で彼女のクリスタルを回収した。跡形も無い基地を前にして呆然とし、形見である破片を見つめる。傍にはペガスがいるだけで、その時の彼は仲間も、愛する妹も全て無くなったと言ってもいい状態だった。
「ミユキ……」
彼女を思ってそう、口に出した時、突如飛行ラダム獣の一団が視界に見える。また何処かの町を、誰かを殺し、侵略の地ならしをする為に飛んでいるのは間違いない。
「……っ!! ラダムめぇ!!」
 別にラダム獣はDボゥイに襲撃を掛けてきたワケではなかった。だが、戦わずにはいられない。八つ当たりではないが、その憤りを止めるにはあの一団を全て滅しなければ気が済まない。そしてDボゥイは叫ぶ。
「ペガス! テックセッタァーっ!!」
「ラーサー!」
その時、突然ミユキのクリスタルが輝きだして直ぐに光は収まる。それを怪訝に思うDボゥイだったが、今はその現象に気を挟む余裕は無かった。そしてそのままペガスに搭乗すると、いつものテックセットとは違った感覚があった。ペガス内でDボゥイのクリスタルの光が満たされると、その光に応じてまたミユキのクリスタルが一層輝きだす。
そして突然、ペガスはDボゥイのクリスタルと同じ形のフィールドに包まれた。まるで重力を失ったかのように急上昇し、そのまま飛行ラダム獣の一団へ飛んでいくと、獣達を木っ端微塵にする。更に尚急上昇するペガスとDボゥイ。まだテックセットしていないDボゥイは、急激なGで押し潰されるような感覚が起こる。
「な、何っ!?」
 数十秒のGの後、テックセットが始まり、ペガス内でテックセットするDボゥイ。そして鎧を纏ってペガスから射出する様に外に出たテッカマンブレードは見た。 
「これは!?」
今まで地上にいたにも関わらず、Dボゥイは既にORS付近まで来ていたのだ。そしてブレードの手にはクリスタルの欠片があるが、強烈な光を放った後、徐々に輝きを失っていった。まるで最後に強く輝く灯の様に。
「俺とペガスは、一瞬で成層圏近くまで来ていた。ミユキのクリスタルに残っていたパワーが、テックセットと感応したんだ」
そう言ってDボゥイは欠片を優しく握る。
「こいつの最後のパワーが、一瞬クリスタルフィールドを形成し、ペガスを包み込んだ……こんな一欠片でもあれだけの事が出来たんだ。完全なクリスタルがあれば、必ず月まで辿り着ける!」
皆無言だった。ミユキは亡くなったその後でも、自分達を導いてくれたのだ。月のラダム基地へと向かう為の唯一の架け橋を、唯一の希望を教えてくれた彼女を面々は思う。
「お……」
無言で話を聞いていたノアルは、何かに気付いた様にブレーキを踏んだ。
「どうしたの? ノアル」
「どうしたもこうしたも、ラダム樹だらけでこの先は無理だ。どうする、Dボゥイ?」
「決まっている! ずっと感応し続けているんだ。アックスはこの森のむこうで、俺が来るのを待っている!」
 額にクリスタルの光が浮かび上がる。精神感応でDボゥイを呼んでいるのだ。 
「そぉーだ……早く来い! タカヤ坊! クリスタルはここだ! ワシは逃げも隠れもせん。早く来いブレードォ!」
 そして大聖堂内では、ゴダードがそう叫びながら精神感応でDボゥイを呼び続けている。今までに無い戦いの予感に身を奮わせながら、かつての愛弟子を待っているのだった。
 トレーラーから降りた六人は、四輪駆動のジープで森の奥へ奥へと向かっていた。後部に連結した荷台にはソルテッカマンのポッドが二台載っていて、その後ろからペガスが脚部スラスターをホバーモードにして高速で追従している。今現在昼前の時間ではあるが、辺りは霧に包まれて周りが見えにくい。 
「Dボゥイ、この方向でいいんだな?」
「あぁ、間違いない」
 そう彼らが言った直後、タイヤが道を踏み外した。
「いっけねぇ、やっちまった!」
「いったぁい!」
「もぉ! ちゃんと前見てたのぉ!?」
 ミリィが、レビンがそう言って文句を言うが、霧のせいで前は数メートル先しか見えない。道を踏み外すのも無理は無かった。アキが車輪の状態を見ながら、
「出られそう?」
 と言うが、車輪は窪みに嵌っている様に見える。ノアルがアクセルを踏んで脱出しようとしたが、車輪は泥をかき出すだけで車体は動きそうになかった。 
「ちっ! こりゃダメだな」
「そぉんなあ!」
「と、言われてもなぁ……」
「どっちみち、こっから先は四駆でも無理っぽいぜ?」
 ミリィとノアルのそんな言葉を受けて、バルザックが言った。前を見れば、もう既に車輌が通れるような道幅はなかった。それを受けて突然Dボゥイがジープを降りた。
「Dボゥイ!?」
「歩いていく!」
「おい! Dボゥイ!」
「待って! Dボゥイ!」
 慌ててノアルとアキが彼を追った。しかし何故かDボゥイは他のメンバーを待たずにどんどん奥へと歩き出し、更に走り出す。チームワークを乱している、と言うより今の彼は何かに急かされている状態だった。それはテッカマンとしてフォーマットされ、感応波に晒されているからであろう。
「Dボゥイ!?」
アキが呼び掛けても彼は止まらなかった。そして先程から周りを満たしている霧が更に濃くなっていった。
「あっ!?」
 そうアキが叫んだ時、彼の背中がまるで消える様に見えなくなった。
「見失っちまったか……どっちに行った!?」
「人に聞くな。自慢じゃないが、俺は方向音痴なんだ」
 ノアルの言葉に、そうバルザックがつっけんどんに返す。
「Dボォーイ!」
 そしてアキが、ミリィが何度も彼の名を叫んでも、結局彼を見つける事は出来なかった。
「何処だ……何処にいる!? アックス!」
 ラダム樹の森を走るDボゥイ。まるで奥へ奥へと誘われるように彼は急かされた。すると突然見晴らしの良い場所に出てきた。目の前には古い建築物があり、見たことも無い巨大なラダム樹が建物に寄り添うように生えていた。
「此処だ……この中にアックスがいる!」
 カンタベリー大聖堂の入り口へ突っ込もうとした矢先、額の紋章が強くDボゥイの脳を揺らした。そして、大きな扉がゆっくりと開かれると、その奥から何者かが姿を現した。
ゴダード!」
「よく来たな、タカヤ坊。待っていたよ!」
ゴダード……」
 目の前にいる男は、いつも襲い来る緑の甲冑に身を包んだテッカマンアックスではない。アルゴス号で仲間だったあの時の容姿、その声もそのままゴダードと言う男を顕わにしていた。
「さぁ! ゆっくりと話し合おうじゃないか? ふっふっふ……」
だが、見た目は師匠と同じ姿形と声ではあるが、目は赤い。まるで血の色をした目で笑う彼は、昔の優しく厳しい師匠ではないのだ。
 Dボゥイの行方を追った面々だったが、一旦捜索を中断してジープに戻る事にした。ソルテッカマンを着込んだノアルとバルザックは、敵の本拠地をヘルメットバイザーに装備されたセンサーで探している。精神感応と言う道標で敵の根城へと向かったのなら、Dボゥイもきっとその場所にいるはずだ。ソルテッカマン二人を先頭にして、レビンやミリィとアキは彼らに追従した。後ろにはペガスが歩いてきている。
「んもぉ! 考えてみたら、始めっからこうすりゃ良かったんじゃない!」
「まぁ、そう言うなって!」
 レビンの文句に、ソルテッカマン二号機になったノアルがそう応える。
「どっちみちDボゥイを見失った事には、変わりなかったんじゃないのかな?」
「ふーんだ! 悲観的な奴ぅ!」
 バルザックにそう突っ込まれて、レビンは膨れる様、にそう言った。
 そして大聖堂内では、礼拝堂に向かいながらゴダードがDボゥイに語りかけている。
「タカヤ坊……思えば、不思議な縁だよな」
此処もラダム獣の侵略を受けたのか、聖堂内は所々穴が空き朽ちかかっている。ゴダードは静かにDボゥイに語り掛け、その直ぐ後ろからDボゥイが付いてきている。いつもの様に豪放に襲い掛かる雰囲気ではないゴダードを見て、Dボゥイは彼の隙を窺った。テックセットしていない今の状態なら、テッカマンにならなくても、クリスタルを奪えるかも知れない。だが、前を歩いている男の背中には、一切の隙が無い。
「シンヤ坊もお前も、格闘技を教えてやったのはワシだ。その弟子とも言える二人がこんな形で、血で血を洗う戦いをする様になるなんてな……さすがのワシも、思いもよらなかったわ」
 そう言いながらゴダードは溜息をつき、礼拝堂の壇上に腰掛ける。  
「が、正直言ってワシはお前達の二人の戦いを見るのが辛い。そこで、だ。ラダムに戻ってくる気は無いか?」
「……っ!」
「お前だってこれ以上肉親と戦いたくはないだろう。どうだ? この辺ですっきりしようじゃないか」
ゴダードォ……!」
「仲良くやろうじゃないか……昔の様に」
 優しく微笑みかけながらゴダードは言う。彼には今までのテッカマンの様に、問答無用で襲い掛かる気配は無い。Dボゥイと言う弟子を、心から愛しているから故の懐柔だった。だが、Dボゥイの返答は決まっていた。
「断る!」
「……いいのか? タカヤ坊」
「断るっ!!」
 Dボゥイの叫びが礼拝堂に響き渡った。アックスやエビルが自分の妹に対して行った仕打ちを、彼は決して忘れてはいない。これは地球を守る戦いである以前に、彼にとってはラダムに対して憎しみの念を燃やすしかないのだ。それが例え尊敬する師匠の言葉だったとしても。
 そんな風にゴダードとDボゥイが語っているその頃、スペースナイツの面々はようやく大聖堂を探し当てた。
「これは!」
「大聖堂に、ラダム樹が……」
 アキはカンタベリー大聖堂の変わり果てた姿を見た。周りはラダム樹の森林に囲まれ、異形のラダム樹が大聖堂に纏わり付いている。それを前にしてバルザックが口を開いた。
「見るからに敵さんがいそうなムードだぜ」
「兎に角入ってみるか」
「あぁ」
 そう言ってソルテッカマン達が建物の中に入ろうとした時、異形のラダム樹が動いた。
「何っ!」
 ノアル達が気づくと、丁度目に当たる部分から突如粘液の様な紫の樹液が噴出された。雨の様な樹液は、ノアル達目掛けて襲い来る様に降り注ぐのだった。
「ふん、強情な所は変わってないなタカヤ坊……いや! ブレード! まぁ、止むを得んか……」
 聖堂内では交渉が決裂した事を、ゴダードは少し落胆気味にそう言って立ち上がった。
「シンヤ坊、エビル様を守る為、お前を倒すっ!! はぁあっ!!」
 そして、赤い目をギラつかせると、ゴダードは拳を構えて躍り掛かった。懐柔する気が無かったではない。彼の言った弟子達が戦い合うのが辛いと言う言葉は正直な本音だった。だがそれ以上にシンヤを守る事、かつての愛弟子、成長したタカヤと戦うと言う事に、期待を持っていた事も確かだった。
「てぇやぁっ!!」
「うぉっ」
 力強い正拳突きをDボゥイはかわす。更にゴダードは全身の四肢を使ってDボゥイに攻撃を仕掛けた。Dボゥイはそれをかわし、受けるので精一杯になる。武器を持たない生身での彼の戦闘能力は、苛烈だった。
「おぉらおらどうした!! 守ってばかりじゃ勝てやせんぞ!! 攻撃は最大の防御だと教えただろうがっ!!」
「っく!! 憶えているさ!!」
そう応えたDボゥイは、右拳によるストレートを放つ。しかしゴダードはその腕を掴んで後ろ向きになり、一本背負いをする様にDボゥイを虚空に向かって投げた。格闘技に慣れている者でも受身を取るのが難しい渾身の投げ。Dボゥイは高く舞い上げられたが、空中で体勢を器用に整えると華麗に着地し、更にバク転でゴダードから距離を取る。それを見てゴダードは鼻で笑った。どうやら腕は落ちていないようだな、と。
「あぁっ」
 大聖堂の外では、スペースナイツの面々に今にも樹液が襲い掛かろうとするが、樹液はまるで意思を持つかのようにノアルやアキ達に目もくれずに二方に分かれた。
「何ぃっ!?」
 そして地面を走り、後方で待機しているペガスに躍り掛かる。
「ペガァースっ!!」
 意思を持った粘液は、ペガスの動きを封じるかの様に下半身を縛り付ける。元ワーカーマシンである強力なパワーを持つペガスでも、その粘液から脱出する事は不可能だった。
「はああぁぁっ!!」
「ぬぅおりゃあぁっ!!」
何度も拳を交わす二人。時には蹴りを、時には拳や投げを。全身を使った格闘が大聖堂内で繰り広げられた。ゴダードは至極余裕であり、Dボゥイは彼の激しい攻撃を前にして肩で息をしている。齢40代のゴダードではあるが、その辣腕は衰える事は無い。一矢報いる事も出来ずに、Dボゥイは始終受け手に回っていた。
「どぉーした! もう終わりかタカヤ坊! とぉりゃあぁっ!!」
右腕での拳、更に両腕による素早いジャブ。そして、また右手による正拳突きが来た時、Dボゥイは視線をその右拳に合わせ、体を右側へと避けようとした。だがそれを読んでいたゴダードは、正拳突きを止めて、素早く右足による蹴りへとスイッチし、回避しようとしたDボゥイの背中を強かに回し蹴った。
「ぬおわぁっ!!」
背中を激しく打たれたDボゥイは倒れ伏した。ゴダードの蹴りは強く重い。常人なら一撃で気絶してもおかしくは無い、熾烈な回し蹴りだった。
「前に言ったはずだ。右にばかり避ける癖は命取りだとな!!」
 うずくまったDボゥイにそう言いながら近付くゴダード。気絶したならこのまま拘束し、連れ帰って洗脳してやろうか。そうゴダードが考えた時、Dボゥイの目がギラリと光る。彼はまだ気絶していなかった。Dボゥイは蹴りを受けた瞬間、右側へ大きくステップして、ゴダードの回し蹴りの威力を殺していたのだ。
「はぁっ!!」
「くぉっ!!」
そして、倒れ伏したままの状態から腕の力を使って両足を真上へと蹴り上げる。四速歩行の動物が後ろ足で真後ろから来る敵を蹴り上げる様な動作。素早い両足蹴りはゴダードの頭部に放たれ、Dボゥイは最終的に倒立した状態になった。
 だが、Dボゥイの起死回生の両足蹴りはゴダードの頭部を捉えていない。ゴダードはDボゥイの鋭い殺気を感じて、スウェーバックして蹴りを避けていた。だが、完全にはかわし切れず、爪先は頬を掠めていた様だ。
「ふん! 腕を上げたのは、逃げ方だけじゃないってワケか!!」
両者は距離を取った。ゴダードの頬からは一筋、血が流れている。
「ふっ……そろそろ、本番と行こうじゃないかぁっ!」
頬に流れる血を左指で拭って舐めると、ゴダードは赤いクリスタルを取り出し、叫ぶ!
「テックセッタァーっ!!」
それに応える様にDボゥイもペガスを呼んだ。
「ペガァス!!」
「ラーサー!」
 外にいるペガスが応えるが、樹液の粘液は簡単にペガスを解放しない。がっちりと下半身を押さえ込み、ペガスがバーニアを吹かしても飛び立てないでいた。更に樹液は周りのラダム樹にロープの様に巻きついて、ペガスを完全に拘束している。
テッカマンアックスぅっ!!」
 そうこうしている内に、ゴダードはテックセットを完了してテッカマンアックスへと変身していた。
「っく……」
「はっはっはっは! どぉした! テックセットしないのかぁっ?」
「っくそぉ……ペガス!! ペガァース!?」
「はっはっは! 来ると思っているのかぁ!」
「なにぃっ? ペガス! ペガァースっ!!」
 幾らDボゥイが叫んでも、ペガスは来なかった。そしてこれは結局テッカマンアックスの策略だった。
 聖堂の外では、飛び立てないペガスが胸のクリスタルを光らしている。それを見てアキ達はDボゥイに危険が迫っている事を悟った。
「ペガスが!」
「Dボゥイが、ペガスを呼んでいるわ!」
「でも、あれじゃあDボゥイの所へは!」
「まさか、それがあの樹液の目的!?」
「そんな!!」
「どけぇっ! アキ、ミリィ、レビィン!」
「今助けてやるぜ!」
 異形のラダム樹の樹液は、敵がDボゥイにテックセットさせないと言う事に気付いたノアル達は、ラダム樹をとりあえず放置し、アキ達の横を走り抜けてペガスの救出に急行した。
 ソルテッカマンのフェルミオン砲が唸る。ノアルは一際大きい樹液のロープを、バルザックは細い樹液をそれぞれ撃った。簡単に樹液は撃破出来るが、また新たに別の木に巻きついてペガスを解放しない。
「くっそぉ!」
「ふざけやがってぇ!」
 更に撃つ。大量の樹液はやはり直ぐに別の木に巻きついてペガスを縛り付けた。更に異形のラダム樹からの樹液の供給も手伝って、ノアル達はペガスの救出が困難だと判断した。
「イタチごっこだぜ!」
「あぁ、キリがねぇ。このままじゃ、Dボゥイが!」
そしてDボゥイは、アックスからランサーを投擲されて危機に陥っていた。音速で回転してくるランサーを人間の身で避けるのは至難の業である。それは生身で銃弾を避けるのと同じ事だった。
ゴダードであるアックスは、Dボゥイが右に回避すると踏んでランサーをDボゥイの僅か右側へ落着する様に投擲していた。しかし、
「何ぃっ!?」
 Dボゥイはそのランサーを右にかわすと見せかけて、左に大きく跳び退ってかわす。そしてそのまま猛然と大聖堂の扉へとダッシュした。
「くそぉっ!! 味な真似を!!」
 Dボゥイはゴダードの心理を巧みに読んでいた。自分が右に避けるだろうとフェイントを掛けたのだ。右側の方にランサーを投擲してくるだろう、と。それは一歩間違えればランサーの直撃を受けて身体を真っ二つに引き裂かれてもおかしくは無い危険な賭けだった。
 距離を取られたアックスは背部のスラスターを吹かして、猛然と追い掛けて来る。 
「待てぇっ! ブレードォ!!」
――――ペガス、何故だ? 何故来ない!?
 Dボゥイはペガスに何かが起こった事を悟った。アックスのあの言いぶりだと、多分何らかの妨害があるからペガスは来られないのだろう。だが、それがどんな策なのかは判断しにくい。
 そう考えていると、目の前の床からラダム樹のツタが突然生えてきた。
「なにっ!」
ラダム樹のツタは天井付近まで伸びて聖堂の柱に巻きつき、外へ通じる扉への退路を塞ぐ。
「ふっはっは! これで袋の鼠だな、ブレード! この大聖堂をお前の墓場にしてやろう!」
後ずさるDボゥイ、ランサーを構えて徐々に迫るアックス。そして遂に壁に追い詰められてしまう。
「っ……!!」
 遂に逃げ場は無くなった。生身でテッカマンと対峙するのは二度あったが、近接格闘に長けたアックスを目の前にするなら、恐らく危険度は今までの倍以上だと言える。
 その時、突然青い光が右側にある壁を打ち破った。赤外線センサーで、聖堂内でDボゥイとアックスが対峙しているのを見たソルテッカマンが、間に入る様にフェルミオン砲を撃ったのだ。
「なにぃっ!!」
「ノアル! バルザック!!」
「お待たせっ!」
バルザック! Dボゥイを!」
「あいよっ!!」
 バルザックは左肩にDボゥイを抱えて聖堂から脱出する。
「待てぇっ! うぉっ!!」
 そしてそれを阻む様に、ノアルの二号機がアックスを撃った。勿論、フェルミオン砲が敵テッカマンを怯ませる程度の威力しかない事は承知している。Dボゥイがテックセットする時間を稼ぐ、それがノアルの狙いだ。
 肩に担がれたDボゥイは一号機改のバルザックに聞いた。
「ペガスは何故来ない!?」
「あれで動けりゃ、苦労しねぇぜ!!」
 見れば、ペガスは樹液で大地に括りつけられている。これでは自分の所に来れないのも道理だ。
「あぁっ! ペガス! くっ……どうすれば!?」
「簡単よ。ペガスが動けねぇなら、コッチから行くまでさ! 行くぜぇぇっ!!」
 そう言ってバルザックは疾駆した。ペガスに向かって。そしてフェルミオン砲を一発だけ撃つ。ペガスを傷付けない様に、ペガスを拘束している樹液の濃い部分だけを撃った。すると拘束が緩み、ペガスは自分の背部を、近付いてくるDボゥイに向ける。
「今だ! Dボォォーイっ!!」
「ペガス! テックセッタァァっ!!」
「ラーサー!」
 背部が開き、テックセットルームが顕わになる。
「たぁぁぁっ!!」
 そしてバルザックはDボゥイを投げた。Dボゥイはソルテッカマンの膂力で空を舞い、宙を一回転してテックセットルームへと無事着地した。背部パネルが閉じて無事Dボゥイはペガスへの搭乗に成功した。
 しかしまた異形のラダム樹から樹液が噴出され、今度は下半身ばかりでなくペガスの全身を覆った。これではテックセットを完了させてもテッカマンブレードはペガスから射出されないだろう。
「Dボゥイ! うわぁぁっ!!」
バルザック!」
 更に樹液はペガスだけでなく一号機改までも拘束する。異形のラダム樹は是が非でもテッカマンブレードを出撃させないつもりだった。ソルテッカマンの支援も無く、アキ達の叫びが木霊する。
「Dボゥイ!!」
しかしその時、赤い光と碧い光が交錯した。Dボゥイはテックセットする際、ミユキのクリスタルを右手に握っていたのだ。最早成層圏にまで飛び立つ事が出来ないクリスタルの欠片だったが、一瞬だけクリスタルフィールドが張られれば、この拘束から脱出出来るとDボゥイは踏んだのだ。
 予想通り、テッククリスタルの欠片は、ペガスを一瞬だけフィールドで包んだ。その赤と碧のスパークは、覆っている樹液を吹き飛ばした。木に巻きついている樹液でさえ、そのエネルギーで破裂する。
 そして、頭部が顕わになったペガスから、勢い良くテッカマンブレードが出現する!
テッカマン! ブレードォっ!!」
「Dボゥイ!」
「やったぁ!!」
 二重三重の罠があるにも関わらず、テッカマンブレードは無事にテックセット完了した。だが、再び樹液が噴出され、ペガスも新たに拘束される。
 更に、聖堂の壁を吹き飛ばす様に出てきたのはノアルのソルテッカマンだった。
「ぐわあああぁぁっ!!」
「ノアル!!」
 丁度ブレードの足元まで吹っ飛ばされたノアルは、そのまま動かなくなった。ソルテッカマンのボディは刃傷だらけになっていて、テッカマンアックスの光刃で切り裂かれた余波で吹き飛ばされたのだろう。
「ふっふっふ! テックセットしたか!」
「アックスゥ!!」
 聖堂内からぬっとテッカマンアックスが出現する。
「まあ、良いだろう。テッカマン同士の戦いの方が、倒し甲斐もあるというものだ。それに、どうせ勝つのは! ワシの方よぉぉっ!!」
 そしてテッカマン同士の激しい剣戟が始まった。高速で宙を飛び、ランサーとランサーがぶつかり合った。
「うぉわぁぁあっ!!」
「てぇりゃああぁぁ!!」
 空中でスラスターを吹かしながらの鍔迫り合いが起こる。その時アックスは叫ぶ様に愛弟子に言った。
「どぉーだ! ブレード! テッカマンになろうともワシには敵うまい!! それとも使うか! ボルテッカを! いや使えるのか! このワシにぃっ!!」
「くっ!!」
 鍔迫り合いを解き、二人は大地に立って睨み合った。
「何故ならワシのクリスタルを奪う事が、お前の目的だからな!!」
「気付いていたのか!」
「今までのお前の戦い方を見ていれば、一目瞭然よぉっ!!」
「……っ!!」
 ブレードは完璧に自分の心理を読み取られている事に戦慄した。さすがに自分やシンヤの事を熟知している師匠なだけはある。つまりそれは、アックスを必殺出来ない事を指すからだ。そんな心理を敵に悟られるのは、圧倒的に不利な状況に陥ったも同然だった。加えて、アックスはボルテッカを躊躇無く撃てるのだから。
「さぁどうするね? タカヤ坊!」
「っく……うぉ!? うわぁっ!!」
 師匠の眼光に晒されている最中、足元に忍び寄ってきた樹液の存在に気付けなかった。アックスの殺気がそれを気取られない様にしていたのだ。テッカマンブレードを支援するのがソルテッカマンなら、アックスを支援するのは異形のラダム樹だ。ラダム樹とアックスは意思の疎通に言葉を交わす必要も無い。粘つく樹液はブレードの足を放さない。脛まで拘束され、身動きが取れなくて尻餅を付いてしまう。
「ぬぉりゃあっ!!」
 そんな身動きが覚束無いブレードに、飛び上がったアックスからランサーが投擲され、回転しながら迫る。それを回避しようと立ち上がるブレードだったが、樹液から脱出出来ずに、攻撃を左足に受けてしまった。
「どぉわぁぁあああっ!!」
 痛みで絶叫するブレード。重傷ではないが、左足の脛から血が流れ出ている。
「今度こそ最後だ! ブレードォ!!」
 ブーメランの様にランサーを回収したアックスが、一歩一歩と迫った。ブレードは負傷し、また尻餅を付いて身動きできない。もがけばもがくほどに樹液の拘束は強まった。
「ディ、Dボゥイ……」
 樹液に縛り付けられたバルザックが呻く。ノアルもアックスに吹っ飛ばされて気絶している。二機とも軽い損傷だが、とてもブレードを支援する事は出来なかった。
「さらばだ! ブレェードォォっ!!」
 そして倒れ伏したテッカマンブレードに、テッカマンアックスはテックトマホークを大上段に振りかぶった。
「Dボォォイィィっ!!」
それを見たアキの叫びが、周囲にひびいた。
テッカマンブレードの命運や如何に!!


☆っはい。仕事やら何やらで時間食いましたけど、何とか出来ましたアックス決着編前編。ソルテッカマン一号機改の初戦闘ですが、良い所無しで拘束されてノアルは気絶と絶対的に不利な状況で次回に続きます。つーか、女性陣が叫ぶだけってのが困り所ですよね。アキとかが「Dボゥイ! 足元!」とか言ってくれれば役に立ってくれたんでしょうけど、ただ叫ぶ、見てるだけってのは不甲斐ないですね。ミリィとかトレーラーに留守番してればいいのに、とか思ったりします(笑)作画は安定しないので普通の三で御願いいたします。

第34話 光と影の兄弟(1992/10/13 放映)

ヒドイや父さん的なw

脚本:岸間信明 絵コンテ:橋本伊央汰 演出:千葉大輔  作監&メカ作監:工原しげき
作画評価レベル ★★★★★


第33話予告
アックスとの戦いを前に過去を振り返るDボゥイ。
そしてシンヤも同じ想いを共有しながら戻れぬ流れを突き進む。
次回、宇宙の騎士テッカマンブレード「光と影の兄弟」仮面の下の涙をぬぐえ。


イントロダクション
連合地球暦192年5月6日、スペースナイツ基地は地上から姿を消した。荒廃した地上で人類は恐怖の日々を送っていた。そして、五ヶ月の放浪を経て、アキ達と再会したDボゥイはラダムの基地がある月面へ向かうパワーを得る為、地上に降りたアックス・ランス・ソードの持つクリスタルを求めて、旅を続けていたのである。


 其処はグロテスクで血管の様な触手とピンク色の臓物が蔓延る場所だった。月の母艦基地、その場所は侵略者ラダムの本拠地である。
 そんな場所に相応しくない音楽が聞こえる。異星人の手による物ではない人間的な、旧世紀の音楽。生物的な母艦基地の奥には、人工的な施設があった。其処はアルゴス号の居住ブロックだ。
「125……126……」
 アルゴス号の居住区画で、上半身を裸にしてトレーニングを行っている男がいる。長髪の男の名は相羽シンヤ。またの名をテッカマンエビル。
「131……132……133……」
 彼は居住ブロックのベッドに足を掛け、床に向かって左腕だけで腕立て伏せをしていた。滴る汗が顔の真下にある床を回数毎に濡らしていく。
母艦基地にはラダムのテクノロジーによる様々な施設がある。入っているだけで栄養補給と治療が行える培養球。脳波リンクで一切傷を負う事無く模擬戦闘が行える仮想模擬戦闘室。
「1137……138……139……140……」
ありとあらゆる最先端な施設があるにも関わらず、相羽シンヤは母艦基地が取り込んだアルゴス号の区画でトレーニングを行っていた。机には音源であるミュージックプレーヤーがあり、クラッシックを奏でている。
「145……146……147……148……149……150!」
本来、月の重力は地球の重力の6分の1しかない。だが、その区画には遠心力によって構成された重力ブロックがあり、地球の重力とほぼ同等の生活が営む事が出来る。
勿論、ラダムの施設にも重力ブロックは存在するが、シンヤは何故か人工的な住居にこだわった。それは、彼が人間だった記憶を持つが故の、郷愁の様なモノだったかも知れない。
そしてイングランド南東部にあるカンタベリー大聖堂では、テッカマンアックスであるゴダードがいた。彼はアーミーナイフを手元で弄びながら、大聖堂内の窓に腰掛ける。背が低い男ではなるが、上半身が裸になった状態を見れば、がっしりとした骨格と鋼の様な筋肉で構成された、厳つい男である事が分かる。
「ちっ……傷跡が疼くな……ブレードが近付いてきているって事か……」
腰掛けた時、ゴダードは脇腹を押さえながらそう言って舌打ちした。
「ふっ……今度こそ、誰にも邪魔されず、サシで勝負が出来るってもんだ」
 テッカマンアックスであるゴダードは今までブレードと戦ってきたが、ノアルのソルテッカマンや防衛軍兵士らにその勝負を邪魔されてきた。だがこの地、この場所であるなら、テッカマンブレードと一対一の決闘が出来る。そんな期待感に胸を躍らせながら、彼は持っていたナイフで自らの髭を剃り始めた。
 その頃グリーンランド号は海の上を滑る様に進んでいる。海上なら陸上型ラダム獣と遭遇する事も無く、スペースナイツのメンバーは陸に比べれば比較的安全な航海を行っていた。トレーラーは水陸両用で潜行する事も出来るが、エネルギーや酸素を節約する関係上、車体下部中央から浮きであるフローターを展開し、後部にあるスクリューで海上を進んでいるのだ。
ドーバー海峡まっしぐら、かぁ。コンピューターの分析通り、アックスの野郎がいてくれりゃ、いいがな」
「大丈夫ですよ。ラダム獣の出現分布、及びアックスの逃走経路など、あらゆるデータをインプットして出た結論なんですから。96%の確率で、アックスはイングランドにいます」
 運転席では夕陽が眩しくサングラスを掛けながらそう言ったノアルに対して、隣に座っているミリィがそんな風に応えた。現在、彼らはフランスのカレーから海上に出て、イギリスとフランスの最狭部であるドーバー海峡を渡っている最中であった。
「って事は、危険指数も96%ってワケだ。……今度の相手ばかりは、油断がならねぇからな」
そして後部ブロックにある簡易工場では、レビンがソルテッカマン一号機を前にして作業を行っている。バルザックは自分の鎧であり親友の形見であるそれが気がかりなのか、手を貸さずにその状況を見ていた。
「まぁったく、よくもこんな傷だらけにしてくれたわね! 畑のカカシ代わりにしてたんじゃないのぉ?」
「そう怒るなよ。何度も地獄を潜り抜けた勲章だぜ、それは」
「分かってるわよぉ! だから修理するだけじゃなくて、ついでにパワーアップしてあげようとしてるんじゃない。ちょぉっとペガスぅ! もう少し斜めにしてよぉ! 中が見えないでしょ?」
「ラーサー」
簡易工場にはクレーンが無いのか、元は作業用ワーカーマシンであるペガスがソルテッカマンの修理を手伝っているが、レビンの「もう少し斜め」と言うのがどの程度か分からずに倒し過ぎて、転倒させてしまった。
「なぁぁっ!? それじゃやり過ぎよぉ! ホントドン臭いんだからぁ!!」
「ドンクサイ? イミフメイデス。メモリーニインプットサレテイマセン」
「あっそぉ!!」
 作業しているそんな一人と一体が可笑しくて、バルザックは頭を抱えながら苦笑した。 
 他のメンバーがそんな風に束の間のインターバルを過ごす一方、Dボゥイはグリーンランド号の外、上部の端辺りに腰掛け、海を眺めながら傍らにあるミュージックプレーヤーで音楽を聴いている。其処にトレーラー内部でDボゥイを見掛けなかったアキが来て、彼に声を掛けた。
「珍しいわね。Dボゥイが音楽を聴くなんて?」
Dボゥイの隣に座ると、アキは彼の顔を見ながら聞いた。奏でられているクラッシックは月基地でシンヤが聞いていた曲と同じモノである。煌く夕陽にゆったりと伸びやかに演奏された音楽、そんな状況であってもDボゥイの顔には影がちらついている。そんな彼を見てアキはDボゥイの心境を聞いた。
「何を考えているの?」
「色々な」
「色々って?」
「あぁ……この曲、シンヤも俺も好きだった」
 その曲は管弦楽組曲第3番ニ長調ヨハン・セバスティアン・バッハが晩年に作った曲である。愛称をG線上のアリアとも呼ばれる有名な曲だ。
「思い出の……曲……」
 シンヤが好きだった、と言う言葉を聞いて、アキは少し表情を堅くした。相羽シンヤ、今現在は敵であるテッカマンエビル。Dボゥイのそんな心情を聞いて、彼女は気軽な話題を振る事が出来なくなった。
 そしてトレーニングを行ったシンヤは、オメガの謁見の間で基地の主であり司令官である兄に対面していた。
「身体の方はどうだ、エビル。傷は癒えたのか?」
「八割方。念には念を入れて、と言った所かな」
「レイピアが自爆して果てた時、お前がPHYボルテッカのエネルギー制御能力を極限まで使って、アックス・ソード・ランスを守ってくれたおかげで、地球は着々とラダムのモノとなりつつあるのだ。十分に身体を休めるが良い」
 PHYボルテッカはその特性上、相手のボルテッカを吸収して自在に操る事が出来る。しかし彼女の自爆ボルテッカによる津波の様なエネルギーの奔流までは、PHYボルテッカでも相殺する事が出来なかった。
レイピアは諜報策敵型に特化しており、例えて言うなら日本古来に存在した忍者の様に、任務失敗時に自決する様な、そんな機能を有していたと言えるだろう。
至近でそんなボルテッカの奔流を受けたエビルが、その場で出来た事と言えば、他の三人のテッカマンをPHYボルテッカによるバリアフィールドを形成して守る事だけだった。レイピアのボルテッカが放たれた後には、反物質のエネルギー奔流をその身で受けてボロボロになった重態のエビルが残されたのだ。
 つまりこの六ヶ月以上の期間、エビルを地球で見掛なかったのはそう言った事情があったからだった。半年以上の治療を余儀なくされたが、もし彼の判断が無ければ四人は生き残れずに、地球の侵略はかなり遅延される事になったはずである。それだけ、テッカマンエビルの功績は大きかった。
「いや、休んでばかりじゃ、実戦での勘が鈍るからね」
「ふっ、変わらんなお前も。そんなに恐れずともテッカマンとしての能力はブレードより勝っているだろう」
「いや! それは分からないよ? ケンゴ兄さん」
「何故だ……シンヤ」
 そう問われた時、シンヤは思い出していた。相羽タカヤと言う兄がどんな男だったかを。
 歓声が聞こえる中、十代前半のタカヤとシンヤが競技場で走っている。二人は、他の走者をぐんぐん抜き去りながらスパートを掛けた。そしてほぼ同時にゴールしたが、僅か一瞬だけシンヤの方が早かった。 
「一着、相羽シンヤ君。タイム10秒90。二着相羽タカヤ君。タイム10秒91」
 競技場で行われたのは100メートル走競技だ。彼らのタイムが電光掲示板で表示されアナウンスされると、更に歓声が湧き起こった。スタンドでは彼らの父孝三と、かつては助手だったゴダードが二人を注視している。
息を切らせて下を向いているシンヤに肩を叩きながら、タカヤが爽やかに微笑み掛けた。
「やったな! シンヤ! おめでとう!」
「……負けたかと……思った」
「なーに言ってんだよ! お前が毎日走り込みを欠かさなかった成果さ!」
「……っ」
「ほぉら! 何してんだよシンヤ!」
そう言って弟の肩を仲良さそうに抱きながら、タカヤは観客に手を振って応えた。しかしそれとは対照的に、シンヤは落胆気味で視線は宙を泳いでいる。一位になったにも関わらず、手を振ろうともしなかった。
「見たまえ、ゴダード君。負けたタカヤの方が大はしゃぎで、シンヤは相変わらず不満そうだ」
「シンヤ坊は完全主義者ですからな。それにしても兄弟で一位を争うなんてさすがですよ!」
 孝三のそんな言葉を聞いて、ゴダードがそう応えた。確かに10代前半で10秒90台を出すこの二人は、そこらの少年と比べれば明らかに非凡だった。
「あっはっはっは!」
「……」
 笑うタカヤに不満げなシンヤ。彼らは好対照とも言うべき存在だった。そして、過去の話をしたシンヤは一つの仮定に囚われていた。
「俺が負けたなら、悔しくて顔を見る事も出来なかったと思うよ。それに……」
「それに?」
「あの時、タカヤ兄さんは本気を出していたのかどうか……」
 負けたとしても、あくまでも爽やかさを損なわない兄を目にして、弟は精神性で負けていると思った。そして、あの時あの場所で、兄は本気で自分と戦っていたのか、それがいつも気掛かりだったのだ。
「俺はいつも本気を出していたけど、シンヤには敵わなかった。あいつは、0.01秒でも負けるのが嫌いだったから、負けない為にいつも完全な状態を自分に求めていたんだ」
「行き当たりばったりに突っ走っていく、危険なデンジャラスボーイとは違って、いつも完璧を求めるパーフェクトボーイだったってワケね」
 そして、Dボゥイもその100メートル走競技の話をアキにしていた。シンヤと言う男はそんな風な男だと語っていた。無計画な兄とは違い、計画性があり完璧主義者でもある弟シンヤと言う男を。
「あぁ。俺は、何事にも一生懸命、真面目に取り組むシンヤを見て、絶対に勝てないと思った。……負けるべくして、負けたのさ」
 Dボゥイはあの時、本気で戦った。例えばそんな風にタカヤがシンヤをそう諭したとしても、シンヤは兄を疑いの目で見ていた。
「もしも俺と同じだけ努力をしたら……! タカヤ兄さんが勝つに違いない。そう……思う事があるんだ」
 シンヤの本気と言うのは、努力して生まれた結果を意味するモノだった。だが、タカヤがそんな走り込みをして練習をしていたと言う事実は、家族であるシンヤですら目にした事が無く、一層努力していたシンヤの至近に迫るほどにその差は僅差だった事を考えると、弟は戦慄せざるを得なかったのだ。
「タカヤ坊もシンヤ坊も、生まれながらにして抜きん出た才能を持つ、鷲と鷹だ。実力に差は無い。たった一つの違いは、タカヤ坊は放っておいても才能を伸ばす事が出来たが、シンヤ坊の方には、コーチ役が必要だった……」
 兄弟の対決を思いながら、ナイフの照り返しで髭の剃り具合を確かめるゴダード。そして、
「うわぁっ!」
「どぉしたシンヤ坊! 返してみろ! それともギブアップかぁ!?」
「っく……ま……まだまだぁ!!」
 足でシンヤの頭部をゴダードが締め上げる。大人と少年のレスリング風景はある意味一方的ではあったが、それは彼がシンヤに対して忍耐力や屈服しない根性を鍛える事を教えるのに、必要な事だったのかも知れない。
 そしてオメガの目の前でシンヤは言った。
「父さんもミユキも、思い出らしい思い出も無いままに死んでしまった母さんも……俺よりも、タカヤ兄さんの明るい性格を愛していたね……兄さんもそうかい?」
「……思い過ごしだ」
 オメガである兄、ケンゴはそんな風に嘘をついた。仮面で隠されてはいるが、その時彼の表情が顕であるなら、真剣な面持ちをしているシンヤから視線を逸らしていたのかも知れない。
「いや! そうさ。憶えているかい? あの頃俺は家族といるより、ゴダードと過ごしている時間の方が多かった」
「アックスか……」
 ゴダードが教え込んだのはレスリングだけではない。彼らが次に思い描いたのは、ボクシングのトレーニング風景だった。激しく連打するシンヤの拳を、ゴダードはボクシングミットで軽やかに受け止めている。対してシンヤは、焦りと苛立ちの表情に支配されていた。
「右だ右! 足を使え! 手だけで打つな!」
 ゴダードの叱咤が飛ぶ。もう既に数十分打ちっ放しのシンヤに疲れが見え始めた時、ゴダードのボクシングミットがシンヤの隙を捉えた。激しくミットで頬を打たれたシンヤは、もんどり打って転がり倒れ伏した。
「うわっ!!」
「どぉーした!? これ位でへばっていたら、タカヤ坊に勝てないぞ!」
 仰向けに倒れたシンヤに、ゴダードがそんな風に言った。トレーニングで言われるその「タカヤ坊に勝てないぞ」と言う言葉は、シンヤの根性を奮い立たせる常套句のようなモノだった。
「っく……ぅう……ハァー! ハァー!!」
 そしてシンヤは、やはりその言葉を受けて立ち上がった。膝がガクガクと悲鳴をあげても、もう腕が上がらなくなっても、その言葉を受ければ立ち上がるしかない。その事をゴダードは熟知していたのだ。
「よぉーし、良い根性だ! もう一回来い!!」
 そんな風景を頼もしそうに、微笑みながら陰から見ているタカヤ。弟の努力する様は、ある意味自分にとっても誇りの様なモノであり、例えその場でボクシング対決を行い負けたとしても、強い弟を見るのはタカヤにとって楽しみでもあったのだ。
「父さんの助手をしていた、ゴダード、今のテッカマンアックスがシンヤといつも一緒にいて、その全てを教え込んだんだ。彼の専門は電子工学だったんだが、格闘技が好きで、その道へ進んだ方が似合いの男だった」
 そんな風にアキにテッカマンアックスの正体である彼の素性を語った。しかし弟シンヤだけでなく、自分もその格闘技のトレーニングには何度も付き合った事がある。兄弟にとって、ゴダードはある意味師匠と呼んでも過言でない。槍術、剣術、柔術、空手、ボクシング、レスリング等と言った、ありとあらゆる格闘術を、ゴダードと言う男は少年達に授けていった。兄弟にとって遊びの延長上であったそれは、いつしか彼らにとって日課の様な行為になったのだ。
「ブレードと戦うとシンヤ坊、いやエビル様は平常心を無くしちまう。鷲と鷹の勝負は、そうなったらどう転ぶか分からない。このワシならブレードを屈服させ、ラダムの仲間にする事も可能なはずだ」
 突如、ゴダードは持っていたナイフを対面にある壁に投げつけた。ナイフは壁に突き刺さり、飛んでいた蛾がナイフの刃先によって壁に張り付けにされた。それも生きたまま。彼らの師匠である自分なら、今壁に生きたまま張り付けにされた蛾のように、ブレードを生きたまま捕獲し、ラダムの尖兵にする事も可能だ、と彼は自身を持って言うのだ
「この髭が伸びるまでにブレードがやって来るだろう。その時こそ奴がラダムに忠誠を誓う時だ……」
 そして自分の顎を撫でながら、タカヤがやって来るのを待ち望んでいた。Dボゥイであるタカヤを、敵としてではなく弟子として愛していた。人間だった時の記憶を持つが故の、それも彼のこだわりなのかも知れない。
「血の色をした……月か……何となく不吉だね」
 陽が落ち、そう運転席にいたノアルが言う。地平線近くに浮かんだ月は、今までに見た月の中ではっきり紅い月だった。それは夕陽と同じ原理で赤くなるのだが、それにしても濃い赤の色をしていた。 
「あれは、アルゴス号で宇宙に旅立つ、少し前の事だった」
 月面ラダム基地の謁見の間では、シンヤの告白が続いている。それはドーバー海峡を渡っている最中のDボゥイも同様だった。
「俺達は、父さんとゴダードと一緒に、サバイバルの訓練をしようと、山に登ったんだ」
 野戦服に身を包んだ四人が岩の裂け目に避難している。下山する為の山道は冠水で水が溢れて歩ける状態ではない。四人は流されない為にとりあえず避難し雨が上がるのを待っている最中だった。
「っふう……ひでぇ雨だぜ!」
「さっきまで、晴れていたのにね」
「山の天候は変わり易いと言うが、これほど急激に変化するとはな。下山するまで持つと思ったが……甘かったな」
「なぁに、小一時間もすりゃあ、また青空が広がりますよ」
「だが、幾ら待っても天候は一向に回復しなかった。俺達のいる裂け目にまで水が入って来て、もう少し高い場所に移動しようとした時だった」
 ザイルで高台に登り、小高い山に登ろうとする四人。父孝三とゴダードが先に登り、その後をタカヤとシンヤが追う様に登る。しかしその時、彼らの真上で雷が落ちた。雷鳴は木をへし折り、丁度その真下にいた四人へ枝葉ごと落ちてきたのだ。
「おぉっ!?」
 丁度直下にいた孝三とゴダードは何とか岩場にへばりついて避けられた。しかしザイルに掴まって登っていた兄弟達はその枝葉に巻き込まれる様な形で落とされてしまう。
「タカヤぁーっ!!」
「シンヤ坊ぉーっ!!」
 二人は冠水した川の様な濁流に投げこまれた。もし豪雨で冠水していなければ岩場に叩きつけられ軽傷では済まなかっただろう。だが、冠水した水の流れに晒されて二人は徐々に滝壺へと誘われようとしていた。
 濁流に翻弄されながら、丁度上流から流された丸太の様な流木に二人は何とかしがみつく。
「だ、大丈夫か!? シンヤ!!」
「な、何とかね……でも、このままじゃ……!」
 丁度流木があったのは不幸中の幸いだったが、川の氾濫は凄まじく、二人は岩場に上がる事も出来ずに流され続ける。それでなくても、二人にはしがみつく事以外に出来る事は無かったのだ。
「自然の力の前に、俺は無力だった。知恵も努力も何も役に立たない圧倒的な自然の前に、全てを諦めた。けど、兄さんは……!」
「タカヤは……違ったのか?」
 オメガのその問いに、シンヤは応えた。奮えるように、焦りと苛立ちの感情を顕にしながら、応えたのだ。拳を握りながら、その表情には悔しささえ見え隠れしている。これは恐らく、肉親の兄であるケンゴにしか言えない告白だったのかも知れない。
「あぁ……タカヤ兄さんは、諦める所か、俺を励ましさえした……!!」
――――諦めるなシンヤ!! 絶望したって、何の力にもならない!!
「そうね、希望を持ってさえいれば、力だって湧いてくる物ね」
「へっ……強がりさ。俺だって怖かったけどな」
 アキのその言葉に、Dボゥイは半ば自嘲する様に言った。
それは弟に対する優しさと愛情だったのかも知れないが、励まされたシンヤにとっては、兄との差を見せ付けられた敗北感に相違なかった。完全なP(パーフェクト)ボゥイであるシンヤと言う男は、土壇場でメンタルに弱い部分がある、そんな風にシンヤは思い知らされ、自ら思い込んだ。
「それで? どうなったの?」
「うまい事に、流木が岩に引っ掛かったんだ。それを父さんとゴダードが見つけてくれた」
 丁度岩場の狭い部分に引っ掛かったタカヤ達だったが、濁流の凄まじさで丸太が激しく揺れ、やはり岩場には掴まれそうに無い。そんなどうしようも無い状況を、父と恩師が探し当てた時である。
「今助けてやるぞ! 頑張れ!」
「博士ぇ! 早く! 流木が岩から外れます!!」
 ザイルを胴体に巻きつけた孝三は、ゴダードの確保の助けを借りて手を伸ばした。足元にも水の流れが激しく、以って数分と言う状況だった。一番その手に近いのは、兄であるタカヤだった。
「父さんは、タカヤ兄さんの方を先に助けるだろうと思った。当然ね。けれど……!」
 手を差し伸べたのは近場にいるタカヤではなかった。奥にいる弟に向かって救助の手が伸ばされたのだ。
「シンヤ、早く掴まれ!」
「えっ……」
「何をしている! シンヤ! 早く!!」
 優先度で言えばその現況で真っ先に助けられるのはタカヤなはずだった。シンヤは意外そうな顔で、父を見て、すがる様にその手に掴まり、救助された。
 しかしシンヤが助けられたその直後、流木のバランスが崩れる。タカヤは濁流に一度呑まれて、顔が見えなくなってしまった。
「タカヤ兄さぁーんっ!!」
 シンヤが叫ぶ。孝三はシンヤを確保するので精一杯になり、手を伸ばせない。
「くぁっ!!」
「兄さぁんっ!!」
 タカヤが再び浮き上がった。流木に掴まっていた手は放していなかった。しかしこのままでは、流されるのも時間の問題だった。その時!
「這い上がって来いぃっ!!」
「……っ!!」
「タカヤ、お前なら出来る!! タカヤぁっ! 這い上がって来るんだ!! お前なら出来るぅっ!!」
 父孝三の檄が飛んだ。それを見てシンヤは絶望感に捉われた。濁流や自然の脅威に晒されて絶望に捉われたのではない。
 そして流木から離れたタカヤは近場の岩にしがみつき、父の足元に向かって登り始める。その直後、丸太は岩から外れ流されていった。
「っくぅ……」
「よぉし急げ! 流されない内に!」
 その後も父の激励が続いたが、シンヤの耳には何も入ってこなかった。彼は呆然となって、父の先程の叫びが頭の中でリフレインされている。
「先に助けられた時、正直言って凄く嬉しかったさ。でも直ぐに気付いたんだ。父さんは俺には助けがいるけど、タカヤ兄さんは、逆境も一人で乗り越えられるって判断したんだ」
 父の「お前なら出来る」と言う言葉は、裏を返せば「シンヤには出来ない」と言う言葉と同義だった。 
「土壇場の底力は、俺よりも上だってね……!!」
「お前がタカヤを、いや、ブレードを恐れるのは……それか!」
「コンプレックスって言う奴かな……これはタカヤ兄さんをこの手で倒すまで消えないよ……」
 そう、シンヤにとって、それは何度目かの敗北感の中でトラウマとも呼べるべきモノだったのだ。父にしても恩師にしても、考えている事は同様であり、自分は人の助けが無ければ逆境を覆せない。そんな風に思い込んでいると言っても過言ではなかった。
 何度も兄とは戦った。だがシンヤの劣等感が拭われるには、タカヤを越え、彼をこの世から抹殺する事、殺す事以外にその劣等感を拭う事は出来ない、そうシンヤは常々思っているのだった。
「俺達は双子である必要は無いんだ!! どちらか一人、残れば良い!!」
 そう言うと、シンヤは踵を返して謁見の間から立ち去っていく。その後姿を見たオメガは独りごちた。
「エビルよ……いっそこの私とお前の立場が代わっていたら良かったのかもしれん。此処から動く事が出来れば、この手でブレードを葬っていたモノを……!」
 運命か宿命か、兄ケンゴは兄弟の確執を思いながらラダム艦中枢へと消えた。もし自分が動けたのなら、コンプレックスに苛まれた弟の代わりにブレードを八つ裂きに出来たものをと、オメガは思っている。
 しかしDボゥイもシンヤも気付く事は無く、真偽は亡くなった父孝三だけが知っていた。孝三が優先的にシンヤを助けたのには理由があった。岩場上から見た流木のバランスは、今にも流されそうな危うい物で、もしあの場でタカヤを最優先で助けたのなら、流木のバランスが崩れ、シンヤは丸太と一緒に流されていただろう。そう言った事情が無くても、一番危機に瀕している者を最優先で助けるのは救助者のセオリーである。例えばシンヤとタカヤの位置が入れ替わっていたとしても、先に助けるのは奥にいた者だ。そして孝三の判断は良くも悪くも常に正しく、結果二人は無事救助されたと言う厳然たる結果があった。
 だがそんな結果があろうとも、シンヤはどの道劣等感に苛まれていたのかも知れない。Dボゥイであるタカヤは一人で岩場を登り切り、助かったと言う事実があるのだから。
 ドーバー海峡の闇を見つめながら、Dボゥイは右手を開いて見せた。手の平には小さな赤い水晶がある。
「……それは?」
「ミユキのクリスタルだ……」
「……っ!」
 アキは絶句した。Dボゥイはミユキが散華した後に残ったクリスタルの欠片を回収していたのだった。それはどんな心持ちだっただろうか。アキにはその絶望が想像も付かなかった。
「ミユキは、テッカマンになっても心は人間のままだった。シンヤもゴダードも心のどこか、昔のままの自分を引き摺っている筈なんだ……ただ違うのは、ラダムの本能に従って行動している事だけだ」
 エビルが覚醒し、ミユキはその後に生まれた不完全なテッカマンだが、人間の心を失ってはいなかった。完全に洗脳された者と不完全にフォーマットされた妹の違いは、未だ明確にその原因は判明していない。
「地球を……侵略するのも?」
「あぁ。だが……俺がそれを叩き潰す! アックスも、エビルも、オメガも……! この手で!! その為にも、早く完全なクリスタルを手に入れて、月面ラダム基地へ乗り込まなければ……!」
「えぇ……!」
 そう決意を新たにするDボゥイを見て、アキも彼を支えていく事を誓う。
しかしその言葉とは裏腹に、Dボゥイには兄弟達をラダムの呪縛から解放したいと言う願いも、確かにあった。それが彼らを殺す事でしか為されないのか。それは、いつもDボゥイが抱える苦悩であると言っても過言ではなかった。
 そして後部ブロックでは、丁度レビンが作業を終えていた。新生したソルテッカマン一号機はカスタムされ、一号機改と名付けられる。
大筒だったフェルミオン砲の砲身は廃され、バックパックに小型のフェルミオン砲が二門備え付けられた。ヘルメットバイザーにはアンテナが二本、新たに新造されセンサー系が大幅に強化された。一発一発のフェルミオン弾の出力は半分に抑えられたが、その分装弾数が二倍に増え、更に強化されたセンサーを用いて多重に標的をロックオン出来るシステムも搭載された。馬力もノアルの二号機に比べれば若干アップしており、左腕には小型のシールドと右手にはレーザーやニードルガン等、状況に応じて武装を変更できる多目的ランチャーガンが備えられた。
これらの装備は予め既に開発済みだったパーツであり、二号機に備える為に用意してあった物だが、ノアルは通常の装備にこだわった為に遂に装備される事が無かった武装である。
そんなソルテッカマン一号機改を前にして、レビンはご満悦である。
「さぁ完成よぉ!! どぉ? とってもセクシーじゃなぁい!!」
「気に入ったぜ。こいつはうんと働けそうだ!」
「お礼のキスならいいのよぉバルザックぅ! 気にしないから」
「っぅ……そ、そいつは残念だ!」
 レビンのそんな言葉に対して、顔をひくつかせながらバルザックは苦笑した。そして、新たに誕生したソルテッカマンを目にして、再び戦いへの闘争心を静かに燃やしていたのだった。
「はぁっ!」
 突如飛来してきたテックランサーを、テッカマンブレードが弾き返した。
其処はラダム樹に覆われようとしている海上都市。ブレードとエビルの対戦が初めて行われた場所に酷似していた。そんな場所で、エビルとブレードの対戦が再び勃発している。
「ぬぅぅおおおぉぉぉっ!!」
海面すれすれを飛ぶテッカマンエビル。気合と共に右肩のラムショルダーを展開させると、右腕に装着してブレードに躍り掛かった。
ランサー構えて迎え撃とうとするブレード。しかし音速の体当たりと共に、ラムショルダーを構えて吶喊した勢いは殺しきれなかった。ブレードはランサーの持ち手をラムショルダーのナックル部分で強かに殴られると、ランサーを弾かれ、飛ばされてしまった。
「しまった!!」
「てぃぇぇええああぁぁっ!!」
 そのまま空の手だった左掌でブレードの仮面を掴むと、その勢いに任せて地面にブレードを叩きつける。
「ぐわぁっ!!」
 頭部を瓦礫に叩き付けられたブレードは一瞬だけ軽い眩暈を起こした。その隙を逃すエビルではない。
「ふぅうん!! てぇえっ!!」
エビルは気合を込めてラムショルダーの刃をブレードの左肩に突き刺した。
「うぉわああぁぁっ!!」
痛みで絶叫するブレード。ラムショルダーの刃は左肩を貫通し、背後の瓦礫まで達していて、ブレードは瓦礫に張り付けられた状態になった。ラムショルダーを抜こうともがくブレードだったが、その動きは痛みで覚束無い。その数瞬でエビルは自らの槍を回収し、高らかに跳躍すると、
「てぇやぁっ!!」
 ブレードに向かってランサーを投げつけた。その槍を弾く事も出来ずに、エビルの槍はブレードの装甲の無い腹部に深く突き刺さる。
「っは! どぉわああぁぁぁっ!!」
 絶叫するブレードはエビルが投げつけたランサーの余勢で瓦礫の張り付けから開放された。しかし最早立ち上がる気力も無く、瀕死だった。そしてそこに、トドメの一撃が放たれる!
「PHYボルテッカっ!!」
「うぉわああぁぁああっ!!」
 ブレードの絶叫で全てが紅くなる。PHYボルテッカは周囲の瓦礫ごと、テッカマンブレードを消滅させた。テッカマンエビルの圧勝だった。
そして周囲の風景が瓦礫の廃墟から、グロテスクな壁面へとその様相を変えていった。其処は脳波リンクで模擬戦闘を行う仮想空間施設である。
ブレードとエビルの対戦は仮初の物だった。しかし、テッカマンブレードの現在のデータをインプットしたその模擬戦闘は、至極忠実に再現された物だ。もし、テッカマンエビルがブレードと対戦したなら、十回中十回は同じ事が起こる、そんな仮想をリアルに再現した施設なのだ。
「これで完璧だな、エビル。これならブレードも、間違いなく倒せるだろう」
「ハァーッ! ハァーッ!」
 オメガの言葉に対してエビルは肩で息をして無言だった。宿敵を破った、歓喜の声は無い。
所詮は仮初め、こんなシミュレーションを何度行ったとしても、現実ではこんな風にうまくいくはずが無い。ブレードの土壇場の爆発力が、この模擬戦では欠如している。あのブレードの激しい打ち込みを、兄の必死な生命力を、この施設では再現し切れていない。
エビルであるシンヤはそう思い、やはり納得がいかない様子だった。仮面に覆われて隠されてはいるが、その表情は100メートル走で勝利した時の面持ちと、同じものだったに違いない。
「さぁ、来い!ブレード!!」
 そしてイングランドではテッカマンアックスがその対決を今か今かと待ち望んでいる。
 グリーンランド号の上で月を見るアキとDボゥイは、今までに無い激戦を、予感するのだった。



☆っはい。今日はシンヤのお話を書けて幸せでした(笑)最後に戦闘シーンもありますが、主人公が一度もテックセットしない回、お話に重点を置いた良い脚本だったと思います。ニコニコで再生された時はゆとりが六分の一の重力で腕立て伏せしてるーって言われまくりでしたが、アルゴス号の居住区には人口重力が発生してんだよ言わせんな恥ずかしい、的な感じで見てました(笑)そう言えばゴダードの人間態が出たのは今回が初めてだっけ? いや、確かSK基地強襲の時に影で出てた様な気がしますね。それにしても100m走はちょっと早すぎでしょ、とか思ったり。三位のウエダモトキ君は実はタツノコのプロデューサーだったりと、妙な遊び心もあった回、だったと思います。作画は工原しげき先生ですね。やっぱりこの方の作画は見てて安心できる説得力を持っていますね。室井Dボゥイも嫌いじゃないけど、やはり工原Dボゥイやシンヤが見てて凄く良い感じです。

第33話 荒野の再会(1992/10/6 放映)

リルルは松井さんで,弟はポケモン

脚本:あみやまさはる 絵コンテ:殿勝秀樹 演出:西山明樹彦 作監:室井聖人 メカ作監山根理宏
作画評価レベル ★★★★★


第32話予告
ラダム獣に襲われた女性リルルを助け出し、彼女の家に立ち寄ったDボゥイ達。
そこで出会った驚くべき人物とは?
次回、宇宙の騎士テッカマンブレード「荒野の再会」仮面の下の涙をぬぐえ。


イントロダクション
連合地球暦192年5月6日、スペースナイツ基地は地上から姿を消した。荒廃した地上で人類は恐怖の日々を送っていた。そして、五ヶ月の放浪を経て、アキ達と再会したDボゥイはラダムの基地がある月面へ向かうパワーを得る為、地上に降りたアックス・ソード・ランスの持つクリスタルを求めて、旅を続けていたのである。


 テックワイヤーが乱れ飛び、ラダム獣の首に巻きつく。今、スペースナイツの面々はラダム獣の一群と交戦中だった。ラダム獣の足元には、足を岩に挟まれた民間人がいて、彼らはその女性を助ける為に戦闘を行っている様だ。
「今だ!ノアル!」
「任せな!」
 ブレードがラダム獣を押さえている間に、ソルテッカマンを装着したノアルが民間人の女性を救出する。大人が数人いなければ動かせない大きな岩をソルテッカマンの倍力でどけたノアルは、女性を抱えると、直ぐにラダム獣の足元から離脱した。彼らが助けに入らなければ、女性はラダム獣の爪の餌食になっている所だった。
 ブレードが力を込めてワイヤーを手繰ると、鋼線はラダム獣の首を切り落とす。
「おぉっとぉ!」
 落ちた首を華麗にホバーで避けたノアルは、安全圏まで女性を連れて行こうとしたが、その途上で飛行ラダム獣の襲来を受ける。
「はっ!」
「危ない! ノアル!」
 タイミング良くブレードの支援が間に合う。ランサーを分離させたテッカマンブレードは、飛来する二匹の飛行ラダム獣を同時に撃破し、女性を抱えていて反撃できないノアル達を間一髪助けた。ここ数週間の間で、ブレードとノアルの共闘はまさに阿吽の呼吸とも呼べるモノに練磨されている様だ。
「サンキュー! Dボゥイ! さ、もう大丈夫だ」
「あ、有難うございます」
 ノアルは抱えていた女性を地面に下ろす。彼女は足を岩に挟まれ、右腕を怪我していたが、何とか立って彼らに行儀良く礼をした。彼女の顔を、バイザーを外してはっきりと見たノアルは口笛を鳴らす。
「ヒュー♪ これはこれは! 荒野に咲いた百合の花、ってところですか?」
荒野で出会ったその女性は着飾ってはいないが、端正な顔立ちと栗色の長髪をした見目麗しい女性だった。彼女はノアルにそう言われると、少し恥ずかしそうな顔で俯いた。
 現在スペースナイツの面々はフランス中央部にいる。辺りは荒野が広がっている場所ではあるが、暑すぎず寒すぎないこの土地は肥沃な大地として農作物が豊富に取れる場所である。彼らは、かつてシャトールーと呼ばれた大きな都市を目指していたのだが、
「確か、この辺りに街があるって聞いてきたんだけど」
「えぇ、3ヶ月前まではこの先に。でも……」
「ラダムに?」
「えぇ……」
 グリーンランド号に収容された女性リルルは、アキから手当てを受けながらそう言って表情を暗くした。とりあえず彼女を家まで送り、その後で街へと向かおうとしていた矢先の事である。
「参ったねぇ。燃料の補給も出来ずってワケか」
 その時突然、グリーンランド号の車輪が岩を踏み外し、危うく横転し掛かった。トレーラーの重量は相当なモノかも知れないが、道路と言った物が皆無で人の手が入っていないこの荒野には、そう言った岩場が点在している地域である。運転には細心の注意が必要な場所でもあった。
「ふぅ! 危なかったぜ!」
「何よ何よ! 危なかったのは、こっちの方よ! ちゃんと前見て運転してよね! 夕食のポテト、みぃーんな落っこちゃったじゃない!」
 ノアルのその声を聞いたレビンが、後部ブロックから包丁を手にしながらそう言って運転席に入って来た。
「えぇー? またポテトなのぉ!?」
「何贅沢言ってんの! あたしだって少ない材料でやりくり苦労してんのよぉ! ったくイモ娘が!」
「あぁー!! レビンひどぉい!」
 料理と言う事に関して、またミリィとレビンの掛け合い問答が始まった。二人のその漫才の様な問答は、他の三人にとっては既にBGM的なモノであり、陰鬱した雰囲気に歯止めを掛けるような、スパイスの様な役目を果たしていると言っても良かった。
 そんな女の様な男と少女の掛け合いを見兼ねて、リルルが声を掛けた。
「あの、宜しければ私の家にお寄り頂けませんか?」
「えぇ!」
「はい、大したおもてなしは出来ませんが」
「そんな、悪いわ」
 ミリィがそれは良い! と言う感じで声を上げるが、アキは遠慮するつもりでそう言った。 
「いえ、助けて頂いた事に比べれば」
「キャッホーイ!! ね! ね! ノアルさん! そうしましょ!」
「そうだな! 男の手料理も、飽きたところだしな!」
 物腰の柔らかいリルルの申し出を、彼らは受け入れる事にした。ミリィにしてもノアルにしても、そろそろ別の食事が食べたいと思っていた様だ。グリーンランド号は、そのままリルルの家へと向かう為に、ひた走るのだった。
夕刻になり、辺りが夕陽で赤く染め上げられているトマト畑で、畑仕事を行う一人の男がいた。テンガロンハットと、裸の上に直接着たベスト、そしてジーパン。健康的な日焼けをしているが、その青年は白人男性で金髪をしている。無精髭を生やした彼は、小さいながらも畑仕事に精を出していると言った感じだ。
そんな彼が、トマト畑から一つトマトをむしり取ると、美味そうに頬張った。
「あぁ! ずるぅい!」
「ん?」
「つまみ食い!」
 突然、傍にいた少年から咎める様な言葉を受けて男は振り向いた。まだ年齢が10歳にも満たない少年は、男の所作に対して立腹するような態度を顕にしている。
「ふっ……ほら、内緒だぞ?」
 そんな少年に、男はもう一つトマトをむしり取ると、少年に与えた。
「わぁっ!」
少年は目を輝かせると、服で良くトマトを拭いた後に、かぶりつく様に男に倣って頬張る。
「うんまぁい!!」
「はっはっは……」
表情をくるくる変えるそんな少年が可愛くて、男は少年の頭を優しく撫でた。と、その時、彼方から機械的なエンジン音を響いた。
「ん?」
「あれ……車だ」
 エンジン音はトレーラー型の車輌から発されているモノで、その巨大な車輌はこの小さな畑の前で止まった。収納式のタラップが降りると、二階に相当する部分から女性が姿を現す。
「あぁっ! 姉ちゃんだ!」
内緒でトマトを食べてしまった少年は、証拠隠滅と言わんばかりにトマトを丸呑みする様に食べて、姉に駆け寄ろうと走る。
「……ぁっ!!」
 そして次に姿を現した男女を見て、男は声に鳴らない悲鳴をあげそうになった。見覚えのある赤いジャケット、白いズボン。彼の名を男は良く憶えている。Dボゥイを目にした男は、持っていたトマトを取り落とす程に、衝撃を受けていたのだった。
「姉ちゃーん! 姉ちゃん! お帰り!!」
「はい、ただいま」
 少年は勢い余った感じで姉である女性、リルルに抱きついた。そして、グリーンランド号からぞろぞろと出てきたスペースナイツの面々を見て、尋ねる。
「あれ? お客さん?」
「リック? ご挨拶は?」
「あ、こんばんは!」
 リックと呼ばれた少年は、姉の教育が行き届いているのか、行儀良く挨拶した。そして辺りを見回したノアルがリルルに尋ねる様に言った。
「こんな所に、二人で住んでるのかい?」
 だだっ広い荒野の中で、小さな畑を耕している二人姉弟、と言う印象を彼は受けた。しかし、
「いえ、あの方も」
 リルルがそう言うと、テンガロンハットの男がゆっくりと近付いてくる。
「なんでぇ、男付きか」
「んもぉ! ノアルさんったら!」
「え? はっは!」
 小声で言ったノアルに、すかさずミリィがそんな風に咎めた。綺麗な女性を眼にしたらナンパせずにはいられない彼の性根が如実に出ていた時、夕陽をバックに歩いてきた男が彼らの傍に来た。逆光で顔は見えない。更に、テンガロンハットを目深に被っているのでその目も窺い知れない。
「……久しぶりだな……スペースナイツの、ボーイズ&ガールズ……」
 ゆっくりと、そんな風に男は言った。この台詞は何処かで聞いた事があると彼らが感じた時、男は帽子を外して言った。
「そして……Dボゥイ」
「バ……バルザック!?」
 Dボゥイは驚愕した。そう、彼こそはバルザックアシモフ。連合地球防衛軍所属の中佐であり、ソルテッカマン一号機の初のパイロットである。彼は、ソルテッカマンを駆って大反抗作戦、オペレーションヘブンに参加したが、テッカマンエビルの反撃に遭って行方不明になっていた男であった。
「こんな辺鄙な所で再会するなんて、運命の出会いって奴かな……」
「貴様ぁ……よくも抜け抜けとぉ!」
激昂しようとしたノアルを、Dボゥイが腕で遮って止める。
以前、彼は従軍記者と偽ってテッカマンのデータを奪取したばかりか、Dボゥイが暴走の恐怖から精神が疲弊していた時に「化け物」と言って追い討ちを掛け、逮捕して拘束した事がある男でもある。スペースナイツのメンバーにとっては忘れたくても忘れる事が出来ない、敵ではないにしても性質の悪い男だと認識している相手だった。そんな男に掴み掛かろうとしたノアルをDボゥイが止めた。それはある意味彼らにとっては意外な行動でもあった。
「腹減ってないか。リルルのメシはちょっとイケるぜ。行くぞ? リック」 
「うん!」
 そんな風に言って、バルザックは彼らと最小限の言葉を交わし、少年と共に木造の建物へ向かう。
「さぁ! 皆さん、どうぞ?」
リルルも彼らを促した。バルザックの後ろ姿を見たリルルは至極複雑な表情をしていた。彼らとの間にどんな確執があったのか、と。
夕食時、楽しそうに談笑しながら皿のステーキを食べるレビンとミリィ。しかしバルザックとDボゥイは始終無口だった。
「もーらった♪」
「あー! それ、あたしのなのにぃ!」
「へへーん、早い者勝ちだもーん!」
 レビンの更にある一切れの肉をフォークで刺すと、ミリィはあっという間にその一切れを食べてしまう。
「あぁ! ミ、ミリィ? そんなに食べちゃうと、ぶーくぶく太っちゃうわよぉ? この旅が終わる頃には、子豚さんなんだからぁ!」
「ふーんだ! いーですよぉー! あたし育ち盛りなんですもーん! それにレビンみたいに、食べた分だけ太る体質じゃないの!」
「きぃー!!」
 そんな彼らを見兼ねて、引率の先生の様にノアルは立ち上がって言う。
「お前ら! 行儀悪いぞ!」
「だーってだってぇ!!」
 ミリィとレビンが口を揃えてそう言った。そんな彼らを見て、微笑みながらリルルは声を掛けた。
「大丈夫ですわ。お代わりはたくさんありますから。でも、こんな楽しい食事は久しぶりです」
しかし、Dボゥイは持っていたフォークを置いた。食事は確かに美味しいが、正直食べ物が喉を通らない気分であった。それは、リルルの対面に座っている、あの男のせいでもあった。
「お口に……合いませんでした?」
「あ、あぁ、気にしないでください。こいつ無口なだけで! はっはっは!!」
 ノアルがそう言ってフォローすると、
「おい……Dボゥイ! お前も気が利かない奴だな! 旨いの一言でも言ってみろよ!」
 隣にいるDボゥイの耳に向かって、小声で言う。そんな様を見て、リルルがまた微笑みながら言った。
「ふふ……でも出会いって不思議ですわね。バルザックと貴方達がお知り合いだったなんて」
「スッゲーよなぁ! バルザック兄ちゃんがテッカマンブレードと仲間だったなんて!」
「仲間っ……!」
「……ぅっ!」
 リックが言った言葉に、Dボゥイが、そしてバルザックが過敏に反応し、それに合わせて周囲の空気が重くなる。彼らは「仲間」と言う言葉に肯定も否定も出来ず、沈黙するばかりだった。
「ん……え? どうしたの? 仲間なん……でしょう?」
 リックが、周囲の雰囲気を見て、怪訝な声を上げる。リックやリルルは、バルザックがスペースナイツやDボゥイに対して行った仕打ちについては何も知らない。地球人類の救世主であるテッカマンブレードと共に戦った、と言う言葉は、少年に夢を与えていた。いつも優しくて兄の様なバルザックを、少年は心から慕っている様子だ。そんな少年の心を傷付けない様に、Dボゥイは静かに言う。
「……そうさ……バルザックは、俺達の仲間だ」
「……っ!?」
 バルザックはDボゥイの言葉に驚き、ノアルとアキは顔を見合わせて呆れるような表情をした。
「スッゴイよなぁ! ブレードと友達なんだもんなー! カッコイ……あ!」
 リックは腕を振り上げた時、傍にあったスープの皿に肘を打ち付けて零してしまう。
「んもぉ、はしゃぎ過ぎちゃ駄目でしょ? リック」
「……はーい」
バルザック、あなた……オペレーションヘブンの後、一体どうしてたの?」
 親子の様に仲の良い姉弟を見つつ、アキは話題を変える為にバルザックに言った。
「ご覧の通り無事だった、ってだけじゃ……駄目なのかな?」
「……ふざけるな」
「ノアル」
 立ち上がって憤るノアルをアキが止める。どうやら、どんな話題にしても彼から何かしらの事情を聞くと言う事は無理だとアキは判断した。目の前に、彼を慕う姉弟がいる限り。
「さてと! 明日も早い。俺は先に寝かせてもらうぜ」
 そしてバルザックにしても、スペースナイツのメンバーと必要以上の会話を行う事はしなかった。彼は何かしら理由を付けて彼らと過去の話をするのを意図的に避けている様子だった。
 食事が終わり、通算八人分の皿を洗おうと、リルルは井戸から水を汲み上げ、丸太をくり貫いたシンクに水を注ぐ。そして一枚一枚丁寧に洗い始めた。
 そんな風に台所仕事をしている時、小屋から出てきたバルザックがリルルに声を掛ける。
「リックがやっと寝付いたよ」
 その言葉は、先程スペースナイツの面々に言っていた語調とは全く違った、至極優しいモノだった。
「そぉ……でも今日は驚いたわ」
「え?」
「あなたがあの、スペースナイツにいたなんて」
「俺の事、惚れ直したか?」
「馬鹿……」
恥ずかしがりなら、そう言うとリルルは皿を洗う作業に戻った。それを彼は隣で一緒に手伝い始める。
「だけど、本当に感謝してんだぜ。お前達にはな」
「え?」
「以前の俺は、権力と名誉の為に戦い続ける、野獣のみたいなモンだった。だが、その求めていたモノが、砂上の楼閣だと気付いた時、俺の手の中には何一つ残っちゃいなかった。何一つ……」
 そう言って洗った皿を傾けて水を落としていく。まるで覆水盆に返らず、と言った感じに。
そしてバルザックは数ヶ月前のオペレーションへブンの後の事を思い返した。敵テッカマンの反撃に遭ったバルザックは、エビルのボルテッカの直撃を受けなかったものの、余波である対消滅爆発の衝撃波を受けて酷い怪我を負った。ヘルメットバイザーは弾け飛び、衝撃波で肋骨を数本骨折していた。
這いつくばって無様に敵から逃げた彼は、全滅していた防衛軍兵士の補給部隊からフェルミオン弾のケースを数本確保すると、生き残る為にORSの軌道エレベーターを降りた。幸い、昇ってくる途上でラダム獣はほぼ掃討していた為、地上には何とか安全に降りる事が出来た。
荒野をフェルミオン砲の砲身を杖にして歩く、バルザックソルテッカマン。負傷した肋骨は歩く度に激痛が走る。もしラダム獣に遭遇しても、戦う気力すら残っていない。
八本ある軌道エレベーターから降りたバルザックは、フランスの大地へと降り立っていた。其処には自分を支援する仲間や連合防衛軍の兵士は一人もいない。軌道エレベーターへと昇った兵士は一人たりとも生還する事無く、更に連合地球防衛軍本部はラダム獣による大規模な襲撃を受けた後だった。ソルテッカマンの機能を使って救難信号は既に発している。しかし誰一人として自分を回収に来る者はいなかった。つまりバルザックは、見捨てられたも同然だった。どの道、当時の防衛軍には敗残兵を助ける様な余裕は全く無かったのだ。
「お……おぁっ!」
岩場の様な荒野で、小さな崖から足を踏み外し、バルザックは斜面を滑る様に落ちた。そして仰向けになった彼は、もう一歩も動く事が出来ないほどに、疲弊し憔悴し切っていた。
――――俺は……俺は死ぬのか? こんな……こんなところで……! 
 ソルテッカマンの両腕で太陽を掴もうとするバルザック。地位と名声と栄誉、それらを手に入れる為に自分が行ってきた結果が、こんな野垂れ死にだとは。
「ふっ……まぁ、こんなモンか……なぁ……マルロー……」
 自嘲する様に笑うと、バルザックは意識を失った。
――――姉ちゃん! 人が倒れてるよ!?
――――ひ、酷い怪我!
 遠くで何者かの声が聞こえる。子供の声と、女性の声。だがもういい。もう放っておいてくれ、とバルザックは投げやりに、意識を混濁させた。
 そして次に意識を取り戻した時、小屋の中のベッドに、自分は寝かされていた。
「はっ! ここは!! 生きているのか? まだ!」
 突然起き上がったバルザックは自分の身体を見た。誰かに手当てされたのか、胴体は包帯で巻かれている。天井にはオイルランプが灯っているが、小さな火で小屋の中はすこぶる暗い。そして今はまだ日中なのか、外に続くドアからは光が漏れている。
 バルザックは起き上がって、ドアへと歩いた。そして閉じ掛けたドアを開けると、目を見張った。
「ぁ……はぁっ!!」
ドアを開けた其処は、一面の小麦畑が広がっている。山間から見える夕陽と、黄金色の絨毯の様な小麦を見て、彼の堅い表情はいつしか柔らかいモノへと変化していった。
「俺は……いつの間にか泣いていた。全てを赤く染め上げた、夕陽の中で。自分でも分からない感情の渦が、まるで堰を切ったかのように、俺は立ち尽くし、泣き続けた」
 バルザックはそれを見た瞬間、まるで生まれ変わった様な心持ちになった。そう皿を洗いながら、リルルに自分の感情を吐露する。
「この雄大な自然の中で、大地に鍬を下ろす度に、俺は人間としての心を取り戻していった……俺はお前とリックを守っていく。これまでも……そして、これからもずっとだ!」
バルザック……」
 リルルはバルザックの、宣言のような覚悟を聞いた。過去と訣別したバルザックは、もう地位も名誉も求めない。大地を耕し、作物を育て、井戸の水とほんの少しの油で生きていく今の生活を懸命に生きていく事を誓ったのだった。
 深夜、スペースナイツの面々はトレーラーに戻って簡易寝台で就寝している。居住ブロックは四つに分かれていて、その内の三つを各々が使っている。女性部屋の二段ベッドの上部にワイシャツ一枚を着たミリィが毛布を跳ね除けて酷い寝相と凄いいびきをかき、その下部にはアキがスヤスヤと寝息を立てている。レビンは何故か一人で、自分のお手製であるペガスのぬいぐるみを抱きながら就寝している。男部屋ではノアルとDボゥイがベッドに入って寝ているが、何故かDボゥイは寝付けず、窓の外に浮かぶ月を眺めていた。
 そんな深夜、畑の片隅に放置されている機械に誰かが近付いた。機械は白と緑に塗装されたソルテッカマンである。長い間放置された機械鎧は、数ヶ月の風雨と土煙で汚れ、Dボゥイ達を助けたあの時の機械鎧とは思えないほどに荒んだ姿をしていた。
「マルロー……」
 そんな汚れたソルテッカマンを前にしているのは、バルザックだ。彼は擱座したソルテッカマンの装甲板を見て、親友のマルローの顔を思い出していた。この鎧こそ彼の魂であり、マルローそのモノだ。バルザックにはそう思えていたのか、時折深夜にはこの鎧の前に来て親友に語り掛けるように独りごちていた。
「マルロー……俺達が求めていたモノって、何だったんだろうな。何もかも無くしちまった今、やっと分かった様な気がするぜ……」
 バルザックが何を言おうとも、ソルテッカマンは何も応えない。
「マルロー……お前との約束、果たせねぇが……分かってくれるよな。今の俺には、守るべきモノがあるんだ」
 バルザックは、まるで懺悔の様に、今の現状をソルテッカマンに語った。自分の代わりに、必ず成り上がってみせてくれ。そんな彼の遺言がバルザックの気持ちを逆撫でしている。
「守るべきモノが……守る……んぅっ!!」
 突然、バルザックソルテッカマンの装甲板を強かに叩いた。渾身の力で。
「戦いたい!! 戦ってラダムを倒したいんだ!! お前を殺しちまったラダムをぉっ!!」
 そして憤った。もう地位も名声も成り上がることも止めてしまった彼に残されていた物は、親友を無惨に殺された事に対する復讐心だった。リルル達を守る事も、確かに自分のやりたい事ではある。しかしラダムを倒したい、戦いたいと言う、自分でも制御しきれない、どうしようもない闘争心が、彼にはあったのだ。
 その時、足音がしてバルザックは振り返った。足音の主はDボゥイだった。
「はっ! ディ、Dボゥイ! ど、どうしたんだ? こんな時間に?」
バルザック
「どぉーも寝苦しくっていけねぇな、今夜は。じゃあな! お休み、Dボゥイ」
 そんな風に下手に言い繕って、バルザックは彼の下から去ろうとした。出来るだけスペースナイツの面々とは語り合おうとはしない。そう決めたのはバルザック自身だった。 
 だが、去ろうとするその後ろ姿に、Dボゥイは敢えて声を掛けた。
バルザック、ラダムの基地は月にある」
「……っ!」
「敵のテッカマンのクリスタルを奪いさえすれば、そのパワーで月へ行く事が出来る」
そうDボゥイが静かに言うと、バルザックは血相を変えてDボゥイに掴み掛かった。
「本当か!? 本当にクリスタルさえ手に入れれば、ラダムを倒せるんだなぁ!?」
 ギラついた目でそう言いながら、バルザックはDボゥイの襟元に掴み掛かっていた。それはバルザックが本当にやりたいと願っている、突発的な衝動だった。しかし、Dボゥイの目を見た刹那、彼を放して我に返ったように、またバルザックは言い繕った。
「……っ! 済まねぇな。つい昔の癖で興奮しちまった。今の俺には、関係ねぇ事だよな。済まなかった! Dボゥイ!」
そんな風に謝ると、バルザックは小屋の中へと入っていった。残されたDボゥイは、バルザックの目をはっきりと目にした。あの、焦りと悔恨、そして復讐に燃えた目を。
――――バルザック……
そして、そんな二人を小高い丘から見る女性がいた。リルルだ。彼女は、バルザックがこうしてスクラップ同然になったソルテッカマンを相手に憤っている事を知っていた。
「んぅっ」
そして、リルルは丘にある木の根元で吐いた。数日前からあるこの吐き気は、多分間違いはないと思い始め、今確信に彼女は至っているのだった。
翌日、農場を発とうとしているグリーンランド号の周りで、面々が忙しく動き回っている。リルルの厚意から、食糧を分けて貰ったノアル達は、それらをトレーラーの中へと運んでいる最中だった。
そんな彼らを木に寄り掛かったまま見ているバルザックではあったが、
バルザック?」
「さぁて! やるか! 今日は暑くなりそうだぜ?」
バルザック……」
 そんな風に、リルルの言いたい事を封じるように、彼は鍬を肩に掲げて農場へと歩き出した。リルルは、いつか言おうと思っていた事を、また言えなかった。
 そんな時間を彼らが過ごしていた時、彼方から飛来する何かがあった。ラダム獣の群れと、搭乗型のラダム獣に乗ったテッカマンアックスだ。
「ノアル! アックスだ!」
 その襲来を、Dボゥイが精神感応で鋭敏に感じ取る。
「何だってぇ! どうして俺達の居場所が! アキ、リルル達を頼む! ミリィ! ハッチオープンだ!」
「ラーサ!」
 スペースナイツは農場から離れる事も出来ずに戦闘態勢を取る事になった。
「ペガス! テックセッタァー!」
「ラーサー!」
 Dボゥイがテックセットコマンドを叫び、ペガスに搭乗する。グリーンランド号の下部ハッチが観音開きの様に展開し、ペガスがカタパルトから射出される様に打ち出された。
「てやぁっ! テッカマン! ブレード!!」
 テックセットを終えたブレードが、ペガスに飛び乗ると、高らかに叫んで戦闘を開始する。 
 飛来する飛行ラダム獣を次々と叩き斬ると、その中央にいるテッカマンに向かって雄叫びを上げた。
「おおぉっ! アックスゥーっ!!」
「ブレード! ラダム獣の反応を追いかけてみたら、お前達がいるとはな!」
 どうやらテッカマンアックスは、リルルを助けた時に撃破したラダム獣の消息を追って此処まで来たようだ。
 地上では、ノアルのソルテッカマン二号機が戦闘を開始している。
「ふっ!! 野郎ぉ!!」
 飛び様に陸上型ラダム獣を次々と撃破するソルテッカマン。だが、アックスの連れてきたラダム獣の群れはまだまだ飛来して来る。
「くっそ! 撃っても撃ってもうじゃうじゃ出てきやがる! これが最後のカートリッジだって言うのに!」
 そして空では、ブレードとアックスの空中戦が始まっていた。
「うおぉぉぉっ!!」
「ふんぬぅぅっ!!」
 光が交錯する様に、アックスとブレードの剣戟が続いている。それを見たバルザックは、無意識に拳を握っていた。テッカマン同士の戦いとノアルのソルテッカマンを目にして、闘争心が燃えていたのだ。そのせいで、彼は近付くラダム獣に気付いていない。
「あぁっ!! バルザック!?」
「リルルさん! 危ない!」
「バルザァーック!!」
 リルルは至近に迫るラダム獣に気付かずに、見上げながら呆然としているバルザックを見て駆けた。アキの制止を振り切って。そして覆い被さるように、バルザックを押し倒した。ラダム獣は目の前に立っていた男が急にいなくなったのを目にしたからか、そのまま彼らを跨ぐ様に去っていく。
「くっぅ……」
「リルル!? 大丈夫か!! リルル!!」
 岩の破片で負傷したリルルを目にして、バルザックは我に返った。そしてアキのいるグリーンランド号に避難する為に、リルルを抱えながら歩いた。
「憶えている? バルザック。貴方が此処に来て初めて畑仕事をしたときの事」
「あぁ……!」
「貴方ったら、そんなに体格良いのに、鍬を持って十分でふらふらになってしまって……一体何をしてた人なんだろうって、ずっと思ってたのよ?」
 懐かしい思い出だ、とバルザックに笑みが宿る。ソルテッカマン等と言う化け物メカに乗っている自分が、あんな畑仕事でばててしまうなんて、と彼は自嘲した。
「そして思ったの。貴方は何か、大切なやらなければならない事を持ってる人で、いつかは此処を出て行くんじゃないかって」
「リルル……」
「行ってらっしゃいバルザック。行って……行って、貴方の今の正直な気持ちで、戦ってきて! 今の……今の貴方の気持ちで……!」
バルザックは、はっとなった。リルルは今までの、バルザックの葛藤を理解していたのだ。
「私は、いつまでも待っているから……!」
「リルル……!!」
バルザックはリルルをアキに預けると、跳ねる様に畑の片隅に向かった。その先には擱坐したソルテッカマンがある。
「うおぁっ!」
アックスと交戦していたブレードは劣勢に陥っていた。ペガスから叩き落され、ランサーを取り落としてしまう。地面に倒れ伏したブレードは傍に突き刺さったランサーに手を伸ばそうとしたが、その腕を抑える様にアックスが踏んだ。
「ふっはっはっは! そろそろ試合終了と行こうじゃないか? ブレード!」
「っく……」
「Dボゥイ!! っく! こんな時に!!」
ノアルのソルテッカマンは丁度弾切れになってしまった。其処に、まだ生き残っているラダム獣の爪が襲い掛かる。絶体絶命と歯噛みするノアルだったが、そのラダム獣が目の前で対消滅して消えていった。
「な、何だ!?」
ホバーを噴射し、滑る様に支援に来たのはバルザックソルテッカマン一号機だった。放置され荒んだ状態だった一号機は、実は健在だった様だ。
「バ、バルザック!?」
「甘いぜ! ノアル!! まだ使いこなしてないのかよぉ!!」
「悪かったなぁ!!」
 バルザックは、二号機を掠めるように通り過ぎると、ノアルに向かって悪態をついた。バルザックに対して反目しているノアルではあるが、フェルミオン弾を使い切った彼は既に戦闘不能であり、ブレードの支援はバルザックに任せるしかない。
ソルテッカマンにはなぁ! こう言う使い方もあるんだぜ!!」
そう叫ぶと、バルザックはドドドンとフェルミオン砲を三連射する。右腕にあるレーザーガンをフェルミオン砲に直接接続せずに。そして三連射した後に、右腕で構えたレーザーガンを撃った。フェルミオン砲はその特性上、光よりも遅い初速である。撃たれたレーザーはアックスではなく、その飛んで行った光弾に当たった。
「なにぃっ!! うぉわぁっ!!」
レーザーで撃たれたフェルミオン弾はその場で爆ぜて、対消滅爆発を起こす。それもアックスに当たる直前辺りで、である。バルザックテッカマンフェルミオン弾が通じない事は重々承知していた。だからこそ、彼は光弾の対消滅爆発の衝撃波を利用したのだ。直接当たっても効果が無いのなら、当たる前に爆発させて衝撃波に晒してやれば良い。その数瞬の隙はブレードを有利に運ぶだろうと。
そして当然、その隙を逃すブレードではなかった。衝撃波をまともに食らったアックスが体勢を崩している時、ブレードは倒れ伏している故にその衝撃波の効果が薄い。ブレードは伏したままの状態で右足の鋭い蹴りを放った。腹部に蹴りをまともに喰らったアックスは、まるで撥ねる様に空を舞う。そして!
「アァックスゥゥっ!!」
 ブレードはシールドに付いたテックワイヤーを、傍らに刺さったランサーに巻きつけると、回収せずにそのまま戻る勢いを利用して、テックランサーがアックスへ飛来する様にワイヤーを手繰った。
「ぐぅおおぉぉおっ!?」
 飛来したランサーはアックスの胸部装甲を強かに傷付ける。刃の傷は左わき腹から右肩へと、袈裟斬りされた様に強かに彼の装甲を削ったのだ。
「っくっそぉ……決着はこの次だ!! ブレードォ!!」
「うぅっ……」
今日もテッカマンアックスは強敵だった。バルザックの支援が無ければ、そのまま全員殺されていたかも知れない状況だったのだ。搭乗型のラダム獣に乗って退却するアックスをブレードは追いかけ様としたが、膝から力が抜けてガクっと膝をついてしまう。どの道、アックスとの決着は次回に持ち越される事になった。
「よぉ」
 夕刻、農場から去ろうとしてリルル達に挨拶しようとしていたDボゥイ達は、小さい荷物袋を背負ったバルザックを目にした。
「あら? お見送り?」
「済まねぇな……色々世話になっちまって」
ノアルは不承不承、バルザックに助けられた礼を言う。自分達を騙し、Dボゥイにひどい暴言を言った事は許せないが、支援されて窮地を救われた事に関しては礼を言わなければ、と思っていたのだ。
「なぁーに、礼には及ばねぇ。これからは俺が世話になるんだからな」
「えぇ?」
「どういうこと?」
「鈍いねぇ。俺も付いていくって言ってんのさ」
「冗談じゃねぇ! お前みたいな胡散臭い奴!」
「勿論、タダとは言わねぇ。連れてってくれりゃあ、礼として俺のフェルミオン分けてやるってのぁどうだ?」
「っく……」
「困ってるんじゃないのかなぁ? ノアルさんよぉ?」
「っこぉの野郎ぉ……!」
 ワナワナと拳を握るノアル。確かにバルザックの言う通り、今現在ソルテッカマンはフェルミオンカートリッジを全て使い切り、ラダムに対抗する術はブレードのみと言う状況に陥ってしまったのだ。それにバルザックが戦闘に参加すればよりブレードを支援出来るのは目に見えている。
 受け入れるか、突っぱねるか。ノアルがそれを迷っていた矢先、Dボゥイが前に出てきた。
「助かるよ」
「Dボゥイ!?」
Dボゥイは、バルザックに対して握手する様に右手を差し伸べた。それに応える様にバルザックも握手する。それを見て目を丸くするノアル達。
一番仲の悪かった彼らが、何故か今では仲良く握手を交わしている。それ以前に、彼が付いて来る事に反対するどころか「頼む」と言っているDボゥイに対して、驚きの声を上げているのだ。
「よぉーし、決まりだな」
「分かったよ……ただし! 俺はまだお前を信じちゃいねぇ。妙な事をしたらその場で叩き降ろすからな!」
「らぁさぁ」
以前何処かで言った事がある様な言葉を、ノアルは叫ぶ様に言い、バルザックは形ばかりのスペースナイツの「了解」の言葉を言った。
 そして振り返ると、リルルとリックの傍に来て、彼は言った。
「リック……姉さんの事は頼んだぞ。」
「うん……!」
顔をぐしゃぐしゃにして泣いているリックに、バルザックは自分が被っていたテンガロンハットを外して少年に被せた。いつも自分と遊んでいたバルザックが行ってしまう。しかし、行かないでと駄々をこねる事はしなかった。リックにも分かっているのだ。彼がラダムに戦いを挑む事を。
「リルル……」
深く頷くと、バルザックに応える様に、
「行ってらっしゃい」
と一言だけ、リルルは言った。恋人同士である二人の間に、言葉はそれだけで十分だった。
そんな別れの風景を、Dボゥイはじっと見ている。そしてグリーンランド号が農場を去っていく最中でも、背部カメラを通じてモニターでバルザックを見送る二人の姿を、見えなくなるまでDボゥイはずっと見ていた。
 そんな彼の所作を見て、運転しながらノアルは声を掛けた。
「Dボゥイ? やけに偉く物分かりがいいが、どうしたんだ?」
「何がだ?」
「……バルザックの事さ」
今までの確執からして、バルザックとDボゥイが握手する事などあり得ない、と思っていたからだ。
「あいつ……俺と同じ目をしていたんだ……」
「あぁ?」
Dボゥイは、そう一言だけ言って、その言葉の本質を見抜けずにノアルは怪訝な声を上げる。同じ目。かつて自分と同じ目をしたバルザック。彼は昨晩、復讐に燃えて焦燥感に捉われた様な目をしていた。それはDボゥイが、まだ誰も信用出来ずに独りで戦っていた時の眼と至極似ていたのだ。それが彼を信頼出来ると思った理由だった。いや、最早、信頼する信頼しないと言う言葉では言い表せない何かを、Dボゥイはバルザックから感じ取っていたのだった。
――――バルザック、あたし信じてる。貴方が、この子と平和に暮らせる日を作ってくれるって。きっと……!
リルルはグリーンランド号を見送りながら、そう考えていた。傍らで泣いているリックを見ながらそう思ったのではない。彼女は自分のお腹に手を当てながらそう言ったのだ。結局リルルは、お腹の子の事を彼に告げずに別れた。余計な懸念を抱かずに行って欲しいと、考えた上での結論だった。
いつかラダムを打倒して自分達の元に帰ってきてくれるその日まで、三人はバルザックをずっと待ち続けるであろう。



☆っはい。今回もマジ時間掛かりすぎでしたが何とか出来ました。俺初めて見たときリルルが身篭ってるって知らなかったんだよね(笑)でもそう言うのを言わずに見送る、何か赤紙で呼び出されて戦地に向かう旦那を新婚さんの奥さんが見送る感じ?に見えますがどうでしょうか(笑)今回一番描写に困ったのは、バルザックの必殺技(笑)「何で威力の強い武器を連射してその後威力の弱い武器撃ってんの?この人」的な妙な描写であります。レーザーでフェルミオン弾が誘爆させられるかどうかも実は怪しくて(レーザーは物質ではないから対消滅が起こらない)文章で表したらこれほど困る描写は無いって感じなんですよね。まあそこは生暖かい目で見送って下さい(笑)今回の作画もキテるな! ラダム獣撃破にバンク使わないとか、バルザックが颯爽登場するとかカッコ良すぎるでしょ。と言う事で評価は満点の五で御願いいたします。

第32話 待ちわびた少女(1992/9/29 放映)

グロリア怖いですw

脚本:千葉克彦 絵コンテ:澤井幸次 演出:鈴木吉男  作監&メカ作監:須田正巳
作画評価レベル ★★★★★


第31話予告
ラダム樹の森が迫る中、古城に住み続ける少女とロボット。琥珀色の迷宮の中でDボゥイ達が見たものは。
次回、宇宙の騎士テッカマンブレード「待ちわびた少女」仮面の下の涙をぬぐえ。


イントロダクション
連合地球暦192年5月6日、スペースナイツ基地は地上から姿を消した。荒廃した地上で人類は来襲するラダム獣の前に、恐怖の日々を送っていた。そして、五ヶ月の放浪を経て、アキ達と再会したDボゥイは、ラダムの基地がある月面へ向かうパワーを得る為に、地上に降りたアックス・ソード・ランスの持つクリスタルを求めて、旅を続けていたのである。


 相変わらずのラダム樹の森をひた走るグリーンランド号。鬱蒼と生い茂る、と言うには余りにも醜悪な形をしているラダム樹を見て、アキは溜息を吐きながら言う。
「ラダム樹の森、広がる一方ね……」
「広がるだけ広がって、どーなっちまうんだろうなぁ」
 ノアルも、アキに同調する様にそう言った。数ヶ月前よりも、更に醜悪になったラダム樹は、森と言うより既に湿地帯と言っても過言ではない程に、液状化してその範囲を徐々に徐々に広げていっている。
 グリーンランド号は今現在、西ドイツ地方からフランスに渡る国境付近を通過した場所、ヴォージュ・デュノール地方にいる。其処はある意味近代的な街には縁遠い、田舎の田園風景が広がるはずの場所だった。
 突然、運転席真後ろに備え付けられたコンピューターコンコールから警告音が鳴る。周辺の地形やグリーンランド号が通れる部分を探してオペレーターをしていたミリィが、それを見ながら言った。
「レーダーに反応、森の中から何か出てきます! それも多数! こちらに向かって接近中!」
「なんだって!?」
「あれは!?」
 運転しているノアルが声をあげ、Dボゥイも視認出来る程の数百メートル先に、ラダム獣の群れがぞろぞろと蠢いている。グリーンランド号を止めて、二人は戦闘準備を行う為に後部ブロックへ駆け込もうとしたが、
「待って! あれを見て!!」
 レビンがそう言ってノアルとDボゥイを止めた。見ると、蠢いていたラダム獣の群れはグリーンランド号に接近しようとしていたわけではない様だ。群れは近場にいるグリーンランド号に目もくれず、そのまま地中に穴を掘って埋まろうとしている。蜘蛛型の陸上ラダム獣は、大気圏突入する為の形態、つまり繭の様な形になり、ピンク色のツタを地面にめり込ませた。これが彼らの「根」であり、この形態自体が「球根」なのだろう。
「これから……植物形態になるんだわ……」
「直に見るのは初めてだけど、こういう風になるワケ……!」
 今までどんな組織よりも先んじてラダム獣の研究を行っていた彼らでも、ラダム獣が植物の球根になるその瞬間を目の当たりにした事は無かった。確かに獰猛で危険なラダム獣を捕獲して、球根形態になるまで眺めているワケにもいかないだろう。
「元を断たなきゃ始まらねぇか……雑魚を相手にしててもしょうがない。日暮れも間近だ、先へ進もう」
 ノアルは今の現状を払拭する様に建設的な意見を言った。そして、窓から見上げてみると小高い山の上に古い城がある。中世風の宮殿の様な城は、今にもラダム樹の森に侵食されようとしている。
「へぇ……あんな所に城が。行ってみようぜ、今夜の宿に、もってこいだ」
「まだ誰か住んでるかもしれないわよ?」
「なら、尚更だ。立ち退いた方が良いって忠告してやらなきゃ。このままじゃ、ラダム樹の森に飲み込まれるのも、時間の問題だぜ」
 アキの言葉に、そう応えると、ノアルはグリーンランド号を動かして山道を登っていった。
 城の入り口らしき場所まで来ると、五人とペガスはトレーラーを降りて大きな門の前で改めてその城の威容を見上げる。木の門の上には騎馬に乗った騎士の美しいレリーフが施され、城の周りには小さいながらも立派な堀がある。
 レビンは小ぶりな橋を渡り、門の前で城に呼び掛けた。
「もしもーし! ……誰もいないのかしら?」
 レビンは出来るだけ大きな声で呼び掛けたにも関わらず、返事や反応は無い。
「ペガス! こっちに来い!」
「ラーサー」
 ノアルが呼ぶと、ペガスが重い足音を響かせて門の前に来た。
「どうするの?」
「こうするんだよ。ペガス、この扉を開けるんだ」
 アキの疑問に、ノアルがそう応えた。どうやらペガスのパワーで門を無理矢理壊して開けるつもりの様だ。
「ラーサー」
「止しなさいよ! ペガス、開けちゃ駄目!」
「ラーサー」
 すかさずアキが止めに入って、門を開けようとしたペガスがその腕を止める。しかし、
「開けるんだペガス」
「ラーサー」
 またノアルの命令がペガスを動かす。更にまたアキが止める。
「駄目よ!」
「ラーサー」
「開けるんだ!」
「ラーサー」
「駄目よ!!」
「ラー……? 」
 アキとノアルの繰り返しの押し問答で板挟みになり、遂にペガスが目を回す様に左右のカメラアイが点滅した。自分はどうすれば良いものかと、その指は頭を指して混乱している。
「二人とも止めてよ! ペガスが困ってるじゃないの! うぁっ!?」
その時扉の裏側で何かの音が鳴る。鍵を開けた音だ。突然の事で扉から慌てて離れるレビン。少しずつ開く扉を見て息を呑む五人。
「こ、これは……」
 扉を開いたのは少し古めの外観をしたロボットだった。全身黒光りするボディ、頭部にはセンサーアイの類がある無骨なメカがガラスのケースで覆われている。人間よりも明らかに大きな巨体ではあるが、2.7mあるペガスよりは小さく、腕の先端には三本の指で構成された器用そうなマニピュレーターがある。
「当城ヘノオ客様デゴザイマスカ?」
黒いロボットはセンサーと口にあたる部分を光らせてそう音声を出した。意外にも流暢な英語。それを見たペガスはセンサーアイを光らせ、ロボットもそれに返事する様に、まるで共鳴する様にセンサーを光らす。
「オ客様ナラ御案内セヨト、仰セツカッテイルノデスガ」
 そして黒いロボットの言われるままに五人とペガスは城の中を案内された。外壁から庭を挟んで、本館に入ろうとする最中に、アキはノアルに声を掛ける。
「ノアル……」
「大丈夫だって! 折角のご招待だ。受けなきゃ悪いだろ?」
「そぉーそ!」
 アキは漠然と遠慮したい気持ちだったが、応えた二人は至極気楽だった。
 石像が立ち並ぶ通路を歩いている最中、黒いロボットは後ろから付いてくるペガスを見つつ、傍らで歩いているミリィに声を掛けた。
「私ハ自分ノ仲間ニ会ウノハ初メテデス」
「貴方の方が賢そうね。お名前は?」
「私ハ、ロビィト言イマス」
 本来、ロボットと言うのはこう言った、何かに対しての反応や感想を言う自発的な機能は制限される。だが、このロビィと言うロボットは人と円滑に会話する為に、かなり高度な人工知能が備えられているらしい。
「宜しくね! ロビィ!」
 ミリィはそう言ってロビィに笑い掛けた。
 中庭の通路から本館へと渡る時、外観を見た面々は嘆息するように声を上げる。
「素敵……!」
「コイツは……時代モンだぜ……」
 まだ館内に入っていないにも関わらず、中庭にあるテラスには一級の調度品が其処彼処にあった。円柱に備えられた明かりや天井から降りたシャンデリア。ドアは何故か3m以上の大きな物ばかりで、中央には布を携えた天使の胴像が飾られている。
「時代モンって言うなら、彼の方よ。あのボディは半世紀前のモデルよ? まぁ中身は、かなり弄ってるみたいだけどねぇ」
まだ初期の人工知能が開発された段階のモデルだとレビンはロビィの構成を一瞬で見抜いた。50年以上前のボディであると見抜けたのは、彼がメカニックである以上にロボットと言うモノに心酔しているからであろう。
そんな会話をしていると、突然ロビィは立ち止まった。ノアル達に振り向いて話していたレビンはロビィにまともにぶつかってしまう。
「コチラデ、オ嬢様ニオ会イクダサイ」
「お嬢様?」 
そう言ってロビィは一際大きい白い扉を開く。中に入ると二階に繋がる広場と階段があるが、これもまたかなり大きい代物だった。階段は踊り場を経て左右の部屋に行く事が出来る構成、所謂振り分け階段と言うモノだ。白い壁面やモノクロチェックで構成された床は、宮殿にある様な大理石で構成されている。
階段ホールを訪れた彼らから、またもや溜息がこぼれ、ノアルは口笛を鳴らした。上級階級出身である彼ですら、この構成には息を呑んでいる。
「すっごぉい!」
 レビンが思わずそう口を開いた時、女性の、それも若い声が階段ホールに響く。
「まぁ! ロビィ! やっぱりお客様だったのね?」
そう言って少女が、微笑みながら階段を降りてくる。スカートを少しだけ持ち上げながら、見知らぬ少女はスペースナイツの面々の前までゆっくりと、上品に軽やかに歩きながらやって来た。
一瞬、ノアル達は旧世紀にあった古い映画に出てくる様なワンシーンをリアルに垣間見る。彼女の出で立ちはこの連合地球暦には似つかわしくない、宮廷貴族のそれである。碧色の豪奢なドレス、そしてエスコフィオンと呼ばれる被り物。15世紀のフランス貴族がしていたその姿は、彼女の動作や周りの調度品と相まって、至極美しい雰囲気を醸し出していた。目の前まで来た少女にしても、その容貌は可憐と言っても過言ではない。
「ようこそ、私どものお城へ。私、グロリアと申します」
「私、ミリィです。宜しくね?」
 雰囲気に呑まれていた面々だったが、ミリィは自分と同年代の少女を見てほっと安堵しながら、そう語り掛けた。その言葉に、グロリアは微笑みを返す。
薄暗い厨房でお茶を淹れるロビィ。彼の指はかなり繊細な作業も可能な様である。そして応接間に通された面々はグロリアと対面しながら椅子に座って話をしている。
「構いませんのよ? どうぞお好きなだけ、ここに泊まっていってくださいませ」
「あの、貴女の他にどなたかいらっしゃらないのかしら?」
 グロリアの言葉に、アキがそう言った。この城でまだロビィとグロリア以外の人影を見ていない。
「本当は、お爺様が皆さんをおもてなしするべきなのですけど……お爺様、近くの街に用があると出掛けたきり、戻ってきてくださらないのです……」
グロリアはそう言って少し表情を暗くした。そんな彼女にミリィが話しかけた。傍の壁にはこの城の主人であるグロリアの祖父の肖像画がある。
「いつ頃出掛けたの?」
「あれは……半年ぐらい前でしょうか……」
「半年!? そんな前に?」 
「ラダムが大規模な攻撃を仕掛けてきた頃か……」
「ラダム樹の森が、一斉に変化を見せた時ね」
ノアルがそう言い、アキはスペースナイツ崩壊直後にラダム樹が湿地帯化した事を語った。
「じゃあ、今は貴女一人なの?」
「いいえ、ロビィが一緒です」
 ミリィの言葉に、グロリアは寂しくないと言う感じで言った。その時、応接室の扉が開いてロビィがカップが乗ったワゴンと共に入って来た。
「オ待チドウ様デス」
ロビィは巨体ながらも、テーブルに置かれたカップに三本指で器用にお茶を淹れた。
「ドウゾ」
「あ、有難う」
 レビンがそれを戸惑い気味で受け取った。紅茶は一切カップからはみ出す事も溢れる事も無い。
 ノアルがそれを横目で見つつ、グロリアに声を掛ける。
「なぁ……お嬢さん。この城を出て、お爺さんを探しに行ったらどうかな?」
「どうしてですの? お爺様が戻ってくるまで、城を留守にするなんて出来ませんわ。そう、お爺様と約束したんですもの」
「……城の周囲に、奇妙な森が出来ているのは気付いているだろう?」
今度はDボゥイが控えめに言った。ノアルにしてもDボゥイにしても、このまま彼女をここに住まわすワケにもいかないだろうと思っている。
「昔は……あんなモノ無かったのに……」
「あの森、どんどん広がっているのよ? その内この森も飲み込まれてしまうわ」
「そんな事、信じられませんわ」
 グロリアはアキの言葉にきっぱりとそう返した。彼らの勧めを拒絶・否定する、それはある意味、世界の情勢から隔絶した場所にいる事を示している。彼女は周りや今の世界がどうなっているのか全く理解していないらしい。
「グロリア、君のお爺さんは、もしかしたら……」
「ノアル」
 ノアルは、そんな彼女を見て、彼女の祖父はもう戻ってはこないのでは、とはっきり口に出そうとしたが、アキがそれを止めた。10代半ば、それに箱入りのお嬢様である彼女に、そんな事をいきなり言うのは性急過ぎると思ったからだ。
「さぁ、お話は夕食の後に続けましょう? ロビィ、お部屋にご案内して? そうね……北の塔のお部屋がいいわ」
「分カリマシタ。ドウゾコチラヘ」
 グロリアはそんな彼らの態度を知ってか知らずか、とりあえず一旦彼らをもてなす事に決めた。今現在この城の主人はグロリアであり、ロビィはそれに従順だった。
「ミリィさん?」
「あ、はい?」
「ちょっと私のお部屋へいらっしゃいません? 多分、私のドレスが合うと思うの。貸してあげられるわ?」
 案内されようとした面々の一人に、グロリアは声を掛けた。確かにミリィは少女と同じ背格好をしている。
「え……でも」
「そうねぇ! やめておいた方がいいわよぉ? ミリィにドレスなんて似合いそうにないもの!」
「そんな事ないわよ! お願いするわぁ、グロリア?」
 恥をかく前に止めておけとレビンは言うが、レビンには怒り顔で、グロリアには笑顔でミリィはそう応えた。
「あ、ちょっとミリィ!」
「べーっ!」
「んもぅ……似合いっこないのに!」
 表情がくるくる変わるミリィを目にして、レビンはそんな風に言うのだった。
「ウワォ? ゴージャスじゃない!」
 北の塔と呼ばれる場所に来たレビン達は、寝室へと案内された。部屋は一級品のホテルの様な内装であり、カーテン付きのベッドが備えられている。部屋は良く手入れされている様であり、一筋の埃も一切無い。
「うわぁっ……私ここに決−めた!!」
 更に隣にはもっと広い寝室がある。夕刻近くでありながら、部屋の窓は大きく光を取り込み、カーテン付きのダブルベッドや豪奢なソファーのある部屋を見て、レビンはそう声を上げた。どうやら先程入った部屋は主人に付き従う従者専用の部屋であり、奥のこの部屋が本当の客室の様だ。どれを取ってもグリーンランド号に備えられている簡易寝台とは比べ物にもならない部屋であり、今夜はゆっくり高級感に浸れながら寝れそうだ、とレビンはベッドにダイブしながら感動している。
「御自由ニオ使イクダサイ」
「やったぁ!!」
「皆サンノオ部屋モ、奥ニ続イテオリマス」
 そんな部屋を一人一部屋と言う寛大な厚遇を受け、残りの三人も部屋に案内されたが、通路に立っているペガスは部屋のドアをくぐる事すら出来ない様子だ。
「貴方ハ無理ノヨウデスネ。広場デ、オ待チ願エマスカ」
「そぉしとけ、ペガス」
「ラーサー」
 ノアルの勧めに、ペガスはそう応えて先程の階段ホールへと向かった。
「夕食ハ六時ヲ予定シテオリマス。ソノ前ニシャワー等浴ビテ、オクツロギクダサイ」
「サンキュー!」
ソファーに座ってくつろぐノアルは、出て行くロビィにそう声を掛けた。
「見た目はごついが、なかなかの執事ぶりだな」
「あたしもああいうの、一台欲しいわぁ」
 ベッドに腰掛けながら、レビンはそんな風に言ったが、アキは正直今の現状を楽観していない。
「そんな事より彼女、グロリアよ」
「少し……風変わりな子だな」
 Dボゥイはそう言いながら窓の傍へ近付く。北の塔と呼ばれるこの部屋は、ラダム樹の森が見下ろせる程に高い位置にあるらしい。
「なぁに、お城に住むレディーなんてあんなモンだろ。だがな……どう思う? Dボゥイ」
「死んでしまったんだろうな……彼女のお爺さんは」
「それだよ……彼女を説得して、この城から連れ出さないと」
「出来る事なら……彼女を傷つけない様にしたいわね」
「あぁ……」
 ラダム樹を見ながら、Dボゥイはそんな風に、静かに言った。
 その頃、グロリアはミリィを自室に案内していた。様々なドレスが収納されている部屋はDボゥイ達が案内された客室とは違い、高い天井の広い部屋だった。壁に内蔵されているクローゼットの引き戸もかなり大きい。そしてクローゼットの中には、色取り取りのドレスが仕舞われている。
「さぁ、好きなのを選んでみて?」
「わぁっ! すごぉい!! これ、みぃんな貴女の?」
「えぇ。そうね……これなんかどうかしら。着てみて?」
「えぇ!」
 グロリアはその中から、ピンク色のドレスを出してミリィに渡した。そして、窓際のタンスの上にある小箱から、一つネックレスを取り出す。箱は開くと同時に、日傘をした貴婦人の人形がくるくると回りながらせりあがり、オルゴールを鳴らせる。
「うん、これがきっと似合うわ!」
「でも……いいの?」
「私ね? 自分と同い歳位の人と会ったのは、初めてなの」
「え?」
「ミリィさん、私とお友達になって、いただけませんか?」
「さん付けはよして? ミリィでいいわ」
「ありがとう、ミリィ!」
そう言って笑いあう少女達。小箱のオルゴールは室内に鳴り響き、貴婦人の人形は傘を差したままくるくると踊る様にずっと回っていた。
 夕刻になり、各々は部屋に備えられたシャワーを浴びてリフレッシュすると、丁度食事の時間になった。食堂の席についたスペースナイツの面々だったが、まだミリィとグロリアは来ていないらしい。
 暗がりの厨房ではロビィが器用に食事の支度をしている。オーブンから料理を取り出して皿に盛ろうとしたその時、ロビィはペガスに声を掛ける。
「ペガス、手伝ッテ貰エマセンカ?」
「ペガス、ロビィノヨウナコト、デキナイ」
「料理ヲ運ンデクレルダケデ良イノデス」
「ソレナラデキル」
 そんなロボット同士の仕事の取り決めが決まったその時、席についたノアルは既にテーブルに配されているワインを飲み始めていた。
「コイツはいい酒だ!」
「飲みすぎないでよ?」
「食前酒だよ、食前酒」
そうアキの言葉にノアルは気軽に返した。ラダム樹の森が目の前にある以上、アキは安心する気にはなれないらしいが、レビンもノアルもすっかり高級ホテルに泊まっているお客の気持ちでいた。
「オマタセイタシマシタ」
 ノック音が鳴ると、入って来たのはロビィではない。料理が乗ったワゴンと一緒に入って来たのは、右腕にキッチンクロスを携えたペガスだった。その巨体からして、クロスを持つ無骨な腕にしろ足元にあるワゴンにしろ、どう考えても戦闘用のロボットがする佇まいではない。
「ペガス……どうしちゃったの!? あんた!」
「ロビィヲテツダッテイマス」
「あぁ……そう。じゃあこれを機に色々習っておくといいわ?」
「ラーサー」
 そうペガスが返事を返した時、グロリアが食堂に入って来た。
「遅くなって申し訳ありませんでした。さ……ミリィ?」
 促されて入って来たミリィは、少し俯いていた。何故かと言えば、いつも着ている服とは違って気恥ずかしいからだ。入って来たミリィを見て、四人はいつものミリィではない儚げな少女を見て驚きの声を上げる。
「ヒュー! こいつぁ驚いた……」
 ピンク色のドレスは至極彼女に似合っていて、グロリアに劣らぬ気品があった。首に下がったネックレスはそのドレスにぴったりとマッチしていて、髪は赤いリボンで結っている。いつも活気に満ちた少女であるミリィが、グロリアの手によって「お姫様」に変身した様な、そんな感覚を伴っていた。
 ミリィが自分の席の傍に来ると、ロビィが後ろに回って座り易い様に椅子を引いてくれた。
「あ、ありがとう」
「ドウイタシマシテ」
 気恥ずかしさからか、いつもはお喋りなミリィが言葉少なめである。そして、ペガスはロビィのその所作をしっかりと見ていた。
 レビンの隣についたミリィは、
「ふふっ」
 と、彼に向かって余裕の笑みをした。先程似合わないからやめておけ、と言われた事に対する宛てつけの笑顔だった。レビンは席を立ってミリィを見ると、
「くやしぃ〜! 似合ってるじゃないのよ!!」
 とそんな風に身を乗り出して悔しがった。そして、
「あぁっ!?」
レビンが椅子に座ろうとした時、ペガスが丁度椅子を引いた。思わずレビンは転倒してしまう。どうやらペガスはロビィの所作を見て席につこうとする人間に対して椅子を引く、と言う事を憶えたようだが、タイミングが全く合っていない様だ。
「ペガス……なんてことすんのよ!!」
「ドォイタシマシテ」
「あ……んもぉ!!」
そんな彼とペガスを見てみんなが笑いあう。楽しい晩餐は、今始まったばかりであった。
食事が終わった数時間後、城からピアノの曲が鳴り響いている。フレデリック・ショパンノクターン第二番。それはグロリアが夜を想って奏でている曲だった。それを聞きながら、Dボゥイとアキは塔の展望台とも言えるバルコニーから月を眺めている。中世で言えば其処は監視台であるはずだが、周りの景観や微かに聞こえる夜想曲のおかげで、現実離れした空想的な雰囲気を二人は感じていた。
「こんなのどかな夜を過ごすなんて、いつ以来かしら」
「あぁ……久し振りだな」
塔は高い位置にあるせいか、吹き荒ぶ風が心地よい。この塔まではラダム樹が出す胞子でさえ届かない。
「ミリィがうまく説得してくれると良いんだが」
「そうね……」
 しかし、幾ら幻想的な雰囲気だったとしても、二人は現実を忘れるつもりは無い。眼下に広がるラダム樹がそれを忘れさせてはくれない。二人は同年代のミリィに託すつもりで、そう言った。 
 グロリアの私室では、城の主人である彼女がグランドピアノを奏でている。その目の前で、ミリィは先程の出で立ちのまま彼女に語り掛けた。
「ねぇ、グロリア。私達と一緒に街に行った方がいいわ」
「どうして?」
「城が、ラダム樹に飲まれてしまうかも知れないのよ?」
「私……お爺様をここで待つって約束したの」
「明日になれば、私達出発するわ。そしたら、また貴女一人になるのよ? 一人ぼっちで、いつ戻るか分からないお爺様を待ち続けるの?」
ミリィの説得にピアノを弾く指が突然止まる。強情ではないが、彼女は頑なだった。
「ミリィ……貴女がここに残ってくださらない? せめて、お爺様が戻ってくるまで」
「……それは出来ないわ」
ミリィは頭を振った。まるで現実感を伴わない言葉を言うグロリア。ミリィはスペースナイツのメンバーとしての使命がある。だからこそはっきりと彼女の申し出を拒絶した。
「出来ないなんて言わないで? ねぇミリィ、あたしと一緒に、ここで暮らしましょう?」
「グロリア……」
 グロリアにはやはり寂しさがあるようだ。同年代の初めての友達を得て、彼女は心から一人ぼっちに戻りたくは無いと言う意識と、楽しく語り合う友人と離れ離れになるのが嫌でミリィに無理強いをした。ミリィは、そんな事を言う彼女を見て、言葉を詰まらす様に困惑するのだった。
暗い階段を一つ一つ確かに歩く二人の影があった。階段の横には手入れや修復されていない横穴があり、其処に蝋燭が灯った燭台を向けると、一斉に蝙蝠が飛び出してきた。
「わわっ……」
「おぉっ」
 地下倉庫への階段を降りているのは、レビンとノアルだった。レビンは蝙蝠の群れや薄暗い地下を見て怖がっているが、ノアルはちょっとした冒険気分であった。
「かえりましょぉ? 地下室なんか勝手に降りて、どうしようって言うのよぉ!」
「こういう古い城には、酒蔵に年代モノのワインが眠ってるもんさ」
「だからって勝手に!」
「あのお嬢さんとロボットじゃ、味なんて分かりっこないだろ?」
そう言ってノアルは燭台を持って先に進み始めた。
「あ! ちょっと待ってよぉ!」
 レビンは今こうしている事をかなり後悔している。夕飯が終わった後、地下を散策しようとノアルが提案したのが切欠ではあるが、まさかこんなに薄暗い場所だとは思っていなかったようだ。
 そうこうしている内に、地下の行き止まりに二人は来た。 
「ここだな……」
「ノアルぅ!」
 レビンはまだ帰ろうと彼の腕を引っ張っているが、木製の扉を見てノアルは目を輝かした。
「お……なぁーんだよ、電子ロックか! レビン、頼む」
 意外にも、木製の扉は偽装された近代式のドアだったらしい。
「んもぉ……本当に良いワインがあるんでしょうねぇ? ……何よ、ロックは解除されてるじゃないのよ」
「えぇ?」
「ここをこうしてやればぁ!」
 スライドする様にドアが開く。その時、二人は中を見て一斉に声を上げた。
「あぁっ!」
 そして丁度その頃、二人の傍にいたペガスが、警告音を発しながらDボゥイに言った。
「ケイコクシマス! ドウタイハンノウタスウセッキンチュウ! ラダムジュウノカノウセイアリ!」
「何ぃっ!!」
 外を見ていたDボゥイとアキは、同時にラダム樹の森を見た。確かに彼方の方から何か聞き覚えのある足音が聞こえる。ラダム獣がその爪を地面に突き立てて進軍している音に良く似ていた。
「付いて来い! ペガス!!」
「ラーサー!」
 Dボゥイは即座に城の入り口に向かった。
「ロボット製作施設としては、なかなかのモンじゃない? きっとロビィも、ここで作られたのねぇ」
「ふぅーん……」
 地下倉庫に眠っていたのはどうやらワイン倉ではなかったようだ。ロボットのボディを横たえる為の台や機械類が其処彼処にあった。地下倉庫の壁はレンガのままなので、近代的な技術部屋と中世風の背景が妙なアンバランスさを醸し出している。
蝋燭を持ったノアルは少し落胆気味に興味が無さそうにそこらを見回しているが、機械に貼り付けてあった写真を見つけると手に取ろうとした。しかしちょっと触れただけで貼り付けてあった写真は床に落ちる。
「グロリアと、彼女の爺さんか……?」
 写真には快活そうなグロリアが老紳士風の男に抱きつきながら一緒に写真に写っている。その隣にはロビィもいた。ノアルは写真を裏返すと、英語で書かれている言葉を読み上げる。
「グロリア14歳の誕生日に……マルセイユにて。連合地球暦169年8月……169年!? 20年以上前だぞ!! ……どう言う事だ?」
「変ねぇ……ロビィの為の設備にしては、大掛かり過ぎるけど……」
 レビンは怪訝な声を上げた。大掛かり過ぎると言うのはつまり、本格的過ぎるらしい。ロビィをメンテナンスするのならば、ここまで細かく、ここまで大仰な施設は必要ないはずだ、とレビンは思ってそう言った。
「はっ!!」
「どうしたのよ?」
「レビン! おぁっ!!」
 ノアルはレビンのその言葉で、憶測から確信へと変わったが、突如衝撃が走った。
「ペガス!」
「ラーサー!」
「ペガス、テックセッタァーっ!!」
 城の外へと出たDボゥイは、バーニアを噴射させて飛んできたペガスに向かってテックセットを行う。辺りを見回せば、既に何匹かのラダム獣が城に取り付いていた。
テッカマンブレード! うおぉぉあぁっ!!」
 テックセットを終えたテッカマンブレードが勇猛果敢にラダム獣を城の外壁から次々と叩き落とす。
「きゃあっ!!」
 ラダム獣はグロリアの部屋にまで迫って窓ガラスを突き割るが、間一髪獣をブレードが叩き斬った。
「さぁ、早く逃げないと!」
「駄目よ、私、お爺様にお城の外に出るなと言われているの」
 ミリィがグロリアの手を取って逃げるのを勧めたが、彼女は今目にした醜悪な獣を見ても、顔色を変えずにそう言った。ミリィは信じられない風でグロリアを見ながら言う。
「何を言ってるのよ!? ラダムが攻めてきてるのよ!?」
その時、突然ドアを叩く音がした。アキが部屋のドアを叩きながら叫んだ。
「ミリィ!! グロリア!? ここにいるの!? 早く外へ!!」
そうアキは警告したが、突然それを拒絶するかの様に、傍にいたロビィは部屋の鍵を掛けてアキがは入れないようにした。
「あ!? ロビィ!?」
「地下にシェルターがあるの。そこに隠れていればいいわ。行きましょう?」
 そしてグロリアはミリィの腕をガッチリと掴むと、部屋の奥へと向かおうとする。
「放して……放して!!」
ミリィは戦慄した。彼女が掴む力は同年代の少女とは思えない程に強い。強引に振り払う事も出来なかった。
「大丈夫よミリィ。シェルターなら安全。其処ならずっと三人で暮らせるわ」
「嫌……!!」
ミリィがそう拒否したとしても、彼女は決して手を放そうとはしなかった。
ラダム樹のツタが城の内部にまで入ってきている。恐ろしい程の侵食率だった。そしてラダム獣やラダム樹は、ここにテッカマンブレード達がいるから攻撃をしてきたのではない。ラダムの森林を広げるのに邪魔なこの石の城をそろそろ取り壊そうとして攻めてきているのだった。
「てやあぁっ!!」
果敢に戦うテッカマンブレードだったが、其処彼処に入り込むツタをどうする事も出来ず、ラダム獣は無限に湧いてくる。幾ら倒しても獣が尽きる事はなかった。
「おわぁっ!」
ラダム獣を撃破した直後に、直ぐに次の獣が襲いかかってきてブレードはその爪に叩き落された。無限に襲い来るラダム獣がまるでブレードに覆い被さる様にその体躯で下敷きにしようとしたが、
「おぉっとぉ!!」
その時、ソルテッカマンのフェルミオン砲が煌いた。獣の頭部を狙撃してブレードの危機を何とか救う。
「大丈夫か、Dボゥイ!!」
「あぁ……だが、このままでは!」
追い払おうとか、殲滅するとか言う問題ではない。此処は既にラダム獣のテリトリーであり、ラダム樹の森は見て分かる程に徐々に広がる様を見せている。
「ラダムの森を広げようってワケか。このままじゃ、袋の鼠だぜ! 山道を塞がれる前に、此処を降りないと!!」
「Dボゥイ! ノアル!!」
 その時、グリーンランド号に乗ったレビンが二人に声を掛けた。
「みんなは!?」
「アキとミリィ、それにグロリアがまだなの!!」
「何してやがんだよ!!」
「ノアル、グリーンランド号を頼む! 俺はアキ達を!」
「任せとけぇっ!!」
 ブレードは槍を携えて城の中に突っ込み、ノアルは雲霞の如く迫るラダム獣の群れに照準を合わせた。
「一緒に来て?」
「駄目よ!! 外に逃げるの!!」
「私はお爺様と約束したの。この城でお爺様の帰りを待たなくてはならないの」
 ミリィは相変わらずグロリアの細腕を振り払う事が出来ず、グイグイと引っ張られていく。城は徐々に崩れ、中央にあったグランドピアノは床が抜けて徐々に傾いている。そんな状況下にあっても彼女はさも当然の様にそう言ってミリィを引っ張っていく。
「ミリィ! グロリア!? 何してるの!? 早く逃げるのよ!!」
 アキは部屋の鍵を外そうとノブを渾身の力で開けようとするが鍵が掛けられていて入る事も出来ない。
 そしてミリィはグロリアよりも更に強い力でロビィによって持ち上げられた。聡明な執事ロボットは何が正しいかを分かっているにも関わらず、彼女の命令には逆らえない様だ。
「やめて! ロビィ!」
「さぁ、ミリィをシェルターへ連れて行きましょう?」
「やめて……ロビィ……」
 ミリィがロビィに語り掛ける。センサー部分が激しく明滅している。
「そのまま連れてきて」
「ロビィ……放して……」
 ミリィの言葉とグロリアの言葉でロビィはセンサーをまた明滅させた。
「私ハ……私ノ受ケタ命令ハ……」
 ロビィは迷っているのだ。現状を理解してれば避難するのが先決であるはずなのに、グロリアの命令を最優先で守らねばならない事に迷っているのだった。
 その時、突如天井が崩れ始めた。ラダム樹のツタが遂にグロリアの部屋を破壊し始めた。
「きゃあぁっ!!」
抱き抱えられたミリィが悲鳴を上げた時、天井の瓦礫が彼女たち目掛けて降ってきた。
壁の崩落はドアのノブにも降り注ぎ、アキは部屋の中にようやく入る事が出来る様になった。見ると、ミリィもグロリアも瓦礫で怪我を負っていない。ロビィがその身を挺して二人をかばったのだ。ロビィは瓦礫がぶつかった影響で右腕に損傷を受け、オイルが漏れている。グロリアは床にうずくまって動かない。
「グロリア……グロリア!?」
「ミリィ! グロリア! 何してるの、早く逃げるのよ!!」
「私はお城の外へは出ないわ。お爺様と約束したの」
 まるで、壊れたレコードの様に繰り返される言葉。彼女はあくまでも頑なで、ミリィと一緒にこの場所に留まりたい様だ。それがどんな結果を及ぼすかを想像できずにいる。
「だって……!!」
「駄目……お願い! 私と一緒に――――!?」
ミリィに伸びようとしたグロリアの手を、ロビィが押さえ付けた。
「オ逃ゲ下サイ。オ嬢様ハ、私ガシェルターニオ連レシマス」
「ロビィ……!」
 その時、グロリアの命令にロビィは逆らった。先程までグロリアの言う通りに動いていたはずの執事ロボットはミリィを逃がす様に促したのだ。
「ミリィ! 早く!!」
「ロビィ……有難う!」
「私ノ最優先命令ハ、人間ノ命ヲ守ルコトデス」
 人間の命、と言う言葉を聞いて、その時ミリィは理解した。同年代でありながらあり得ないほどの怪力、壊れたレコードの様な繰言。グロリアはもしかしたら……。
「ミリィ! 早く!」
「グロリアも、早く逃げて!」
「ロビィ! やめて!」
 ロビィは右腕を損傷していてもグロリア抱き抱えた。彼女の言うシェルターに連れて行く為に。
 そしてアキと共に脱出しようとしたミリィではあったが、突然ラダム樹のツタが伸びて道を塞いでいく。
「あぁっ!!」
 通路がひび割れ、いつ崩落するか分からないと思ったその時、ツタは真っ二つに両断された。
「Dボゥイ……」
 ほっと安堵する二人。ブレードが二人の救助に間に合ったのだ。最早入り口は閉ざされ、飛び降りるしか逃げる方法は無い。テッカマンブレードは彼女らを抱えると、窓を突き破って脱出を試みるのだった。
 まだ私室から避難していないグロリアはロビィに静かに語り掛ける。まるで諦める様に。
「ロビィ……ミリィを行かせてしまうのね?」
「コノママデハ、危険デスカラ」
「貴方は、私を一人にはしないわよね?」
「旦那様ガ私ニ命ジタ事ハ、オ嬢様ヲオ世話スル事デス」
「ロビィ……どうしてお爺様は戻ってきてくれないのかしら?」
「可能性トシテハ……イエ、分カリマセン」
 彼ほど聡明なロボットなら、幾らでも仮定の話をする事が出来るにも関わらず、ロビィは分からないと言う。
「ミリィ達ト外ニ出マスカ?」
それが最後の選択肢だった。だが頭を振ってグロリアは当然の様に応えた。
「いいえ。私はここでお爺様を待ちます。そう約束しているのですから」
「分カリマシタ」
 そう言うと、二体はゆっくりと部屋から出て、彼女の言うシェルターに向かうのだろう。
 そしてスペースナイツの面々は、山道がラダム樹に覆われる前にグリーンランド号で何とか脱出し、遠くから崩壊していく城を見守っている。
「グロリア達は……」
「地下のシェルターとやらに、逃げ込んだと思うがな……」
「……本当に、そう思う?」
「あぁ……一途に爺さんの帰りを待とうとしていたからな」
 ノアルがミリィの言葉に、そう応えた。本当にシェルター等があったのだろうか。そもそも、彼女は?
一歩一歩中庭の通路を歩いていくロビィ。既に崩落に巻き込まれない場所はそこしか無い。
瓦礫の下敷きになったオルゴール。壁の破片が鍵盤に落ちて鈍い音を響かせるピアノ。数時間前の煌びやかで華やかな貴族の生活は、たったの数分で見る影も無かった。
「まるで夢みたいね……あのお城にいたなんて」
「あぁっ……! お城が……」
そして城は、ラダム樹に飲み込まれる様に崩壊し、その姿を掻き消していく。
「俺達は……誰かの思い出の中に、紛れ込んじまったのさ……」
ノアルが持っていた写真を手放した。写真は風に吹かれ、ラダム樹の湿地帯に落ち、そのまま飲み込まれていく。それを見たレビンがノアルに尋ねた。
「何なの? それ?」
「さてねぇ? 思い出の名残かな……」
連合地球暦192年において、科学の進歩が格段に進んだとしても、未だ人間の判断力を越える程の人工知能やコンピューター等と言った物は公式的には誕生しなかった。
だが一部の例外を除いて、人間とほぼ同じ容姿と言動をするロボットが、其処には確かに、存在していたのかも知れない。




☆はいっ! 本当にどーでもいい話ですが(笑)これがタツノコだよな! と思う一話でした。放浪、そしてたった30分枠での短すぎて切な過ぎる一期一会。何ともタツノコ臭がするお話なんですが、別に物語的には何一つ話が進まない話なのですよ(爆)ミリィ回でありながらミリィとは何にも関係ないし。精々ミリィがフランス人だとかそんな感じ?(笑)後自分は勘違いしてたんですが、グロリアロボ(笑)は本当のグロリアが病死か事故死? した後に作成されたんでしょうね。てっきりグロリアロボ作成してマルセイユまで連れて行ったのかと思ってました(笑)作画はマジで綺麗です。タツノコ作品に多く関わっている須田さんの技量が満遍なく生かされている回なので評価は満点でお願いいたします。